7‐(8).今日の敵は明日の友
「ほら、足元!」
襲いかかってきた剣閃をぎりぎりで避ける。バランスを崩して浮いた足を刈ろうと、前方から鋭い足払いが伸びた。取られそうになった足を力任せに踏み降ろして耐えると、そちらに気を取られたせいでニーファはもう懐に――。
「……はい、あんたの負け」
「あ、ありがとうございました……」
チャキ、と音を立てて、首筋に突き付けられていた刃止めのしてあるナイフが降ろされる。安全だとはいえ刃物を首に近づけられて緊張していた私は、一本戦ってもらったことにお礼を言った後、大きく息を吐いた。
ニーファ速すぎ。結構な数組み手をしてもらってても、未だに全然見えない。
「……ニーファ、なんでそんなに強いのに闘技大会出ないの?」
「優勝できるのわかってて出ても面白くないじゃない。兄貴が出るなら別だけどね」
「あ……そうですか……」
本当に規格外の兄妹だ。我々片手剣部門の人間にとっては、彼女たちが大会に出ないのはかなり幸運なことだと言えるだろう。……いや、我々と称しはしたが、私は無難にこのイベントをこなすことができればよくって、別に勝ちたいわけじゃないんだが。
しかし――はあ、ともうひとつ溜息を吐く。本当なら今頃、花々にあふれた街を楽しんでいるはずだったのに。
本日は木曜日。木の女神祭が開催されている日だ。
飾り付けのテーマは花と草木で、かなりナチュラリーな感じに華やかになるらしい街を回るのを楽しみにしていたのだが。
朝食の席で今日は朝から外に出る人はいないのか聞いてみると、何を言ってるんだお前はとばかりの表情でニーファに告げられた。
「あんた、何言ってんの? 今日は特訓に決まってるじゃない」
今日のお祭りもばっちり楽しむつもりでいた私は、その言葉に固まるやらショックを受けるやら。
特訓って、聞いてないんですけど。決まり文句のようにそう言えば、あらそう忘れてたわ、といつものように返された。
ニーファ、闘技大会参加の件といい……百歩譲って私にいろんなことをやらせるのを勝手に決めるのはいいとして、やらせるつもりになったことを私に伝え忘れてそのままにするのを止めて欲しい。切実にお願いしたい。
空はもう西日が差し始めている。完全に日が落ちれば、明日の準備のために今日の祭が終わり、飾りが撤去されてしまう。
残念な気分で夕日を見つめながら、朝から今の今まで続いた特訓を思い出した。
(組み手、何本やったかな……)
もう途中から数えるのも止めたから覚えていない。これだけやれば、明日相手に怪獣サイズの猛牛でも出てこない限り勝てる気がする。
「ま、予選くらいは突破できるでしょ」
「あ、ありがとう」
ニーファも今日の特訓を振り返っていたのか、本日の反省点を並べ立てた後、総括としてそう言った。
訓練に使った器具を片づけながら、明日の闘技大会のことを考える。
意外なことに、コロナエ・ヴィテから出場するのは片手剣部門に私と、大剣部門にソルの2人だけだ。武道派なエデルさんやエナあたりは出場するかとも思ったのだが……エデルさんはニーファと同じような理由で、エナは闘技大会は見物派ということで不参加らしい。後の人たちは、はなから闘技大会なんぞに興味はないそうだ。
それだったら、私も不参加が良かったなー、なんて……皆でソルを応援すればいいじゃないか。それでいいじゃないか。ああ、前夜祭の日にソルに愚痴を聞いてもらって解消したはずのうじうじがまた戻ってきそうだ。
「ヤマト」
ネガティブになりかけたところに、声を掛けられて体を震わす。振り返れば、ジェネラルさんがにこにこしていた。
「明日はお父さんちゃんと応援するからな」
「……あ、は、はい、お願いします」
普通に返事をしてしまったが……お父さん、って。……彼の背後に、ビデオカメラを構える有給を取った父親たちの姿が見える。なんだろう、幻覚かな。
そしてジェネラルさんはそのテンションを保ったまま、向こうの方で大剣をぶんぶん振っていたソルにも声を掛けた。
「ソルー、仕上がりはどうだ?」
嬉しそうなジェネラルさんとは対照的に、ソルの表情は冴えない。
「……んー、微妙です」
「む、珍しいな。不調か?」
「……そうです、ねー……ちょっと、嫌なことがありまして……」
はは、と虚ろな瞳で乾いた笑いを返すソル。心なしか、憔悴しているようにも見える。
私は彼の憔悴の理由を知っていた。……あれだ、飲み比べ大会での、あの素敵な出来事だ。
実はあの飲み比べ大会、うちのギルドハウスに滞在しているアーラ・アウラの人たちも何人か見物に来ていたらしい。
そこであの事件が起きた。
風の女神祭の日の夕方、多少体調が戻ったソルと食堂にいると、エディフの青年に声を掛けられた。「……ソル、お前、カヴァリエのギルド長とデキてんの?」って。
あの時のソルの顔と言ったら……一生忘れられないクラスのものだ。何故そんなことを聞かれるのかわからない様子のソルに、青年があの素敵な事件の顛末を語って聞かせた後の「俺の人生終わった」の声色も相当やばかったが。
まあ彼の絶望がどれだけ深くても、死にはしない。なんせ酔った勢いでのことだ。……しかし。ああ、思い出すだけでにやついてしまう。
(デキてればいいのにねぇ! これを機に意識しちゃってどうしようもなくなっちゃってもいいと思う!)
私はソルの友人としては地獄に落ちた方がいいかもしれない。だがこれは性だ。直しようが無い。
……イクサーさんは覚えているのだろうか。忘れているのなら、居心地の悪そうなソルと全く覚えていないイクサーさんというハートウォーミングな光景が拝める。もしイクサーさんが覚えていれば……どうなるだろうか。
ああ、考えるだに鳥肌が立つ。あの光景、是非写真に残したかったものだと今更悔しく思った。
◇ ◇ ◇
翌日迎えた光神祭。緊張で荒れそうな胃を抱え、私は闘技大会片手剣部門に参加する人たちが集まるミーティングルームで係員の人の説明を聞いていた。ちらちらと周囲の様子に目を配る。……屈強そうな人たちばかり。この人たちみんな片手剣部門の出場者かと思うと、溜息が出る。
(私、完璧に場違い……うう)
自分が弱く小さく、周囲の人たちが強く大きく見える。ああ、ネガティブネガティブ。
せめて、大剣部門と説明会場が一緒とかだったらソルと一緒にいられたのに……ああ、群れていなければ居心地の悪い悲しさよ。
鬱々オーラを出していると、紙が配られだした。係員の人から一枚受け取って内容を眺める。
トーナメント表だ。30人ほどの人物の名前が書かれ、それが線で繋がれている。周囲を見ると違う紙を貰っている人もいるので、どうやらブロックごとに分かれているようだった。
貰った紙の中に、私の名前を見つける。地ブロックの右から8番目だ。
ルプスくんも同じブロックで、お互い順当に勝ち進めば彼とは5回戦目で戦うことになる。
(知り合いの人と本戦出場かけて試合か……ちょっとやだなあ)
ネガティブが噴出しそうなその時だった。
「おいヤマト!」
「はえっ」
声を掛けられて驚く。いつの間にか、目の前にルプスくんが立っていた。なんだか彼を見ると小さくて安心する。
私に向かってびしりと指をつきつけ、彼は言った。
「お前、俺と当たる前に負けるなよ! 俺がお前を倒すんだからな!」
「……あ、う、うん、ど、努力するね」
「なんっだよその返事! 当たり前だ、くらい言えないのか!? これだから、お前みたいな優男は~ッ!!」
「あぅぅ、ルプスくん、試合も始まってないのに喧嘩したら駄目だよう!」
「ほら行くぞ、お前初戦は第二鍛練室だから。……すいませんでしたヤマトさん」
あ、ルプスくんの取り巻き、というか……保護者的存在の2人が来てくれた。一昨日名前を聞いたのだが、兎耳少女がミセリアちゃんで、ウィオーネの少年がノエムくんだ。
彼らもご苦労なことだと思いながら、ずるずるとルプスくんが引っ張られていくのを苦笑で見送り、自らもミーティングルームの外で待っているジェネラルさんたちと合流するべく歩き出したのだった。
◇ ◇ ◇
「ヤマト選手、4回戦勝利!」
審判員の声が響く。目の前には膝をついて悔しがる戦士と、私が叩き落とした剣。
(け、けっこう……やればできるもんだ!)
満足げに息を吐く。5回の勝利で本戦出場への切符を得られるこの予選で、私は4回戦勝利まで駒を進めていた。
4回戦目の舞台だった第三鍛練室のステージから降り、私の試合を見ていてくれた人たちのところへ息を弾ませながら駆け寄る。運動会で頑張った後に、家族のもとへと駆け寄っていく気分だ。にこにこしているジェネラルさんと、そわそわと私の到着を待つヴィーフニルがいるからなおさらだった。ニーファは無表情でどっしりと構えている。
「まあまあね」
「ありがと!」
会心の笑みで答える。彼女に怒られないということは、褒められているということだ。すごく楽しかった。何故かって、自分の成長がありありとわかるのだ。
鍛練室には客席が無く、観衆の前で戦わなくてはいいと知ってほっとしてから始まった初戦。対戦相手の動きが、手に取るように見えたのだ。剣の振りは隙が見つかりやすく、簡単に相手の剣を弾き飛ばすことができた。闘技大会では、相手を場外に落とすか剣を弾き飛ばすか、または気絶させさえすれば勝利なのである。
まさに瞬殺、というのが相応しいような戦闘。続く2,3,4回戦も、対戦相手の強さの違いはあれど試合運びはほとんど同じだった。
(成長感じちゃうなぁ! なんかすごい相手のスピード遅く感じたし! 練習の成果あるなあ! 楽しいかも……!)
わくわくと高鳴る胸を抑えきれない。体育では劣等生だった私が、人様を打ち負かせるまでになりました。
興奮のあまり湯気が出ていそうな私の頭を、ジェネラルさんがポンと叩いた。
「ヤマト、次勝てば明日は本戦だ。頑張れ」
「はい!」
自分のキャラじゃないくらい溌剌と返事をする。テンション上がってるなあ私。同じく応援の言葉をくれたヴィーフニルにも、会心の笑顔でお礼を言った。
「次は5回戦目……ああ、犬っころが相手ね。負けるんじゃないわよ」
「うん、わかった!」
今なら私、あの巨大ボアも素手で殴れるかもしれない! それは流石に嘘だけど! 上がりきったテンションのまま、本日の最終試合であるルプスくんとの試合に臨むのだった。
「ぜってー勝つ! 覚悟しろよ!」
いきり立って吠えるルプスくん。だが、彼の意気込みも私のハイテンションには勝てないだろう。なにせ、この、消極的という言葉の体現者のような存在の私が、バトルをしたいと思っているのだから!
……ん? でも、初期値がマイナスだからプラマイゼロくらいなのだろうか。うーん……まあいいか。
「お手柔らかにね」
「そんなんするか!」
この言葉と同時にゴングが鳴り、ルプスくんが飛びかかってくる。
(おっ、ちょっと速い)
だが、見えないわけではない。ニーファと比べたら遅すぎるくらいだ。
助走の力も込められた思い切りのよい一撃を剣で受け止める。受け止めた感じ、彼は明らかにパワータイプではなかった。まだ成長しきっていない体から考えても、素早さを生かすスピードタイプのようだ。
受け止めた一撃を、力任せにそのまま払う。すると、ルプスくんの顔色が変わった。忌々しげな表情だ。
とびずさって距離をとり、手をぷらぷらと振った彼は、ひとつ呟く。
「……人は見かけによらないってガド兄が言ってたけど、本当だったのか」
どうやら、私の馬鹿力を今ので理解したようだ。そして明らかに顔つきが変わった。本気にさせてしまっただろうか。
ぐっ、と体に力を入れる素振りを見せたルプスくんが、一瞬後先程よりも速いスピードで突っ込んでくる。
本気になっても真っ直ぐ突っ込んでくるのは変わらないことに、彼の素直さの一端を垣間見た気がしてくすりと笑った。
先程よりも強い力で一撃が撃ち込まれるのを、手をじーんと痺れさせながら受け止め、即座に払う。手と一緒に跳ね上げられた剣を狙い撃ち落とそうとするが、流石にそれは阻止された。
よし、今度はこっちからだ。
出来るだけ勢いをつけて踏み込んで一振り、二振りと剣を振ると、ルプスくんが剣速についてこれていないのが明白にわかる。あっ、足浮いた。
この状況、なんか既視感を感じる。そうだ、昨日のニーファとの特訓。
そう思った時にはもう、私の足が動いていた。
「う……わっ!」
足払いをもろに食らったルプスくんが大きく体勢を崩す。だが剣はまだ手放していない。じゃ、そこを弾くのみです。
ギィン、という金属音が響く。少しして、がらんという音と共に彼の剣が地に落ちた。
「……ヤマト選手、5回戦勝利! よって、地ブロック本選出場者は、ヤマト選手となります!」
状況を把握した審判員が、声を張り上げて叫んだ。
小さくガッツポーズをして、小声でよしっ、と言う。勝った!
と、それはいいのだが、ルプスくんが座り込んで俯いていることに気付いた。
「あ……る、ルプスくん、いい勝負だったよ」
「……にが」
「え」
「なにが、いい勝負だよ! 俺全然歯が立ってないじゃん!」
涙目で叫ぶルプスくん。そんなこと言われても、という感じだ。歯噛みした表情で悔しそうにする彼に二の句が告げられない。
「~~~ッ! くそっ!」
すると彼は、ステージから降りて一目散に外へと駆けて行ってしまった。それをミセリアちゃんとノエムくんが焦ったように追い掛けていく。
私はどうすれば……と困惑していたところで、ぽんと頭を叩かれた
「頑張ったなヤマト」
「……あ、ありがとうございます!」
「まずは予選突破だ。明日から本戦だから、今日はゆっくり休みなさい」
「はい」
優しい笑顔で微笑んで褒められ、ルプスくんのことは引っかかったままだったが、嬉しくなって笑顔を返す。
「お疲れ様」
「ありがとニル」
ヴィーフニルも私の手をぎゅっと握って労ってくれた。ああ癒される。
しかし癒されたはいいのだが……どうしてもルプスくんのことが気に掛かる。ちらちらと彼が出て行った出入り口の方向を見る私にニーファが気付いた。
「……犬っころが気になるの? ほっときなさい」
「でも」
「勝者が敗者に何言っても無駄よ」
「……ああ、それ、よく聞く言葉だねえ」
主にゲームとか漫画とかで。
「でしょう? ほら、ソルたち拾って帰るわよ」
「はーい」
少しばかり不安だったが、ルプスくんは追い掛けてくれる友達がいるから大丈夫だ。ガドさんだっているし。
今は自分のことに集中しよう。よし、明日も頑張るぞ。




