6‐(1).子は宝
遮光されていない窓から入ってくる明るい日差しと、冷えた朝の空気に響く鳥の声で、私は目を覚ました。
ぼやける視界で自室の天井を確認した後、うぐぐ、とひとつ呻る。寝ている間に固まってしまった体をほぐすために伸びをしたかったのだが、それは不発に終わった。ここ最近で、もはや恒例と化した朝のイベントの登場人物が、真横にいたからだ。
「……またか」
口に出して呟き、横目で見る。白いシーツの上には、少年がその青い髪を散らして眠っていた。
「ニル、起きて……朝だよ」
「……んん~……」
揺り動かすと嫌そうに寝惚けた声を出す彼、ヴィーフニル。まだ起きる気はなさそうだ。あまりしつこくすると非常に不機嫌になるので、そのあたりで切り上げてとりあえず着替えをすることにする。
今ではこんな風に手慣れたものだが、初回のイベント時はひどいものだった。
それは、ヴィーフニルがコロナエ・ヴィテにやってきて5日目の朝のことだ。
しっかり1人で寝たはずの翌朝、起きたら隣に美少年が寝ていた。その時の私の心境といったら、驚いたなんて言葉では言い表すことが出来ない。口から心臓が出るかと思うほどの衝撃だったのだ。私はまず悲鳴を上げて無意識に後退り、派手な音を立ててベッドから落ちた。
痛みに嘆く前に、未成年と淫行という文章が頭をよぎる。自分も未成年ではあったが、相手は小学校高学年くらいの少年。対する私の外見年齢はどうみても成人。この国の法律ではどうなのかは知らないが、私の国なら逮捕だ。逮捕されなくても、道徳的にアウトだろう。衝撃と悲嘆の極みに、いつも処理に苦労していた男の朝の生理現象も一瞬で静まったくらいだ。
しかし、冷たくて臭い飯を食らう生活を想像し始めたところで、自分にも彼にも衣服の乱れがないことに気がつく。
(ああ、なんだ、一緒に寝ただけか!)
ほっとしていいのかわからないような内容でほっとした時、ドアの外から慌ただしい足音。程なくして、勢い良くドアが開けられた。
「ヤマト、なんかすごい音したけど……っ!」
慌てた顔をしたソルが部屋に飛び込んできた。そして彼の眼に映ったのは、ベッドの上で眠るヴィーフニルと、床の上で呆然とする私。ソルの口から吃驚が飛び出た。
「は!? お前なんでヤマトの部屋に……」
「……うるさいなぁ……」
早朝だというのに大声で詰問するソル。大きな声で目を覚まし、続く詰問を寝惚けた様子で半分どころか大半聞き流しているヴィーフニル。ああ、朝からなんでこんな修羅場。
どうするべきか非常に困っていたら、騒ぎを聞きつけたキルケさんとレイさんがなんだなんだといった感じで覗きに来た。天の助けとばかりに仲裁を求めて見つめれば、彼らは面倒くさそうな事態を察したのか、にっこり笑って手を振り去って行く。
(くそおお野次馬どもめええええ)
ギリギリと歯を噛み締める。あの人たち、いざという時は頼りになるのに、普段はほんと放置主義だ。
「トイレに起きた時に部屋間違えたんだよ……もういいじゃん……」
「嘘つけガキ。お前の部屋斜向かいだろ。間違えるかよ」
そんなことをしている間にも、言い争いは白熱していた。まさに喧々囂々、早朝に使いたい四文字熟語ではない。
結局、“修羅場in私の部屋”はエデルさんが仲裁に来てくれるまで続いたのだった。あの日は本当に、朝っぱらからわけがわからないことで相当な労力を使ったと今でも思っている。
着替えを済ませ、ちらりとヴィーフニルを見た。警戒心もなく小さく口を開けて眠る様子が微笑ましい。
ヴィーフニルがこのギルドに来て、既に1カ月程経過していた。
声だけではどうしようもないと探し人を探すのを早々に諦め、そのうち会えるでしょと言うようになった彼は、私と同じようにギルド員登録をしてコロナエ・ヴィテに身を寄せることにしたのだ。
最近では、だいぶここでの生活に慣れたようだった。おおむね歓迎モードで迎え入れられたこともあり、当初のような警戒心バリバリの態度もすぐに薄れていたし。極人見知りな私ですら居心地が良いと感じるこのギルドは、彼にとっても居心地が良いようだ。
ヴィーフニルはいくら美少年でも小さな子供だから、どう対応すればいいのか決めやすくて良い。元の世界にいた時は子供は苦手だったが、接してみると案外大人より付き合いやすいのではないかとすら思った。子供に取るべき態度、というのがテンプレート化されて頭に残っているのがそれに一役買っているのだと思う。そうそう、ヴィーフニルくん、と呼んでいたらニルでいいと言われたので、それ以降そう呼ばせてもらっている。
どういうわけか私は彼に懐かれていて、美少年が常に傍にいるというとても目の保養になる毎日を送っていた。子供に懐かれるなんて人生の上では初体験なので、少々浮足立ってもいる。
しかし困ったこともある。それは、ヴィーフニルがニーファやソルと仲が悪いこと。他の人とはけっこううまくやっているのだが……。
いや、ニーファとの場合は、彼女が一方的にヴィーフニルをからかっている感じだ。それでヴィーフニルがニーファを苦手としている。だが、ソルが意外にもこの子とよく喧嘩をしていた。そう、5日目の朝の修羅場以降、そりゃもう、しょっちゅう。
(なんでだろうなぁ)
ソルは言葉も荒くないし、気の遣えるいい男だからけっこう子供受けは良さそうなのに。もしかしたら、ソル、ニル、とあだ名が似ているから、同族嫌悪なのだろうか? そんなわけはない。
結局あの日から恒例化したヴィーフニルの寝所潜り込み行動が、仲の悪さに拍車をかけているようだった。ソルは目が届く限りはヴィーフニルを見張るような言動をしているし、ヴィーフニルも一々口を出してくるソルが気に入らないと言った様子で。だが、深刻な喧嘩や殴り合いなんかになったところは見たことがない。慣れてきた最近だとじゃれ合っているようにも見える。
もしかしたら、喧嘩友達くらいの話なのかもしれない。そうだったらいい。
あの時の彼の口ぶりだと私のベッドに潜り込んだのは“間違えて”とのことだったが……未だに“間違え続けて”いることから、それは言い訳に過ぎなかったのだろう。
この世界での長命な種族は、体が出来上がるまでは他種族と変わらないスピードで成長し、老化が著しくゆっくり進むらしい。魔獣もそのくくりのうちに入る。ということは、ヴィーフニルの年齢は外見年齢通り。
そうであるなら、小学生ほどの年齢であるのにたった1人で村を追い出されたことからして、彼は人肌が恋しいのかもしれない。まだ小さな子供である彼には、家族や母親を求める心が十二分に存在するはずだ。だがそろそろ情緒も発達してくる頃だから、女性にそういった面を見せるのが気恥ずかしく、同性の中で一番気安い私のところに来てしまうのだろう。
そう思うと、邪険にしたりできない。寂しさを埋めることに関して私にしてあげられることは少ないのだから、せめて彼の行動についてはある程度許容してあげたかった。
(しかし、子供の頃か……懐かしい。私は小学校高学年くらいの頃どんなんだったっけ…………あ、BL二次創作ばっかり見てたわ)
しかもその頃はちょうど中二病が激化し始めたときじゃないか。悶絶ものの思い出を思い出したくなくて、そこで回想をシャットダウンしたのだった。




