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Trans Trip!  作者: 小紋
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7‐(7).酒の酔い本性違わず

 展開の進み方に一抹の不安を抱えながらも、やってきました土酒飲み比べ大会会場。

 どこでやるのかと思えば、火の女神祭で“美しい火魔法決定戦”が行われた場所であるガーデンバーに囲まれた広場の特設会場だった。昨日は氷の彫刻を舞台の上で彫る、っていうイベントをやっていた気がする。

 3人の飛び入り参加は、諸手を挙げて歓迎された。むしろ参加者が2名しかいなくて困っていたらしい。そんなんで大丈夫だったのか企画運営部。もうちょっと参加者を募る努力が必要だと思う。


 ぞろぞろと特設会場の舞台へ向かう私たち。だがその歩みを止めようと必死な人がいた。

 カルーアさんだ。彼女は先程からしきりにイクサーさんに参加を止めるよう追い縋っている。


「イクサー様、お止めになったほうが……」

「大丈夫だカルーア、すぐ戻る」


 そう言ってさっさと行ってしまうイクサーさん。カルーアさんの顔には心配の二文字が大きく浮かんでいた。……どうしてここまで止めようとするのだろうか?

 不思議に思っていると、肩をぎゅっと掴まれる。


「ヤマト、俺が勝つから安心して待っててよね」


 そんな決意を秘めた瞳で言われても……。きっ、と厳しい顔つきで前を向き、舞台に上がっていったソルに何も言うことができない。シリアスな意味でなく。

 後ろから来たリビルトさんも似たような瞳をしていた。


「安心してくださいね。もうあの男に怯えなくてもいいようにしますから」


 多大な勘違いをされている。まずい、せめて誤解を解いておきたい。


「ちがうんです、俺別に脅されては……」

「大丈夫、わかってますから。あの男にそう言うように言われているんですよね。絶対、あなたのことを救います」


 聞く耳持たないとはこのことだ。彼は使命感に満ちた顔つきで壇上に上がっていってしまった。

 呆然と後姿を見送ると、ギルさんが半笑いで近づいてくる。


「麗しの君も罪作りだよねー。あんなリビルト、久々に見たよ俺」

「は、はあ……」


 罪作り、とは勘違いを解消できないことを言っているのだろうか。それは私だけのせいじゃないと思うのだが……いやむしろ、リビルトさんが思いこみやすすぎるんだと思う。

 しかしそれを彼の親しい友人であろうギルさんに言うのも体裁が悪い。それよりも、彼の健闘のおかげで喧嘩が回避できたことを賞賛することにした。


「あ、ギルさん、さっきはよく三人の中に入っていけましたね。怖くなかったんですか?」

「いや、すげえ怖かったけど」

「でしょうね。……でも、あんな口上を咄嗟に思いつくなんてすごいです」


 こんな大会が開かれる、ということでタイミングが良かったのもあると思うが、ギルさんがそれを知っていてくれて助かった。あのまま乱闘にでもなったら私では止めようがなかったし。

 すると彼はあっけらかんとした表情で言った。


「リビルトに参加させるつもりで持ってたんだけどね、この大会のポスター。まさかあんなことに使えるとは」

「……そ、そうなんですか」


 なんで参加させようと思ったのかはわからないが……まあ偶然でもうまく事が進んだのだから良かったのだと思う。


「そうなんですよ。で、麗しの君は誰に勝ってほしい?」

「え。……いや、喧嘩がおさまったのでもうそれでいいです」

「……ふーん?」


 意味深な笑みだ。なんだろう……? 私が首を傾げると、彼は「いーやなんでもない」と普通の笑顔になった。


「ま、リビルトは勝てないと思うけどね。あいつ酒はてんでダメだし」

「えっ。さっき、リビルトさんに参加させるつもりだったって……お酒が駄目なのに?」

「だからだよ。うまいこと騙して参加させて泥酔したところを笑ってやろうと」


 なんというか、すごく根性が悪い。そう思ったのが顔にも出てしまったのか、ギルさんが慌てたような身振りで言う。


「あっ、なんだその目は。俺だって普段からあいつには内臓破壊される勢いで虐待受けてるんだからな。たまには仕返しだ」

「あれは痛そうです。……でもリビルトさん、よく飲み比べ大会だってわかってて参加しましたね。お酒弱いのに」

「……まー、そのくらい引っ込みがつかない状況なんだけどね、今……。……一番渦中の人物が全くわかってないけど」


 渦中の人物、とは私のことだろうが……。

 わかってない、とはどういうことなのだろうか。勘違いからリビルトさんの正義感の琴線を変にかき鳴らしてしまったせいでこんなことになっているのは理解しているのだが。それ以外にも理由が?

 ……男子心は複雑怪奇だ。それがイケてるメンズとなればさらに。






 カーン! という、金属の鐘を打つ音で勝負が始まり、壇上の5人が目の前に置かれた酒を飲みだした。


 この土酒飲み比べ大会、今回で第34回を迎えるそうなのだが……土酒、というものがどういうものだかわからなかった私に、ギルさんが説明してくれた。

 なんでも、ある特定の大陸の特定の地方でしか取れない特殊な土を使って酒を蒸留すると、純度の高い美味な酒を作ることができるそうな。それが土酒という名前の由来らしい。有名なブランドとかになれば、かなりのお値段になるそうだ。


 それはそうと、会場はかなりの賑わいをみせている。

 当初は2人で行われるはずだった勝負が急遽5人に増え、増えた人物がまたいい男たちだったものだから……女性の観覧客がかなり多い。しかもどんどん増えている。皆さん現金だ。だがよくわかるぞ。

 実況解説者が声を張り上げて出場者を紹介する。当初の2人が紹介された時は適当な拍手だったのに、ソルたちが紹介される時は凄まじい拍手と黄色い歓声が上がっていたのが印象的だった。元から出場するはずだった人たちが少しかわいそうに感じる。まあこれも世の無常というものだろうか。


 私の横ではらはらと成り行きを見守るカルーアさんが呟いた。


「ああ、大丈夫かしら、あんなにお飲みになって……」


 目線はイクサーさんに固定されている。どうしてこんなに心配しているのだろうか……さっきも出場を止めるように懇願していたし、何かあるのか。

 聞いてみようかと思った瞬間、聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきて振り返る。


「ひゃー、すごい人混み! 何やってんだろー……って、あ!」

「あ、シビルちゃん! ラーサーくんも」


 カヴァリエの新人コンビが現れた。すごい偶然だ。彼女らも祭に遊びに来たのだろう。


「ヤマト。久々だな」

「この前はほんとにほんとにありがとうね、ヤマト!」

「いいよ、そんなの」


 大規模掃討作戦の時に助けたことを未だに感謝され、照れくさくて首を振る。

 作戦の後わざわざギルドハウスまでやってきて何度も謝罪とお礼を言ってくれたのに、本当に律儀な子だ。

 挨拶が済めば、黒山の人だかりに興奮したのだろうか、シビルちゃんが興味深そうにあたりを見回した。そして、壇上の人物を見て驚愕に目を見開くことになる。


「ここすごい賑やかだね……つちざけ、のみくらべたいかい? へー、ありきたりなイベント……って、イクサーさん!?」

「えッ、大丈夫なのかよ」


 2人から上がった反応は、驚きと不安。……イクサーさんがこれに参加すると聞いた時のカルーアさんの反応とよく似ていた。


「……どうしたの? イクサーさんが参加するとなんかまずい? さっきからカルーアさんもすごく心配してるんだけど」

「……イクサーさん、すっごい酒癖悪いって話なんだけど」

「え」

「だからか知らないけどあの人、大宴会とかでも一滴も酒飲まないンだよ。なんでこんなイベントに参加シてんだ」


 楽しそうな様子から一転。カルーアさんと同じように不安そうに成り行きを見守りだした2人に、私まで不安になる。


「だ、いじょうぶ、かなぁ……」


 なんか変なこと、起きなきゃいいけど。






 開始のゴングが鳴って、だいぶ時間が経った。次々と空のジョッキを積み重ねていく出場者たちに、観覧客からの歓声が上がる。

 なんだかみんな、顔色が通常ではありえない色になり始めているのだが……大丈夫か、と思った瞬間に、リビルトさんが沈んだ。一番先にダウンだ。


 彼のダウンを実況解説者が告げる。健闘を称える拍手が送られる中、ギルさんが笑いながら屍を引き取りにいった。私もついていく。


 辿り着いた先ではぐったりしているリビルトさん。すさまじく酒臭い。


「リビルトさん、大丈夫ですか?」

「ああ……ヤマトさん……申し訳ありません、お救い、できな、かっ、た」


 まるで死に際のような台詞だ……ノったほうがいいのか? って、意識喪失。

 がくりと力を無くしたリビルトさんを、ギルさんがひょいと抱え上げる。意外と力持ちだ。


「じゃ俺こいつ持って帰るから、またね麗しの君。寂しがるからたまに遊んでやってくれよー」


 友達思いみたいなことを言いつつも、彼がこれに参加させたのだから、だいぶ根性悪い。


 あーでも、この後の展開が気になる。泥酔した堅物をお持ち帰りって、けっこうあるよね。

 リビルトさん酔ってもあんまり変化なさそうだったけど、二人きりになると甘えん坊に……なったりしない、かな……普段はヘタレなお調子者×腹黒堅物女王様(酔い状態)……うわっ、やばい。かなりいいかもしれない。


 にへにへと私の顔が崩れ出す頃に、実況の鋭い声が飛んだ。壇上を振り返ってみると、最初から出場する予定だった2人が、同じようなポーズで倒れていた。残っているのは、ソルとイクサーさんのみ。


(うわ、一騎打ち……って!)


 熱い展開だ、とか思ったが、そんな場合じゃないかもしれない。

 ソルは顔色が何色だかわからないような色になっているし、イクサーさんは目つきがやばいことになっている。

 2人とも尋常じゃない。やばくないだろうか。


「……フッ、ヒック。イクサァア、お前もういい加減観念しろよぉー。お前みたいな根暗野郎がヤマトと関わろうなんてェ、百年早いんだからねぇー?」

「……………………」


 案の定やばい。ソル口調が変。イクサーさんもう聞こえてないし。喋んないし。


 実況が白熱した試合模様を叫ぶ。もう既に彼らの周囲に積み上がったジョッキは何杯になっているかわからない。


 そしてその瞬間は訪れる。

 両者が今飲んでいるジョッキの酒を同時に飲み干した、その時だった。


「おーっと、イクサー選手、ついにダウーン!」


 イクサーさんが机に前のめりに倒れ込んで、がごん、と頭を打ち付けた。そのままピクリとも動かなくなる彼に対して、カウントが入る。

 1,2,3……ノックアウトだ。決まり手は深酒。


「ああっ、イクサー様!」


 きゃーイクサー様しっかりなさってーとかいう悲鳴の中、カルーアさんが彼に走り寄っていった。シビルちゃんとラーサーくんもギルドマスターのピンチに慌てたのか、カルーアさんの後をついていく。


 イクサーさんがダウンしたことで、敗者が決定し自ずと勝者も決まる。実況解説者が右腕を振り上げ、今回の大会を勝ち抜いた者の名を読み上げた。


「と、いうことは……第34回土酒飲み比べ大会、勝者はコロナエ・ヴィテのソーリス選手ぅー!」


 わーっと歓声が上がる。勝者の栄光をたたえる拍手が響いた。きゃーかっこいー、という黄色い悲鳴も聞こえた。流石イケメンだ。

 しかし。


(ソル、勝ったけど……足縺れてて自力で立てないじゃん!)


 机に手をついてよろよろと立ち上がろうとする彼に慌てる。助けに行かなければ。


「ソル、だいじょ……うわっ、酒臭い!」


 あんだけ飲めば当たり前なのだが、アルコールのにおいがすごかった。


「へへー、勝ったぁー」


 人間ここまで顔に血を集められるのかと驚くような真っ赤になった顔。その顔を締まりなくでれーと歪ませて、ひっついてくるソル。思いっきり体重を掛けてのしかかってくるので、危うくバランスを崩しそうになる。

 本気で酒臭い。この酔っ払いめ。


「ヤマトーお祝いにチューしてぇー」

「はいはいまた今度ね」


 酔っ払いめ……変なこと言ってたって後でからかってやる。

 顔をぐいぐい押しつけてくるソルを手で制し肩を貸して歩かせる中、うつ伏せたまま動かないイクサーさんの前でおろおろしてるカルーアさんを見つける。


「カルーアさん、イクサーさん大丈夫ですか?」

「う、動かないんですぅ……」


 それは大変だ。急性アルコール中毒だったら困るじゃないか。

 こんなやりとりをしてる間にも、ねーチューしてよーほっぺでいいからぁーとしつこいソル。なんなんだ今日のソルは酔いすぎだ。こんなに酔ってるソルはそういえば初めてみる。普段はけっこう自制していたのだろう。


 退けても退けても近くに寄せられるソルの顔を手でぐいぐい押しかえしていると、イクサーさんの肩がぴくりと動いた。


「イクサー様!」

「……だとぉ……?」

「イクサー様、どうなさいました?!」


 何か小さな声で言っているのだが、よく聞こえない。しばらくそうしていたイクサーさんだったが、ある瞬間にがばりと起き上がり、つかつかと私たちの立っている傍に近寄ってきて、ソルの胸ぐらを掴んで言った。


「ちゅー、だと? そんなにしてほしいなら、俺がしてやる!」

「へ?」


 時が止まる。


 実況解説者も、客も、会場も、もちろん私たちも凍りついたように停止した。


 少しして、会場からぎゃーっという悲鳴。悲鳴は女性からばかりで、男性からは笑い声が。


 状況を把握した私の口に、抑えようのない……にやつきが、浮かび上がった。


 そう……目の前にあるのは、距離ゼロで接触するイケメンの唇と唇。


 私は心の中で大絶叫。


(変なこと起きたー!!!! う、うおおおおおおおおお! 棚から牡丹餅にもほどが……! も、もう死んでもいい……)


 少しして、唇同士が離れる。

 ふん、と鼻を鳴らすイクサーさん。青ざめて硬直するソル。私はにやにや。

 叫びだしたいのを我慢しながら、動向を見守る。

 やがて、ソルがひとつ呻いた。


「……うっ」

「うっ?」


 じわり、と。彼の目に浮かび上がるものが。


「うわあああヤマトおおお消毒してええええイクサー菌が口についたああああ」


 ソルがボロボロと涙をこぼして思い切り抱きついてくる。全力で締めあげられ、苦しいことこの上ない。だが私は苦しいにもかかわらずにやにやしていた。初めて見るソルの涙が、こんなシチュエーションになるとは……悪くないぞ、悪くない!


 しかしイクサーさんは気に入らなかったようだ。


「イクサー菌とはなんだ! 俺もリンド菌が口に付いた! 消毒してくれヤマト!」


 イクサーさんは真顔だ。真顔で酔っ払っている。自分でやったくせにと心の中で大笑いしながら、私にしがみつこうとするイクサーさんとそれを絶対にさせまいとするソルの攻防を眺めた。


 会場は悲鳴と笑いと愕然(一部)のカオス図。


 今は笑っている私ですが、この後この状況を治めるのに、ものすごーく苦労したことは言うまでもありません。






◇ ◇ ◇






「……頭、いたい」

「そりゃそうだよ、あれだけ飲めば……お水いる?」

「ください」


 翌日風の女神祭午前中、爽やかな緑色に包まれた街に出もせずに、私はソルの介抱をしていた。

 そばにあったコップを手に取り、『ロラーテ』で満たしてからソルに渡す。


「ありがと……。……ヤマト、祭行かなくていいの?」

「今日はいいよ」

「……ごめんなさい」

「別に、謝らなくても」


 すまなさそうなソルに苦笑を返す。

 本当は行きたかったけど……しょっちゅうついてきて一緒に遊んでくれるソルがこの状態であるのにほっぽっていくわけにはいかない。それはあまりにも友達甲斐が無い。

 ……まあ、朝の時点でみんな午後から行くって言ってたから、行けなかっただけなんだけど。もうこの際だから、午後も行かない。ソルかわいそうだし。窓から眺めているだけでも、けっこう楽しいからいい。

 唯一朝から一緒に行くかと言ってくれたジェネラルさんは、また今日も急な面会人が入ってしまった。……水の女神祭以外、彼はまともに遊べていない。……かわいそうにジェネラルさん。


「……うー……」

「頭痛い?」

「……それもある……あのさ、昨日の記憶が飛んでるんだけど、俺、なんかあった?」


 聞かれて言葉に詰まる。……いや、いいんだけどね、言っても。だがこの状態のソルに追い打ち掛けるの、かわいそうで。

 記憶が無いなら、そのほうがいいかもしれない。あの素敵な思い出は、私の心の中にそっとしまっておくことにする。


「……なんにもないよ。あ、でも酔いすぎて変なこと言ってた」

「……マジで。どんなこと?」

「お祝いにチューしてーとか。もー大変だったんだから。ソルって泥酔するとああなるんだねー」

「……昨日の自分を消しにいきたい」


 布団団子になるソルを笑いながら、外から聞こえてくる賑やかなお祭りの音に耳を澄ませるのだった。


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