幕間 8‐(6.5).焦りは禁物
「ソルゥ、お前こんなのが横にいてとち狂ったりしてねぇだろうな」
「何言ってんだ、ばか」
久々に会う友人に顔を合わせて数分も経たず見事に言いあてられて、ソーリスは表情を強張らせた。即座に否定の言葉を返すが、それが白々しいものにならなかったかと不安に思う。
疑問形で聞いてきたにもかかわらず、友人の目は確信を持っている。愉快そうに弓型に歪む目が憎らしい。
友人、パーシヴァルは、コロナエ・ヴィテの補充要員だ。彼の双子の姉であるニーファが長期任務に出かける時期になると毎年やってくる。
毎年やってきては、人手が足りない時だけ仕事を手伝い、それ以外は好き勝手に過ごしてニーファが帰る頃にいなくなる。
ニーファと双子だという割には彼らが二人一緒にいるところを見たことがないのは疑問だったが、相当昔からはぐらかされ続けているので最近では探りを入れる気もなくした。
他者の感情の機微に疎いニーファと双子だとは思えない程にパーシヴァルは鋭い。雰囲気、表情、動作、視線の動き……あらゆるものから判断するのだとは彼の弁だが、とにかく彼には人の感情の動きが手に取るように分かるらしい。
しかしそんなことを得意としている人間には一番持っていて欲しくない性癖がパーシヴァルにはあった。
嗜虐嗜好だ。
意地の悪いことを言って他者が慌てたり困ったりするのを楽しむ。自分の言動によって相手が泣くのを楽しむ。人の感情を読むという得意技を存分に使って行われるそれは、人によってはトラウマを作りかねないもので。
ソーリスも、思春期で血気盛んだった数年前までは随分被害にあっていた。
(童貞捨てたのもパースにけしかけられたからだったっけー……)
しみじみと、思いだす。あの時は花街までわざわざ連れていかれて……いや、そんなことはどうでもいい。
問題は、近年になってやっと彼のいじめをうまく受け流すことを覚えたというのに、久々に再会して数分で弱みを握られたことだった。パーシヴァルは人同士の関係を崩すようなえげつない悪戯はしないが、それができるネタを手に入れたら揺さぶって楽しむくらいのことはする。
だがしかし、ソーリスが予想していた執拗ないじめは行われなかった。
それはなぜか。それは、パーシヴァルの標的がヤマトに固定されたからだ。
どうやらそんな雰囲気になっているということに気付いた時には、ソーリスは思わず納得してしまった。
パーシヴァルがヤマトを気に入った理由はよくわかる。ヤマトはリアクションがいちいち可愛らしい。そのうえあの美貌だ。あの美しい顔が自らの為したことによって歪むともなれば、ソーリスですらそれを甘美な誘惑に感じる。
パーシヴァルにとってヤマトは、恰好の獲物なのだろう。ソーリスは昔自分がやられたのとほぼ同じことをやられ続けるヤマトを、可愛らしいかつ懐かしいと思って見つめていた。
訓練でしごかれるうえに私生活でも虐められてぼろぼろになるヤマトは、最近ぼーっと放心していることが多い。
ヤマトにとっては冗談ではないだろうが、ソーリスにとってそういう時はチャンスだ。どうしてかというと、彼が放心している時は触り放題なのだ。
未だにスキンシップに慣れきることができないらしいヤマトが、普段であれば身体を強張らせてやんわりと拒否をするようなこと……例えば、べったりともたれかかったり、顔周辺を触ったりすることも、呆けている時であれば好き勝手に行うことができた。拒否もされない。
滑らかな頬を撫でたり、接近して髪をいじったり。そんなことをしても大丈夫なのだ。
しかもパーシヴァルから受けるいじめを警戒したヤマトがソーリスの方に逃げてくることも多かった。いくら言っても頼ってくれない想い人が無意識にでも自分を頼る現状に、ソーリスは嬉しさを感じていた。
そういうわけでここ最近、ソーリスは上機嫌だったのだ。
◇ ◇ ◇
(って思ってたら、これかよ。……天罰か?)
銀色の髪の少年が一挙一動するたび桜色の美しい唇をぽかんと開き、まるで見惚れるかのように動きを止めているヤマトに、ソーリスは苦々しい気持ちになる。
こちらが見惚れてしまいたいほど秀麗な薔薇色の頬も、今は憎らしいとすら思えた。
闇神の転生体アストラを見るヤマトの視線は、今までの誰を見るものとも違った。
釘付けとでもいうべき真っ直ぐな視線に舌打ちをしたくなる。彼の世界に今自分は存在していないだろう。
神様と対面するなんて貴重な体験をしているにもかかわらず、ソーリスは苛々とした気持ちを抑えられない。
口数が多く、声も大きいヤマト。こんな彼を見るのは初めてだった。
(綺麗って。ヤマトの方がよっぽど綺麗だよ)
何気ない一言にも、変に突っかかりたくなる。
そわそわと嬉しそうな、まるで恋する相手の目の前にいるようなヤマトの変化。
男相手に、おかしいではないか。ソーリスは自分を棚上げしてヤマトを非難したい気持ちになった。
まさか光神の転生体エルザに影響されたりしたのだろうか。そう思って、目の前の男同士の恋物語を好むらしい少女を見つめる。
先日彼女が語って聞かせた自分たちを主役にした恋愛譚も、随分気に入らないものであった。どうしてヤマトとパーシヴァルが結ばれて、自分がイクサーなんかと。まあそんなものは彼女の想像の中での出来事だからどうでもいいのだが。
色々な黒い感情が渦巻く頭をフル回転させて、ソーリスは考える。
いや、まだわからない。ヤマトがアストラにどんな感情を抱いているかなんて、今の時点ではパーシヴァルでもないとわからないだろう。
ただの憧れであるのならいい。ぽっと出の他人がヤマトにそんな目で見つめられるのも納得いかないが、今はそうであってほしかった。懸想したなどと言われるよりずっとましだ。
ソーリスは必死に、ヤマトがジェネラルと初めて会ったときにどういう目をしていたかを思いだそうとしたが、途中で止めた。
意識して冷静な考えを取り戻そうと努力する。
(……なんで、こんなに必死になってんだ俺。ヤマトがあいつのこと好きになったって決まったわけじゃないだろ)
だが少し冷静になったところで、頬を赤らめてアストラと話すヤマトを見てしまうと焦りが舞い戻ってくる。堂々巡りだ。
もしヤマトがもうこの瞬間に恋に落ちているのだとしたら? 神様相手にそれはないとわかってはいるのだが、万が一にもうまくいってしまったりしたら?
イクサーやリビルトがヤマトに言い寄っている時もすさまじく気に食わないのだが、今はそれとは違う。それとは違う、深刻な事態だ。
ヤマトがここまで積極的になっているのは初めてなのだ。もしヤマトのこの積極性が恋慕によるもので、アストラがそれに応えてしまえば、ソーリスの入り込む隙はなくなる。
(……そんなん、冗談じゃねー……)
和やかに進むお茶会の空気。それにすら苛々し始め、手元のティースプーンを握りつぶしたい気持ちになった。
今すぐヤマトを連れて帰りたい。いや、ここに来る前まで時を戻して、今日はヤマトを部屋に閉じ込めて外出させないようにしたい。泣いても部屋から出さない。ここにきて目の前の少年と出会わせるくらいなら、少々嫌われてもいい。
そこまで考えて、あるひとつの案が脳裏に過ぎった。
嫌われついでにいっそ、ヤマトを奪ってしまったらどうか、なんて。
唇を合わせたら、驚くだろうか。抱き締めたら、逃げようとするだろうか。服を裂いて、その白い身体を組み敷いて――。
「ね、ソル? さっきから元気ないよ。どうしたの?」
暗い考えに被せられるように、タイミング良くヤマトが声を掛けてきた。
はっ、と闇に囚われていた思考が現実へと戻る。
「ご、ごめんなんでもない」
「……体調悪かったり、する? ごめん、俺気付かなかった」
「違う違う、元気だから。気にしなくていい。ちょっと考え事。ごめん」
自分は今何を考えていた? ……駄目だ、気分が暗くなりすぎて、思考が物騒になっている。
まだヤマトがアストラに恋をしたと決まったわけではない、それにヤマトは自分を気にかけてくれてもいる。今はそれでいい。
さっきの自分はおかしすぎた。最近よく一緒にいるせいでパーシヴァルに毒されているのだ。……組み敷いて、泣かせたい、だなんて。
ソーリスは一気に冷静になった頭が正しい思考を打ち出しはじめたことに安堵して、一口、お茶を口に含む。
そんな彼の、嫉妬まる見えの物騒な一部始終をうっとりと眺めるエルザがいたことには気付くよしもなかった。




