9‐(1).秋、センチメンタル
秋が深まっている。
めっきり肌寒くなった朝の空気の中、私は今朝もいつも通りの自主練を終え、汗を流すため浴場へと向かっていた。最近の寒さは日差しの差す時間帯でも油断ならない。神聖国が比較的温暖な地域だとはいっても、気温が下がってくれば寒いものは寒いのだ。しかも今日は生憎の曇天。雨でも降りそうな、水分を多分に含んだ空気と空の薄暗さが、肌寒さを増長させているような気がしていた。
秋の深まりは気温だけではなく風景にも表れている。大浴場への道すがら中庭を眺めると、常緑樹以外の樹木は赤く色づき始め、茂みの緑もところどころくすんでいるのが目についた。それらの色合いは雑多であれど、形は綺麗に整えられている。ニーファがいなくなって世話をする者が消えてしまい、どうするのかと思っていた樹木群だが、意外なことにパーシヴァルさんがちょくちょく様子をみているそうなのだ。さすが双子だ。
歩みを進め脱衣所へとたどり着いた私は、手早く衣服を脱ぎ捨てる。既に見慣れた下半身のアレは大きさ的にはどの程度のレベルなんだろうなどと下衆なことを考えながら、腰に布を巻いた。
いや、レベルはよくわからない。ぺらり、と巻いた布を捲って股間を凝視する。
(びっくりするほど大きくはないから、普通なんだろうけど)
普通なんだろうけど、と推測にしか思考を及ばすことができないのには理由がある。比較対象が少なすぎるのだ。
比較対象、そこには、エディフやプティーは含まれない。あの人らは生き物としてもう違う。作りが違う。キルケさんは本数からして違うし、レイさんは収納式らしいから見えないし。じゃあソルはどうかというと、うん。大型肉食獣を人間と比べたらいけない。男としての意識なんてあってないようなものである私からしても、あれはずるいと、規格外だと感じる。
そうなると必然的に、比較対象として扱えるのはジェネラルさんかパーシヴァルさんのみになってくるわけで。この状態で予定されるサンプル数はたったのふたつ。
しかし予定通りにはいかない。私のことを女子として扱ってくれているジェネラルさんはあの手この手で同時入浴を避け、サンプルを取ることをよしとしないのだ。ふたつのうちひとつのサンプルは入手不可。パーシヴァルさんは風呂で腰に布なんか巻かねーよの人なのでサンプル入手は容易だが、あの人と風呂の時間がかぶるととんでもない目に合うのが常だからそう何度も見る機会はない。というわけで、貴重なたったひとつのサンプルもけっこうおぼろげな記憶になる。
ああ、知りたい。自分のレベルを知りたい。一生使う機会など訪れないのだろうが、一般と比べて大きいかどうかって重要だろう。腐れた視点的に。あ、しかしむけてるだのむけてないだのの会話だったら私は優越感におっとここから先は十八禁だ。
(……朝っぱらからくだらないこと考えてしまった)
熱っぽく頭の中で語った直後、素早く賢者タイムが訪れる。冷え切った思考を頭に抱え目を虚ろに鈍らせながら、浴場の扉をガラリと開けた。
ぺたぺたと素足をタイルに押しつけながら浴場内を進んだ私は、慣れた手つきで体を洗い、さっさと湯船に沈む。体の芯から温めてくれる熱い湯に浸り込み、瞠目して肩までを湯につけた。思わず濁点の付いた低い呻きが漏れる。心情的には親父臭いと思うが、この美青年の声ならば微妙に色っぽい。
(十八禁、といえば)
あと二年の辛抱だったそれが、最近あと一年へとカウントを減らした。
つまり、十七歳になりました。あと一カ月足らずで十七歳になるだろうな、と思っていたあのお茶会から一カ月以上が経ったから、多分もうとっくになったと思う。
だがしかしそれに関してひとつ問題があった。十八禁への辛抱云々については異世界なんぞに来て二次元と関わることの無くなった身からしたら正直どうでもいい話だ。論点は別のところにある。
本来めでたいであろう年齢を重ねるということを、私は素直に喜べずにいた。それはなぜか? それは。
(年取っちゃったなー……この世界で)
まだまだ元の世界から頭だけはトリップしていなかったのが、年齢を重ねるという事実を食らい、頭まで無理矢理こっちに連れて来られてしまったような気がしていたのだ。
早い話が、元の世界にはもう戻れないという実感がまたひとつ濃くなったということ。
正直このあたりの情緒は自分でもよく理解できない。年齢を重ねたというどうでもいい事実にかこつけて、今まで知らずに積み重なってきたストレスが表面に現れているだけかもしれなかった。
だがその実感やらストレスやらのせいで、精神状態が妙な具合になるわどうでもいいことをうじうじと考えてしまうわで大変なのだ。
最近、元の世界でのことをよく考える。今も、少し昔のことを思い出していた。
もう少し年齢が低い頃の自分は、十七歳という数字に特別な憧れを抱いていたような気がする。それというのも、世間一般の漫画やゲームの主人公が十七歳というイメージがあったからだ。自分も十七歳になったら何か特別なことが起こるのではないかと期待していたりもした。
しかし、そんな現実と幻想がごちゃまぜになった考えは厨二病と決別すると同時に捨てたはずだった。それなのに、現状はどうなっている? いや、現実は実に皮肉だ。
(死亡からの異世界トリップなんてね……しかも十七歳じゃなくて十六歳時点だし)
まさか、こんなことになるなんて誰が思っていただろうか。少なくとも私は予想していなかった。夢見がちにそうなるはずだと期待していた時すらも、頭の隅にはあるわけねーよと冷めた考えがちらついていた気がする。
適当に高校を卒業して適当に大学に行って適当に就職して適当に年を取っていくのだと思っていた人生からの、まさかの急転直下だ。今更ながら、複雑な気持ちになる。
こんなうじうじは異世界に来て数日中に済ませておけという話かもしれないが、波が来てしまったもんはしょうがない。腹痛のようなもんだ。平気な時は全然平気だが、ちょっと悪いものを食べるとズーンと痛くなる。
今回食べてしまった悪いものは、異世界トリップに感じていたストレス。年齢を重ねたことで得た実感が消化行為にあたり、そのせいでうじうじという慢性的な腹痛を感じている。しかも悪いことに、ホームシックまで併発しているので始末に負えない。
現状に不満があるわけではない。過分なほどに良くしてもらっていると思う。文句を言ったり弱音を吐いたりしたらバチがあたる。
でも、ここは我が家ではないし家族もいない。
どうしようもなく情緒が乱れる一瞬が確かにあるのだ。良くしてもらっている手前、それは誰にもこぼすことができない。そのことが余計鬱に拍車をかけているのかもしれない。
家族のように接してくれているコロナエ・ヴィテの人たちに、家族がいなくて寂しいですなんてどうして言うことができようか。
一瞬、湯船に沈み込んだまま戻りたくなくなって、これはいかんと慌てて頭をセンチメンタルモードから切り替えた。
ああ、駄目だ駄目だ。ただでさえ精神的ひきこもりでコミュニケーション能力に難があるのに、そのうえ情緒不安定だなんて。最悪にもほどがあるだろう。
ざばあ、と水音を立てて湯船から立ちあがった私は、べしりと両太ももを叩いた。普通頬だろうという突っ込みは受け付けない。
「よし! 頑張る!」
声に出して気合いを入れる。秋は色彩が落ち着くせいでセンチメンタルになりやすいからって、落ち込んでたらあほらしいだろう。郷愁の秋じゃ勿体ない。食欲の秋とか運動の秋とか、芸術の秋とか、いろいろやることがある。
今日だって……あ、そうだ、今日はみんなでミサに行ってみることになってたんだった。休日である闇曜日の今日、リグの大聖堂で少し大きなミサが開かれるというそうなのだ。話を聞いて目を輝かせていたら連れてって頂けることになった。
大聖堂は好きだ。建造物として綺麗だし、ファンタジーチックなところもたまらない。ヨーロッパのなんちゃら大聖堂とかを写真で見ては行ってみたいと心弾ませたものだった。ここはヨーロッパじゃない、というか異世界だが、徒歩で行ける範囲に大聖堂があるのが素晴らしいだろう。
そこまで考えたところで、隙間風が吹きつけた。
「さむっ」
鳥肌を立てて勢い良く湯に沈み込む。もう隙間風にひーひーいう時期か、と感じ入った。
ああ、秋だなあ。




