週末の昼下がり
できる事なら、ずっと眠っていたかった。
しかし暑い。
8月に入り、暑さもいっそう厳しくなった。
ゆるくエアコンを掛けた室内の温度が窓から入る灼熱の太陽に炙られ、じりじりと肌を焦がす。
寝ているのも限界に近いか。
「ふああああー」
薄い夏掛け布団を蹴り飛ばし、せいやっ!と起き上がる。
僕は金曜までの激務を乗り越え、今日は休みなのをいいことに惰眠をむさぼっていた。
枕元に置いたドシメーターつきの腕時計を見るとすでに昼過ぎ。
二階の自室から廊下に出ると、家の中は不思議なくらい静まり返っている。
「あれ?誰もいないのか?」
首をかしげながら一階の居間に降りるとテーブルに書置きが残されていた。
両親は妹を連れてショッピングセンターに行ったようだ。
そろそろ妹の服を買わなきゃって言ってた気がする。
両親と妹がそろって出かけるなんて珍しい。
僕置いてけぼりだなんてひさしぶりだよ。妹の買い物といえば僕が行くのに。
「さて、飯は…。いつものでいいか」
洗面所に行き顔を洗う。
死んだ魚の目からやや鮮度のいい目になったのを鏡で確認。
うっかり社畜アーマー(スーツともいう)を着用しそうになるもださい私服に着替え、数日振りに愛車のエンジンを始動、お気に入りのゲームミュージックを聴きながら隣町にできたばかりのファストフード店と向かう。
新作ハンバーガーのセットをテイクアウトして家に帰り、エアコンのきいた自室でバーガーをもむもむしながら録画しておいた深夜アニメを見るのだ。
今日は一緒に見る相手が居ないが。
隣町までのちょっとしたドライブ。
最近は遠くまで車を走らせることも少なくなった。
車を買ったばかりのころは週末になると、ふらふらと出かけて目に付いた神社に参拝したり。いや、決して巫女さん目当てでは。
そんなプチドライブも車を買った年に生まれた妹が幼稚園に入ったくらいから、仕事の関係で土日もすれ違いになりがちな両親に代わって彼女の世話をするようになって徐々に減り。
妹がもう少し成長したらあちこち遊びに行こうとは思っている。
まぁ、今日は珍しく両親そろって休みが取れたようで何よりだ。
たまにはおかんおとんにあまえるがよい。
妹不在以外、いつもの週末。
ただ、いつもとすこし違うのは、ここ3日くらいの間に近所で道路が陥没するトラブルが頻発しており、あちこちに道路工事中の看板が出ている。
被害はこの地域だけのようで、ローカル新聞には老朽化した水道管が破裂したのが原因では?と適当な理由が書かれていたが真相はわからずじまい。
隣町で無事にバーガーをゲットしたものの、帰り道も何箇所か迂回を強いられることになった。
普段なら絶対通らない国道のアンダーパス。車1台がやっと通れるくらいの幅しかないのであまり通りたくなかった。
ここをくぐらないルートを選ぶとおそらく20分は遠回りする計算になる。
ドリンクホルダーに置いた紙コップの中身…ソフトドリンクの氷が半分ほどになり、途中コンビニで買ったオレンジジュースもぬるくなり始めていた。
早く帰ってアニメとバーガーを消化したいと思い、対向車がこないのを確認して最徐行でアンダーパスをくぐる。
「ん…お?おおおおおお?」
突然視界がぐにゃっと歪む感覚に襲われ、思わずブレーキを踏む。
ずざざざざざ!
メーター内のインジケータが点滅、ABSモーターの作動音と断続的にロックするタイヤの音がやけに間延びして聞こえ、何かやわらかい壁を突き抜けたような感触が。
まさか、事故を起こした?
ほんの一瞬、目を閉じてしまったが、エアバッグが出ることも無く無事に停車。
「…」
そっと目を開けた僕は言葉を失った。
アンダーパスを抜けた先にはアスファルトの道路は無く、だだっ広い広場のような場所にいたのだ。
バックミラーとそれを補助する後部カメラには、今通ったはずのアンダーパスの代わりに頑丈そうな灰色の壁のようなものが映っている。
まだめまいがするような感覚があり、心の中で「平常心平常心」と唱え、手のひらに人を三回書いて飲み込んでみた。
完全に気が動転している。
ドリンクホルダーに刺さっていたソフトドリンクを飲み干して心を落ち着かせることにした。
「ぶほっ!げほごほ」
炭酸でむせる。大丈夫。吹き出してはいない。
---
気がつくと、クラッチとブレーキペダルを踏みつけたままだ。
ギアを2速からニュートラルに戻し、サイドブレーキを引いてクラッチとブレーキペダルから足を離し、ドアを開け車の外に出る。
アルミ製のドアノブを引く手が微妙に震えてうまくあけられなかったのは秘密にしておこう。
車のアイドリング音のほかは鳥のさえずりくらいであとは何も聞こえない。
そして何よりも人の気配が無い。
前方には縦横二十センチほどの灰色のざらついた感じの石をびっしりと敷き詰めた幅数メートルの道が延びており、石畳以外の地面は芝のような植物に覆われている。
ふと空を見上げると高さ数十メートルはありそうな先端が赤く尖った灰色の塔が何本か見え、広場の中ほどにはおとぎ話に出てくるヨーロッパ風のお城のような建物が見える。
スケール感が狂うほどの巨大なサイズであるが。
「でけぇ…ちょっとした山だな」
丁度某SF系FPSの壮大なメインテーマがカーステから流れ始めた。
残念ながら手元には携行武器もサポートAIも無いが、気分は死地へと赴く主人公のようだ。
「うーん。あそこなら誰かいるかもしれない」
出るのはため息と独り言だけ。
とりあえずお城がよく見える場所まで車で移動することにした。
走り出すとゴツゴツした石畳の感触がタイヤを通してハンドルに伝わる。それは普段あまり感じることの無いものだった。
---
お城の正面らしき場所に車を停めるも、だれも出てくる気配は無い。
時代劇なら「であえ!」とか聞こえそうな感じなのに。
気が動転していて見ていなかったが、カーナビはアンダーパスのあった場所で電波をロストしたらしく灰色の矢印が点滅していた。
画面を切り替え、電波受信状況を見るも1つとして衛星を捉えていなかった。
もしやと思い、ポケットからスマートフォンを取り出したが「圏外」の表示が出る。
「これは…もしかしてちがう世界に来たんだろうか。」
ラノベで得た知識と照らし合わせた結果、何かの転移現象に巻き込まれたと考えるのが妥当か?
とりあえず車のエンジンを切ると、耳が痛くなるほどの静寂が襲ってきた。
状況が飲み込めないままだが、腹の虫はぐーぐーと抗議の声を上げる。
脳内前向き会議(参加一名)の結果、さっき買ったハンバーガーを食べることにした。
この状況下で何をと思うが、食べずに死んでしまうよりマシじゃないかと言い聞かせ。
どうせならお城でも眺めながら食べようと思い、バーガーの入った袋をかかえて車の外に出る。
袋の中身はまだあたたかいようだ。ソフトドリンクは先ほど飲みきってしまったのでペットボトルのオレンジジュースを代わりに持つ。
「ここは城の中庭?それにしてもでかいな」
思わず独り言が出る。
三方を高さ十メートルほどの白い壁に囲まれた、公立小学校のグラウンドほどの場所は、他とは異なる綺麗に磨かれた灰色の石畳が敷き詰められていた。
かといってすべることもなく、ゴム底の靴が吸い付く感じで歩ける。
壁に沿って規則正しい間隔で花壇が造られ、見たことの無い色とりどりの可憐な花が咲き乱れる場所。
手入れが行き届いているところを見ると、つい最近までは人がいたのだろうか?
好戦的じゃなきゃいいけど…。やっぱり「であえ!」とか(時代劇脳)
その広場の中心部分に「じゅばばばばばば」とマーライオンのように口から水を垂れ流す高さ五メートルほどの竜のような生物を模した噴水の前におあつらえむきなベンチがあったので、そこで昼食会を開くことにした。(参加一名)
「これが最後の晩餐にならなきゃいいけどな…」
下を向いてひざの上に載せたバーガー入りの袋をがさがさ開けていると、足元にふらふらと動く影が。
「誰?」
顔を上げると目の前に小学校高学年くらいと思われる、見慣れない服装の女の子?が立っていた。
---
2014/08/29
約一年ぶりに加筆修正。
2015/09/24
微妙に加筆修正
2018/08/08
少しだけ加筆修正