7‐(3).晴れの舞台はまだまだ早い
コロナエ・ヴィテのギルドハウス最上階。このフロアの半分ほどを占めるギルド長室は、未だかつてないほどの人口密度を記録していた。
今ここでは、コロナエ・ヴィテのギルド員全員とアーラ・アウラのエディフ部幹部陣が揃って顔を突き合わせている。ここにこんなに人がいるのは初めての経験だった。
そして何故かさっきのルプスくんもいる。ぶすくれた表情で幹部陣の人たちの背後に控えているのだが、何かあるのだろうか。
それにしても。
私は、今主になってジェネラルさんと会話をしているエディフ部の副ギルド長、ガドさんをちらりと盗み見た。
このギルド長室で実際彼を目にするまで想像していたむきむきのマッチョマンは、ガドさんを目にしてあっという間に崩れ去った。とんだ誤解だった。人を名前だけで判断しちゃいけない。少し形式ばった挨拶をして以降は和やかに談笑を続けているガドさんのその実態は野性味あふれる長身の美中年だったのだ。
焦げ茶色の髪とオレンジ色の瞳が凛々しい彼は犬のような耳と尻尾を持っているが、私は野性的な雰囲気から狼のエディフじゃないかと予想している。無精髭がまたワイルドだ。こんなにかっこいいおじさんが来るなんて想定外だぞ。
ルプスくんとは血縁だと聞いていたが、どの程度近しい間柄なのか。美中年×生意気少年のカップリング、しかも血縁者。犯罪的だが素晴らしいじゃないか。もう行くしかないだろう。いや、逆も悪くない。
すると滾ってきた私にとっては都合良くも、ジェネラルさんがルプスくんのことに話題を移してくれた。
「そうだ、その子はどうしたんだ?」
「先程こいつが何か問題を起こしたと聞きましたので、謝罪させようと連れて来たのですが……おいルプス」
名前を呼ばれ、ルプスくんが噛みつきそうな勢いで返事をする。
「問題なんて起こしてないって!」
「俺が聞いた限りだとしっかり問題だった気がするからちゃんと謝れ」
「……どうも、すいませんでしたっ!」
謝罪の言葉と一緒にギッと睨まれた。
(しかし君はカップリング対象者だ。怖くない、怖くないぞ。ふはは)
こういうところこそが腐女子脳のアドバンテージだと思う。属性付け、カップリング振り分け、受け攻め割り振り、このどれかをなしてしまえばだいたい何も怖くなくなる。
「新人か? 元気が良いな」
若者が目上の人の前で取る態度としてはどうかと思うような態度の前でも、朗らかに笑っているジェネラルさん。相変わらずこの人も器がでかい。
「恥ずかしながら、俺の甥です。コロナエ・ヴィテにも新人が2人ほど入ったと聞きましたが」
「ああ、ヤマトとヴィーフニルだ。2人とも、挨拶しておくといい」
(伯父×甥だとお!? もしくは、甥×伯父!?)
聞き捨てならないことを聞いてしまったせいで一瞬反応が遅れた。注目がそそがれる。まずいまずい。
「……ヤマト、どうした?」
「あっ、す、すいませんなんでもないです。……ヤマト、といいます。よろしくお願いします」
「……ヴィーフニル。よろしく」
再度促されて、無事私とニルが挨拶する。私のお粗末な挨拶とヴィーフニルの無愛想な挨拶に気分を害することもなく、アーラ・アウラの幹部陣もそれに続いた。
「アーラ・アウラの副ギルド長兼エディフ部幹部、ガド=フェンリアだ。よろしく頼む」
「俺はエディフ部幹部のグラムグラン=ガルガムヘイム。よろしくな坊主たち!」
「同じく、エディフ部幹部のレティシア=ハーレットです。よろしくね」
ひとつひとつの挨拶に相槌をうち一回一回頭を下げながら思うのだが、さすがに大きなギルドの幹部の人だけあって、自己紹介ひとつとっても堂々としている。これはイクサーさんと知り合った時も思ったことだ。これくらい自信を持った態度で何かに臨みたい。
しかしこの美青年になってから坊主、と呼ばれたのは初めてのことだ。グラムグランさん……すごく大味な人だな。
挨拶が終わりギルド長室から出ると、ガドさんに声を掛けられた。
「ヤマトくん、ルプスが失礼を働いたのは君だろうか」
「……あ、いや、失礼なんて。少し驚いただけなので、気にしないでください」
「やはり君か。すまない、俺からも謝らせてくれ」
そう言って頭を下げられるのに恐縮する。意識はガドさんがルプスくんの首根っこを引っ掴んでいることにいっていたが。
するとガドさんが私に謝罪なんかをすることが気に入らないのか、ルプスくんが吠えた。
「ガド兄! なんでこんなやつに謝るんだよ!」
「お前のせいだバカ者。一体どうして初対面の人にそうまで絡めるのか教えて欲しい」
「だってこいつ弱そうなんだもん!」
(……そ、そんなストレートに言わなくても)
まあ先程の会話でも一端を聞いたが、自分より弱そうな私が噂話でちやほやされ高名なギルドでちやほやされを見ていると許せないのだそうだ。そんなこと言われましても。
ガドさんは盛大に溜息ついて言った。
「お前は本当に甘やかされ過ぎだな。俺にも責任はあるんだが……お前の母さんにも叱ってもらうから覚悟しておけ」
「はあ?! なんで母さんまで!」
コントか漫才のようだ……。そんなことを思っていると、いつの間にか近くにいたニーファが口を挟んできた。
「犬っころ、そんなにこいつが気に入らない?」
「犬じゃない狼だ!」
ああ、犬に見えたけど、狼っぽいガドさんの甥っ子なら狼なのか。野性味がいささか足りないが、それは成長に期待だ。
「それはどうでもいいのよ。あんた、闘技大会は出るの?」
「もちろん出るさ! そのために来たんだからな!」
「片手剣部門?」
「そうだよ、悪いか!」
「別に悪かないわよ。だけどそうね、片手剣部門ならこいつも出るから、そこで決着付ければ?」
……。
「えっ?!!」
ぼーっと他のことを考えながら会話を聞いていたところに爆弾発言を落とされ、唖然。
「……言ってなかった?」
「き、聞いてない!」
「言うの忘れてたわ。出場登録はしといたから、精々頑張んなさい」
ニーファはなんでもないことのようにそう言い捨てると行ってしまった。目の前には意気込むルプスくんと、苦笑するガドさん。
慌てて彼らに頭を下げ、ニーファを追いかけた。
「に、ニーファ! ちょっと、闘技大会って……本当?!」
出場登録はしといた、なんて言葉が聞こえたが、正直冗談ではない。無理だ、絶対に無理だ。
「ええ、本当。……何あんた、あの犬っころに負けると思ってんの? それはあり得ないから安心しなさい」
「ち、ちがっ! と、闘技大会に出ること自体が心配で!」
見当違いの宥め方をされ、どもりながら意見を主張する。
闘技大会なんて出られるわけがない。そもそも私はあがり症の気があるのだ。どうしてわざわざ大多数の人の前で戦ったりしなければいけないのだ。
「なんで」
「だって、そんな……そんな大舞台で……人がいっぱいいるじゃない……」
一生懸命言っても三文字で返され、弱々しく反応せざるを得ない。泣きそうだ。
だがニーファは甘くはなかった。私が泣きそうなくらい嫌でも、撤回はしてくれないらしい。
「闘技大会は機会よ。大規模掃討作戦で周囲の力はわかっただろうから、その中で自分がどのあたりにいるかを知りなさい」
話は終わりとばかりにつかつかと行ってしまうニーファ。手も足も出なかった。どうしよう、どうするべきか。無理だ絶対無理。授業中指名されて問題を答えるだけでも足が震えていた私が大勢の観衆の前でバトルだイエーイなんて絶対無理。
(……どうしようぅ……あっでも棄権しちゃえば!)
「棄権はあんたの指導担当として許さないからね」
「……はい」
(……あ、で、でも私には魔法があるし! 魔法さえあればなんとか……)
「わかってると思うけど、闘技大会では魔法は使用禁止だから」
「………………」
心を、読まれているのだろうか?
(……なんにせよ、マジで勘弁して……)
折角さっきまで楽しい妄想に耽っていたというのに、気分は台無しだ。ああ、本当に、どうしよう。




