湯気の向こう
おまちかねのお風呂です。
お風呂にはアクシデントがつきものです。
お風呂の用意ができたと呼びにきてくれたほんわかメイドさん。
「入浴後のお召し物はお体に合わせたものをこちらでご用意させていただきましたので、そのままお越しください。」
一回目に気絶した際、体のサイズを測っていたようだ。
「それではご案内させていただきます。」
浴場は迎賓館の中にあった。
主に階級が上の人と国賓が使う温泉施設で、姉妹施設はもちろん勇者の湯。向こうはここの何倍も広いという。
ブレイブスパとここの入浴施設は20年ほど前に「預言書」にしたがって作られたのだという。
ちなみに昔作られた城の内風呂は狭く、寝汗をかいた体をぬぐう程度しかつかわないとかで、姫さまもだいたいこちらで入浴するという。
城の使用人や一般兵士や下級魔導士といった人たち向けにはもうすこし簡素な設備が別棟にあるのだとか。
眠ってしまった双子は目つきのするどいメイドさんにおまかせして、浴場へと向かう。
あとから連れて行かなかったことで文句を言われそうだが、例の暴走事件がある以上、寝た子を起こすのは危険だ。
先頭はメイドさん、真ん中に僕とシルフィール姫、しんがりがマーガレットさん。
薄暗いダンジョンのような廊下をくねくねと進んでいく。
さっきは気がつかなかったが、廊下の照明は人が通る場所だけ床が明るくなるという割とハイテクな感じである。ハイテクというのも死語にちかい気もする。
「勇者殿、こちらが殿方の入り口でございます。」
重厚なドアにたぶん男性とでも書かれているのだろうか。なぜかこれは読めなかった。
「勇者さま、またあとで!」
「後ほどお会いしましょう、勇者様。」
シルフィール姫とマーガレットさんがたぶん女性用と思われるドアにすいこまれる。
あとで、とか、後ほどとか異様に強調するふたり。
昔の流行歌に風呂上りの女性を待たせるのがあったなーと思い出す。
そしてメイドさんがあけてくれたドアをくぐる。
メイドさんの指示で下足入れらしき場所に靴をつっこむ。銭湯のそれに似ている。
すばやくメイドさんもついてくる。
ついてくる?
「勇者殿のお召し物をクリーニングするよう言いつかっております。ご入浴されている間に専属の魔導士が細心の注意を払って浄化を行いますのでご安心ください。」
「アクセサリーなどの小物はこちらの安全箱にてお預かりいたします。お召し物とあわせて後ほど寝室にお届けいたします。」
とりあえず、財布と免許証、スマートフォンに腕時計、車のスマートキーなどを預かってもらう。
財布も免許証もこっちでは役に立ちそうもないから、しばらくあずかってもらうのもありかな。
箱を閉めると中央にぼんやりと紋章のようなものが光る。一度閉めると閉めた本人以外は開けられないそうだ。
もじもじしていると脱衣籠のようなものに服を脱いで入れなさいとメイドさんが目が訴えているので、脱ぐ。
今日はずっと姫さまにくっつかれていたせいか、服は姫さまのいいにおいになってしまっている。
思わずすんすんとかいでしまいそうになるも、踏みとどまる。
一応簡単にたたんでいれる。おなかやおしりをものすごいみられてる。勇者なのにだらしないからだですいません。
今日はハンバーガーを買ってそのまま帰るつもりで、まさか異世界に呼ばれるとは夢にも思わず、アロハ風シャツにジーンズという田舎から来た観光客のような服装だったのをいまさら思い出す。
異世界観光という点ではあっているのかもしれない。
「浴場ではこちらをお召しいただくのがしきたりとなっております。」
うやうやしく差し出されたのは白い布で作られたバミューダパンツのようなものだった。見られても減るものじゃないし、最後の砦のトランクスを脱ぐ。新手のプレイですね、わかります。
そこでわざとらしい「きゃっ!」という感じの表情はやめて!こっちもすごくはずかしいんだから!
ユーモアセンスのあるほんわかメイドさん。
「それでは勇者殿、ごゆっくりおくつろぎください。」
バミューダパンツの紐を締めなおし、浴場へ続く半透明の引き戸を開ける。
がらがらがr
「勇者さま!準備はよろしいですか?」
立ち上る湯気の中。
白いスクール水着のような浴衣を身に着け、腰に手を当てて仁王立ちのシルフィール姫と同じくスクール水着で胸の辺りを執拗にカバーして中腰になっているマーガレットさんが立っていた。
浴場はかなり広かった。やはり白を基調とした装飾、大小さまざまな浴槽にサウナルームらしき部屋。壁にはシャワーのような設備が備えられている。
床は速乾性のタイルのようなものでできているのか、濡れてすべることはなさそうだ。
中央には城のモザイク画が飾られ、いちばん大きな浴槽には城の前で見かけた謎の竜噴水に似たオブジェがあり、おなじように口から湯をじゅばばばばばばと噴いてもうもうと湯気が立っていた。
人払いをしているのか、ほかの利用者は見当たらず。
かぽーん。とおなじみの音が聞こえた。ほかに誰もいないのに。
混浴のスーパー銭湯なの?
これを作らせた「預言書」はいったい何を考えているんだろう。
---
「こうして勇者さまのお世話ができるなんて、夢のようですわ。」
「僕も姫さまに背中を流していただけるなんて、夢のようです。」
後ろにいるのは正真正銘本物の姫さまのだ。お世辞ではない、本音だ。
シャワーのある壁際のいすに座らされ、シルフィール姫が背中を流してくれる。マーガレットさんはシャワーノズルのようなものを持って補助をしている。
マーガレットさんはなぜか目線をはずしている。彼女には男性の半裸は早かったか。
シルフィール姫の洗い方は強すぎず弱すぎず絶妙なバランスだ。
「昔はよくお父様の背中を流していましたから力加減はなんとなくわかりますわ。」
海綿スポンジのようなもので念入りにごしごしと洗われる。
それほど広くない僕の背中はあっというまに隅々までアワアワの洗礼を受ける。
さすがに頭と前は自分で洗うといって断った。頭を洗うにはいすに座っているのと体格差から言ってシルフィール姫がうしろから抱きつくか、前から抱きつくか左右から抱きつくかしかないからだ。前はもってのほかだ。
抱きつかれるのは着衣ならまだしも水着ではいろいろと。
最後のすすぎだけは譲れないというのでやってもらう。
お礼にシルフィール姫の背中もちょっとだけ洗ってあげる。くすぐったいのか身をよじって逃げるのであまり洗えず。
マーガレットさんは固まってしまってあわあわしていた。泡だけに!
数ある浴槽を吟味した上、竜噴水のある浴槽に入る。
つづいてシルフィール姫が入る。マーガレットさんは真っ赤な顔で水風呂にいってしまった。
「子供のころは勇者さまごっこをしながらお風呂に入りましたわ。竜のブレス攻撃を受ける訓練といって、こうやってあそんでいましたの。」
竜が吐き出す大量のお湯の下に入って滝行のようなことをするシルフィール姫。
その、水圧で水着が危ういです。
しばらくして息が続かなくなったのか、滝行を中断し顔を真っ赤にしてふらふらしながら僕の隣に座るシルフィール姫。
シルフィール姫は僕の肩に頭をくっつけてぽつりと言う。
「子供のころからの夢がいっぺんに叶ってしまってすこし怖いですわ。」
夢というワードでさっきの勇者無双の物語を思い出し、姫さまにたずねることにした。
「シルフィール姫、勇者に関する本のことですが」
「なんでしょう?勇者さま?」
「僕は異世界から呼ばれはしましたが、いたって普通の人間です。客間にあった勇者童話のような超人的な活躍はおろか、たぶん小さな魔物すら満足に倒せないと思います。」
「姫さまのご期待にはあまり添えないと思いますので、」
そこまで言ったところで姫さまが
「勇者さまは勇者さまです!私を食べてほしいなんて無茶なお願いを難なく解決していただきました。乗り物の調査についても後で聞きましたが、本来であれば責任者が更迭されるべき内容でしたのに寛大な対応をしていただいたと聞きます。精霊の双子が帰ってこられたのも勇者さまのおかげです。」
「今日一日勇者さまと過ごして、むやみに力を振るうだけが勇者ではないと思いました。実のところ、物語に出てくる素手で竜を張り倒すような方でしたらどうしましょうと思ってましたの。なんというか・・・怖いじゃないですか!」
「夢物語にしか過ぎなかった勇者さまが突然現れて、舞い上がっていたのは認めます。でも・・・やっぱりお姫様だっこはいいものですわ!」
思っていたよりちゃんと現実を見ていてくれた。と思ったらそうでもなかった。
ここで会話がとぎれて二人で見つめあう。
「ひーめーさーまーこーごーえーまーすー」
ぜつみょうのたいみんぐでわりこみがはいった!
マーガレットさんが二人の会話を邪魔しないよう聞き耳を立てて水風呂で待機していたら体が冷え切って痺れてしまったらしい。
二人して救助に向かい、ぬるめのお湯からだんだんとあついお湯に体を移動させて事なきを得た。
マーガレットさん、華奢な割に主張するところは主張していた。着やせ?
---
浴室を出ると乾燥魔法具という大掛かりな装置で体を乾かす。全身がすっぽり入る巨大なドライヤーっぽい。
今度はメイドさんの見張りはなかったので心置きなく寝巻きに着替える。下着はさるまたチックなものだ。バミューダパンツより丈は短い。甚平のような紐で止める肌着をきて、その上から肌触りのいいまっしろなガウンのようなものを着る。
すごく高そうなガウンなので、ふさふさのにゃんこを抱えてブランデーグラスを持てば映画に出てくるボスになれる気がする。
外で待機していたメイドさんを先頭に、行きと同じ隊列で進む。
ちなみにシルフィール姫は僕と同じようなガウン、マーガレットさんは私服のようだ。
玄関ホールでマーガレットさんと別れる。自室に戻るそうだ。別れ際に水風呂の件をぺこぺこ謝っていた。シルフィール姫はうつらうつらしている。
長い廊下を歩いて寝室の前に到着した。
「ああ、そういえば双子の様子を見ないと!」
とわざとらしく言うと、目つきのするどいメイドさんが音もなく現れた!
「お二人は一度お目覚めになられましたので、私が体をお湯で拭き清めて寝巻きに着替えさせました。すでにお休みになられています。お風呂の件はすこし残念そうでしたが、明日はご一緒したいとのことでした。」
「それでは勇者殿、姫様、ごゆっくりとお休みください。」
メイドさんはそう言うと寝室のドアを開けて二人を中に押し込んだ。
---
壁に等間隔に埋め込まれた魔導照明装置がぼんやりと室内を照らす。
むーどはまんてんだ。
昼間は不可抗力で添い寝してもらったけど、改めて一緒に寝るというのはかなりはずかしい。
一応僕自身に命の危険があるので離れてはいけないとわかっていても、相手は年頃のお嬢さんだ。
シルフィール姫はつかれきってしまったのか、ベッドに腰掛けたかと思ったらすでに眠っていた。
今は僕の隣ですぅすぅとかわいらしい寝息をたてている。
おやすみのキスなど迫られたらどうしようかといらぬ心配をしていたが無用だった。
双子は隣のベッドでなかよく眠っている。よだれをたらしてむにゃむにゃ言っている姿はやっぱり人間にしか見えない。たぶん夢の中でさっきのお菓子をたべているのだろう。
明日は国王との会談だ。ちらっと見た感じでは人のよさそうなおじさんだったがやはり緊張する。
寝不足で会うわけにも行かないので無理にでも眠ることにする。
そういえばこんな早い時間(地球時間?)で寝るのも久しぶりだ。
例のアニメ新番組は今日からだったかなと余計なことを考えていると自然に意識が遠のく。
---
気がつくと、目の前に真っ白なローブを着た2メートル越えの巨人が立っていた。
今まで以上に身の危険を感じる。
お風呂のあとは寝るだけ!と思ったらそうでもなかったです。