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Trans Trip!  作者: 小紋
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2‐(8).人間は環境が変わるとストレスを受ける

「兄貴、入るわよ」


 ニーファが豪奢なドアをノックして声を掛けたと思ったら、返事も待たずに扉を開けてずかずかと中に入って行った。遅れて、「おー、いいぞ」なんて声が聞こえる。ニーファのお兄さんと聞いてかなり怖い人を想像していたが、声の雰囲気は思ったよりも優しい。ソーリスとエナもニーファに続いて部屋に入り、私もそのあとに続いた。






 社長室とか執務室、それか校長室。入って見渡してみて、そんなイメージを持った。


 ギルドマスターのいる部屋……ギルド長室と呼ぶらしい。とにかく、広い。そして高そうな調度品が立ち並んでいる。陶器は美しい紋様で彩られ、絨毯やソファなど布製品には意匠を凝らした刺繍が施され。中に入るのが怖くて、後ずさりしたいくらいだ。絨毯を踏むのが怖い。


(靴のまま上に乗りたくないな)


 貧乏人には息が詰まる空間である。


 そして、今入ってきた私たち4人を除いて、部屋には2人、人がいた。一番奥にある執務机に、大柄な男性が1人座っている。そして、その執務机に一番近いソファに、真っ白な色彩を持つとても綺麗な子供が……


(!?)


 この子ども、とても見覚えがあることに私は気がついた。


(あの、湖で出会った……恐怖美少女!!!)


 思わずたじろぐ。しかし、この真っ白な子ども……。顔かたちや色彩はあの恐怖美少女にそっくりでも、髪形や雰囲気など細部がところどころ違っていた。恐怖美少女はふんわりとした長髪を持っていたが、目線の先にいる子どもは、短髪。そして……この子ども、男の子だ。道理で雰囲気が違うはずだ、性別が違うのだから。それだけではないような気がするが、ここまで考えたら真っ白な少年と目が合ってしまった。


 少年は、大きめのソファに座って足をぶらつかせていたが、私が視線をやっているのに気付くと微笑みを返してきた。笑顔も、違う。やっぱりあの恐怖美少女とは違う。


「何、来てたの? サフィール」


 ニーファが驚いたように言った。その言葉に、サフィールと呼ばれた少年は「はい、来ちゃいました」と返事をする。


「会いたかったので」


 ニコニコ笑顔のまま、彼は言った。ちらりと一瞬視線を寄こされた気がしたのは気のせいだろうか。


「さて、僕は帰りますね」

「ああ、じゃあな」


 執務机に座る大柄な男性が言葉を返す。私たちに会釈して部屋を出ていく彼を、同じく会釈で見送った。






 元から部屋にいた人物で、残ったのは1人。執務机に座る大柄な男性だ。自動的に、この人物がギルドマスターということになる。


 先程はサフィールと呼ばれた少年に目がいってしまっていたが、ギルドマスターの彼は、すごく……かっこよかった。身体は大柄だが、無駄に筋骨隆々というわけではない。輝く金の髪と空色の瞳が相俟って、物語にでてくる英雄のようだ。精悍で男らしい顔立ちだが、表情は柔らかい。一言で表すとすれば……色男、またはいい男。私の好みだけで説明させてもらうと……“理想の攻め様”だ。


 とてもいい。


 実にいい。


 これで声と性格も良ければ、ホールインワン。あ、いや声は優しげでいい感じだった。なんだあとは性格だけじゃないか。


(しかしホールインワンしたとしてどうする気だ私は)


 そしてニーファさんとはまったくと言っていい程似ていない。お兄さんだという話だが、2人並んでも血縁だとはわからないだろう。


「兄貴、あいつ何しに来てたの?」

「んー? さあな」


 よっこいせ、と言ってギルドマスターの彼が立ち上がる。


 さっきまでは座っていたからわからなかったのだが、彼はかなりの長身だった。ニーファやエナと並ぶと、大人と子どものようだ。会った時にけっこうな長身だと感じたソルと比べても、頭半分くらいは高い。私とは、頭一個分くらい違うだろうか。見上げて話をしなければいけないくらいだろう。


 そんなことを思って見つめていたら、彼の視線がこちらを向いた。


「はじめまして、俺はジェネラルという。君は?」


 向き合って正面から見ると、ゾクゾクするほどいい男だ。二次創作が見たい気持ちを抑えながら、返事をする。


「ヤマト、といいます。こちらのギルドにお世話になるみたいで……よろしくお願いします」


 お辞儀。声が裏返らなかったのは奇跡だ。そのぐらい今、緊張している。私の緊張度合が見て取れたのか、彼は苦笑しながら言った。


「うちは堅苦しいギルドじゃないんだ。そんなに緊張しないでくれ」


 普段ならこんなこと言われてもさらにかたくなるだけだが、彼の優しげな声でそう言われると不思議と緊張が解けた。


(なんだろう……何か、懐かしい)


 こんないい男、今まで生きてきて会ったこともないというのに、なぜか懐かしい気分だ。もしかして過去に似たようなキャラクターを好きになったことがあるのだろうか? 頭の中を掘り返してみても、そういう記憶はない。


 ない、が……彼の優しげな雰囲気と空色の瞳に、懐かしさを感じる。


 いやしかしはっと気づく。もしかしてこれ自意識過剰じゃなかろうか。


(こんないい男に懐かしさを感じちゃう私! 前世からの運命かしら? みたいな?)


 なんだかとてつもなく恥ずかしくなってきたので、この考えは虚空へ向かって放り投げることにした。


「君のことは、俺たちギルドが責任を持って保護させてもらう。担当はニーファだが、ギルド員はみんな君の家族だと思ってくれていい」


 頭の中で掛け声とともに不毛な考えを投げ捨てている間にも、話は続く。


「突然環境が変わって困惑していることだろうと思う。困ったことがあったら、いつでも誰にでも言ってくれ」


 な? と微笑まれる。心の中で銃声が鳴った気がしたが気にしない。ぎこちなく笑顔を返して、ありがとうございます、そうしますと言った。ジェネラルさんは満足げに笑う。


「冒険者ギルド『コロナエ・ヴィテ』にようこそ、ヤマト。これからよろしくな」


(あ、このギルドって冒険者ギルドで、そんな名前だったんだ)


 冒険者。心躍りワード、登場。ギルド名、横文字でかっこいーかも。でも、このふたつともに、今は食いつけない。目の前にジェネラルさんの笑顔があるから。見惚れるので忙しい。


(あーもうちょうかっこいーあかんほんといい男やわジェネラルさん)


 彼のいい男っぷりに、思わず似非関西弁がでるほどだ。顔が赤くならなくて良かった。いや気付いてないだけで赤くなってたかも。あーもうなんでもいいや。


「さて、ニーファ、ソル、エナ。報告」


 くるりと振り返って、3人を手振りで示しながらジェネラルさんが執務机に戻っていった。






 ニーファ、ソル、エナの3人の報告を聞きながら、ひとつ思ったことがある。


 この部屋……美しさがインフレーションを起こし過ぎじゃなかろうか? ソーリスもエナもニーファもジェネラルさんも、タイプは全員違えどあり得ないくらい美形だ。そして、あの湖で水面に反射されたのを見たっきりだが、今の私の顔も。


 美形しかいないってバランスが悪い。というか、居づらい。今、私の身体がいくら美青年でも、精神は平々凡々な、並かそれ以下の小娘だ。居づらいことこの上ない。


 気にしてもしょうがないのだが、気になるのだ。


「……それで、無事に荷物を運び終わって、道中とくに問題は発生しませんでしたぁ」

「はい、了解。2人ともお疲れ様」


 エナが言葉を締めくくって、ジェネラルさんが労いの言葉を掛ける。


 エナとソーリスの報告が終わったようだ。ニーファは先に済ませていたので、ここで全員の報告が終わったことになる。


「さ、報告は以上だな。何事もなかったようでお父さん安心したよ」

「だんちょー、いつも別に心配してないくせにぃ」


 冗談っぽく言うジェネラルさんに、エナがけたけたと笑った。それに対してまた冗談で返すジェネラルさん。楽しそうにしてるソーリスと、ため息をついてるけど別に不機嫌なわけではないニーファ。


 なんだか、いい雰囲気の集団だ。


 車に撥ねられて死んだり、怖い女の子に恐怖体験させられたり、臭いキノコに襲われたりと散々ではあるが、この人たちに拾ってもらったのが不幸中の幸いかもしれない。


 みんな美形だし。良いキャラクターしてるし。何より先にファンタジー世界だし、ここ。


「あ、そうだソル、エナ。ヤマトを部屋に案内してやってくれ。ニーファはちょっと話があるから残って」

「はぁい」

「はーい、了解。行こうヤマト」


 にやついていたら突然言われて驚いた。2人が行ってしまったので、慌ててジェネラルさんとニーファにお辞儀をして、私も部屋を出たのだった。






◇ ◇ ◇






「……似てるな。思わず、目頭が熱くなった」

「そりゃ、ね」


 2人きりで残った部屋の中、どこへともなくジェネラルが呟いた。その表情は複雑で、遠い過去を見つめるようにぼんやりと視線を彷徨わせている。


 ニーファが同調の声を返し、続けた。


「魂が変質するもんだって言っても、軸は変わらないんだから。しかも“あの子”からまだ数代しか経ってないでしょ?」


 彼女は高級そうなソファに勢いを付けて座り込んで、指折り数えて言う。


 “あの子”。指し示す言葉がむかうところは明らかだったが、名前はださない。


 ニーファは、強そうでいてある一部分だけは極端に脆い兄の心を知っていた。だから、名前は口にださない。名前を出すか出さないかで変わる心情など彼女に理解できはせず、するつもりもなかったが、“また”1週間や2週間なんて長期間落ち込まれるのは非常にうざったかったのだ。


「あー……、そうだな。まだそんなもんか」


 ぼんやりと呟くジェネラル。


 それきり、沈黙。


 ニーファは兄のこういうところが嫌いだった。いくら身内だけにしかこういう面を見せないとはいえ、人を自分の過去のしんみりに付き合わせるのはやめてほしいと思う。話をしてくるのを聞いてやるのならまだしも、兄は何も語らずにしんみりオーラをだすだけなのだ。正直、面倒くさい。


(でも、それをはっきり言うとまーた落ち込むのよね。めんどくさいにもほどがある)


 重なる沈黙にいい加減いらいらしてきたので、ニーファはひとつ爆弾を落としてやることにした。ヤマトのことだ。


 “あの子”に関することであれば、普段堂々たる態度を崩さない兄であっても、総崩れになる。ヤマトは“あの子”ではないが、ほぼ同じようなものだった。言わないでおこうとも思ったが……言ったほうがおもしろそうだし、考えてみたら言っておいた方がいいだろう。


「兄貴」

「ん? なんだ?」

「あの子、ヤマトのことだけど。……自分は女だったのに、男の身体になったんだって言ってたわよ。“魂からの肉体構築”が難しいにしたって、今の精神と性別が違うのはあんまりなんじゃないの」


 ……そう、ニーファがヤマトに語った“身体の変化”の話はウソだった。なぜ身体が変わったか理由がわからない、なんて言って適当に作った予測話を聞かせたが、本当は知っている。だが、まだヤマトには言わない。しばらくは。


 ジェネラルにヤマトのことを言う間、つとめて、無表情。さて、どんな反応を返すか。


「……は?」


(間抜け面……ッ)


 噴き出しそうになるのをこらえる。兄の動揺した顔はあまり見られるものではない、たっぷり堪能して、あとでからかいのネタに使ってやろう。


「き、聞いてないぞ俺はそんなこと!」

「は? 知らなかったの?」


 顔はニヤけてはいないだろうか。もっと兄の動揺を誘うのならば、こちらは真面目な顔をしているほうがいい。


「なんてことだ……! じゃあ、あの子は女の子なのに男の体に……!」

「本人はそこまで気にしてないみたいだけどね」


 わなわな、とついには震えだした兄に言う。内心、どう思っているかは知らないが、普通に見た雰囲気ではそう見えた。あの災厄を振りまく女に捕まっておろおろとしているところから感じた第一印象よりは、肝が据わっていると思ったのだ。だが。


「気にしてないわけないだろう! あああ、どうすれば」


 兄の勢いは机を叩きださんばかりだ。かと思ったら、頭を抱えてもう一回身体を作り直せないかいやでも形を変えられるのかとかブツブツ独り言を言いだした。とてもおもしろい。


「あんたの動揺した顔、久々に見たわ」

「言ってる場合か!」


 もうそろそろ自分はニヤつきはじめていると思うのだが、兄にはそんなのを見る余裕も残っていないようだ。先程、ヤマトを迎えたときのような堂々とした態度はもう見る影もない。


「……い、いやすまないニーファ。……頼む、出来る限り、気を付けてあげてくれ……」


 そんな事情を抱えてしまったのであれば、異世界にやってきたという以上にいろいろ不自由なことがあるだろうから、という兄。どうやら、もう一度作り直すというのは諦めたらしい。


 弱りきっている兄に悪戯心が湧いてしょうがない。もうひとつ忘れている問題をつついてやることにした。


「それはそのつもりだけどね。……部屋割り、あれで平気なの? ソルの隣部屋でしょ。男部屋じゃない」

「!!!」


 もうここまでくると、何を言っても動揺しかしないのではないだろうか。動揺しすぎて混乱しはじめたらしい兄。蚊の鳴くような声で、どうしよう、と小さく呟いたのが聞こえた。ここまでくると、流石にかわいそうになってくる。


「ま、まあ相部屋ってわけじゃないし、今、あの子の身体は正真正銘男だしね。……いいんじゃないの?」


 フォローになっちゃいないのは百も承知だが、何も言わないよりはいいだろう。そんな気遣いを知ってか知らずか、ジェネラルは恨みがましげに言う。


「ニーファ、なんでソル達に案内を頼む前に言ってくれなかったんだ……」


 その視線を受けながら、わざと憤慨したように返す。


「ソルとエナが目の前にいたから言えなかったのよ。面倒じゃない」

「面倒って……」

「外見男で中身は女なんて衝撃の事実を知って、あいつらがヤマトを扱いやすいとでも?」


 もしそれで関係がぎくしゃくすることになったら、辛いのはヤマトだろう。話をした雰囲気では、彼女はそこまで人付き合いが得意そうではない。


「……そうだな。あの子がここで生活し辛くなるだけか……」

「そうそう」


 それは、ジェネラルも理解したようだった。


 そして、ふと思い出したようにニーファに聞く。


「……あの人はわかってんのか、これ」


 あの人とは、依頼主のことだ。ジェネラルと共にヤマトの“魂からの肉体構築”の術を施した人間でもある。


 ニーファが思うに、おそらく、知っている。


「さあね、知ってそうだけど。おもしろがってるんじゃないの」

「……だとしたらひどいな」


 心底弱りきっているジェネラルがぼやく。ニーファもそう思った。だが、ジェネラルにその事実を突き付けておもしろがる自分は人のことは言えない。


「まあ、あいつはそーいうやつでしょ」


 だから批判するのは止めておいた。


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