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Trans Trip!  作者: 小紋
72/122

8‐(2).女心と秋の空

 寒空の下で、くしゅんとひとつくしゃみを零す。


「寒い?」

「ちょっとだけ……」


 心配そうに顔を覗き込んでくるヴィーフニルに、笑顔を返した。

 暖になってくれようとしたのか、ぎゅうとくっついてくる彼が可愛くて抱きしめる。


 神結祭が終わって一週間。ここ最近、気温が下がり始めている。祭が過ぎ去ったのと一緒に、春のような暖かさもどこかに行ってしまったようだった。

 神聖国は他国と比べると温暖な気候をしているらしく、一年を通しての気温の変化が大きくはない。四季がない国、というのは、日本に育った私からするとけっこう新鮮だ。

 春夏秋冬と巡るはずの季節がこの国はない。無理矢理季節を括るとすれば、半分春で半分秋、みたいな感じのようだ。で、今は春と秋の変わり目。気温が少しずつ下がっていっている。


 そんなこともあるため、今日の仕事が終わった私は、ニーファとソルとエナ、そしてヴィーフニルと一緒に今シーズンの洋服を買いにきていた。

 曇り空と寒さのダブルパンチとは裏腹に、気分は明るく弾んでいる。

 仲間と連れ立って洋服を買いに来るとか、リア充にも程があるじゃないか。元の世界では家族以外とショッピングしたりすることなんてほぼなかったから……うん、寂しい奴だ私って。

 いや、まあいい、元寂しい奴でもかまわない。


(今の私はリア充。すごくリア充!)


 衣料品店に入り、服を選ぶ。

 これがいいだの生地が薄いだの似合うだの似合わないだの言いながら服を選ぶのがすごく楽しい。体が美青年なおかげで何を着ても似合うということが、それにさらに拍車を掛けていた。

 美しいということは得だ。こんないい服を着たら身の程知らずだろうとか考えずに済む。以前ドレスを着たときも……あれはもう思い出すのは止めよう。

 あれは恥の記憶だ。皆に迷惑かけるしなんか大変だしでもう思い出したくない。私は頭に浮かびあがってきた後夜祭の祝勝会での出来事を、意識して頭から追い出したのだった。






 だが楽しい気分は長くは続かなかった。それは、服を買い終えて休憩がてら軽食を取るために入った店でのことだ。

 何のことはない他愛ない話をしている最中、他の話と変わらないトーンで、ニーファに告げられた。


「あ、そうだ。あたし外部の長期任務でしばらくいなくなるから」

「……へ」


 突然の言葉に、私は間の抜けた顔と声しか返せなかった。

 長期、任務。いなくなる? 頭がフリーズして思わず呆然。

 だが、ショックで固まる私を尻目に、ソルとエナはああもうそんな時期か、とかしみじみと呟いた。


「そんな時期って」

「毎年のことだからさ」


 曰く、以前も聞いたことがある江という国でやらなければいけないことがあるらしい。何をやるのかは聞いても教えてもらえなかった。守秘義務がどうのこうのという話だ。

 だが私には、何をやるのかよりも気になることがある。


「しばらくって……ど、どのくらい?」

「最低四半年、長くて半年。明後日には発つわ」

「明後日!?」


 あまりにも突然すぎるうえに、四半年、ということは、最低三か月。単身赴任クラスじゃないか。そんなの普通一カ月くらい前からわかってるもんじゃないだろうか。

 驚いて空いた口が塞がらない。せめて一カ月あれば、心の準備も出来たのに。


「あんたの保護任務については心配しなくていいわ。剣の指導も」


 驚いている間にどんどんと話が進む。

 替わりの人間が入るから大丈夫よ。と言われましても。まだそこまで頭がついていっていない。もう少しゆっくり話してほしい。

 だがいつまでも呆然としていれば話に置いていかれてしまう。一生懸命食らいつく。


「だ、誰か他の人が?」

「ええ」


 ソルとかだろうか、と彼に視線を送れば、首を振られた。違うらしい。

 それならば誰だと思ってニーファに目線を戻す。


「あんたは知らない人間。あたしの双子の弟」


 いつも補充要員として入るのよ。って。


「……ふた、ご」


 話が急すぎて、ついていけない。そもそも目の前の彼女に双子の弟とか……もうその話題だけで一晩語れるクラスじゃないか。

 このギルドで一番世話になっている彼女が明後日にはもういなくなるというショックやら、その代わりに知らない人がやってくるということへのショックやら……そんなものが頭を占めてしまい、どうすればいいのかわからなくなった私の目に涙が浮かぶ。


「多少扱い辛い人間だけど、あたしと付き合えてるなら付き合え……って、何よ、どうしたの」


 涙目の私にニーファが驚く。

 何を言えばいいのかわからなかったが、とりあえず、素直な気持ちだけ口に出した。


「……さ、寂しいなあって……」

「ちょっと……こんな往来で泣かないでよ」

「泣いてないです」


 袖口でぐい、と目元を拭う。


(う、恥ずかしい。情けない)


 いきなりいなくなると言われると、自分がどれだけ彼女を頼りにしていたかがよくわかる。不安だ。心細い。世界が崩れ落ちるような絶望的な気分にもなる。

 そんな私を見て、ニーファが溜息を吐いた。


「……あたしも弟もそんなに変わらないから、大丈夫よ」

「女の子か男の子かで、だいぶ違う……」

「性別の違いを言われたらどうにもならないわね」


 いなくならないでほしいが、これはわがままだろう。ぽっと出の私がただでさえお世話を掛けているのだ。毎年の流れを邪魔するわけにはいかない。


「……ご、ごめん……こんなこと言われても困るよね。ニーファ、気をつけてね。怪我しないで」

「危険な任務じゃないもの。大丈夫よ。いきなり担当が変わることになってあんたには悪いけど、そこは勘弁して」

「う、ううん大丈夫。弟さんと仲良くなれるかな。どんな人?」


 ニーファの弟、しかも双子。きっとすごくかっこいいのだとは思う。

 やっぱり、男版ニーファのようなものだろうか。


「……双子だから、あたしとそう変わらないと思うけど。……あんたらどう思う?」


 ニーファが、ソルとエナにコメントを求める。それに顔を見合わせた二人。しばらく悩んで、まずエナがこう答えた。


「がさつ」

「えっ」


 一言で終わったコメントに、戸惑う。そしてソル。


「喧嘩っ早いかも。あと、口悪い。なのに馬鹿じゃないから性質悪い」

「えぇー……」


 ……聞かなきゃ、よかったかもしれない。不安な心が膨張した。そんな人が、今のニーファポジションに……私を守ってくれるメインの人で、剣の稽古もつけてくれて……な人になるのか。


(やってけんのかな……)






◇ ◇ ◇






 長期任務のためにニーファがリグを出発して三日が経った。うっかりお別れの時に泣いたりしたけど、私は元気です。

 今日も今日とて、仕事が終わって剣の鍛練中だ。


「振りがでかくなってきたよ。気をつけて」


 その言葉に返事をして、ソルの構える木剣に自分のを叩きつけた。

 ニーファがいなくなってからは、他の皆が稽古をつけてくれてる。それはそれでいいのだが、ニーファがいないとやっぱり寂しい。

 代わりの人……名前だけ聞いたのだが、パーシヴァル、というらしい。その人は今日ぐらいに到着するそうだ。そのため、私は今朝から今までずっと緊張している。


(これから最低三カ月は一緒にいるんだから、仲良くしたいなあ……)


 ソルの剣閃を受け止めながら、そんな風に思った時だった。


「みなさぁーん」


 ジェーニアさんが、私たちに声を掛けながら走ってくる。

 剣を収めると、私たちの訓練を隅っこで見学していたエナとヴィーフニルも近寄ってきた。


「お疲れ様でぇーす。パースが来たので、食堂に集まってくださいな」

「パース……?」

「ニーファの弟。パーシヴァルだからパース。ほらヤマト、片付けて行こう」


 なるほど、あだ名か。しかし、ついに来てしまった。緊張で胃が痛くなる。


「……緊張してる?」

「……ちょっと……」


 腹部を押さえて青い顔をした私に向かって、苦笑しながらエナが言う。


「大丈夫だよぉ、ちょっと言葉遣いは悪くて乱暴で俺様だけど悪い奴じゃないから」

「……そう、ですか」


 励ましが励ましになっていない。ああ、評判を聞けば聞くほど怖くなる。人見知りはそんな強そうな人と対話できる生き物ではない。

 倍増した胃の痛みと重い足を引きずりながら、言われた通り、食堂へと向かうのだった。






 食堂に到着すれば、もう既に私たち以外のコロナエ・ヴィテのメンバーが集まっていた。

 その輪の中央にいるのは……細身の青年だ。後ろを向いているので、顔の様子などはあまりよくわからない。だが、話は弾んでいるようだった。雰囲気は悪くない。


「パース、久しぶりー!」


 エナが声を掛け、パーシヴァルさん、が振り返った。


(……ニーファと、同じ顔だ)


 当たり前かもしれない。双子だし。それにしても、新緑色のきつそうな瞳とかそっくりだ。

 長いライトブラウンの髪をサイドテールにしている彼は、かなりのオシャレだった。やっぱりニーファと双子なだけある。

 良く見れば、サイドテールの中に細いみつあみが何本か混じっていて……なんだろう、オシャレ男子(性格荒め)って……仲良くなれる気がしない。見ているだけならうはうはできるのだ。だが、近寄りたくない。

 オシャレ男子の近寄り難さに怯む私だったが、隣にいるソルを見て気合いを入れ直した。一見チャラ男のソルともこんなに仲良くなれてるんだから、大丈夫だきっと。

 無理矢理元気を出して意気込んでいると、声を掛けられたパーシヴァルさんが口を開いた。


「よお、久しぶりだなお前ら」


 ニッと破顔。

 ……ニーファと同じ顔が、笑っている……いつも無表情しか見たことないから、かなり、違和感が……。もうここでだいぶわかった。いくら顔が同じでも、全く違う人間だ。

 テーブルに座っていたパーシヴァルさんが、身軽な動作でひょいと降りてこちらへと近寄ってくる。

 私たちの前で立ち止まった彼は、ソルの襟足を引っ張った。


(えっ、距離近……あれ、なんか)


「お前相変わらず襟足長すぎ。チャラいんだよ」

「いてーな。ロンゲのお前に言われたくないんだけど」


(いい感じなんですけどお!?)


 かなり近い距離感で行われたそのじゃれ合いのようなやり取りに、今まで恐怖を覚えるばかりだった私の頭が、爆発した。


(おわーっ、胃の痛さにかき消されて忘れていたーっ、男子が増えると言うことは妄想対象が増えると言うことだーっ、しかも私、前に鬼畜系キャラ欲しがってたじゃんよーっ、まだわかんないけど、乱暴系オシャレ男子!? 期待でっきるう!)


 身長は私と同じくらいで、かなり細身の彼だが……そこがまたいいかもしれない。

 あっという間に、頭の中にイクサーさんとパーシヴァルさんとソルの三つ巴が展開された。


(や、やばいやばい。かなりいいぞ。パーシヴァルさん、この距離感的にかなりいろいろやってくれそうだ。それにやきもきするイクサーさん! きてる!)


 炎が燃え上がる私を尻目に、チャラ系男子同士のじゃれ合いは続く。そして、パーシヴァルさんの視線がエナへと向いた。

 彼はエナに視線を合わせると、……いや、エナの胸元に、視線を合わせると。


「エナ、お前はいつまでたっても育たねぇな」

「あれ……どこ見て言ってるのかなパース……刺していい? 刺していいよね?」


(あ、やっぱ気にして……。って、刺したらいかん! 貴重なカップリング要員が減る! 減ってしまう!)


 これまで私が思っても言わなかったことをさらっと言ってのけたパーシヴァルさん、かなり自由奔放な人っぽい。

 剣を構えたエナから、げらげら笑いながら逃げているあたりを見てもそう思う。なんだか、今までいなかったタイプの人だ。キルケさんに近いかもしれないが、彼よりずっと遠慮がない。

 そういえばそのキルケさんだが、ニーファが出発するその日はべしょべしょに泣いていた。私の中の彼の受けゲージがだいぶ上がったのは秘密だ。


 ああしかし、ニーファはパーシヴァルさんのことを自分とそう変わらないって言ってたけど、まったく違うじゃないですか。あなたがあんな風に大口開けて笑ったところ見たことないです。テンションも全く違います。


「っはは、おもしれー……。……で、こいつらが噂の新人?」


 食堂を散々追われ回って帰ってきたパーシヴァルさんの目線が、私たちに合わせられる。慌てて脳内を正常に戻してお辞儀をした。


「ヤマトといいます。よろしくお願いします」


 あと……さっきからずっと私にしがみついて隠れているヴィーフニルにも挨拶を促す。

 この子、ニーファの弟ってだけでだいぶ警戒してるんだよね。


「……ヴィーフニル」


 あ、名前はちゃんと言った。偉い。

 私たちをじろじろと品定めするように見た彼は、おもしろそうに言った。


「よろしくな、オンナオトコと魔獣のチビガキ。俺はパーシヴァルだ」


 その言葉に、私の腰のあたりから冷気が立ち上った。ヴィーフニル、抑えてお願い。多分この人はこういう人だと思うから、いちいち怒ってたら堪忍袋の緒が足りなくなる。

 空気が悪くなったのをにやにやと面白そうに眺めている彼、本当に自由奔放だ。


「で、保護任務の対象は……お前か」


 私を指差して、彼は問う。保護任務のこと、ちゃんと伝わっているということは、ニーファは引き継ぎをしっかりやってくれたのだろう。


「はい、そうです」


 答えると、上から下まで検分される。……なんだろう。


「ほんっとに、女みてぇな顔してんな。まじで男か?」

「……あ、は、はい」


 率直に尋ねられた。……このタイプは初めてだ。

 ふーん、と興味なさそうに返事をしたパーシヴァルさんは、にやりと笑ってソルに向き直った。


「ソルゥ、お前こんなのが横にいてとち狂ったりしてねぇだろうな」

「何言ってんだ、ばか」


 無表情でソルが答える。とち狂ったり、うんまあ、私にはないが。


(イクサーさんとちゅーはしてましたよ。へへへ)


 にやけるのを我慢しながらそんなことを考えた。

 ソル、イクサーさんにとち狂ってくれないかなあ。あ、でも考えてみたら今のパーシヴァルさんのコメント、恋人に対する嫉妬のような。へへへ。

 なんだかおいしいことたくさんやってくれる人だなあ。

 にやにやとした顔を崩さないまま、パーシヴァルさんが踵を返した。


「はは、別に俺には関係ねぇけど! じゃ、挨拶も終わったことだし部屋に行かせてもらうぜ。疲れてんだ。おらジェーニア、鍵よこせ」

「はいはーい。じゃ、こっち来てくださーい」






 ずんずんとしっかりとした足取りで去って行ったパーシヴァルさんの後姿を見送り、私は呟く。


「全然違うね」

「ん、何が?」

「パーシヴァルさん。ニーファと全然違う」


 反応してくれたソルに、考えを話した。

 感情をあまり表に出さないニーファとは逆に、彼はくるくると表情を変える人だ。二人を比べると、顔以外似ているところがないようにも思える。

 うーん、と考え込む私に、ジェネラルさんが声を掛けた。


「口は悪いし粗暴だが、悪い奴じゃない。仲良くしてやってくれ」

「あ、はい」


 そういえば、ニーファの双子の弟ということはジェネラルさんの弟でもあるのか。

 ……つくづく、似ていない。異母兄弟とか言われたほうが自然だ。真相はわからないが。


「……僕、あいつ嫌い……なんとなく年増に似てるし」

「なんとなく?」

「顔じゃなくて、中身の話」

「えっ、そっちは……似てるかなぁ……?」


 ヴィーフニルの言葉に疑問符を返す。うーん、印象的には全然……。顔以外は全部違うじゃないか。しかし、人をいじっておもしろがったりからかったりするのは二人とも好きそうだから、よくその対象になっているヴィーフニルはそう感じたのかもしれない。……かわいそうに。

 ああでもカップリング的に言ったら隙あらばガンガン押し倒してくれそうでおいしい人だな。これからソルとの絡みに期待しよう! そうしよう!


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