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Trans Trip!  作者: 小紋
89/122

9‐(8).大切なことなので二回言いました

 残り二体となった歪な肉の塊が、騎士や兵士からなる戦士の群と聖職者たちに囲まれ、苦悶の声を上げている。

 化け物を囲んで対処する者たちは、どうやら命を拾えそうだと安堵の息をもらしていた。


 肉塊の化け物は、力は強いが動きが遅い。戦闘訓練を受けた者であればそこまでの脅威ではなかった。その場にいた戦闘が可能な人員は、警備のために常駐していた騎士と兵士が合わせて十数人、聖職者たちの魔法の支援もあり、情勢は悪くないはずだったのだ。

 だが、人を殺すたびに増える膨れ上がった肉の化け物は、最高で八体にまで増殖した。

 どうして、そんな事態に陥ったのか――それはひとえに、化け物の他に複数の敵対者が襲来したことによる。

 人種も年齢も揃いではない。唯一全ての者に当てはまる特徴は、容姿が整っているということ、あとは相当の手練であるということであろうか。そんな襲来者たちは、混乱の中突如としてどこからともなく現れ、肉の化け物と対峙する者たちを襲い始めた。

 襲いかかる、だが、殺しはしない。襲来者たちは無感情にそして的確に実力の低い者や場にのまれて動きが悪い者を見極め、追い詰めた後、化け物の射程圏内に放り殺させる。

 もちろんそんな動きを周囲の者が放っておくわけもない。しかし、全てを防ぎきれないのも事実だった。こうして、化け物の数は当初の三体の二倍以上に増えた。


 手練の襲来者と、増殖する化け物。それを相手取ることで騎士と兵士たちはじわじわと押され始め、現場には暗雲が立ち込めた。

 だが、襲来者たちは突然排除された。三人の乱入者によって。


「駄目だ! こいつじゃない!」

「クソッ、どいつだ!」

「あちこちにいるよぉ! 手分けしようよ!」


 さらなる乱入とあって場に一瞬は緊張が走ったものの、その乱入者たちは他のものには目もくれず、必死さすら帯びた表情で襲来者たちだけを倒して去っていった。

 醜悪な肉の塊は攻撃の手を緩めないため、騎士たちには嵐のように去っていった一団を呆然と見送る暇もない。

 だが、その嵐は僥倖だった。肉塊の化け物だけならば、容易とは言えずとも対処できる。


 混迷を極めていた礼拝堂の惨事は、少しずつ収束に向かっていた。






◇ ◇ ◇






(小細工に手こずらされたせいでこの様か、クソがっ)


 パーシヴァルは魔法を詠唱しながら心の中で自嘲と悪態をこぼす。目の前には、血に濡れ虚ろな目をしたヤマトがいる。

 そして視界の端には、あの結界が張られた直後に斬り捨てられたオルドラが転がっていた。面は動いていた時と変わらない無表情だ。

 真っ二つに寸断されているにもかかわらず、その体からは血の一滴も流れていない。生き物のように血潮を流さずとも動作するそのことが、不死者アンデッドの証といえた。


(まさか結界の要を他の不死者アンデッドに設定するなんて芸当をやってみせるとはな)


 そう、そのせいでレヴィの連れてきた不死者アンデッドたちを一体ずつ倒さなければいけなくなり、結界を破るのが遅れた。しかも運の悪いことに、あたりとして設定された不死者アンデッドは順番に倒していったうちの最後の一体だったのだ。

 外からは気取られないよう巧妙に要を隠す手口に今更ながら苛ついて舌でも打ちたくなったところで、詠唱が完了する。今までの思考を意識の外に追いやったパーシヴァルは、緊迫した表情で赤く光る手の平をヤマトの傷口に押し当てた。


「ぐ、うぅッ――――!!」


 口に指を入れられているが故の、くぐもって掠れた悲鳴がヤマトの喉から迸る。肉の焼ける臭い。

 呪というものは、放置すると大気の闇因子に触れて大きく育ち、被呪者を蝕む。ヤマトが魔人から受けた呪をこれ以上進行させないために、『聖印鏝サンクティトゥルーラ』なんて乱暴な手段で傷を塞ぐ必要があった。

 そうそうやる機会があるわけではないが、これは何度やっても気持ちのいいものではないと、パーシヴァルは眉を顰める。

 患部に聖なる焼印を受けて数秒も経たない間に、ヤマトの体からがくりと力が抜けた。ちょうどそのタイミングで施術も終わり、パーシヴァルが傷口から手を離す。痛みで暴れるだろうと予想して押さえつけていた膝は無駄となったようだ。


(暴れる体力もなかったか? 意外とまずいかもな……)


 一抹の不安を抱えながらもパーシヴァルはヤマトの口から指を引き抜いた。革手袋の上からだったにもかかわらず、噛み締められたせいで血が滲む指。手を振りながら、痛ぇなクソ、と呟く。


「……パースぅ! ヤマト、動かなく……っ」


 エナは今にも泣き出しそうだ。それも無理はない。ヤマトの顔色は青を通り越して白くなっており、顔を汚す鮮血とのコントラストが不吉さすら感じさせた。

 パーシヴァルは意識していつも通りの表情を作り、エナに向かってふてぶてしく言う。


「気絶だ、気絶。あの状態で起きてるよりゃいい。エナ、ヤマト持ってろ」

「う、うん……っ」


 ヤマトの体力が思ったよりも削られているかもしれないという不安要素はあったが、それは今更どうしようもない。どうやらヤマトを逃がすことができなかったことに責任を感じているらしいエナに更なる痛心を与えるのは得策ではないと、パーシヴァルは判断した。

 揺らぎを見せないパーシヴァルに少しだけ安心したのか、エナはヤマトをぎゅっと抱き締め、頷く。


(エナはとりあえずいい。不死者アンデッド共は全部斬った。化け物は騎士たちが何とかするだろ。あとは……魔人と、あの馬鹿だ)


 パーシヴァルの目に、鬼気迫る表情で魔人と対峙するソーリスが映る。


(本気の馬鹿か、あいつは。頭に血ぃ上らせながらで勝てる相手じゃねえのわかるだろうに)


 魔人によって害され血に塗れたヤマトを見てしまったソーリスは、一瞬にして理性を失った。そして現状、怒り狂っているせいでいつも通りの冷静な判断ができていない。その様にイラつき、舌を打つ。魔人はそんな状態で打ち倒すことができるほど甘い相手ではない。

 ソーリスの攻撃は先ほどからかわされるばかりで、一撃として有効打を与えられていないことからもそれは明白だった。


 大ぶりな大剣のひと薙ぎを鞭で絡め取ったレヴィが、蔑む表情でソーリスに語りかける。


「ってかさ虎男。お前、自分が小鹿ちゃんと釣り合うとでも思ってんの?」


 ぴくりと、ソーリスの表情が強張った。


「堂々と抱き締めちゃったりしてさ。俺の可愛い小鹿ちゃんにケダモノの臭いがうつったりしたら嫌だから止めてくれない?」


 見てたのかよ、と小さく呟いたソーリスは、不愉快を顔全体で表現していた。噛み締めた歯の奥から、猛獣が威嚇を示す時のような呻り声がもれる。


「ヤマトはお前のじゃねえんだよッ」

「俺のだよ。小鹿ちゃんの体は余すところなく全部俺の」


 せせら笑うように、あくまで傲慢な態度をとり続けるレヴィ。平常の状態であるならば受け流せたかもしれないそれは、血管の数本でも切れそうなほど怒り心頭に達したソーリスにとって容易に許せるものではなった。

 大剣が、絡みついていた鞭を斬り払う。咆哮を上げたソーリスが、魔人との距離を詰めるべく跳躍した。腕を振り上げ、渾身の一撃を与えようと強く踏み込む。

 だがレヴィの方が少し速い。斬り裂かれた鞭を放り捨てた魔人は、ソーリスの攻撃が届くより速く偶像召喚で生み出した雷撃の剣を眼前に構える。

 紫電に輝く光と放電音が散った。

 雷光はソーリスの目を眩ませ、ほんの少しだけ隙を生み出す。それが仇となり、覚束なくなった視界の中で魔人から繰り出された蹴撃に反応が遅れた。


「ぐ、ぁっ」


 倒れ込むソーリスの胸を、レヴィが踏みつける。


「傷跡からして、お前が俺のオルドラを倒したんだと思ってたけど……実は違うのかな? ダメダメだね、お前。お前くらいのが俺のオルドラを倒せるわけがない」


 ちらりとオルドラの屍骸に目を映してから、めいっぱいの侮蔑を滲ませて魔人が嘲笑う。

 ソーリスの表情が屈辱に歪んだ。片手で持った大剣を、体の上の魔人に向かって突き出す。それを軽く跳躍して避けたレヴィは、皮肉たっぷりにくすくすと笑った。


「……ああ、あのロン毛のお兄さんが倒してくれちゃったとか? あのお兄さんは絶対強いね、お前と違って。本当の姿を現しちゃったら、俺程度じゃ太刀打ちできない。そう考えると俺、よくあのお嬢さんと戦って生きてたなあ……」


 しみじみと考え込むような様子を見せるレヴィの背後から、声が掛かる。


「お前のオルドラとやらは、結界張ってから数秒でこの馬鹿に真っ二つにされてたぞ」


 いつの間にか魔人の背後に回ったパーシヴァルが、剣を構えていた。


「……うわ、来ちゃったのかよ」

「来ちゃ悪いのか」

「しばらく傍観してたから見逃してくれると思ったんだけど、違うの?」

「ちょうど話題に上ったんでな」


 突如現れたパーシヴァルに向かって、ソーリスが気色ばむ。


「パース、俺がやる!」

「馬鹿だろお前。もっかい言うぞ、馬鹿かお前。頭に血ぃ上らせすぎだ。醜態晒すな」


 罵倒する言葉と共に切って捨てられ、ぐっと言葉を詰まらせるソーリス。反論はできなかった。


「で、どうすんだ? 俺は戦ってもいいが……兵隊はもうゼロになったみたいだぞ」


 レヴィはキョロキョロと周囲を見回す。そして溜息をついた。

 ソーリスとパーシヴァルに前後を塞がれているのは既知の事実だが、いつの間にか化け物を駆除し終えた騎士や兵士、聖職者たちまでもが自分を取り囲んでいたからだ。


「……あー、流石にこれは分が悪いか……」


 自分以外の全てが敵、仲間はゼロという状況に初めて気付いたレヴィが、苦みの走る表情で呟く。


「小鹿ちゃん、連れて帰りたかったなあ」


 そして、名残惜しげな眼をヤマトに向けた。

 その視線を受け、エナはヤマトを魔人から隠すように抱え込む。まるで母が子を守る時のようなそんな動作だ。


「……まあでも、プレゼントはしたし、誓いのキスもできたからいいか」


 にまっと笑ったレヴィはひとつ指を打つ。レヴィが連れてきた複数の不死者アンデッドの骸が闇に包まれ消えた。


「回収も済んだし、んじゃ、俺帰るね。小鹿ちゃんが目を覚ましたら、またねって伝えておいて」


 ひらひらと手を振ったレヴィは、自らのすぐ隣に闇を召喚した。以前も移動の手段として使われていたその闇は、低い呻りと共にそこに存在している。

 撤退しようとする魔人に向かって、ソーリスが叫ぶ。


「待て、お前は絶対に――!」

「許さない、って? そんなん俺に関係ないし、待つわけないし。じゃね虎男。小鹿ちゃんは俺のだってこと、忘れないでよ」


 その言葉と共に、闇に消えていくレヴィ。ソーリスが駆け寄って大剣を振るったが一歩間に合わず、闇が消え去る。

 残ったのは、何もない空間を取り囲む人々と静寂のみだった。


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