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Trans Trip!  作者: 小紋
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10‐(9).独りよがりはエゴイズム

 夕日が差し込み、白い壁が朱に染まった病室。

 ソーリスは、逆向きに座った椅子の背もたれに体重を預けながら、ベッドの上で眠るヤマトの顔を眺めていた。

 眠っているにもかかわらず憔悴している様子の顔つきを見るたび、自らの不甲斐なさを悔いる心がわき上がる。

 守る、守ると口には出すが、何も出来ていないのだ。ただ苦しむヤマトを見ているだけ。現状自らに出来ることがないのだと言えばそれまでかもしれないが、そう言い捨てられるほど大人ではいられなかった。


「ヤマトー……」


 頬を椅子の背もたれの上で組んだ腕に押し付け、憔悴してなお秀麗なヤマトの顔を見つめながら、名前を呼ぶ。


「暇だよ、なんか話そうよ」


 呼びかけても、当然沈黙しか返らない。意味はないのだ。わかってはいる。

 だがソーリスは構わずに言葉を続ける。不服そうな顔を作って呟いた。


「俺がヤマトのこと嫌うわけないじゃん」


 絶対に、と断言できる。だから、ヤマトが「嫌わないで」と自分に懇願することが、ソーリスには不服だった。ヤマトが欠片でもヤマトである限り、ソーリスは彼を疎む自分自身が想像できない。

 ヤマトの事を完全に理解できていないことは重々承知している。今回、呪いに蝕まれている彼が何を見ているのかすらわからないことからも明白だ。だが、理解できていない未知の部分も含めて、ソーリスのヤマトに向かう感情に“嫌悪”が混じる余地はない。


「ヤマト、好きだよ。ヤマトが大切で、大好きだ」


 気弱だけど穏やかで優しい、外見だけではなく精神も美しいヤマト。任務の保護対象で、ギルドの仲間で、隣部屋の大切な友達。……ソーリスは友達以上の気持ちを持っているが、今はまだ友達。

 これを知っているだけで、両腕では抱えきれないほど好きで、大切だ。知らない情報を知ることが出来ればもっと大切になる。きっと。

 だが、ヤマトは「嫌わないで」と泣く。


「変な幻覚見てるくらいには、伝わってなかったのかな」


 言葉にして伝えていないから当たり前だ。理由は自意識過剰の逆側。ヤマトは、自分の外見はともかく中身に好意が向けられることはないと思っている。

 ソーリスは確固たる自分の気持ちを伝えていなかったことを後悔していた。伝えていれば少しは違ったのかもしれない。呪いに冒されても、ヤマトが「嫌わないで」とそんな悲しい理由と悲痛な声で泣くことはなかったかもしれない。

 明日にはヤマトは治るという。だったら。


「ちゃんと伝えるから、死ぬなんて言わないで」


 言うことは決まっていた。ちゃんと伝えよう。そう決意する。


「ほんとに好きなんだ。ヤマト……」






◇ ◇ ◇






 夜は更けて日付の変わる深更間近、真っ暗な解呪療棟の廊下を足音を殺して歩く影があった。影の大きさは小さく、そのことから、影の正体はどうやら子どもであるということが分かる。

 影はヤマトの病室に差し掛かると、周囲を警戒するように見回し、扉へと手を掛け、力を入れて開けた。

 病室内は暗い。しかし病室内に影が一歩踏み入ったその時、唐突に明かりが灯る。

 影が突如襲った光の眩しさから視力を回復させた時には、前方に三人の人物が立っていた。パーシヴァルとソーリスとエナ、その三人だ。


「遅かったな。……ヴィーフニル」

「やっぱりいるんだ」

「当たり前だ」


 パーシヴァルが警戒感も露わに言葉を発すると、ヴィーフニルが短い眉の根を寄せ、眦を吊り上げた。


「偉そうに。お前らみたいなのがヤマトの傍にいるなんて、僕は許せない」

「……あ?」


 まるで虫酸が走るとでも言いたげな表情でそのまま続ける。


「お前ら、ヤマトを利用してるんだ。ヤマトが、綺麗で優しいヤマトが、お前らに利用されて殺されるなんて、そんなことあっていいはずがない!」


 終わりに近づくにつれ、語調が荒くなっていった。感情が昂ったのだろうか、ヴィーフニルは肩で息をしている。

 しかし、半ば叫び声で主張されたその内容に、パーシヴァル達は一切覚えがない。むしろ、ヤマトが利用されて殺されるなどというのは、一番防ぎたいことだ。

 エナが困惑した表情で問う。


「ヴィーフニル、何言ってるの? エナたち、ヤマトを利用して殺すなんて」

「しらばっくれるんだ。卑怯者」


 その態度はとりつくしまもないもので、憎悪すら感じさせる強い言葉にエナが怯む。


「おいガキ、お前誰かに何か吹き込まれただろ」


 あまりの豹変ぶりと意味不明な言葉に、ソーリスはそう判断した。

 こちら側に覚えがないとすれば、ヴィーフニルがそのような考えを持つ原因になったのは外部だ。


「吹き込まれたんじゃない。教えてもらったんだ。お前らがやろうとしてること、それにヤマトの命が必要だってこと」

「命? そんなわけあるかよ。ヤマトが死んでいいことなんてひとつもねぇだろ」

「そりゃ、とぼけるよね。自分たちが悪いってこと認めるわけないし」


 洗脳されたのか、とでも言いたくなるような偏重的な言いぶりだった。どうやらヴィーフニルは、余程根深くその考えを植え付けられたらしい。


「……チッ、ヴィーフニル、とりあえず来い。話を……」


 舌打ちをしたパーシヴァルがヴィーフニルに向かって歩み出た。

 反射的に、ヴィーフニルが逃げようと後ずさる。それを捕まえようとしたパーシヴァルが、ヴィーフニルの腕へと手を伸ばした。しかしその時だった。

 ヴィーフニルの腕へとパーシヴァルが触れる直前、派手に火花が散る。

 それと同時に、ヴィーフニルの腕にぞわりと走る黒い紋様。


「呪刻……!」


 パーシヴァルは黒い紋様を見て息を呑んだ。呪刻、それは呪傷よりもゆっくりと呪いを刻んだ時に被呪者の体に現れる紋様のことだ。根深く強いそれは、被呪者の精神をより深く支配する。

 火花を散らされたヴィーフニルが飛びずさって腕を押さえる。いまだばちばちと散る火花の痛みに耐えるかのように歯を食いしばり、パーシヴァルをきつく睨んだ。


「い……っつ、くそっ、何した!!」

「ヴィーフニル、今すぐ来い! お前いつの間にそんな……!」


 必死さをも感じさせる口調でパーシヴァルが呼びかける。すると、ヴィーフニルは焦点が合わない虚ろな瞳を彷徨わせた。そして混乱したように叫ぶ。


「僕を殺すのか! やっぱり都合が悪くなるとそうするんだ! ……ヤマトも殺されちゃう……!」


 泣きだしそうな表情で喚く様は、恐怖に怯えているようにしか見えない。

 ヴィーフニルが短刀を出して構える。その切っ先は真っ直ぐパーシヴァル達へと向いていた。


「守らなきゃ、守らなきゃいけないんだ! 僕にしかできない……!」


 狂乱して刃を振るうヴィーフニル。


「おい聞け! この……ヴィーフニル!!」


 最初は身をかわしながら呼びかけていた三人だったが、埒が明かないとパーシヴァルが帯剣したショートソードを抜き去った。振られた短刀を軽く受け止め、ヴィーフニルごと弾く。

 吹っ飛んだヴィーフニルが部屋の中央あたりに投げ出され、短刀はからんと軽い音を立てて部屋の隅に転がる。

 少し沈黙し、おとなしくなったヴィーフニルを見下ろしながら、三人は息を吐く。


「……聞け。お前、“赤”に……」


 そしてパーシヴァルがそう言いながら近づいた時だった。


「範囲指定、使用者中心に中円展開」


 ぼそりと呟く声と共に、部屋の床を覆うほどの魔方陣が出現した。短刀が眩く発光し、誰の手も借りずに浮かび上がる。

 短刀と魔方陣の両方を目にし、何かを感じ取ったらしきパーシヴァルが目を見開く。


「空間転移魔導器……!?」


 驚いたように呟いたその時だった。


「発動」


 ヴィーフニルの一言で、病室を埋め尽くすほどの光が迸った。






 光源らしき光源は間隔をあけてぽつりぽつりと浮かぶ魔光の街灯、そして星月の明かりだけである路上に、突如眩い光が出現した。それが収束する頃には、その場に三人の人物が姿を現す。

 一人はパーシヴァルだ。光と共に出現した彼は、地に足をつけるなりあたりを見回した。

 近くでは、同じタイミングで出現したらしいエナが同じようにあたりを見回している。

 そして三人目は、青い隠密服のようなものを身につけた男だ。男は地面に倒れていた。

 エナが突然出現した青い隠密服の男に驚いている間に、パーシヴァルはヤマトに身につけさせておいた腕輪の反応をチェックする。

 ヤマトを中心に周囲の様子を知らせる機能がある腕輪だが、大聖堂の事件でニーファが渡したものがなくなった時、機能を改良した腕輪を渡したのだ。以前のものは、ヤマトが腕輪に合図を送らなければニーファやパーシヴァルが状況を把握できないものだったが、今のものは知りたい時にヤマトの様子を知ることができるようにしてある。

 そして腕輪の反応によれば、ヤマトは今パーシヴァルたちがいる場所から歩いて四半刻ほどの位置にいた。

 パーシヴァルが小さく舌打ちをする。どうやらヤマトは少しだけ離れたところに“転移”させられたようだ。

 先ほど発動した魔法は、空間転移魔法という。詠唱者の任意で人や物をどこかに運ぶことが出来るものだ。本来、転移位置指定や範囲指定、対象指定に相当の時間がかかる魔法だが、魔導器を媒体としたおかげでほぼ一瞬で発動できたようだった。そしてこの空間転移魔法は多少“ぶれる”ことがあり、対象の数が大きいとその傾向が顕著になる。

 そういった理由から、パーシヴァル達は同じ場所から同じ場所に向かって転移させられたにもかかわらず、全く同じ場所に出現しなかったのである。

 この“ぶれ”はかなり痛かった。エナがここにいるということは、あとヤマトの傍にいる可能性があるのはソーリスだ。可能性がある、ということは確実ではないということだ。ソーリスまでどこか別の場所に転移させられていたらかなりまずい。

 パーシヴァルはそう思ってヤマトの周囲を探る。一番近くにあったのは、ソーリスの反応だ。

 しかし、少し安心できたのも束の間のことだった。


「……何だと?」


 腕輪の反応を見るのを止めたパーシヴァルはつかつかといまだ倒れている青い隠密服の男に歩み寄った。


「おい起きろ!」


 男のところに到着するなり、胸倉をつかんで起こす。

 無理矢理起こされた隠密服の男が、ぱちりと目を開いた。それを確認したパーシヴァルは焦りが滲んだ口調で命令する。


「サフィールに兄貴呼ばせろ! 状況がヤベェ、ヤマトの傍に“赤”が仲間引き連れて来てる!」


 聞くなりひとつ頷いた隠密服の男は、即座に姿を消した。

 それを見て、エナは混乱した。パーシヴァルにしては余裕のなさすぎる態度だ。


「どうしたの!?」


 問い掛けるエナに答えず、パーシヴァルはもう一度ヤマトの位置を探る。

 ヤマトの今いる場所はどこか。距離と方角、周囲の状況からすると。


「走れ!」


 パーシヴァルは一言叫ぶと走りだした。エナが慌てて追う。


「どこへ!?」

「デューバー大聖堂だ! ヤマトたちはそこで、敵も来てる!!」


 走りながらのやりとりだった。

 ヤマトはデューバー大聖堂にいる。その傍には、ソーリス、ヴィーフニル……そして、魔人らしき反応と、“赤”の反応。

 このうえなく、まずい。


「もたせろよ、ソル……!」


 全速力で走りながらも、パーシヴァルは呟く。

 脳裏をよぎるのはヤマトを案じるソーリスの思い詰めた表情だ。


(もたせるはいいが、はやまったこともするなよ、畜生……!)


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