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Trans Trip!  作者: 小紋
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10‐(2).子供の反省

 聖堂を目標とした魔国による多発的襲撃から三刻後。アスタリア神聖国の最高医療機関であるエニマ療施院の外来療棟は、きりきり舞いと表現するのが相応しいほどの惨状を呈していた。

 生誕ミサに出向いた礼拝客の数は、例年通り相当の数だったのだ。そこを襲撃されれば、被害状況も相応の物となる。

 概算して礼拝客の三割が負傷したため、そもそもの患者の数が多すぎる。そして医師の数が足りない。外科医だけでは手が足りず、外傷治療を専門としない医師までもが駆り出されていた。

 外傷の治療を待つ患者は数が多すぎて待合室に入りきらず、外での待機を余儀なくされる者もいる。処置室などは更に足りていない。とりあえずの応急処置を、廊下で行わなければいけない有様だった。


 しかし、療施院を奥に進むにつれてその騒がしさは鳴りを潜める。入院患者が運び込まれる入院療棟は少しだけざわついているが、治療よりも研究の意図が強くある中央療棟などはもっと静かだ。

 そして一番奥。呪いの解除や呪傷治療を専門に行う医師が常駐する解呪療棟は、ほぼ通常と変わらなかった。

 一人、重篤な患者が運び込まれたという以外は。






 解呪療棟の廊下の壁に凭れかかっていたパーシヴァルは、目の前のドアが開く音を聞いて顔を上げた。出てきたのは背の高い女性だ。

 リュミエレンナという名前の彼女は、エニマ療施院の解呪担当医の一人であった。水色の豊かなロングヘア、深い青色の瞳、そして尖った耳を持った、水を模したような透き通った美貌のライトエルフである。思わず目線がいってしまうほどの豊満でメリハリのある肉体が、白衣を押し上げている。

 男であれば唾を飲み込まざるをえない極上を前にして、パーシヴァルは顔色を変えずにいる。正直それどころではないのだ。

 先ほどまでリュミエレンナがいた処置室にいる人物の安否を気遣い、尋ねる。


「どうだ」

「良くないわぁ。どうしてあんなことになるまで放っておいたのぉ? 応急処置の『聖印鏝(サンクティトゥルーラ)』がなければ、一週間も経たずに廃人よぉ」


 語尾が間延びしたような口調でリュミエレンナが答える。その独特の話し方では緊急性があまり感じられないが、話の内容は件の人物……ヤマトが相当危ない状況であったことを示す。

 パーシヴァルは苦虫を噛み潰したような表情になった。


「放置なんかするか。おそらく、応急処置は呪傷をつけられてから四半刻も経たずに行ってる」

「……嘘でしょう?」


 それを聞いて唖然としたリュミエレンナが、少し考えてから質問した。


「大聖堂の襲撃には魔人も?」

「ああ。よくわかったな」


 やっぱり、とリュミエレンナは小さく呟く。


「あんないやらしいやり口であそこまで巧みに、しかも短期間で呪いをかけられるの、魔人くらいですものぉ。魔人が参加した襲撃はカーマ大聖堂だけじゃなかったのねぇ」

「カーマ大聖堂にも魔人がいただと?」

「えぇ。デューバー大聖堂よりも、カーマ大聖堂のほうがひどいらしいの」


 パーシヴァルは顔を顰めた。カーマ大聖堂がどうなったかを考えずにはいられない。デューバー大聖堂では、レヴィがヤマトに掛かりきりだったうえに、出現した不死者(アンデッド)は全てパーシヴァル達が速攻で倒したため、相当被害が抑えられたはずだった。それでも、死者は数十人にのぼる。有力なストッパーがいないカーマ大聖堂で魔人が暴虐の限りを尽くしたならば、死者は三桁を下らないのではないだろうか。

 起きてしまったことはどうにもならないのだが、歯痒かった。敢えて考えないようにするために話を進める。


「しかし、魔人が参加した……ってことは、魔人が参加してない襲撃もあるわけか」

「私が聞いただけでも、五か所は襲撃されてるって話」


 聞いただけでも、と付け足したのは、リュミエレンナにはそれが全てだとは思えなかったからだ。被害が少ないのならばそれにこしたことはないのだが、何しろ情報が錯綜している。気分的にも楽観視はできなかった。


「怪我人が多すぎて、外科の先生たちはもうてんてこまい。治療に他の専門の先生まで駆り出されてるのぉ」

「あんたは世間話してていいのか」

「うふふ、わかってるくせに。それより、目の前の患者さんでしょぉ」

「そうだったな。……術者の詳細、話すぞ」

「ええ、お願い」


 リュミエレンナがカルテとペンを取り出して、廊下の壁ぎわに設置されているベンチに腰掛けた。

 呪いを解除するためには、呪傷を綺麗に治療するのに加えて体の中に入り込んだ呪種を抜く必要がある。そして、安全に呪種を抜くためには呪種を詳しく分析する必要があった。分析は情報量が物をいう。術者の詳細も重要な要素だ。


「なるほど、だいたい把握したわぁ」


 パーシヴァルが話した内容をカルテにメモし終わり、リュミエレンナが顔を上げた。


「あの子、ヤマトくん、だったかしら? 身体に異常をきたす呪種は既に抜けてるの。でも、だいたいそういう呪種って浅い所にあるから簡単に抜けるのね。問題は精神の方」


 頬にペンを当て、自らの持つ情報を整理しながらリュミエレンナが話す。


「今、ヤマトくんの精神には呪種が強く絡みついています。精神に絡みついた呪種は、分析が相当進まないと抜くのが難しいの。何しろデリケートな部分でしょう? 無理矢理抜くと重大な後遺症が残ったりするのよぉ。で、呪種の分析にはだいたい一週間ほど掛かります。すっごく急いでも五日前後は掛かるわ」

「その間に様態が悪くなることは?」

「解呪療棟には呪いの進行を遅らせる結界があるし、処置をしてあるから精神が崩壊するほど悪くなることはないけれど、混乱したり情緒不安定になったりすることは間違いなくあると思っていいわぁ。錯乱して暴れることもあるから、注意して見てあげてねぇ。……それと……」


 リュミエレンナが少し離れたベンチに目を向けた。つられてパーシヴァルもそちらを見る。

 そこには、項垂れたエディフの男女二人組……エナとソーリスがいた。エナはベンチに座って俯き、ソーリスはベンチの反対側の壁に凭れて腕を組んだまま微動だにしない。

 痛ましげな表情でそれを見たリュミエレンナが、こそり、とパーシヴァルに耳打ちする。


「仲間の子たちでしょう? すごくショック受けてるみたいだから、きちんとフォローしてあげるのよぉ。ヤマトくんが起きた時にあの状態のままだと、ストレスを受けてしまって様態が悪くならないとも限らないわぁ。それもきちんと説明しておいてねぇ」






 分析に入るというリュミエレンナを見送って、パーシヴァルは項垂れるソーリスとエナのところへ歩みを進めた。

 二人の頭の上には暗雲でも発生しそうだった。落ち込みすぎだろ、と溜息を吐く。パーシヴァルも自らの不甲斐なさに落ち込んではいるが、それを外側に出すほど若くはない。それに、ここで自分まで落ちたら誰が場をまとめるというのか。

 数歩の距離を歩いて二人のところへと辿りつく。パーシヴァルから見て手前側にいたエナの頭にポンと手をのせ、声を掛ける。


「おい、お前ら。その酷い顔ヤマトが起きるまでになんとかしとけよ」


 そう言われ、エナが顔を上げた。その顔には普段の強気っぷりが見る影もない。いまだぼろぼろと零れ落ちる涙でぐしゃぐしゃになっており、鼻の頭も頬も真っ赤だ。完全なる泣きっ面。鼻水でも垂らしていれば完璧なのだろうが、流石にそこまで前後不覚にはなっていないようだった。


「お前泣きすぎ。目、溶けるぞ」


 そう言ってパーシヴァルが鼻をつつけば、どうしてだかその瞬間にエナの堤防が決壊したようだった。明るい青色の瞳からぶわっと涙が溢れる。パーシヴァルがぎょっとする間もなく、エナが叫んだ。


「……だって! だってえぇぇえ!! えなが、まかされたのに、えながやまとまもらなきゃいけなかったのにぃいいいい……!!」

「……あの多勢に無勢の状況でお前だけに負担がいくように配分しちまったのは俺だ」

「でももっとほかにやりようがあったもん!! えながもっとあたまよかったらやまとこんなことになってないもん!!!」


 取り付く島もない。そういえば、エナは泣き喚いて物事を消化する人間だったとパーシヴァルは思い出した。きっと精神の防衛反応的な何かのうちの一つなのだろう。

 さんざ喚いた後、少し落ち着いたエナが尋ねる。


「ぱーす……やっ、やまと、ひっ、ぅっ、だっ、いじょうぶなのぉ?」

「とりあえず死ぬことはない。呪種も半分は抜けたそうだ。残り半分も、分析が終わりゃ抜けるって」


 それを聞いてあからさまにほっとしたらしいエナが体の力を抜く。


「よ、がっだぁ……ずびっ」

「その残り半分が問題なんだよ。精神に残ってる呪種らしいからな。下手につっついてヤマトを廃人にしたくなかったら、泣き顔ひっこめとけ」

「う、うん……」


 エナは素直な分、慰めたりすることは楽だった。問題はソーリスだ。

 デューバー大聖堂で魔人を取り逃がしてから、ソーリスは一言も言葉を発していない。普段はどちらかといえば表情豊かなはずの面も、仮面のように無表情のまま変わらなかった。その時から今までにソーリスが見せた表情らしい表情といえば、意識を失ったヤマトを抱き上げ、血で汚された真っ白な顔を覗き込んだ時の、悔しくてたまらないとでも言いたげなものだけだった。

 想い人がすぐ近くで害されるのを阻止できなかったソーリスの心境はいかばかりか。パーシヴァルには想像することしかできないが、尋常ではないだろう。

 現在のソーリスの無感情が故に鬼気迫ったとでも言うしかない表情がそれを物語っている。

 もう一度エナの頭をポンと軽く叩いてから、パーシヴァルはソーリスに向き直る。


「ソルもだ。お前、人殺しみてぇな(ツラ)になってるぞ」

「……自分、殺してぇよ」


 意外とすぐにソーリスが返答したことに驚きつつ、その内容に心の中で嘆息する。結局のところここにいる全員、今は後悔と自己嫌悪の塊のようなものなのだ。


「気分変えろ。反省だけして次は守れ。俺もそうするから」

「わかってる」


 言葉少なに。パーシヴァルのソーリスへの慰めはそれだけで終わった。これ以上言うこともない。恐らく、ソーリスはヤマトが目覚めた瞬間に心の整理を終わらせるのだろう。


「え、えなも……えなも、そうする……ひっく」


 嗚咽混じりにエナからも賛同の声が上がった。パーシヴァルは、おう、とだけ返事をしてエナの隣に座る。

 そこからはもう無言。自分の中で整理をつけるための反省大会は、各々が納得いくまで続いた。


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