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Trans Trip!  作者: 小紋
97/122

10‐(8).今夜が峠です

(痛い、痛い、痛い!)


 突如襲った激痛に、私は飛び起きた。

 意識はこれ以上なくはっきりしている。痛みのせいだ。

 こめかみを汗が流れ落ちる。最近は夢見の悪さで気分悪く起きることが多かったが、夢を見なかった今日はその比ではない。目覚めると同時に見開いた目を、ぎゅっと瞑る。苦痛に脳が支配されていた。

 首筋の傷が激烈に痛い。声を出すことすらできずに仰向けに寝たまま悶絶する。

 体内から何かが皮膚を食い破って出てこようとしているような、それか逆に首の傷を入口に何か嫌なものが入り込もうかとしているような、わけのわからない痛みだった。

 そうして動けないまま苦しみ悶えたしばらく後。

 唐突に、その痛みがふっと消えた。


「……な、んで」


 荒くなった息を落ちつけながら不思議に思う。あれだけ痛かったのに。

 ぐらぐらと揺れる頭を疑問符だらけにしながら上半身だけベッドから起こした。

 そして驚く。いつの間にかソルとエナとパーシヴァルさんが私のベッドを囲むように立っていたのだ。

 昨日ソルとエナがしていた話が脳裏によぎる。

 何故かって……周囲を固める三人が、昨日の噂話と同じ色、嫌悪の表情で私を見ていたから。


「……やっと起きたよぉ」


 その眼差しの冷たさときたら。

 左手側に立つエナに、忌々しげ、という言葉をそのまま表情に変換したかのような憎しみの面で睨みつけられた。

 ちょっと前まで優しかったはずの人たちからの突然の悪意に何も言えずにいれば、舌打ちをされる。頭が真っ白になった。手がずっと震えている。無意識にベッドの上を後ずさったらしく、背中に背もたれがぶつかる。


「呆けてんなよ間抜け。いいご身分だよな、こんな時間まで寝てて」


 何も言わない私に焦れたのだろうか、右手側のソルが顔を歪めて軽蔑したように吐き捨てる。いつもの理性的でありつつも人懐っこそうな笑顔など欠片も存在しない、冷酷そのものの顔を近づけて、そのまま続けた。


「渋々来てやれば寝てるとかマジでムカつく。っていうかお荷物のくせに手間かけさせてさあ……仕事じゃなきゃお前みたいな愚図、誰も相手にしねえよ?」


 目を合わせることは、できない。手の震えはいつからか体全体の震えとなっていた。やりどころのない手でぎゅうとシーツを握る。

 まだ嫌われているなんて思いもしなかった頃、ネガティブな感傷で、もしかしたら私の周りにいる人は私にイラついていたりしないだろうかと、想像したこともある。それが今現実になっていた。


(でも、今まで、直接は言ってこなかったのに。なんで今になって)


 そんな身勝手な考えが頭に浮かんだ。

 ああ、身勝手すぎる。私が愚図なのが悪いんだから、糾弾するべき権利はいつでも相手方にあったんだ。

 我慢が爆発したのかもしれない。それとも、私が気付かないうちに何かやったか。

 何にせよ、彼らは行動を起こすことにしたんだ。

 お前を嫌っている、ということを明確に表して、私にわからせることにしたんだ。


「ちょっと、何黙ってんの? なんか言うことないわけぇ?」

「え……あ」

「わかんない? 俺ら、貴重な時間使ってこんな辛気臭いとこいんの。時間外もいいとこ。仕事のことでプライベート侵害されてんの」


 謝らなければ。

 謝らないといけない。

 そうしないと、彼らの中での私が謝ることも出来ない屑になる。

 せめて、そのくらいは……そう思っても、口は動かない。

 謝っても駄目ならどうすればいい? いや、きっと駄目だろう。状況を次に進めたくない。怖い。怖いんだ。


「……ソルー、駄目だよこいつ。全然わかってないんじゃないの?」

「チッ」

「頭悪いから仕方ねえだろ」

「あはは、パース今更何言ってんの。わかりきってんじゃんそんなの」


 ソルの舌打ちを聞き、今まで黙って真正面に立っていたパーシヴァルさんが心底諦めきった口調で零した。エナが呼応して嘲笑する。

 そこで理解した。それと同時に涙が溢れだす。

 駄目だ。

 もう私は彼らの中で、“大嫌いな人間”以外のどんな位置にもなりえない。


「……うわ、泣いてるし。気持ち悪」

「いるよねえ、泣けば済むと思ってる奴!」

「ごめ、なさ」

「は? 何、聞こえないんだけど」

「ごめん、なさ……」

「……さっきからさぁ……ボソボソボソボソウゼェんだよ! まともに言葉も喋れねえのかよ!!」


 私の不明瞭な呟きが癇に障ったのか、ソルが声を荒げた。

 ソルの怒鳴り声を聞くのは初めてではない。だけど、それが悪意をもって自分に向けられたのはまさに初めてで。

 怖い。目を合わせて表情を見ることができない。それが余計に彼らを苛立たせているのかもしれないが、恐怖で嫌悪の真向に立つことができなかった。


「だいたいさぁ、普段から鈍臭いんだよねぇ! あんた、自分一人じゃ何もできないせいで、こっちに甘えてばっかじゃん!」


 エナがソルに続いて私への不満をぶちまける。

 反論なんて浮かぶわけがない。その通りだから。

 私は自分一人じゃ何もできない、誰かに頼らなきゃ、何もできない。


「いくら仕事だってうんざりなんだよ!! 自分のことくらい自分でやれや!」


(ごめんなさい、やっぱり、そうだったんだ)


 そうなんじゃないかと不安に思っていたが、それを直接言葉にしてぶつけられると涙が止まらない。

 いつも申し訳ないとは思ってた。だけど、みんな笑顔でいてくれてるから甘えてしまった。


(その結果が、これか)


 私の行動は間違っていた。頼ってはいけなかった。甘えてばかりいる人間が好かれるわけがなかった。自分の行動を棚に上げて、嫌わないで、なんて虫がよすぎる。

 私のせいで、優しい人たちがこんなにも豹変してしまった。


「あんたがいるせいであたしら毎日イライラしてばっか!!! さっさといなくなれよ!!」


 毎日イライラさせてたんだ。気付かなかったなんて言わない、ずっと考えていたから。

 こんなに迷惑掛けてた。イライラさせてた。

 優しい皆にいなくなれって思わせてしまうくらい、嫌わせてしまった。

 本当にごめんなさい。


「死ねよ! お前なんざ死ね!! お前が死なないと自由になれないんだよ!!」


 もはやその罵声を発したのが誰だかもわからない。みんなが言っているからだろうか。

 三者三様の凄まじい形相と、怒鳴り声が脳を揺さぶる。

 私は蹲った。ごめんなさい。優しい皆にそんなこと言わせてごめんなさい。


「ごめんなさい……ごめんなさいぃ……」


 泣きながら弱々しく謝るが、届くはずもない。止まない罵声。

 どうすればいい。私はどうすれば。


(……あ、待って、みんな教えてくれたじゃないか)


 直前に言われたのに、すぐに理解できていなかった。私はやっぱり愚図だ。

 みんなは道を示してくれたじゃないか。言ってくれたじゃないか。


(“死ね”って)


 それがみんなの望みだ。私が許される唯一の道。


「……ゆ、るして、ゆるしてくださ……しにます、から……」


 そう呟くと、みんなの罵声がぴたりと止まった。やっぱりこれが正解だ。みんなきっと許してくれる。嬉しい。

 しかし、嬉しい気分に水が差される。よくわからないばたばたという走るような音が聞こえた。なんだろう。


(でも、それを気にしてちゃ駄目だ)


 はやく死ななきゃ。どうすれば死ねる?

 痛いのは嫌だ。できれば苦しまないで死にたい。こんなところまで甘えに浸る自分の精神に嫌気がさすが、痛くない方がいい、苦しくない方がいい、と考えてもみんなは怒らないので、それはきっと許されるんだ。

 そうだ、飛び降りればいいかもしれない。

 高いところへ行こう。

 頭から落ちれば、そこまで痛いと思わないうちに死ねるだろう、きっと。

 私は覚束ない足で立ち上がる。

 ふらつきながらも病室の出口へ向かう。この建物には屋上はあっただろうか? 半端な高さは嫌だ。死に切れないのは痛い。

 しかし、つらつらと考えていたら、ちょうど廊下に出たあたりで何かに捕まった。動けない。私は焦った。

 これじゃ、死にに行けないじゃないか。

 折角、私でもみんなの示した道を実行できると思ったのに。

 この場で死ぬしかないの? 嫌だ。この場で出来ることなんて限られてる。舌を噛み切るのは怖い。壁に頭を打ちつけて死ぬのも怖い。

 唯一できそうな、飛び降りることが阻止されるなんて、本当に困る。

 目尻に溜まっていた涙が一筋零れ、私は私を捕まえる何かに訴える 。


「はな、はなしてぇ。しぬ、しににいかなきゃ、いけないんです……」


 覚束ない言葉で懇願する。離してくれないと、死ねない。


「はやく、しなないと……ソル、エナに、パーシヴァルさん、みんなに、また、きらわれ」


 はやく死ねば、皆の言う通りに死ねば、今よりは嫌われないで済む。

 じゃあ、死ぬのが遅くなったら……? 今よりもっと嫌われるじゃないか。

 嫌だ、絶対嫌だ。


「……きらわれたくないぃ……はなしてください、しななきゃ……! ああ、あああぁ!」


 叫んで、逃げようと暴れる。それが悪かったのか、私を捕まえる何かが、大声を上げて私を組み伏せた。

 地べたに這いつくばりながらも、死ななきゃとそればかりを考える。叫ぶ。暴れる。

 ある時唐突に意識を失うまで、私の抵抗は続いた。






◇ ◇ ◇






 パーシヴァルが汗でぬれた頬を手の甲で拭いながら立ち上がった。

 床に倒れているヤマトを抱き上げ、病室のベッドに慎重に寝かせる。するとすぐさまベッドの脇まで駆け寄ったリュミエレンナが、先ほどヤマトの意識を奪った処置に重ねて、何がしかの医療魔法をかけ始める。

 直前までのヤマトの様子は、狂乱とでも言うべき有様だった。死ななければならない、と泣き叫びながら暴れていた。もともとの馬鹿力とでも呼ぶべき凄まじい力で渾身をこめて暴れるヤマトを押さえつけるのは、この中ではパーシヴァルにしか出来得なかったことだ。

 パーシヴァルが背後を振り向けば、エナが立ち尽くし、ソーリスがわなわなと体を震わせていた。


「……くそぉ、なんでだよ……ヤマトは何を見せられてるんだよ!」

「静かにしろ。……起きたら困る」


 パーシヴァルが短く注意すると、ソーリスは頭を振って座り込んだ。

 静かにする、それくらいしかできないのだ。今日だって、余計な刺激を与えないようにと誰一人としてヤマトの病室へ入らずにいた。ヤマトが夢遊病のように病室から出ようとするまでは、誰も。


「ヤマトくん、きっと小さなことを気に負いやすいところがあったんじゃないかしら。繊細そうだもの。でも、今はそれが悪い方向に働いている。呪種の型と発言から察するに、気にしていたこと全てが悪意に転じた幻影を見ているのよ」


 処置を終えたリュミエレンナが、ヤマトの顔を痛ましげな表情で見つめて言う。ここまで進行が速いとは彼女も予測していなかった。きっと呪種と被呪者の相性がとてつもなく悪いものであるのだろう。呪いの蝕みは加速度的で、解呪療棟の強力な結界でも抑えきれていない。


「嫌う、って言ってた……俺たちが。そんなことあるわけないのに……!」


 掠れた声でソーリスが叫んだ。嫌われたくないとそればかりを恐れるヤマトにそんなことはないと叫んだとしても、決して届かないことが悶えるほど悔しかった。


「今晩。あと今晩だけ頑張って。明日の朝には分析が終わるの。ヤマトくんを蝕む呪種は私が消し去ってみせるわ」


 ソーリスとエナが頷いた。

 リュミエレンナは踵を返して病室を出ていく。


「……おい」


 その後姿を見送っていた三人だったが、パーシヴァルが呼びかける。


「呪いは最高潮、だが明日には消される。向こうが動くとしたら、今から今晩にかけてが一番可能性が高い」


 向こう、すなわち、敵だ。

 パーシヴァルが腕を組む。表情は厳しい。


「……守り切るよ」


 ソーリスは碧眼を覚悟に染めて呟いた。


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