ともだちはぼくに…
ぼくは、どうでも良くなった…
こんな陳腐な、単純な世の中は…と…
なんでか分からなかったがそう思っていた…
ある意味子供の純粋な感情を持っていたのかもしれないし、
大人びていすぎたのかもしれない…
でもそうだった。
そして、ある時思った…
僕はどうして、こういうキャラなんだろう…
どうしてこういうものの歪んだ見え方をしてしまうのだろう?
か…
半分諦めかけた時…ある友達が言った。
正確診断を受けて見ては?
この本がとってもおすすめだ…
何かしらの答えがでるかもしれない…と
僕はそれによって包含と共感性が一番と二番に来ていると言う結果を知った…
しかし…僕は、その一番と二番を何となくぼんやり眺めた…
聞きなれないその包含と言う言葉…
僕はネットで調べてみた…
包含…包含する…
いわゆる、僕なりにその結果に何かのこぎつけを見出そうと思ってさえいた…
僕の何かの答えがここにかくされているのかなぁ…的な…
僕は分析した…
その前に分析とは…深く考えることにした…
なぜなら、生半可な理解力では、これは解決出来ない気がしたからだ。
分析とは…分かる+解析する=分析…だし
分かるとは、理解することで、いわゆる、理解とは理を解くこと…
すなわち、自分にとって理の通った、分かった事にすること…
その行為その物が分析と言うこと…
分かるということは理解すると言うこと…
理解とは、理を解く…
理が解かれたとか…
じゃぁ理と言うもは?
理とは
1.理由
2.理屈
3.理論
4.道理
筋道の通ったこと…
すべてのものの道理、原理、元素のようなものから、
発生した考えや知識のようなものであって、一つに
通じるもの…
分析を通さないものの理解は、丸暗記にしか過ぎない…
そう理解した…
では、なぜ能力と言うものが
その人それぞれに備わっているのか?
その理由も次に考えてみた…
分析と言うツールを使うと、物事をとてもスムーズに
理解する事が出来た…
僕は分析を続けた。
身につく…ということに付いて…
身につくということは…
体に技として、覚えさせるということが、単。
頭で考えなくても、体で行える事は、連。
どちらも同じ鍛錬だが(単連)…
違いは、単は技だがこの技と言うものは、身につけさせるのに
毎日100回やり続けたとして、5年を要するものらしい…
では…連と言うものは?
恐ろしいもので、10000回やりつづけて毎日やれば10年後にやっと連になる
らしい…
これは、いわゆる、バカかキチガイか、そもそもそう言う人ではないと続かない…
では、そもそも連とは…?
すなわち能力…であり、資質であり、そのようなその人に染み込んだ色のようなもの…
らしい…
では、僕のその包含と言うもが何なのか…
そして、第二の共感を重ね合わせたとき、どういうものが
間接的に発生するのか?
いわゆる、単体での特質であるのなら、特質を同じ箱に入れるのが個性だとして、
その二つが合わされば何かしらの関わりと言うか、
化学変化で、合わせ技が出来るような気がしたし、
そう言う意味で分析する事にしてみた…