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Trans Trip!  作者: 小紋
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6‐(4).第一印象はあてにならない

 鍵を受け取った後は、夕食の時間になったら外通りにある酒場に集合するよう言われ、自分が割り当てられた部屋に荷物を置きに行くこととなった。


 キルケさんから部屋番号を伝えられて鍵を持って訪れた先、明後日から始まる任務が終了するまで一週間お世話になる私の部屋は、9階にある907号室。

 浮遊と操作の術式が刻み込まれた魔石を核にした、自動昇降魔導器なんていう似非エレベーターに乗って楽々7階まで上がり、少し歩くと、すべすべした木材で出来たシンプルな印象のドアが目の前にあった。

 表札にはわけのわからない形の文字が書いてあるが、強くてニューゲーム特典の識字能力で『907』と読みとる。鍵についているプレートの文字と見比べても、同じ形だ。うん、ここで間違いない。


 ホテルの一人部屋に泊ることなんて、生まれて初めてだ。中学の修学旅行の時はそうランクも高くないホテルの三人部屋。そこに三泊四日を凌ぐための大きな荷物、しかも三人分を詰め込んでしまえば、足の踏み場もないくらい狭かった。あれはあれで楽しいのだが、ゆったりとは程遠い気分なのである。

 しかしここは高級ホテル、そしてこのドアの先を占領していいのは私一人。さて、ドアを開けた先はどうなっているのやら。胸をときめかせつつ、鍵を開け、綺麗な装飾の施されたドアノブに手を伸ばし、捻った――。






「……うはー……」


 第一声は、溜息だった。


 広い、実に広い。私には十分すぎるというか分不相応だと言えるギルドハウスの私室の、おおよそ2倍程は広さがある。鮮やかだが華美すぎない落ち着いた色調の部屋。一番奥には高そうなベッドが鎮座しており、大きな出窓からは、王城を含めた神聖国を一望できた。

 白い木枠にベルベットの布地が張ってある値打ちがありそうなソファセット一式は、座り心地抜群。そしてソファの前にある品の良いローテーブルの上には、お菓子やフルーツ、それにティーセット。至れり尽くせりとはこのことを言うのだろう。


(食べていいのかな!?)


 可愛らしい砂糖菓子をひとつ、恐る恐る摘まんで食べてみると、ふんわりと口の中で溶けた。


 そのあたりからテンションがおかしくなってしまった。

 いけないことだとはわかりつつもベッドの上で飛び跳ね、心の中で奇声を上げる。

 部屋備え付けのお風呂にあった可愛いバスタブに興奮し、心の中で奇声を上げる。

 いい匂いのするタオルを見つけるとそこに顔を突っ込み、心の中で奇声を上げる。

 奇声を上げるという女子ならではの表現方法(迷惑にならないよう、心の中でだ)で一頻り高級スイートルームを満喫した私は、ベッドがあるというのにわざわざ床に寝そべった。しばらくごねごねと滑らかな毛足の絨毯の質感を楽しむ。


 しかし、唐突に我に返った。その後の虚ろは、先程までの興奮が大きければ大きいほど深いものとなる。いわゆる、賢者タイム。

 なんとなく正座をして、絨毯の毛並みを手で撫でて揃えながら、独り言を呟いた。


「……どっか、行ってみようかな」






 と、いうわけで廊下に出てみたわけだが……私は今、もっと長時間、部屋で静かに騒いでいれば良かったと後悔している。


 一歩部屋から踏み出た瞬間、コンコンとノックの音が聞こえたので、思わず音のした方へと視線をやると、隣の部屋を訪れようとノックをするイクサーさんがいた。そして彼の背後には、銀色のロングヘアの小柄な女性。視線に気づいたらしいその2人がこちらの方を向いたせいで、目が合ってしまう。

 まじまじと見つめてしまった私は完璧に視線をそらすタイミングを逃し、とりあえず会釈をした。だが、この後が問題だ。


(どうしよう、コロナエ・ヴィテの知り合いさんだもんねぇ……声掛けた方がいいのかなぁ)


 対人コミュニケーション能力が高くない人間にとって、知り合いだけど友人ではない、とか、友人の知り合い、とかいう人と交流する時間って罰ゲームに等しい。そもそも、自分は知り合いだと思っていても相手が自分のことを知らなかった、とかいう場合だって想定しなければならないのだ。彼とは先程一瞬会っただけだから、ばっちりその可能性がある。ああ、ほんとやだ。


 無難に、挨拶だけして切り抜けるのが吉かと、こんにちはを言おうとした時、イクサーさんが無表情に言った。


「……君は、先程の……」


 どうやら、覚えられていたらしい。


(ですよね、私だったらこんな美形一回目にしたら一発で覚えますもん)


 とりあえず、言おうとしたこんにちはを予定通りに発すると、ガチャリという音が響いた。そういえば、この人たちは隣室を訪ねていたのだ。

 ああ、良かった解放される。そう思って通り過ぎようとしたら、耳に馴染んだ声が聞こえてきた。


「イクサーか。久しぶりだな」


 隣室の住人は、ジェネラルさんでした。どうやら、私が部屋で静かに大ハッスルしている間に、仕事を終えてチェックインしていたらしい。

 客人を迎え入れようとした彼は、その客人が別のことに気を取られているのに気付いて視線を追った。その先にいるのは、もちろん私。


「ヤマト? ああ、ちょうどいいところに来たな。おいで」


 優しく声を掛けられた。

 ああ、勘弁してくださいジェネラルさん。私、知らない人と話すのすごく苦手で……なんて、言えるわけもなく。

 素直に返事をして、駆け寄る。


「この子はうちの新人で、ヤマトというんだ。仲良くしてやってくれ」


 部屋の外に一歩出て私の肩を抱いたジェネラルさんが、イクサーさんと銀髪の女性に私を紹介する。

 こうなったら、もうしょうがない。観念してこの場にいよう。行儀良くしてれば問題ない!


「ヤマトといいます。よろしくお願いします」


 綺麗な角度を心掛けて、お辞儀をした。相も変わらず得意ではない笑顔でぎこちなく笑うおまけつきだ。

 会心の出来、とはいかなかったが、お行儀は良かったはず。だがイクサーさんは、少々の沈黙を返してきた。何故だ。変なことはしていないはずなのに。

 怪訝な顔をしそうになったところ、沈黙していた彼が慌てたように言葉を紡いだ。


「……あ、ああ、すまない。カヴァリエのギルド長をやっている、ラジェム・ジャンド=イクサーだ。イクサーでいい。よろしく頼む」

「私はイクサー様の補佐をさせていただいております、カルーア=キトラと申します。以後お見知りおきを」

「あ、はい。よろしくお願いします……」


 ラジェム・ジャンド=イクサー……不思議な名前だ。イクサーは名前だろうか、名字だろうか。彼の父親とも面識があるのだというソルがイクサーと呼ぶのだから、イクサーが名前の可能性の方が高いかもしれない。

 そして銀色のロングヘアの女性は、カルーア=キトラと名乗った。先程は遠くてわからなかったが、綺麗な緑色の瞳を持つ女性だ。キャリアウーマン然とした雰囲気を持つ彼女は、堅そうで隙がない。


「立ち話も何だから、部屋に入るといい」

「いえ、今日はこちらに宿泊されていると聞いてご挨拶に伺っただけですので。……しかし、話には聞いていましたが、本当に新人を入れたんですね。リンドたち以来ということは、8年ぶりですか」


 8年ぶり、ということは、ソルは12歳の時から冒険者業を……強いわけだ。たち、ということは、エナもだろうか。8年前……エナなんて10歳じゃないか。ヴィーフニルもそうだが、小学校高学年くらいの年齢から、モンスターと戦ったりするなんて。


(私が小学校高学年の時は……うん、何度思い出してもBL二次創作ばっかり読んでたわ)


「ああ、もう一人いるぞ」

「……もう一人? 一体どういった心境の変化ですか」


 真意を探るような言葉。やはり、来る人来る人断って8年も新人を取らなかった謎のギルドが突然2人も新人を入れたとなっては、勘繰ることも多いらしい。真相は、私は保護依頼の対象で、ヴィーフニルは私が思わず拾ってしまったから、だ。


「そういう時期なんだろう。賑やかになるのはいいことだ」


 朗らかに笑って返すジェネラルさん。多少強引なスルーだが、目上の人にこう言われてしまうと、さらに食い下がって探ることもできないだろう。そもそも、彼にとってこのことはそこまで重要ではないはずだ。よそのギルドのことなんだから。

 思った通り、そうですか。の言葉でこの話題は流された。


「……ああ、そうだ、父がよろしく伝えてくれと」

「ザーハルは元気か?」

「ええ、未だにギルド員の訓練に出張ってくる程度には元気です」

「そうか、それは良かった」


 世間話を黙って聞きながら、同じく黙っているカルーアさんを見てみた。彼女は姿勢よく立ったまま微動だにしない。……なんか、すごい。


「……それでは、俺たちはこのあたりで。明後日以降の作戦では、よろしくお願いします。カルーア、行くぞ」


 世間話が終わったところで、軽く礼をして去っていく2人。

 完全に姿が見えなくなるまで見送ってから、ジェネラルさんに語りかけた。


「……お知り合い、だったんですね」

「ああ、彼の父と俺は旧知でな。イクサーとは面識があったのか?」

「はい、チェックインしに来たときにロビーで」


 会いました、と言わないうちに、ジェネラルさんが心配そうな顔になった。どうしたのだろうか。


「……ソルとイクサーは、喧嘩しなかったか?」

「険悪でしたけど、喧嘩はしてないです」


 ああ、彼らの仲の悪さを考えていたわけか。心配を拭い去るべく、ありのままの事実を伝えた。あれはぎりぎり、口喧嘩の範囲にも入らないだろう。


「……そうか。あいつらはなんだか知らないが仲が悪いからな……」

「そうみたいですねぇ」


 心底からの相槌だ。うんうん、と頷いている私に、ジェネラルさんは優しげに言った。


「ヤマトは、出来ればイクサーと仲良くしてやってくれ」

「え?」


 思わず間の抜けた声が出る。仲良く、って……そもそも、彼がそれを望むとは思えないのだが。どう見ても、一匹狼タイプの人だ。

 だが、そうではないらしい。


「あいつは少し不器用だから、なかなか同年代の友人が出来なくて悩んでるみたいでな。内心、ソルのことも喧嘩友達くらいには思ってるだろう」

「へ、へぇー」


 顔が引き攣っていないだろうか。少なくとも、応答は引き攣った。


(……あの光景を見たら、とてもそうとは思えないのですが……)


 というか、中二病っぽい美形のお兄ちゃんが、まさかのぼっち系男子という……。衝撃的だ。友達が出来ないのは、中二病だからだろうか。古傷を抉られる。


 それにしてもジェネラルさん、まるでお父さんみたいだ。外見よりもだいぶ年齢を重ねているらしい彼にとって、年若い知り合いはみんな息子のようなもんなのだろうか? 私も息子……いや、娘か? そのうちの一人くらいとして見ていてくれたらすごく嬉しいなぁ。


「根は優しい奴だから、友人として付き合いだせばすぐ打ち解けられるさ。ついでに、ソルとの仲立ちもしてやるといいかもな」

「えっ、仲立ち、は……ちょっと、無理……かと……」


 無理だ。数か月付き合って、あんな険悪な顔してるソル初めて見たんだぞ。コミュニケーション能力皆無の人には絶対無理だ。


 恐る恐る言った私に、ジェネラルさんが笑う。ああなんだ、冗談か。良かった。


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