パーティのお誘いと勇者
勇者がB級ライセンスを受け取っていたころ。
タングラートから出発した例の荷馬車が謎の人物に呼び止められた。
「随分と遅かったな。何があった」
「出る前に荷車の車軸が折れて、代わりの荷車の手配に手間取った。今回は荷が重いのを失念していて」
御者は遅れた理由をでっち上げるよう言われていた。
「大切な鉱石だ、慎重に運べ。次の行先は私が案内する」
謎の人物は御者台によじ登ると道なりに進めと指をさした。
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「勇者さま、どうかなされましたか?」
B級ライセンスを受け取り、一通りの説明を受けた後でお屋敷に戻る途中、タングラートで荷馬車に張り付けたドローンから報告が上がってきた。
見るからに怪しいのっぺりとした白い覆面姿の人物が荷馬車の行く手を阻み、そのまま同乗。
あの覆面、たしか大教会のものだよな。前に見たことがある。
現在、アタミ方面に向かう主街道を走行中との事だった。
「まさか道案内が付くとは…これだと兵士からの通信は期待できそうにないな」
護衛に扮したタングラート兵に通信機を持たせているが、迂闊に使うことは出来ないだろう。
ドローンを張り付けておいてよかった。
ある程度の会話なら拾えるのだが、そもそもこの覆面の人物はほぼ喋らず、先程もいいというまで主街道を進めと話しただけで、以降の会話は無い。
今日はこのまま野営地まで移動するのだろうか。
「勇者さま…」
「今すぐ見に行くようなことはしないけど…もしかしたら夜中に緊急出動するかもしれないから」
「その時は私たちも連れて行ってください!従者の星にいれば問題ないですね!」
姫さま達をあまり危険に晒したくないのだが、従者の星の中にいて隠蔽を掛けておけばなんとかなるだろう。
「エイトさま、今晩のお食事は王城の迎賓館へいらしてください。夫にもB級ライセンス取得の件を報告する必要がありますので」
ということで今晩のお食事は久々に迎賓館へ。
しばらくの間寝泊りしていたけれど、行かなくなって久しいな。
他国の王族や貴族を泊めるための作られたと聞いているが、僕以外で宿泊している人を見たのはお披露目があった時くらいか。
謎のゴーレム使いの罠に嵌って地下通路で大立回りしたのもいつだったか。
ひとまずお屋敷に戻り、みなさんで迎賓館へと移動する。
お屋敷からも迎賓館に地下通路が伸びているので、人目を気にすることなく移動が可能だ。
あの時破壊した隔壁は元通りに修復され、シェルターとしての役割を果たせるようになっている。
隔壁をぶち抜いたり、王城の壁を破壊したり。
国の重要な建物を壊してばかりな気がするが、すべては大教会の仕業。
あちらがちょっかいを掛けてくる以上、応戦しないわけにはいかない。
一緒に閉じ込められた姫さまは特にトラウマになっているようでも無いが、念の為餅抱きにして搬送を。
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「そういえば、僕との面会を預言書に禁じられた国王様がうろうろしていた廊下ってこの辺だったか」
何故、預言書が国王との面会を一日禁じたのかは分からない。
右目にそう見えたとしか言わず、真相は闇の中だ。
今日は特に預言書からのお触れも出ておらず、マッスルキングさんは一足先に迎賓館で待ち構えていた。
「婿殿、冒険者ランクB級昇格おめでとうございます」
「ありがとうございます。皆様のお力添えが無ければFランクのままでしたから」
以前作った公認偽造のD級ライセンス、サブロー名義のギルドカードはそのままにしてほしいとギルド長から言われているので2枚持ちには変わりなく。
雑用のような依頼を受けるのにBランクでは不適切とのことで、内容によってランクの使い分けが必要となった。
タングラートの一件が無ければ今すぐにでも通信ブロックが埋まっていると思われる魔導結界の外へと向かうところだが…。
マッスルキングさんにも荷馬車いっぱいの魔獣リングの件は伝わっているが、最新情報を付け加えて説明を。
「こちらから手を打てないのが歯がゆいですが…」と付け加えを。
僕がいかなくて正解だったのかもしれない。行先の指示だけでなく同行するとは思ってもいなかったので。
今は異変に備えて見張るだけしか出来ない。
「まずはB級ライセンスへの昇格祝いをいたしましょう」との事で僕が泊っている時は使われなかった大ホールに宴の準備が整いつつあった。
まだ日は傾いていないが、なし崩し的にパーティめいたものが始まる。
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「シロさん、あまり飲まないでくださいね」
身内のパーティと言ってもいつもの隠密メイド達を入れると百人近い人数が参加。
そのうちの三十人はシンゲツさん達だが。
僕自身、こちらの世界に飛ばされて来た時はほんの数名に囲まれていたに過ぎなかったが、なぜこんな大所帯になったのか皆目見当もつかない。
ちなみにアイリスとリーナ、そしてバラドク荘の関係者にも声をかけ、御夕飯を一緒に食べてもらっている。
ヨイミヤさんが出てこないのはちょっと残念だが、バラドク古参の寮生は多人数が集まる場に顔を出さないのが暗黙のルールらしいので仕方ない。
ちなみに特にあいさつとかは無く、何のための立食パーティなのか理解していない人も。
「何かおめでたい事でも?」と聞いてきたのはかんなくずのアーレさん。
残念な森の民の一人であり、バラドクの住人でもある。
「これです」と胸元から引っ張り出したB級ライセンス証をしげしげと見つめるアーレさん。
「・・・・・・・・・・・・!」
そして声にならない悲鳴がパーティ会場に響き渡り、聞こえた人からクレームが飛んでくる。
「アーレ、何を叫んでいるの!」と叱るのはサバンナさん。
「B級ライセンスですよ!取得まで何年もかかるライセンスなのに、あれ?元々の階級ってたしか、むが」
僕がF級だったことはないしょのハムスターだ。
「預言書の勇者殿だから何の問題も無い。アーレは静かにしているように」
サバンナさんからやきそばを挟んだバケットを口に突っ込まれたアーレさんはそのまま黙って咀嚼を始めた。
というかやきそばパンの出る立食パーティって…。




