9‐(2).行楽日和
昼過ぎから行われるというミサに時間を合わせ、私たちは昼食を食べてから大聖堂へとやってきた。実は時間の調整を間違えたせいで、大聖堂に到着したのはミサが始まるだいぶ前だ。
そのせいで礼拝堂への扉もまだ閉じられており、椅子に座って待つことも出来ない。
というわけで今、広大な敷地に立てられた広い広い大聖堂を見学して回っている。
周囲には同じ目的を持っているような人々がたくさんいた。私たちと同じように早くつきすぎたのか、元からミサのついでに大聖堂を見学する気だったのか、そんな人たちの集まりでまわりはざわついている。とにかく人が多いせいで、教会の厳粛な雰囲気とかそういうのはあまり感じられない。
天井画を見上げて歓声を上げる人、柱の太さに感嘆する人、女神像に見惚れる人、いろいろいる。見学客の興味がある分野は多種多様なようだ。
あんまり宗教とかそういうのにこだわりがない私からしたら涙を流さんばかりの表情で宗教画を見つめているおじいさんなどは理解できない。この作品を見て君はどう思う? と聞かれたら、「すごいなあと思います」と即座に返す。ああ俗物の悲しさよ。高尚な意見など言えるはずもない。
ぽかーんと口を開きながら色々見ていく過程で、あるひとつの絵が目に付いた。それは、この大聖堂の外観の絵。
入る前に見上げたこの建物は、随分でかくて綺麗で驚いたものだ。絵の中では、青空の下真っ白な大聖堂が聳え立っていた。生憎の曇天でそれを見ることは叶わなかったが、日の光を浴びる大聖堂の本来の姿は目の前にある絵の中のようなものなのだろう。
晴れの日の大聖堂を脳裏に思い浮かべながら絵画を鑑賞していると、タイトル(蒼天下のリグ・デューバー大聖堂)の書かれた金属板の少し下に案内板を見つけた。どうやら、絵の解説ではなく、この大聖堂自体の解説が書かれているようだ。
「当聖堂、リグ・デューバー大聖堂は、殉教者デューバー=ボルジャーノの魂を祭るため、建築士ファレン=デュマ=ガラートが天暦3089年に建立したマニエル式聖堂です。内装には当時流行していたメタ様式の華美な装飾が施され……なるほど、わからん」
声に出して読み上げる。しかし、固定名詞しかも横文字が多すぎるせいでさっぱりわからなかった。なんだ、マニエル式とかメタ様式とか。誰だデューバーさんにファレンさん。
私は首を傾けた。案内板の文章を読んでいる最中に隣にやって来た気配に向かって疑問を投げかける。
「デューバーさんって人、有名なの?」
「さあ」
私の肩にのしりと顔を乗せたソルが、どうでもよさそうに二文字だけ返した。結果、傾けた首の角度が深くなることになる。
常識の範疇内なら知っておきたいんだけどなあ、と呻ると、心底どうでもよさそうな言葉が返ってきた。
「過去の偉人じゃん。日常生活にこんな知識必要ないってー」
君、その発言は「数学なんて社会に出たら使わないし!」と同レベルだぞ。まあ正直デューバーさんがどうのこうのなんていう知識は歴史学者にでもならない限り絶対的に必要ないと思うけど。
それはさておき、うん、ソル、近い。
(実を言うとさっきからすごく鳥肌がぞわぞわしてるんで是非どいてくれませんかね。くっつきすぎ)
なんか最近スキンシップが強烈になってる気がする。元から肩を組んだり抱きついたりと過多気味だったのが、レベルアップしてるじゃないか。それだけ仲良くなったんだと喜べばいいのか、イケメン近づくなと怒ればいいのか。うう、緊張する。
幸いなことに、ソルは顔が赤くなりだす直前にどいてくれた。いつまでも絵を眺めていることが退屈だったのだろう、行こうと促され、彼についていく。
知識吸収は諦め、背後で小さなステンドグラスを見上げていたエナとパーシヴァルさんに合流した。
今日のおでかけの総人数は四人。私、ソル、エナ、パーシヴァルさんの四人だ。意外と少ない。興味ないとバッサリ切って落としたジェーニアさん以外は、都合がつかないのだと残念そうにしていた。あ、いや、ヴィーフニルは違う。
ヴィーフニルも誘ってみたのだが、教会は嫌いだからと断られてしまった。だが私は、理由はそれだけではないように感じている。最近のあの子は個人行動ばかりしているのだ。ちょっと前まで四六時中くっつかれていた身からしたら、心配の種でもあった。
今度それとなく話を聞いてみようか、と思いながら、エナ達が見上げている小さなステンドグラスを見上げる。小さなといっても、随分上にあるからそう見えるだけで、私の身長くらいの大きさはありそうだ。
外が曇っているせいでステンドグラスによくあるイメージのように陽が滲むことはないが、それでもやはり存在感があった。向かいのガラス戸にステンドグラスが映り込んだりして、もっと小さなステンドグラスが複数空中に浮かびあがっているようにも見える。
こういうのを、趣がある、というのだろうか。曇りは曇りでいいものだ。晴れのがいいけど。
「綺麗だねえ。でも、晴れればよかったのに」
「ねー。もぐもぐ」
感嘆して隣のエナに話しかけたら、今時そんなのあるかってくらい露骨な咀嚼音が聞こえた。もぐもぐって。
気になって彼女を見れば、紙で包まれたパンのようなものを持っていた。何それおいしそう、と羨ましい気持ちが口をついて出る。するとエナは、ある一人のシスターさんが立っている方向を指し示した。
「あっちで配ってたよー。せいたんびのおいわいひんだって」
変な発音で言われたせいでよくわからなかったのだが、貰えるならば貰おうじゃないか。
(行楽地とかでタダで貰える食い物ってなんかおいしい気がするんだよね!)
買って食べたものより、試食品の方がおいしい気がするのは私だけだろうか? 貰いに行くのに一人だと恥ずかしいから、ソルにもついてきてもらう。
辿りついた先では、眼鏡のシスターさんが見学客にパンを配っていた。
「こんにちは。本日は神王様の生誕ミサにご参加ですか? 貴方もどうぞ」
笑顔で紙に包まれたパンらしきものを渡される。お礼を言って受け取った。貰った直後に食べ出すのは意地汚いような気がするので、食べるのは後でだ。
にこにこと愛想のいいシスターさんだった。彼女の言葉を聞く限りだと、さっきエナが言っていた、せいたんびのおいわいひん、は生誕日の御祝い品か。
なるほど、少し大きなミサが開かれるところの理由は、神王様のお誕生日だからか。
「神王様、お誕生日なんですねえ」
言ってから気がついたが、お前そんなことも知らずにミサ参加すんなよと怒られはしないだろうか。
だが私の心配をよそに、シスターさんは笑みを深くした。
「ええ、そうですよ。本来ならば国を挙げて祝うべき日なのですが、質素倹約を重んじる神王様のご意向で、各聖堂でミサが行われるだけなのです」
豆知識まで添付しての丁寧な説明に、へーそうなんだー、とソルと二人で頷く。
その動作を受けて、シスターさんが微笑ましげに尋ねた。
「本日はご夫婦で?」
「え」
目の前のシスターさんの笑みは、微笑ましいものを見るかのようなものだが、残念ながら発言の内容が微笑ましくない。エルザ様との一件もあり、この世界にも立派に腐女子が存在していることが確認されているので少し警戒したが、邪気のない笑みから純粋に勘違いされているのだとわかる。
少々脱力してしまった。夫婦って。ご夫婦って。
女に間違われることは数え切れないほど多数、さらに、ソルと歩いてれば彼氏彼女だと間違われることもある。だが、夫婦と間違われたのは初めてだった。
まさかの夫婦。BLカップリングだと、もっと円熟した空気を醸し出している二人に使われるネタのような気がするのだが……。私とソルじゃちょっと違くないか?
そんな思惑もあり、思わず苦笑して否定する。
「違います」
「まあ、ごめんなさい。お似合いでしたから、そうなのかと」
「いや、俺、男です」
「ええっ!?」
事実を言えば、大変びっくりされた。思えば最近、女に間違われることが殊更多いような気がする。どうしてだろうか。
この美青年、そこまで女々しい外見をしていないはずなのだ。鏡で見る限り、それなりに身長もあるし女子にしては骨も太い、立派に“青年”に見えるはずの外見だ。中性的であることはあるが、女子から見たらわかりそうなものだと思う。
……考えたくはないが、もしかすると「あれっ、この人女?」と思うくらいなよなよっちい言動をしているのだろうか、私。……いかん、美青年の外見が泣くぞ。気を引き締めなければ。
決意を新たにしながら、すごい勢いで謝られるのを軽く流して歩き出す。
「……ふうふ」
エナ達のところへ戻る道すがら、ソルが呆然と呟いた。さっきから口数が少ないと思ったら、間違われたことがショックだったようだ。ダメージを受けたらしい。ノーマルだもんなあ、ソル。
目線と虎耳と虎尻尾が所在なげにきょときょと右往左往している。
「俺とソルが夫婦って、ありえないよねー」
思ったより大きな反応をしたソルを宥めるため、冗談っぽく言ってみる。しかしソルの状態は改善されなかった。むしろ悪化して、無表情になる。止めてくれ、私が空気を読めない発言をしたみたいじゃないか。なんでだ、触れてはいけなかったのだろうか。
理不尽を受けた気分になりながら彼を見上げれば少しだけ視線が合ったが、すぐさまふいと反らされる。
「あり、えない……そだね。……これあげる」
ぶつ切りの言葉と共に、パンの入った包み紙を差し出された。
「えっ、いいの? 食べないの?」
「太るから」
(女子か!)
発言に突っ込みを入れたかったが、くれるならありがたく貰っておこう。やった、と呟いてパンを両手に抱えた。
るんるん気分なのはいいが、ソルはすっかり黙り込んでしまっていた。本当にどうしたんだろう。だが、それを聞く前にエナたちのところへ辿りついてしまった。
辿りつくなり私がパンをふたつ抱えていることに目敏く気がついたエナが、疑問の声を上げる。
「あー! ヤマトふたつ!? なんで?」
「ソルがくれたぁ」
「うわー! ずるい! パースちょうだい!」
にこっと笑ってソルを示せば、悲鳴を上げたエナがパーシヴァルさんに向き直る。
だが彼は、んべ、と舌を出し、パンを包んでいた紙をひらひらと振って意地悪そうに笑んだ。
「もう食った」
「うううー!」
悔しそうに呻るエナ。そんなにパンが食いたいか……と少しばかり物悲しい気分になった。
その後広大な大聖堂内をうろうろしていたら、矢印の上に裏庭、と書かれた看板を見つけた。
「あ、裏庭だって」
「噴水があるよ」
間髪いれずに、とっくに動揺から復活していたソルが教えてくれる。
なんで知ってるのかと思ったら、何回も来たことがあるらしい。なんで最初に教えてくれなかったのだろうか。別に良いんだけど。
「行きたい……」
噴水、見たい。ちょっと季節外れかもしれないけど。っていうか教会の裏庭って、なんかすごく神聖な気がする。見たい。
だが、エナとパーシヴァルさんは乗り気ではないようだった。
「ええー、裏庭ほんとに何にもないよ? 噴水だけしかないもん」
「外寒ぃだろ。俺もパスだ。お前ら二人で行ってこい」
しっしっと犬を追い払うような動作をされ、呻る。私が見たいだけでわざわざ時間を取らせるのも申し訳ないような気がした。
だが、どうしようかと迷っている私の腕をとる人がいた。
「じゃ、二人で行こうか」
ソルだ。うわー多少の強引さがイケメンの秘訣なわけですね。
と、いうわけで、エナとパーシヴァルさんには中の見学を続けてもらい、私とソルは裏庭の噴水広場を見学することとなった。




