8‐(8).戦後教育の賜物
アストラ様からの思わぬ攻撃に半泣きになったエルザ様を宥めながら、お茶会は続く。
先ほど転生体様たちのお仕事を尋ねたこともあり、話題もそれに関連したものが多くなっていた。
「軍隊のお仕事って、どんな感じなんですか?」
「そうですわね……どんな、と聞かれてしまうと……たくさんありすぎて困ってしまうのですけれども」
「あ、だいたい、大雑把にでいいです」
「そうですか? ええと、目立って行われるのは、神聖国領土内の警備や国事への参加、友好国に請われての兵派遣などですわね。あとは……あ、お二人は以前行われた神聖国首都周辺域の大規模モンスター掃討作戦に参加されましたわよね?」
問われて、私とソルが頷く。
「そこにも、騎士団や兵団がいましたでしょう? そういった国内での作戦に参加することも少なくありません。少し地位が上になれば、デスクワークも行うことになります。あ、もちろん、毎日の訓練や演習も欠かせませんわ。国防は一日にしてならず、です」
「へえ……」
私の小さな脳味噌ではがーっと聞いた話を処理しきれないが、まあ今まで持っていた軍隊への印象、知識と似たようなものだろう。
頭の中にてえっちらおっちら話と知識を照らし合わせていると、アストラ様が溜息を吐く。
「まあ、そんな平和なことを言っていられるのも、自国に戦争の火種がないうちだけだがな」
自国に、戦争の火種。ああそうだ、忘れていた。軍隊なのだから、戦争が主な任務なのは当たり前なのだ。どうしてか私はそれが頭になかった。日本人という、現代では恐らく戦争とは一番遠い立場の人種だったからだろうか。
戦争。ひたすらその悲惨さを頭に叩き込む教育を為された現代っ子な私は、その二文字がどうにも怖くて不吉なものにしか感じられない。二次元ならば怖くないというか物語を盛り上げるエッセンスにすらなるそれも、三次元で巡り合ってしまえば嫌な気分を思い起こさせるものでしかないのだ。
「戦争の、火種……」
楽しい気分が台無し、とまではいかないが、妙に腹の底が落ち着かない。腹部にじくじくとした感触を覚えながら単語を口に出してみれば、アストラ様がうんざりした様子を見せた。
「ないこともないんだがな」
「魔国ですか?」
ソルが短く質問する。
魔国。カオスサイドの住人たちのカオスサイドの国だ。そして、私のことを現在進行形で狙っている国でもある。
(……こう言葉にしてみると……すごく、厨二です……)
謎の組織に狙われて右腕が疼いちゃったりする子な気分。まあそれはどうでもいい。
アストラ様が頷く。
「ああ、そうだ。全く……なんであんな国と隣あってんだかな、うちは」
「仕方ありませんわ。隣人は選べませんもの」
神聖国と魔国は、立国当初から相性が良くないという。過去には大きな戦が何回もあったらしい。
でもまあ最近は大規模な交戦などもなく、小競り合いがたまに起きるくらいで、関係が落ち着いていると言えなくもないらしいが、油断できない状態であることは間違いないそうだ。
心底嫌そうな顔をした転生体様二人が、同時に溜息を吐いた。
「それにしても、最近動きがなさ過ぎて不気味ですわね。油断したら、ぱくりといかれてしまいそうな……」
「おいエルザ。お前ぽろっと機密こぼしそうだからそれ以上は止めとけ」
「そんなことしません! ……でも、一応もうやめておきますわね」
そんなことしませんと言う割には、エルザ様は自信がないようだった。
そうか、それにしても。
私は考える。あまりに平和だからそんなこと露ほども想像しなかったけど、この国、戦争なんてしているのか。魔国との関係性を聞くだに、それは冷戦のようなものなのではないかと思う。冷戦といったら、社会の授業で習ったものが思い浮かぶが……核ボタンがどうの、なんて話もあった気がして、少し怖くなったのだった。
あれからしばらくお話をし、時計が暮れ6の刻を示したところで、お茶会はお開きとなった。
会計についての小競り合いがあったものの、今回ホスト側のエルザ様たちが払うということで落ち着いて、私たちは先に店の外に出て待つことにする。
カフェの可愛らしい出入り口をくぐって外に出ると、この店に入った時は青かった空が既に薄闇を帯びた赤へと変化していた。暖かかった室内と違い、夕闇に冷えた空気が肌寒さを感じさせる。
そんな中、カフェの出入り口のすぐ横に待機する、立ち姿が凛々しい男女のペアを見つけた。女性の方は見覚えがある。
綺麗に結い上げた白い髪と、青色の瞳……ウェルーシュさんだ。彼女と一緒にいる男には見覚えが無かったが、ウェルーシュさんとおそろい……色違いの服を着ているのを見るだに、関係性が浅い人物ではないだろうなとは推測する。
艶やかだが癖の強い漆黒の髪と赤い瞳を持つその男は、どう贔屓目に見てもガラが良さそうではない。
シャープで繊細な、どちらかというと上品な顔の造作をしているうえ、ウェルーシュさんと色違いのきちりとした服装をしているにもかかわらず、何故だかその印象は拭えなかった。
ウェルーシュさんたちは私の視線に気がつかない。そのうち、転生体様たちが会計を済ませてカフェから出てきた。
「あら、ウェルーシュ」
「ノキアメルトか」
エルザ様とアストラ様が、それぞれ違う名前を呼ぶ。
そこで初めてこちらを振り返ったウェルーシュさんとノキアメルトと呼ばれた黒髪の男が、ゆったりとした足取りで歩み寄ってきた。
ウェルーシュさんはエルザ様の元へ、黒髪の男はアストラ様の元へと向かう。
「お迎えに参りました。お二人だけで帰途につかれますと、寄り道をなさいますので」
「まあ、私たちそんなに信用がありませんか?」
「日頃の行いです」
その言葉を聞いてぷりぷりと怒り出したエルザ様を、ウェルーシュさんが軽く諌める。まるで親と子のようだ。
そのすぐ横でも、親しげな会話が交わされていた。
「お前まで来るのは珍しいな」
「坊ちゃんが珍しく楽しみにしてたからな。俺としては相手を確認しておきたかった」
「……なんでだよ」
坊ちゃん。その言葉に、私はちょっと目眩がした。
(主従……主従なの!? 若くて美しい同士の主従だとう……?)
それはエルザ様とウェルーシュさんにも勿論当てはまるのだが、やはり、性別が男同士なほうが盛り上がる。私の心が。
願ってもいない攻めの登場だった。顔の造作だけはお上品な黒髪の青年は、雰囲気と口調、仕草からしてあまり上品ではない性質なのだろう。普段はガラの悪い人間が、仕える人間にだけ態度を変えている……のかはわからないが、そうだと妄想するのならものすごく素晴らしいじゃないか。
アストラ様と一言二言言葉を交わして、黒髪の青年がこちらへと向き直る。
「お前ら、コロナエ・ヴィテの人間だろ? 俺はノキアメルト。アストラ坊ちゃんの従者をやってる。よろしくな」
楽しさに膨張した頭のまま、自己紹介と挨拶を返した。
(坊ちゃん……坊ちゃん……いいなあ、坊ちゃん。そう呼ばれるのをアストラ様が受け入れてるのもいいなあ……出会いシーンが欲しい。見たい)
何やらからかわれたらしいアストラ様が頬を少し赤くしてノキアメルトさんに食ってかかるのを見ると、なんとも微笑ましいやら素晴らしいやら。頭半個分くらいの身長差のバランスからして素晴らしい。
いつまでも見ていたい気持ちに襲われたのだが、それはウェルーシュさんの言葉によって無情にも断ち切られた。
「自己紹介も済んだようですし、帰りますよ」
もういってしまうのか。引き留めたい気分に駆られても、もう夕飯時。だらだらと伸ばすわけにはいかない。
涙を飲んで、お別れの挨拶をしよう。と思ったら、エルザ様に先を越される。
「はぁい。ヤマト様、ソーリス様、今日は本当にありがとうございました。またお会いしていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。勿論」
願ってもいない申し出だ。ついでにアストラ様とノキアメルトさんも連れて来てくれないかななんて思いながら元気良く返事をすると、エルザ様が嬉しそうに笑った。
「うふふ! ありがとうございます! では、また今度はお話だけではなく普通に遊んだりしましょうね!」
その別れの挨拶を皮切りに、みんなが一言ずつさようならを告げて去っていく。
後姿を眺めていたかったのだが、ソルに帰ろうと促され、私もようやく踵を返した。
他愛もない話をしながら帰り道を歩く。
しかしある瞬間ふと沈黙が落ちた。どうかしたのかと思って少しだけ上にあるソルの顔を見上げれば、彼は神妙な顔をしている。
「……ね、ヤマト」
「ん、何?」
そしてまた沈黙。饒舌なソルにしては珍しい。言葉を選び、だがその選んだ言葉すらも言いあぐねているようだった。私が首を傾げてもう一度どうかしたのかと問うと、彼は顔を上げて喋り出す。
「ヤマトって……男、好きなの?」
瞬間的に頭が真っ白になった。言葉を選んでいるように見えたのは間違いだったようだ。言葉を選んでこの結果は悲しすぎる。
「……は!?」
「いや、だって……闇神の転生体様に熱視線送ってたじゃん」
自分のテンションがおかしいうえに赤面しているのを隠せている気はさらさらなかったのだが、まさかソルの目にはそんな風に映っていたとは。
……いや、間違いではない、間違いではないのだ。男……綺麗な人とかイケメンは好きだし、素晴らしい受けだと熱視線は送った。
だが、多分彼の聞いている意図とは違う。
「ないないない! ただ、綺麗だなーって思ってただけだから! 勘違いしないで!」
慌てて否定。ホモ認定されたら辛い。友情にひびが入ってしまうかもしれないではないか。
「俺、そんなにひどかった~?」
微妙なものとなった空気を誤魔化すためも兼ねて、敢えてこの話題に突っ込む。だって、これ、慌てて話題逸らしたりしたら余計おかしいだろ。
「ひどかったっていうかさ。今までにない顔してたから」
「だって、あんなに綺麗な人初めて見たんだもーん」
我ながら白々しい。ああ、ソル無表情やめて。真顔やめて。いつもなら空気読んで冗談にのっかってくれるじゃないの。
しかし今日の彼は、どこまでも空気を読まなかった。
「ヤマトの方が綺麗だと思うけど」
「え」
一瞬何を言われたのだか分らなかった。
これまた、ストレートに……。綺麗な顔だのなんだのは散々言われているが、ソルに言われるのは初めてのような気もする。しかも真顔、無表情。なんだ、それ。
ソルはさらに言葉を続ける。
「客観的に見て」
「……こ、コメントに、困るなあ」
「そう? ヤマトってほんと綺麗な顔してる割には、自覚足りないよね。……それ、恋愛方面に使ってみようとか思ったりしないの? 有効活用すれば引く手数多だと思うけど」
うまい具合に、というほどでもないが、微妙に話の路線が変わり、私は安堵した。未だソルは無表情だが、まあ、そこはいい。
さらに路線を変えよう。真面目に語っちゃおうじゃないか。
「……うーん……俺には恋愛とか、まだ早いよ」
恋愛、私の中でこの単語とイコールで結びつく単語は、無理。恋愛=無理。
「だって、恋愛って難しいじゃない。自分のことでもいっぱいいっぱいな俺が、恋人幸せにできるわけないし」
分不相応もイコールできるかなあとか思いながら、そんなことを言ってみた。
無理だ。精神的ひきこもりの私が恋愛なんて。イチャイチャラブラブチュッチュとか考えただけで無理だ。
恋愛は相互理解だと聞いたことがある。だが、私は三次元で恋愛できるようなリア充とわかりあえる気がしない。よって一生無理だ。
「……そっか」
私の答えを聞いたソルは、やっと無表情から復活してくれた。優しげな笑みを浮かべて、肩を組んでくる。
正直私の答えの何が彼の表情を変えたのかは一切わからないが、まあいいだろう。
「あ、ソルは? 恋愛とか……そういやそんな話題になったことないよね」
そういえば、目の前のチャラ青年とはしょっちゅう一緒にいるが、恋話なんかはとんと聞いたことがなかった。
教えてほしい。いろいろ変換して、妄想の糧にしてやるわ。
「ええ、俺ぇ?」
「ソルって百戦錬磨っぽいから、ちょっと話聞きたい」
「人に話して聞かせるほどのことしてないって」
「嘘だあ」
「マジだって」
結局この後しつこく聞いても教えてはくれなかった。もしかしたら、人に軽々しく離せないような大恋愛をしていたりして……なんて想像を膨らませながら、ギルドハウスへの道のりを二人で歩くのだった。




