8‐(1).墓穴を掘る
神結祭を終え一週間が経ったリグは、絢爛な祭の空気を惜しみつつも、いつも通りの毎日を取り戻していた。
リグの一角に位置するコロナエ・ヴィテのギルドハウスも例に漏れることはない。祭の間中常になく賑やかだったそこは、アーラ・アウラのメンバーが去ってからしばらく寂しさを感じるような静謐な空気を湛えていたものの、一週間も経ってしまえば元通り、祭の前の状態に戻っていた。
そんなギルドハウスの最上階、ギルド長室。
祭の直前、その部屋はヤマトに対する勧誘書や見合いの申込書で満ちていた。だが神結祭が終了して一週間も経つ今となっては、デスク上の大量の書類が全て片付けられ、すっきりとした様相を見せている……。
かと、思いきや。
「なんで倍増してんのよ」
「……知らん。俺はもう知らん……」
2週間前にはデスクを埋め尽くす程度で済んでいた書類が何故か倍増し、既に床にはみだしているのを、ニーファは呆れた気持ちで見つめた。彼女の横にいるジェネラルは、項垂れるばかりだ。
ニーファには、どうしてこんなことになっているのかの理由の、半分だけがわかる。彼女の兄ジェネラルは、殊更可愛がっているギルド員であるヤマトが思いもよらない言葉遣いをしたとかでショックを受けていたのだ。1週間の間中ずっと。
そのせいで、祭の前から存在した書類の処理もほぼ終わってない。だが、それだけならば書類が減らないだけで、増えることはないはずだ。
どうしてここまで紙の束が積み上げられることになったのか? 祭の間中も書類が届いたり、人が直接やってきたりはしたものの、目の前の惨状がここまで膨れ上がるような勢いではなかった。
ニーファは疑問に思い、新しい書類として仕分けされてはいるらしい紙の塔から、1枚を摘まんだ。
そこで彼女はあることに気がつく。これは見合い申込書ではない。しかも、以前届いていたものとはある点が違う。これは……。
「恋文……しかも、男からばっかりじゃない。宛先は……美しき方、名も知らぬ流麗なる君、マヤ嬢? ……誰それ」
1枚見て内容の不可思議さに戸惑い、次々と目を通す。一見間違いではないかと感じてしまうようなそれらの宛先は、確かにここコロナエ・ヴィテ。だが、このギルドのメンバーの誰に向けられたものかというと、ニーファにはわからなかった。
疑問符を頭上に散らすニーファに、ジェネラルが告げる。
「……ヤマトだ」
「は?」
わけのわからなくなるニーファだったが、ふと思い至った。そういえば、神結祭の後夜祭、なんだか知らないけどヤマトが女装して帰って来たような。
「あの日、着替えを手伝っただろう? ヤマトが着飾った姿が、それはもう美しくて……こういうことになっている」
「なんでそれがうちのギルドに届くのよ。しかも、マヤ嬢なんて名前までついてるし」
「マヤ嬢というのは、女装を隠すためにソルとヤマトの二人で決めた呼び名らしい。それを耳に挟んだんだろ」
なるほど、これらの紙類が女装したヤマト……マヤという虚像の女に向けられたものなのであるのは、理解できた。しかしジェネラルはひとつめの質問に答えていない。
「……なんで、うちのギルドに届いてんのよ」
「……俺が、多分、うっかり、口に出してしまったような……」
「……なんで」
「……いや、いろいろあって。頭に、血が上って……」
大の男が身を縮めて言いにくそうに話す姿に向かい、ニーファは盛大に溜息を吐いた。この兄は……最近、精神が退化してきていないだろうか? 概ねヤマトが来てからのことだが……自分が彼に呆れる頻度がかなり高くなっていると、ニーファは思う。
しかしなるほど、直近に耳にした噂、“コロナエ・ヴィテには実はもう一人新人がいて、それはすごい美女だ”の実態はこういうことか。ヤマトがあんな外見だから尾ひれ羽ひれがついたのかと、勝手に推測していたのだが少しだけ間違っていたようだ。
ニーファは頭の中の情報を整理した。
ふと思い出したのだが、そういえばここに積み重なっているヤマトへの手紙だけでなく、ソーリスに届く物も相当な数だったようだ。彼がここ最近郵便物を渡されるたびに嫌そうにしているのが思い出された。あれも後夜祭の夜会が原因なわけか。
それはさておき、目の前で項垂れている兄はどうするのか。
「兄貴の仕事が増えただけなんだからあたしは何も言わないけど」
「……」
自らの怠慢によって追い詰められている兄を手伝う気は、ニーファにはない。兄もニーファに手伝わせる気はなかったようだが、面と向かって呆れられると少しダメージを受けるらしい。ジェネラルががっくりと肩を落とす。
「……マヤ嬢は本当は男ですとは、言えないし……どうしたもんかな」
「なんで。言えばいいじゃない」
そうすれば、恋文のほぼ全ては撤回されるだろう。世の中には特殊な性癖を持つ者もいるから、全てとは言い切れないが。
しかし、ジェネラルは目を怒らせた。
「馬鹿、それをやったらヤマトが女装趣味の男だと思われる」
「別にいいじゃないの。実際してたんだし」
「そんな噂が流れてしまったらかわいそうだろう。それに変態趣味の男に付き纏われるようになったらどうする!」
今日は特に、この馬鹿兄貴に呆れる頻度が高いと、ニーファは思った。想像力が過多になりすぎている。
「あたしはどうにもできないから……エデルにでも相談しなさいな」
「そうだな……そうする」
話に付き合うのも馬鹿馬鹿しくなったニーファは、副ギルド長に相談するよう話を投げた。ジェネラルもニーファに建設的な意見を期待していたわけではなかったようなので、その話はそこで終わる。
さて、と。ニーファはやっと本題に入ることが出来ることに安堵する。そもそもそれを話しにこの部屋へと出向いたというのに、デスク近辺のあまりの惨状に驚いて切り出せなかったのだ。
「それはそうと、今日は話があって来たんだけど」
「ん、何だ?」
話が切り替わったことで、ジェネラルの態度も平常の物へと戻った。
「そろそろ、アレなんだけど」
「……ああ、もうそんな時期か?」
「ええ。多分2、3日中には」
指折り数えて、ニーファがそのあたりだと推測する。アレとは、アレだ。ニーファの身には毎年訪れる……嫌ではないが、歓迎するべきものでもない、“アレ”だ。
「わかった。今回の理由も長期の別任務でいいか?」
秘密となっている“アレ”の真相は、このギルドでは兄以外知らない。真相を知られてしまうとまずいというわけでもないが、説明が面倒だから、様々な理由をつけて毎年誤魔化している。
このギルドのギルド員は、毎年うまく誤魔化されているような、いないような。薄ら気付いている者も恐らくはいるのだろうが、面と向かって指摘してくる者はいなかった。
まあ、常識の範疇ではないから、予測はしてみても思考から打ち消しているのかもしれない。
どうあれ、特に波風を立てずに日常を送れるのであれば、ニーファにとってはどうでもよかった。
「かまわないわ。じゃ、後はよろしく」
くるりと踵を返し、後ろ手に手を振る。しばらく兄とは会わなくなるだろう。“この姿”では。
だがそのまま退室しようとすると、ジェネラルに呼びとめられた。
「あ、待て待て。保護任務の主任者が引き継がれる形になるんだから、ヤマトにはちゃんと言っておいてくれ。もちろん、みんなともしばらく別れるという形になるんだから、そちらも」
「はいはい」
返事をして、扉へと向かう。
面倒だが、仕方がない。ニーファは、自分でコントロールできるものではない“アレ”の訪れを苦々しく思いながら、扉のノブに手を掛けた。




