8‐(6).理想を追い求める
「おらおら、逃げてばっかいねえで反撃しろー。ははは」
悪魔のような笑い声が、訓練スペースに木霊する。場内を走り回って追撃者から身をかわす私は、今日も今日とてパーシヴァルさんに虐げられていた。
本日のお相手は、木目の肌を持つ三匹の狼。ただしその大きさは通常の狼の優に3倍はある。しかしスピードは落ちておらず、むしろ速いくらいだ。でかい、はやい、こわいと三拍子揃った獣に三方向から襲いかかられる気持ち、わかる人いますでしょうか。
幸いなことに肌を裂かれないよう爪や牙を丸く作っておいてくれてあるらしいが、腕などの細い箇所にまともにかぶりつかれたら顎の力で骨くらい持っていかれてしまいそうだった。簡単に言えば、すごく痛い。
逃げても逃げても追い縋ってくる狼。隙を見つけて訓練用の木剣で叩いても、一向に倒せない。これ、なんで真剣使っちゃいけないのか。真剣でも倒せる気がしないのに。
「うぎっ」
思考が余計なところに散ったせいで攻撃を受ける。腹に思い切りタックル。倒れた拍子に背中を打つ。痛い。
私の胸にのしかかる狼の顔が間近に近づく。がぶりといかれるのだろうか、顔面を。
通常の生き物であるなら生臭いだろうその吐息だが、目の前の狼の口からは気持ちのいい新緑の香りがした。木属性の偶像召喚で創り出されただけある。そんなサービスはいらない。
しかし、狼がかぱと口を開け、私の頭に噛みつこうとした時だった。
「ヤマトー、手紙が届いてるぞ」
暢気な声で呼びかける闖入者が現れた。今日はもう仕事がないらしい軽装のジェネラルさんが近づいてくる。
(今、それどころじゃ……!)
彼は左手でひらひらと手紙を振りながら、焦る私をかまいもせずに狼が飛び交う訓練スペースに入ってくる。
案の定、私に覆いかぶさっていた木目の狼とその成り行きを見守っていた残り二匹が乱入者へと視線を移して不機嫌そうにうなった。獲物をいたぶることを邪魔されたのが気に入らないようだ。
直後、三匹が一斉にジェネラルさんへと跳躍した。木目の肌で彼の周辺が埋まる。
私は焦った。彼は丸腰だ。しかし、その焦りは一瞬だけのものとなった。
狼が跳びかかって一瞬もしないうちに響く鈍い音。続けざまに二回。
正面から跳びかかった一匹は、右ストレートを受け私の横を通って吹っ飛んでいった。無理矢理低空飛行することとなったそいつは壁にたどり着くと叩きつけられて消えた。
同じタイミングで襲いかかったもう一匹は右足で蹴られたようだった。まるで脆い木の板のように真っ二つになってジェネラルさんの足元に転がっていたが、数瞬もしないうち消えた。
そして少し遅れた最後の一匹は、今右手で口を掴まれて持ち上げられ、足をじたばたと暴れさせている。この先自分が辿る末路を予想しているのだろうか、くんくんと鼻を鳴らしていっそ哀れだ。
ジェネラルさんは片手で持ちあげた狼をほいと後ろに放り投げると、何事もなかったかのようににこりと笑って私に近づいてきた。
手を差し伸べられ、一瞬顔が強張る。私も投げられないだろうか。この人に限ってそれはないと思うけど。
「……っち、兄貴邪魔すんな」
紙くずか何かのように捨てられ完全に怯えきった狼をしまいながら、パーシヴァルさんが舌打ちする。
私を軽く立ち上がらせたジェネラルさんが振り返って言った。
「パース、お前の指導方針に文句をつける気はないが、俺から見ると少し難易度を上げ過ぎのように感じるぞ」
「死ぬ気になりゃできるよ。現にこの前のトレントはなんとかしたぜこいつ」
ああ、あれは大変だった。三日目くらいでトレントに継ぎ目があることに気がついて、そこを狙うようにしたのだ。毎回必死にやって、倒せたのは六日目だった。
「それは知っている。だが、お前は気に入った相手を虐め抜く傾向があるだろう。ヤマトに対する態度はそれも少し入っている気がするんだが」
「……だっておもしれぇんだもん」
彼らの会話に、私は驚愕する。気に入られていたらしい。
不貞腐れた表情をするパーシヴァルさんに言い聞かせる様な声音で、ジェネラルさんが彼の名前を呼ぶ。
「……わーったよ。次からもう少し考える。ヤマト、今日はもう終わりだ」
名前を呼ばれてびくりと体を揺らしたパーシヴァルさんは、そう言い捨てて去って行った。
その絶大な変化に、感嘆する。
(お、おお……さすがジェネラルさん……)
すごい、そもそも最初からたじたじだったうえに、言葉一つで改善の約束までさせた。
子供の喧嘩に親が云々と変な意地をはらないで、きついときは彼に相談するべきだったかなあと、パーシヴァルさんの訓練にも慣れ始めてきた今になって思う。まあ後の祭りだ。
「あ、す、すいませんジェネラルさん」
「いや、頑張ってるなヤマト。ほら、手紙だ」
とりあえず手を煩わせたことを謝れば、お褒めの言葉と共に頭撫でをいただいた。ううーん、至福。そして手紙を渡される。
分厚い上質な紙で作られた封筒には見覚えがあった。封のための蝋に浮かぶ国印にも。
「あ……これ、エルザ様から?」
「ああ、そうだ。いつの間にか仲良くなっていたんだな。驚いた」
「いろいろありまして」
そういえば彼女は手紙を寄越すと言っていた。試練の場が決まったな、と小さく戦慄しながら、封を開けて中身を見る。
そこには書いてあったのは住所と時間、そして、絶対おいでになってくださいね、という言葉だった。
◇ ◇ ◇
「……ここ?」
「みたいだね」
おしゃれな建物を見上げて、ソルと問答を交わす。
あの手紙を受け取った次の闇曜日の昼下がり、私たちは手紙に記された場所へとやってきていた。
たどり着いたのはなんともロイヤルなホテル。指定された場所は、この建物に併設されたカフェだ。
先週は腐女子の元へと誰かを連れていかなければいけないという事態に惑ったが、結局ソルに同伴を頼むこととなった。
(もういいよね。ソル前の話聞いてたもんね)
ソルはエルザ様がどういう人間だかわかっている分、他の人を連れてくるよりはダメージが小さいと判断したのだ。
しかし、こんな風に場所を指定してくるとは……お忍びなのに、なんとも堂々としている。いや、そんなものなのだろうか。エルザ様が城下へと降りるのを快く思っていない様子だったウェルーシュさんのことが思い出された。彼女も大変だなあ。
ホテルの入り口とは別になっている可愛らしい装飾をされたドアをくぐる。それにしてもおしゃれなカフェだ。入口で迎えてくれたウェイターさんに、手紙で指定された通りアゼリアと名前を出せば、個室に案内された。
「こんにちはヤマト様!」
4人席の円卓に着いたエルザ様が、光り輝く笑顔で出迎えてくれる。それに挨拶を返しながら個室の扉をくぐると、予想外なことにエルザ様以外にも人がいた。
その人物を見て、私は時間が止まってしまったかのような気分になった。
エルザ様の隣に座る、彼女と同じくらいの年齢の男の子。
その人物は、光沢を帯びた銀色の髪と、血のような真紅の瞳を持っていた。
一見少女かと見紛うような華奢な肉体に乗った小さな顔は、整いすぎていっそ冷たい印象を受けるほど美しい。
彼を一言で表すとするならば。
(……理想の、受けぇ……ッ!)
思わず頬に血が集まった。ぽかんと口を開けて見惚れる。
なんという、美しい少年だ。
柳眉が少し不機嫌そうに顰められ、気の強そうな雰囲気を醸し出している。真っ白な肌に、血のような真紅の瞳が二つ浮いているのが怪しげに美しい。
厨二的な色彩がまたいいじゃないか。
まずい、やばい、すごく綺麗だ。誰だ、あれは誰なんだ。
早急に隣あたりに攻めを用意すべきだと主張したい。
いないかどこかにいないか。ソルでもいいぞ。運命の出会いを果たしてくれ今ここで! いやでもソルにはイクサーさんが。
「……ヤマト、どうしたの?」
頭の中はフル回転しつつ外面的には彼にぼーっと見惚れていると、ソルが訝しげな表情で呼びかけてくる。
「あ、ううんごめんね。なんでもない」
茹でダコ状態になった頭と真っ赤に染まっている頬でなんでもないはないだろうが、脳内を晒すわけにはいかない。それとあと、はやくあの美しい人の詳細を知りたくて、急いで円卓の席に向かった。
「お待たせしました」
「こんにちは、エルザ様」
挨拶をしながら座る。挨拶のためにエルザ様に視線を送りはするが、意識は美しい人にいきっぱなしだった。誰、それ誰ですか。はやく、はやく紹介してください。
「本日はお呼び立てして申し訳ございません。来ていただいて本当に嬉しいですわ」
にこりと微笑むエルザ様。私も嬉しいです早く紹介してください。
そわそわと急くばかりの気がエルザ様に通じたのかはわからないが、彼女は早速美しい人の紹介をしてくれた。
「こちら、お会いするのは初めてだと思いますので紹介いたしますわね。闇神の転生体の、アストラくんです」
(アストラ、様……!)
名前と詳細を聞いて鳥肌を立てる。エキゾチックな響きの名前が美しい。設定までもが好みだ。闇神の転生体様、素晴らしい。怪しくって、ミステリアスなのに外見的にはまだ未成熟な感じが、もう。
ぼ~っと見惚れる。ひたすら見惚れる。
ティーセットをいじるのに彼の白く細い指が動くのに見惚れ、こちらに視線を向ける目の動きに見惚れ、向けられた紅玉の美しさとその中に潜む意志に見惚れ、紹介を受けて喋り出すために淡い桃色の唇が開くのに見惚れた。
「アストラ。よろしく」
「まあアストラくん、そんなに無愛想ではお友達になれませんわ! 今日だってお忍びを楽しみにしていたではありませんか!」
「うるせーよ」
ああ、乱暴な言葉遣い。生意気そうな雰囲気がとてもいい。
しかし惚けてばかりいないで、こちらも自己紹介をしなければ。
「あ、の……俺、ヤマトって、いいます。よろしくお願いします!」
「……ソーリスです。よろしくお願いします」
頭をテーブルにぶつけそうなくらいの勢いで下げる。少ししどろもどろになったが、噛まなかったので良かった。頭は熱くなりすぎて、湯気が出そうだ。今熱を測ったら絶対39℃台はあるだろう。
ソルのテンションが低い気がしたが、それを気にしている余裕もなかった。
「……ヤマト様、お顔が真っ赤ですけれど……大丈夫ですか?」
「へ、あ! はい、大丈夫です! ちょっと、緊張しちゃってて」
エルザさんが心配そうに尋ねてきたのに対して、常にない大声で答えた。まるで別の人間が私の口を使って喋っているような感覚だった。緊張が極まるとこうなる。何を言ってるのだろう私は。
「まあ、緊張?」
「こ、こんなに綺麗な方見るの、生まれて初めてで……」
口が滑った気がする。
(おーっとおいおいおい私何を口走っているのかな? でも言っちゃったから覆せないよねえ!? うわっはー燃料投下しちゃったよ多分!)
燃料投下の件は間違いないだろう。私の言を聞いて朝日が昇るように笑顔の光を発したエルザさんが、意気揚々と語りだす。
「そうですわよねえ! アストラくんはとーっても美しいですもの! でもヤマト様もとーっても美しいですわよ! お二人並んでいれば国ぐらいなら傾けられますわ!」
傾国のなんとやら。彼女の中では、私×アストラ様ができているのだろうか。逆はないだろう。アストラ様、絶対、受け。でもそれじゃ勿体ない。もっとかっこよくて男らしくて体格の良い素敵な攻め様がアストラ様には……いかん。
ここで我に返った。肝心のアストラ様を放っておいて、私は何を。口走った言葉が脳裏に蘇る。少し垣間見ただけのアストラ様の性質を考えても、綺麗とか言われて嬉しがるタイプではないのは明白だった。二次元的展開から考えて。
うわ、やだ、嫌われたくない。悲愴な心持でアストラ様を恐々見る。
案の定、アストラ様は盛大に顔をしかめていた。その形のいい唇から次に出るのは怒りか、軽蔑か。
「ヤマト、って言ったか? お前、その顔で何言ってんだ」
身構えていると、想像していたものよりもずっと軽い調子の言葉が投げかけられた。
「へ、あ」
「……俺もお前と同じ感想だよ」
間の抜けた声を出した私に、アストラ様がにやりと笑う。
(あ……あれ……なんか、してやったりみたいな顔で笑われ……これ仕返しみたいな意味? あ、そういやこの美青年も負けず劣らずの美形だっけね……でも私アストラ様のほうが好みド直球なんだわ……。でも、どうしよ……褒められた……こんな綺麗な人に反応もらえた……顔もっと赤くなる……)
「あ、ありがとうございます……」
何を言えばいいのかわからなくて、とりあえずお礼の言葉。それは尻すぼみに小さくなった。真正面にあるご尊顔を見ていられなくて俯く。
すると、前方から焦ったような言葉が聞こえた。
「な、何赤くなってんだよ、お前」
「ごめんなさい……」
なんだろう、このやり取り。顔を上げてみれば、アストラ様も顔を赤くしていた。
……真っ白な頬が赤く染まって、その美しさたるや。
駄目だ、興奮しすぎて鼻が熱くなってきた。このままだと鼻血がでる。視線をそらそう。
ふい、と視線を反らした先にいるのはソル。それはわかっていたのだが……。
彼を視界に映した直後の一瞬。その表情に違和感を覚えた。
真剣すぎていっそ悲痛な顔をしていたような。それは瞬く間もなく無感情な物へと変わったが、今まで見たこともない暗さを含んだ表情が多大なインパクトを私に残した。
「……ソル、どうしたの?」
「別に」
心配になって聞いてみれば、すげなく扱われる。
さっきのもびっくりしたが、今のこれも最近じゃ珍しいくらいの無表情だ。声も低い。これ、不機嫌なんじゃないか?
いきなりぶんむくれたソルに疑問を覚える。謎だ。今までのどこかのやり取りでここまで機嫌を下降させる何かがあったろうか?
まさかソル、騎士様などの公僕嫌いが高じて国の上層部にいる転生体様も嫌いだとか。前も理由なくリビルトさんを嫌っていた。
そんな。それは困る。このお話の場が悪い空気になったら嫌だ。あれ、でも先週のエルザ様とは普通に接していたじゃないか。
不機嫌なソルの気分を解消する手立てが見当たらず視線を彷徨わせれば、噂のエルザ様はとってもいいお顔をされていた。
そうだよね、今のやり取りだと私がアストラ様に恋に落ちたみたいだもんね。間違ってはいないですけど。
「うふふ! アストラくんはお友達が少ないので、是非仲良くしてあげてください」
「おい」
ソルのことがどうでもよくなったわけではないのだが、エルザ様から発されたアストラ様孤高の一輪設定と、アストラ様の喉からでる清涼なお声に耳を奪われる。
恥ずかしそうに怒る姿も、またいい。だが文句を言おうとしたアストラ様を、エルザ様が遮った。
「あ、もちろん私もですよ? 私たちの正体を知ってもこうして普通にお相手してくださる方たちなんて、本当に貴重なんですもの!」
心底から、といった感じの微笑みだった。
ああそうだ、腐女子とか超好みの受けとかいう先入観が先に来すぎていたせいでほぼ頭になかったけど、この人たち神様なのだ。今更ながら不敬罪、なんて言葉が頭をよぎったけど、先ほどの言葉からそれもなさそうだし。
年若い彼らは、多感な時期に同じくらいの年齢の友達がいなくて寂しい思いをしていたのかもしれない。そう予想する。
お友達が少ない発言で顔を顰めていたアストラ様は、嬉しそうなエルザ様の様子に勢いを削がれたようだった。
光そのもの、といった感じで笑顔を展開したエルザ様が、胸の前で手の平を合わせて言葉を紡ぐ。
「さあ、いろいろお話しいたしましょう!」
なぜかむくれたソル、にこにこのエルザ様、美しいアストラ様。
組み合わせがなんだかカオスだけど、今日は運命の出会いだ。そうに違いない!




