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Trans Trip!  作者: 小紋
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8‐(3).SMは信頼関係によって成り立つ

 パーシヴァルさんが来てから、一週間が経った。

 それだけ時間が経過した今、彼と仲良くなれるかどうか不安に思っていた一週間前の自分に言ってやりたいことが、ひとつできている。


 お前が今考えるべき問題は、それじゃないです、と。


 それだけ、言ってやりたい。あと、カップリングとかそういうの考えてる場合じゃないです、というのも。

 というのも、パーシヴァルさんは……予想していたよりも、初日に受けた第一印象よりも、よっぽどとんでもない人だったのだ。


 彼が来て翌日の訓練スペースでのやりとりが頭に残っているが、そこからもう片鱗が見え始めていた。


「いいか、俺はあくまで補充要員。姉貴がいない間こうやってこのギルドに来るが、仕事は最低限だ。俺は毎年テキトーな都会暮らしを満喫するために、このギルドにやってきてる」


 まずそう切り出した彼は、サイドテールの毛先を細い指で弄びながら言葉を続けた。


「だがな、今年はどうやら事情が違うらしい。お前がいるせいだな。保護任務があるから主だってお前のお守りをしなきゃならんし、剣の稽古もつけてやらなきゃならねぇみたいだ。……そんないつものペースを崩された俺に、お前は何か一言あるか?」


 遠回しに責められているのだとなんとか理解できた。余計な仕事増やしやがって、と言われているのだろう。


「……ご、ごめんなさい」

「良くできました。許してやろう」


 彼の求めているであろう言葉を素直に発すると、大きな態度で赦免される。

 謝ったところで疑問が湧いた。……私が悪いんだろうかこれ。いやしかし、私が存在していることで彼の仕事が増えるのだから、きっと私が悪いのだろう。腑に落ちないが無理矢理そう納得した。


「……で、だ。保護任務についてだが、これは仕事だから適切に行う。安心しろ」

「は、はい。お願いします」

「そして次、剣の訓練。これが問題だ。姉貴から訓練状況を聞いてはいるが、ぬるい」

「え」


 ぬるい、って。


「なんか変なのに狙われてるらしいじゃねえか。そんなら、悠長に成長を待つ暇はねえだろう。これからはビシバシいくからそう考えとけ。いいな」


 にやりと、底意地の悪そうな笑顔を向けられた私は、呆然とした面持ちでその言葉を受けとめたのでした。






 そういうわけで最近、戦闘訓練が……一段と激しく……なってます……。


 四方八方から鞭のようにしなる蔓やら、頭ほどの大きさがある種やらが飛んでくる。それらをなんとか防いだり撃ち返したりしていると、背後から叱責の声が掛かった。


「おら、右だ。よそ見してんなボケ!」


 その言葉と共に、木属性の偶像召喚によって呼び出された動く木のお化け……トレントがその大きな拳を打ち付けてくる。それも間一髪で避けた。次は――。


「左!」

「うぐっ」


 反応しきれず、しなって勢いのついた蔓が思い切り腹部にめり込む。そのまま引き倒され、もろに鞭撃を受けた腹を押さえて悶絶。そのまま咳込んだ。


「げほっ、けほっ」

「お前そんなんでよく冒険者やってやがるなぁ。実はもう三回くらい死んでんじゃねぇの? ゾンビか? ははっ」


 蹲る私に目線を合わせるためにヤンキー座りでしゃがんだ彼に顎をぐいと持ち上げられ、至近距離で嘲笑される。スパルタすぎるくらいにスパルタ教師だ。この人の訓練を受けていると、ニーファはものすごく優しかったんだと思えてしまう。

 そしてあと……この人……あれなんです。


「はは、泣きそーじゃねえか。おもしれぇな。もう一体増やしてやるよ」


 指パッチン一発で、ずおん、と増やされるトレントもう一体。荒く息をつきながら声にならない悲鳴を上げた。立ちはだかる二体の樹の巨体を愕然と見つめる。


(このっ、ドS!!!)


 そう、パーシヴァルさん、サディストなのだ。私が泣きそうになったり苦しそうにしたりしてるとすごく嬉しそうな顔をする。そして追い打ちを掛ける。

 今まで二次元の誇大化された虚像以外でそんな人種に会ったことはないから彼がどの程度のレベルなのかはよくわからないのだが、けっこうひどいんじゃないかとは予想している。

 だって。


「……怯えた顔、悪くねぇ。もう一体だ」


(こういうことするからあ!!!)


 ずおおおん、とさっきよりも大きなトレントが姿を現した。三体目だ。

 悲鳴も上げられずに怯える私を、パーシヴァルさんがにやにやと見つめる。

 今までドSのキャラとかにきゃーきゃー騒いでいたが、ここ最近で自分が被害を受けるようになって、身近にそんな奴がいると正直冗談じゃないってことに気付いた。現実は甘くない。


「さー逃げろ逃げろーでも反撃しねえと終わらねえぞー。はははっ」


 ……しかしこの人の主目的、稽古をつけることよりも、私を虐めることになってきてないだろうか。






 それからしばらくして、食堂の真ん中、私はエデルさんと向き合っていた。

 私の顔は鮮血に染まり、未だその血が流れ続けている。エデルさんは心配そうな顔をしながら救急箱から清潔そうな布を取りだし、言った。


「ヤマト、大丈夫?」


 ほらこれで押さえて、と言われ鼻に布を宛がわれる。

 さっき顔面にトレントの拳を食らって鼻血が止まらなくなったため、手当てをしてもらっているのだ。最初は血まみれの私を見て驚いたエデルさんだったが、適切に処置をしてくれている。


「ひゃい……」


 まだ血が止まらない鼻を布で押さえながら、情けない声で返事をした。

 哀れっぽいその声に同情心を誘われたのか、エデルさんがパーシヴァルさんに向き直って険しい表情をする。


「パース……もう少し加減をしてあげて」

「ああ? 俺が指導を任されたんだから、どうしようと俺の自由だろ」

「だからって……」

「大丈夫だよ、殺しゃしねぇ。保護任務だってあるんだからな」


 殺しちゃ意味ねえだろ? と続けられた言葉に鳥肌が立つ。保護任務がなければ殺されるのだろうか、私……。


「今まで姉貴がぬる過ぎたんだ」

「ニーファの訓練だってけっこうなものだと思うけど」


 確かに……ニーファの訓練でも、ずぶの素人の私が他ギルドの新人と一線を画すくらいにはなれたのだ。事実あの時はあれが厳しいと思っていたし。しかし今は……うん、ニーファすごく優しかったんだなと思っている。

 しみじみと彼女の思い出に浸っていると、彼女の双子の弟の声に邪魔をされる。


「強くなるにこしたこたあねえ。聞いたところによると、厄介なのに狙われてんだろ? こいつを強くすんのも、保護任務の一部だ。……おいヤマト」

「はっ、はいぃ」


 声を掛けられ、上擦った返事を返す。ああ駄目だ、もう恐怖が染みつき始めてる。


「生き残るのと死ぬの、どっちがいい?」


 前の文脈から考えて、強くなって敵に勝つか弱いままで負けて死ぬかとの二択だろうが……この聞き方、ひどい。


「……し、死にたくはないです……」


 こう答えるしかないじゃないか。


「ほらな! 聞いたかエデル」

「……はぁ……。……ヤマトは女の子なのよ?」

「あえっ」


 溜息を吐いたエデルさんの怒ったような言葉に、それを向けられたのではない私が動揺した。そうだ、エデルさんは知ってる。だから、血まみれになっている私を見てこうしてパーシヴァルさんに抗議してくれているのだ。

 だけど、それ、ばらしちゃうの?


「……なんて顔してんだお前。大丈夫だよ、俺も知ってる。姉貴から聞いてる」


 私は余程すごい顔をしていたのだろう、真顔で指摘される。

 心配は杞憂だった。パーシヴァルさんも、私の中身だけが女だということを知っていたのだ。ニーファが引き継ぎの時に教えたのだろうか。

 このドSの彼にはあまり秘密的情報を掴まれたくなかったのだが、既に知っているならしょうがない。


「ま、そんなん関係ねえよ。女子供でも必要なら力をつけるべきだ。当たり前だろ。……ああくそ面倒くせえ。もう話は終わりだ。兄貴に変な告げ口とかすんじゃねぇぞ!」


 パーシヴァルさんは、そう捨て台詞を残して去って行ってしまった。

 今日の訓練は終わりでいいのだろうか……いや、鼻血が止まらない状態で続けたいわけじゃないけれど。

 それにしても、パーシヴァルさんって……すごく平等な人間なんだなあ。彼に恐怖を抱く反面、感嘆もした。女子供でも関係ない、か。

 そう思って彼の歩き去った方向を見ていると、すぐ近くから溜息が聞こえた。


「……ヤマト、本当に大丈夫? これじゃあんまりだわ」


 溜息の主はもちろんエデルさん。血に汚れた私の顔をぬるま湯に浸した別の布で拭いながら、憂いを含んだ表情で尋ねる。


「だ、いじょうぶですぅ……」


 あ、鼻血止まった。鼻を押さえていた布を四つに畳む。

 そして手の甲で目元を覆った。顔面にトレントの拳を食らった時、痛みにより生理的な涙が出たせいで目が腫れぼったい。

 なんとなくそのままごしごしと擦る。エデルさんにはその仕草がいっそう哀れに映ったようだった。


「大丈夫じゃなさそうなんだけど……パースは団長に逆らえないから、言ってもらいましょうか?」


 捨て台詞にあった兄貴に変な告げ口云々からしてそうなのだろう。意外だ。ニーファはジェネラルさんより立場が強そうだと感じることすらあったのに、双子の弟であるパーシヴァルさんは違うらしい。

 話が反れた。問題はそこではない。

 ジェネラルさんに告げ口、というのは……この年齢になって子供の喧嘩に親が出るような居心地の悪さが……いや、子供の喧嘩というわけではないのだが。とにかく、なんとなく嫌だった。


「あ、で、でも……パーシヴァルさんの言ってることにも一理あるというか」


 本音半分誤魔化し半分で口に出すと、エデルさんが眉間にしわを寄せる。


「えぇ、大丈夫? 洗脳されてなぁい?」

「さ、されてません。大丈夫です。ほんとに辛くなったら自分で言いますから」

「そう……でも、頑張り過ぎちゃだめよ」

「はい」


 返事をすると、頭を撫でられる。ふんわりといい匂いが漂ってきた。うーん、大人の女だ。癒された。






◇ ◇ ◇






 それからまた一週間ほど経って、今日は任務休みの闇曜日。私は談話スペースのソファにぐんにゃりと体を沈めていた。

 頭に思い浮かんでいたのは、鼻血を出して手当てをしてもらっていた時のやりとりだ。


(あの時はああ言ってみたものの……)


 エデルさんに大見栄切っといてなんだが、やはり、きつい。

 パーシヴァルさん、本当にドSなんだ。最近では任務中でも隙をついて虐められる。なんだろう、彼のS心をくすぐる何かでもあるのか私には。

 最初に彼を見た時、まさかこういう展開……私がいじられ対象になるとは予想がつかなかった。腐れ視点で考えたら彼のような行動をとる人はめちゃくちゃ素敵なんだけど……それも物語の中ならばの話だよな、と虚ろな目で考える。

 しごかれる立場だと妄想する隙もないし……もういっそのこと、彼×私とか?


(いやあ……ないなあ……萌えない……。中身って大事……)


 ちなみに今日は、任務が休みなら訓練も休み。ニーファは毎日訓練、が教育方針だったけれど、パーシヴァルさんは休む時は休む、が教育方針のようだ。

 でも、自主練は禁止されていない。私はやるつもりだった。やるつもりだったが……一度ソファに座ってしまったせいで頭がそっちへいかない。

 ぐったりとソファに深く凭れかかっていると、ソルがやってきた。あまりに陰鬱なオーラを背負っている私に彼が驚く。


「うわっ、何ヤマト大丈夫? 生気ないんだけど」

「だいじょうぶ……」

「大丈夫じゃなさそうじゃん。……なんで……って、パースのせいだよね」


 近寄ってきた彼が隣に座り、私の髪をいじる。いつものスキンシップだ。近い。

 だが、ふいと顔を反らす気にもならなかった。そのままいじらせながら、話を続ける。


「自主練しなきゃ」

「ええー、今日は自主練止めときなよ」


 ああ、甘やかさないでくれ。今なら絶対甘える。

 心のゲージが一気に下がる。案の定、ソルの一言でやる気がなくなったのだった。

 ……もういいかなぁ。今日は休もうかなぁ。


「ってかさ、きついんならほんとに俺からパースに言ってあげようか? 効果薄いとは思うけど」

「ううん、大丈夫」


 ここ一週間、みんなからそんなことをしょっちゅう言われている。顔を腫らしていた時なんかはヴィーフニルが怒ってしまって大変だった。ソルに言われたのは、3回目くらい?

 私って、そんなに頼りなさげだろうか。自分の意見も満足に言えないと思われてしまうほどに?

 ……間違ってはいない。というか限りなく正解に近いのが、少し悔しかった。


「……今日は、自主練、休む」

「はは、そうしときな。……寝るの?」


 腹立ち紛れに、休息宣言を放つ。それに苦笑したソルがぽんと私の頭を叩いた。

 寝る……いいな、魅力的だ。だが睡眠時間は足りている。惰眠を貪るよりも、リフレッシュしたかった。


「んー……あ、買い物行きたい」

「あ、俺も行こうかな。服見たいし」


 うまいこと道連れを得た。服前見たばっかじゃないの、と軽口をこぼしてじゃれ合う。

 だが、和やかな気分は……すぐに打ち崩された。


「じゃあ、俺もー」


 最近では聞くだけでも恐怖感を覚えるようになった声に、体がびびくぅと震える。

 恐る恐る振り返れば、パーシヴァルさんがソファの背後から背もたれに寄りかかっていた。

 気配ゼロだったぞ。ばくばく鳴る心臓を押さえる。同じく気配を感じていなかったらしいソルが驚いてパーシヴァルさんに尋ねた。


「パース。お前いつからいたんだよ」

「ああ? いちゃ悪いかよ」

「悪くねーけどさ」


 ソルってパーシヴァルさんと話す時はちょっと口悪くなるなあ。


「本気で行くの? お前がいたらヤマトの気が休まらないんだけど」

「うわってめぇはっきり言いやがる。意地でもついてってやる」


 げっ。冗談じゃなかったのか。


「……ごめんヤマト」

「ヤマトちゃんは俺がいたほうがいいよなぁ?」


 すまなさそうに謝るソルを押し退け、パーシヴァルさんが笑顔を浮かべた。……怖いぃ。


「……はいぃ」

「おーっし、行くぞ。で、どこ行くわけ?」


 う、うぅっ。怖い……。

 うまいこと虐めの対象にならずに済んできた16年の人生だったのに、どうしてこうなってしまったのだろう。嘆息して、うっかりすると涙目になりそうなのをぐっと堪えるのだった。


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