8‐(5).安請け合いは信頼できない
体感時間にして十数分程続いたアゼリアさんの暴走物語は、紆余曲折あったが私とパーシヴァルさんが結ばれ、ソルが途中から出てきたイクサーさんと結ばれたことにより決着がついた。山場は涙なしには聞けない神展開だった。アゼリアさんの構成力、無駄にすごい。
イクサーさんが出てきた時には驚いたものだ。しかし、ソルとイクサーさんはライバル関係だということが周囲に知れ渡ってるらしいから、その情報が彼女にも届いているのだろう。そして腐女子ならばそこから想像する結果は同じだというわけか。
いい仕事です、アゼリアさん。
途中からギャラリー(主に女性)まで発生しだし、一種の路上パフォーマンスのようになっていた彼女の語り。それが終わったことで、割れていた人波も元に戻っていく。
パーシヴァルさんは笑い疲れて息も絶え絶え。ソルはイクサーさんが出てきた時からすごく嫌そうな顔をし、提示された結末に明らかに納得がいっていないようだった。最初は羞恥で死ぬかと思った私は、展開が進むにつれてアゼリアさんの見事な物語に引き込まれ、イクサーさんが登場したあたりでは心の中で力強いガッツポーズをとり、結末を聞いた今では少し興奮している。
そして、ストーリーを描き終えた彼女に、未だ肩を震わせ続けるパーシヴァルさんが近付き、言った。
「悪い……全部……嘘だ……」
「……えぇぇーっ!」
「……もう、ひどいですわパーシヴァル様、御冗談だったなんて!」
「悪い悪い、おもしろそうだったからついな」
パーシヴァルさんがそう言って思い出し笑いを噴き零す。笑い上戸か。
全てのネタばらしをされたアゼリアさんは、ぷんすかという効果音でも出そうな様子で怒る。彼女はすごく純粋なようだ。あんな面白さ先行で前触れもなく突然言われた冗談、普通は信じないだろう。やはり、光神の転生体様に仕えているなんてけっこう上の立場の人は、庶民の冗談はわからない純真培養だったりするのだろうか。
パーシヴァルさんに向かって恨み言を吐くのをやめた彼女が、こちらへと向き直って申し訳なさそうな顔をした。
「申し訳ございませんヤマト様にソーリス様、お気を悪くなさらないでくださいね」
「は、はい……」
そうは見えなかったが、一応自らの趣向がアブノーマルだという自覚はあるのかもしれない。同性愛って非生産的だし。当然は当然か。
それにしても深く考えたことはなかったが、この世界での同性愛の扱いってどうなっているのだろうか。自分の頭の中以外でいろいろ展開してくると、気になりだす。
だがまあ贔屓目に見たとしても、メジャーではないだろう。街中で同性愛者のカップルを見たことはない。
(……あ、ソルとイクサーさんのちゅーは見たけど)
あれは素晴らしかった……私の人生の上で良かったことベスト1かもしれない。
しかしそんなことを考えていたのがいけなかった。
「……アゼリアさんって、そういうのが好きなんですか?」
ソルがアゼリアさんに、率直に質問を提示する。げっ! と思いつつも素知らぬ顔を心掛けた私は、内心顔面蒼白で事の成り行きを見守った。
「はい、それはもう! 男の方同士の恋愛って、男女間にはないスリルと背徳感がありますもの! 私大好きで……!」
天罰かこれは。自らの趣向をマイノリティだと感じている私のような隠れ腐女子にとって、何よりもきつい現状。きらきらとした目で語り始めるアゼリアさんを見て、腹の底が冷えていくのを感じる。胃も痛い。彼女の物語は素晴らしいが、趣向全開でその気のない人に語る癖は止めて欲しかった。二人だけならじっくり聞きたい。彼女の話。
さっき考えた、彼女は自分の趣向がアブノーマルだという自覚云々は間違っていたようだ。ただ単に、パーシヴァルさんに騙され関係性について勘違いをしたことを謝っていただけらしい。
きりきりと音がしだした私の胃をぐっと押さえる。ああ、そろそろ止めてほしい。男同士がいかに素晴らしいかなんて語りださないでほしい。
だが、そんな私の心痛とは裏腹に、ソルは割合平常の精神で話を受け止めたようだった。
「ふーん……同性愛とか、難しいテーマのもの好きなんですね」
……普通の人の反応だと、こんなものなんだろうか。ああでも、腐女子の生態についてわかっていなければそうなのかもしれない。同性愛、難しいテーマだ、確かに。非生産性と心の動きから考えれば、いっそ哲学的ですらあるかもしれない。
だが、ソルの言葉にかこつけて「そうなんです! ですがその難しさが……」とか嬉々として話すアゼリアさんが心臓に悪いし恥ずかしい。止めてください。ソルはその話題にそんなに興味ないと思いますから。本当に。
と、その願いが通じたのだろうか。ホモ語りを止めたアゼリアさんがふと思い出したかのように、あ、そういえば、と前置きをした。違う話であってくれ。
「先日はありがとうございました! 光神の転生体も大層喜んでおりましたわ!」
そこまで違う話じゃなかった。男が女装させられて男とダンスパーティーに行った話ですね。別の意味で止めてほしい。あれもあれで恥の記憶だから、蒸し返さないでほしい。
しかし、始まったばかりの話が終わるはずもなく。ソルが尋ねる。
「ああ……あれって結局なんだったんですか?」
「光神の転生体は、お二人があまりにも素敵なので寄り添った姿を見てみたくなってしまったのです。ですがあの後大変なことになってしまったようで……私心配しておりましたの。大丈夫でしたか?」
遠い目をする私と、ソル。
あの日は、本当に大変だった。ソルもなんだかしらないけど落ち込んでたから、良い思い出にはなってないのであろう。案の定落ち込みを思い出したらしいソルが項垂れるのをぽんぽんと叩いて慰め、私が答える。
「そう、ですね……大変でした」
途端に、深刻そうな顔になるアゼリアさん。彼女は声を落として尋ねた。
「小耳に挟んだのですが……ヤマト様、暴行を受けられたって……本当ですか?」
私は脳が口から出るかと思うくらい驚いた。その話、流れちゃってるのか!?
「そっそれは違います! ジェネラルさんが暴走しちゃって……!」
「まあ、ジェネラル様が?」
「……あれ、ジェネラルさんのこと知ってるんですか?」
慌ててしまいうっかり固有名詞を出せば、意外な反応が返ってくる。しかし、考えてみたら彼は有名人だから知ってるのかもしれない。いや、国関係の人なら知っていて当然だろう。
「ええ、知ってますわ。有名人ですもの。……それで、どうしてジェネラル様が暴走してヤマト様が暴行を受けたことに……?」
思いの外藪蛇となった。
その言い方だと、異常なほどの語弊を感じる。しかも、アゼリアさんの目が異様にぎらぎらしていて、怖い。獲物を見つけた腐女子の目だ。私もこんな目になる時があるのだろうか。
しかし、困った。どうしたものかと頭を抱える。
答えに困窮する私をアゼリアさんが覗き込んだ。ちらり、とフードの奥に瞳が見える。金色の、綺麗な瞳だ。その瞳に目を奪われた、その時――。
「エルザ様」
後方から聞こえた、涼やかな声。びくり、とアゼリアさんの肩が跳ねた。
「こんなところにいらっしゃったのですね」
振り返れば、真っ白で真っ直ぐな長い髪を綺麗に結い上げた青色の瞳の女性が、厳しげな顔で佇んでいた。
「ウェルーシュ……どうしてわかったのですか?」
「エルザ様のお気を辿りました。意識して抑えておりましたね? そのせいでこんなに時間が掛かってしまって……」
「ご、ごめんなさい」
ウェルーシュ、と呼ばれた女性とアゼリアさんの会話は、私たちを置き去りにどんどん進んでいく。女性はアゼリアさんを別の名前で呼んでいた。
エルザ様、って。誰? と疑問に思うと、笑い転げていた人がいるはずの斜め後方から声がした。
「あー、やっぱりそうだったな」
パーシヴァルさん、やっぱりって? その発言の意図も見えずに首を捻ると、項垂れていたはずのソルが立ち直り、驚いた顔をしていることに気付く。
「どうしたの、ソル」
「……エルザ様、って……光神の転生体の名前」
今度は私が驚く番だった。
「ええーっ」
続く会話は、ウェルーシュと呼ばれた女性に促され、念の為人気のないところで行われた。
「黙っていてごめんなさい……本当のことを言ってしまえば、普通にお話できないと思いまして……」
「あ、いえ……そんな。頭なんか下げないでください」
ぺこり、と下げられた頭をどうにかして上げてもらおうと、慌てて彼女の肩を掴む。顔の上半分を覆うほど目深にかぶられていたフードは、今降ろされていた。
判明した、彼女の正体……アゼリアというのは偽名で、実は光神の転生体エルザ様だということにも驚いたが、今まで頭の中で勝手に思い描いていた光神の転生体様と、目の前のエルザ様とのギャップにも私は驚かされていた。
まず、年齢。目の前の彼女の年は、高めに見積もっても10代中盤。
転生体様というものは罪を犯した神が地上に落とされた姿であり、その罪の全てを償うまで“少し力が強い”通常の人間として輪廻を続けるのだという。何として生まれるかは代ごとに違うが、今代の転生体様は光闇どちらもヒューマンだというらしいから、外見年齢と実年齢が一致するはずだ。
(これが、あの闘技大会ですげえ戦いしてた光神の転生体様……若すぎる)
思い出されるのは、物々しい全身鎧と華麗な装飾の為されたフルフェイスメットで舞台の上に立っていた転生体様たちの姿だった。体つきもわからなかったあの姿からは、目の前の年若い少女は到底想像できない。脳裏に残っているあの荘厳ともいえる戦いも、彼女と全身鎧の結び付けを余計に困難にした。
そして次に、容姿。
フードを降ろしたアゼリアさんもといエルザ様は、神様だというのが納得できるくらい光り輝いていた。金色だと感じた髪と瞳は、陽光を受けて輝き……まるで光をそのまま色にしたかのような色彩だった。
だが彼女は小さく、華奢だ。神々しさは感じるが、それは成長途中のもので。綺麗というよりは、愛らしいと表現したい雰囲気だった。
私が光神の転生体様と聞いて抱いていたイメージは、もっと年上で怜悧で、抜け目のない感じだったから……目の前でウェルーシュと呼ばれた女性に怒られてしょげているエルザ様とは、だいぶ違っていた。
「エルザ様がご迷惑をおかけいたしましたコロナエ・ヴィテの皆さま。私はウェルーシュという者です。以後お見知りおきを」
ウェルーシュ……さんと様、どちらだろうか。とりあえず、さん付けで呼ぶことにする。ウェルーシュさんがこちらに頭を下げたのに対応し、私とソルが自己紹介をした。パーシヴァルさんは何故だか黙っている。
涼やかですっきりとした美貌を持つ彼女は、光神の転生体様であるエルザ様と近しそうなだけあって、光の雰囲気を強く纏う女性だ。そして何故だかわからないが、彼女に不思議な懐かしさを感じた。またいつもの厨二病だろうか。
しかし、ふと気がついた。彼女は私たちが名乗る前に、コロナエ・ヴィテの皆さま、と言い当てなかっただろうか。
不思議に思った直後、ウェルーシュさんがパーシヴァルさんに向き直る。
「……ジェネラル殿は息災ですか?」
「ああ、元気だよ。最近ヘタレてやがるがな」
「ヘタレ……それは大丈夫なのですか?」
ジェネラルさんの名前まで出てきた。二人はなんだか気安い雰囲気で言葉を交わす。
「……知り合い?」
「知り合い。だからあいつが光神の転生体だとはわかってたんだが、別の名前名乗ってたから何も言わなかった」
「あ、なるほど……それで」
私が聞けば、パーシヴァルさんが事も無げに答えた。そして納得する。なんだかエルザ様に会った時から不可思議な言動をしていたパーシヴァルさんには、そういう理由があったのか。
「パーシヴァル様、気付いてらしたのですか!?」
最初からばれていたと知ったエルザ様が素っ頓狂な声で驚愕した。
「だいたいわかるぜ」
「大変ですわ……私、もっと変装の腕を上げなければ……」
得意げに言うパーシヴァルさんに、危機感を強めたらしいエルザ様が独りごちた。
おそらく、従者っぽいウェルーシュさんに怒られていることからしてエルザ様はお忍びなのだろう。口ぶりから考えれば、常習犯。
思い返せば、あの後夜祭の日に光神の転生体の使いですなどと名乗っていた彼女は、私に女装をしてほしくてしょうがなくて一人で城を飛び出したのか。すごく行動力のある腐女子だ。見習いたいような、見習いたくないような。
「エルザ様?」
「はっ! ウェ、ウェルーシュ……ご、ごめんなさい。今日は戻りますから、許してくださいな」
まだまだ抜けだす気満々な発言を聞き咎められたエルザ様が、弱った様子で謝罪の言葉を口に出す。
「今日は、とつくのが引っかかりますが……仕方がありません。とりあえず、戻りますよ」
彼女も何度も悩まされているのだろう。だいぶ、諦めモードだった。
では、と私たちに頭を下げたウェルーシュさんが、エルザ様を連れて行こうとする。
だがエルザ様は、ウェルーシュさんに少し待ってと頼み、私のところにやってきて耳打ちした。
「ヤマト様、私また闇曜日に城下に降ります。近日中に場所と時間を書いたお手紙を差し上げますので、一緒にお話いたしませんか?」
「あ、はい、いいですよ」
「ありがとうございます! それでは、また……!」
健気な声色で言われたその言葉に、うっかり頷いてしまった。
にこり、と心底うれしそうに笑って去っていくエルザ様。
そして、私たちもギルドハウスへと帰ることにする。
しかししばらくして気がついたのだが、もしかして私は蜘蛛の巣に自ら飛び込んでいこうとする感じになっているのではないだろうか。
彼女とはお話したい気もするが……そういえば魔人との一件から、一人での外出は許されていないのだ。誰か連れて行かなければならない。腐女子の彼女と会うのに、非腐女子の誰かを。
あ、まずいかも。と思ったが、時すでに遅し。
何も考えずに安請け合いしてしまった自分を呪い、一週間後に迫る試練の時に慄くのだった。




