夕ご飯のメニュー変更と勇者
懸念事項であったアトレーン王宮中庭の街灯についてはまず第一段階突破といったところか。
魔素の中和が中断されたままでは中庭に瘴気だまりが出来てもおかしくない。
王宮に魔獣が出現するなど前代未聞の大惨事となるだろう。
一応街灯の代わりに魔素を吸着する装置を気休めに置いてあるが急ごしらえの為それほどの吸収量は無い。
街灯は日中に蓄えた魔素を夜間は光として放出し、庭の魔素濃度を一定に保つ仕掛けとなっている。
この庭を設計した技師はそこまで考えてやったのだろうかとちょっと疑問に思うのだが。
結果として均衡が保たれる仕組みになっているので一刻も早く原状復帰させたいところだ。
後はアトレーンの魔導具技師の仕事となる。
ラダさんの話では10日ほどで街灯が元に戻るとの事。
僕が曲げてしまった街灯から使える部品を外し、要となる支柱に魔素吸収装置を新たに焼きこみ庭に据え付ければ良いとの事。
「まもなく目的地上空です。案内を終了します」
頭上に陣取ったナビゲーションピクシーからナビ終了のお知らせが。
知らぬ間にライスリッチフィールドに戻ってきていたようだ。
今の時間、姫さま達は神社の清掃に出かけている頃だろう。
そのまま神社まで飛ぶことにした。
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「ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ勇者さま!」
境内に散らばって掃除をしていた姫さま達が駆け寄ってくる。
ちなみにオパール王妃も巫女装束姿。ちょっと山脈が大変なことになっていますが。
「旦那様!」
ココナが僕めがけて飛びついてきた!
「ココナ、ごめんね」
「大丈夫です。みなさんとてもやさしくしてくれて」
ココナの隣にはユークレスさんの姿が。
ユークレスさんも害が無いと分かったのか普通に受け入れてくれたようで。
「タングラートの件、後でお尋ねいたします」とオパール王妃が。
いくつか報告することがあるので、後程防音結界の張れるお屋敷の食堂で話をすることになった。
清掃用具を片付けているとおにぎり三人組がこちらに。
今日で持ち込んでいた材料を使い切ってしまい、早じまいしたとか。
一度村に材料を取りに戻りたいというので、明日の予定は決まった。
ちなみに王都での販売はしばらく続けたいとの事で、村から材料を送ってもらうよう定期便を頼む手続きもしたいと。
個人の荷運びは冒険者ギルドの管轄となるので条件等を詰めるために一度打ち合わせに行く必要がある。
これも明日の仕事となった。
みなさん、清掃用具を物置にリレー形式で片づけ、社務所へ着替えに向かう。
僕はいつものように甘酒を用意する係となった。
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「旦那様からおさかなのいいにおいがします」
僕にしがみついたココナがすんすんと鼻を鳴らす。
「勇者さま、もしかしてお昼はお魚だったのでしょうか?」
「ええ、写真撮る前に食べ始めたので報告出来てませんでしたが」
「今日は当たりの店を引いたにゃ。次もあそこに行くにゃ」
そわそわし始めるみなさん。
うちの子達全員が入るにはちょっと厳しいかな。詰めても20人入れるかどうかいった感じでしたし。
「魚でしたら母に言って用意を」
大黒屋のスズネさんがすまほーちゃんを取り出し、早速連絡をしようとしたのでちょっとだけ待っていただくことに。
「ソネッタさん、今から御夕飯のメニューって変えられますか?」
「今の時間でしたら仕込み前ですので大丈夫ですわ」
ソネッタさんもすまほーちゃんを取り出し、念の為お屋敷に確認を。
「スズネさん、今から取りに行っても大丈夫ですか?」
「日のあるうちは営業をしておりますので大丈夫でございます」
スズネさんもすまほーちゃんでお母様に連絡を。
ということで本日2度目のタングラート行となった。
アヒルちゃんだけ向かわせるわけにはいかないので僕が行くことに。
荷物はインベントリに納めるので大丈夫だ。
ちなみに向かうのは先ほどのメンバーとなる。
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無駄な往復と思われるかもしれないが、行き帰りで少しコースを変え、魔獣の探知も行っている。
またあのラグナロク・ロックワームのような変異種が出ないとも限らない。
「サブロー、あそこちょっとおかしいにゃ」
シロさんが示す先、副街道の途中で馬車が立ち往生し何かと戦っている。
「ほぼごぶりんのようですね。それもちょっと数が多い」
ちなみにアヒルちゃんには飛び道具が付いていない。
元々はお子様が遊ぶためのおもちゃのため、物騒なものは無いのだ。
以前、迷宮化したお屋敷の中で銃眼付きの装甲車となったことがあったがあれは精霊達がダメージソースになっていたし。
「近くに降りて加勢しましょう」
「了解にゃ!」
「殿、まかされたでござる」
「どりあーどもやる」
僕は生身なのでまず深緑の慈悲を呼ぶところからスタートとなる。
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「どうして街道の真ん中にほぼごぶりんが!」
「わからないわよ!森も遠いのに」
平原を切り開いた副街道を何事もなく進んでいた荷馬車は突然のほぼごぶりんの襲撃に護衛の冒険者たちは防戦一方となっていた。
「一体何匹いるんだ!」
「見えるだけでも20、奥から他のほぼごぶりんが近づいてくる!」
「荷馬車からだーくほーすを離そう!このままじゃ巻き込まれる」
「馬具を外しに誰か離れたらここを押し切られるわ!」
「くそう!久々の当たり依頼だと思ったのに!」
ほぼごぶりんの包囲網は徐々に狭められ、もう少しで荷馬車に被害が及ぼうとしたその時。
「助太刀は必要か!」
「だ、誰か分からんが頼む!もういっぱいいっぱいだ」
戦闘でほぼごぶりんの攻撃をしのいでいた男の耳に、くぐもった謎の声が届いた次の瞬間。
「ジャッジメントレーザー!拡散モード!」
「な、なんだ!」
「GYAAAAA!!!」
目の前のほぼごぶりんの群れが強烈な光に包まれ、一瞬で蒸発した。
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「シロさんとイザベラは撃ち漏らしに警戒、どりあーどさんは負傷者の確認を」
見たこともない真っ黒な鎧をまとった人物が仲間と思われる女性達に指示を出す。
「僕は向かってくるほぼごぶりんを潰してきます」
重そうな全身鎧とは思えぬ足の速さ。
瞬く間に駆けて行ったその全身鎧は近づいてきたほぼごぶりんを先程と同じように一瞬で倒す。
「怪我は大丈夫ですか?」
振り返ると何故か仕立ての良い侍女服に身を包んだ女性の姿が。
「わ、わたしは大丈夫だ。最初の襲撃で仲間が傷を負っている。見てはもらえないだろうか」
「分かりました」
耳の形を見るに森の民だろうか。それにしては胸が。
この非常時に何処を見ているのかと自分を叱責する。
馬車の影に寝かしておいた仲間の元へ案内すると彼女は傷口に手をかざし、何かを唱える。
「癒しの力ですか?」
「まだ使い慣れませんが」
ほぼごぶりんによって付けられた浅くない傷が見る間に塞がっていく。
荒かった呼吸も穏やかになり、命は取り留めたようだ。
「他には?」
「今けが人を集める。少し待ってほしい」
彼女にけが人の手当てを依頼している間も、遠くから轟音が響き、真昼のような光が見える。




