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Trans Trip!  作者: 小紋
43/122

5‐(9).迷信信じるべからず

(……暖かい)


 青い小さな鳥は、怪我を負いながらも逃げ続けた疲労で動かない体が、暖かな何かに包まれていることに気付いてうっすらと意識を浮上させた。

 瞼が重く、眼は開かない。だが、聴覚は正常に周囲の状況を拾っていた。


 声が沢山聞こえる。

 騒がしいが、嫌な感じはしなかった。特に、真上、一番近くから聞こえてくる声……穏やかで柔らかい、まるで優しく弦を弾いた時のような音色を持つ声が、幼い頃聞いた母の声と重なった。


(心地良い空間……)


 これは人の体温だ。優しく包み込む感触は、誰かの手だろうか。それならば、すぐそばで聞こえる美しい声の持ち主と心地良い手の持ち主は同一かもしれない。


(そうだったらいい)


 相変わらず体は動かず、状況を感じ取ることもできない。

 もしかしたら、このまま死ぬのかもしれないとも思ったが、耳に届く音色と暖かな感触に包まれて逝くのであれば、後悔はないとも思った。


 ただそうなると、“約束”を反故にしてしまうことになるのが気になる。


 成鳥の儀として、友人の誰か一人を殺してこいと言われて拒否をした。掟を破ったらどうなるかなんてわかってはいたが、友を殺すくらいであれば自分が死んだ方がましだと思った。

 だが、沙汰が決まるまで入っていろと言われた地下牢にて、ある少女と出会ったことで自分の運命は変わった。いや、ある少女と出会った、と言ってはいるが、姿は見ていない。声だけが聞こえたのだ。

 暗がり、相手の姿も見えない中で言われた言葉。


「死にたくないなら、逃がしてあげようか」


 ここから出してあげることくらいならできるよ。彼女はそう言った。そんなことをしても彼女にメリットなど一つもない。怪しいのではないか、罠ではないか。まず最初にそう考えた。だがその提案を突っぱねたとしても、刻々と迫る死の時間を待つことしかできない。自分には、逃がしてくれるという彼女に縋る以外の選択肢はなかったのだ。

 そして彼女の手を取ったとき、ある“約束”を交わすこととなった。


「君がしっかりと逃げ出すことが出来たら、アスタリア神聖国の首都リグで、また会おう」


 あの不思議な少女は、何者だったのだろうか?






◇ ◇ ◇






 あの後到着したドクトルマッシュの群生地では、毒々しいキノコたちが元気よく生えていたため、首尾よく収穫して帰途に着いた。

 ニーファとソルに収穫物の納品を任せ、ギルドハウスに直帰した私とエナは、一階の食堂にて青い小鳥の手当てを急いだ。

 私は小動物の手当てなんてしたことがなかったから、手際良く作業を進めるエナを後ろから見たり、小鳥のベッドとして籠とそれに入るくらいのクッションを持ってきたりしていただけだったのだが。まあそれも一応看病のうちだ。


 そのうち納品組も帰ってきた。ギャラリーが増えたことで、小鳥の周囲が騒がしくなる。だが賑やかな声に囲まれても小鳥は目を覚まさない。ニーファが「ほんとに生きてんの?」などと縁起でもないことを言って怒られていた。


 それからしばらく経ったある時、エナが短く声を上げ、嬉しそうな顔をした。


「今、動いたよぉ」

「えっ、ほんと?!」


 その言葉に慌てて小鳥を覗き込むと、小さな体がふるりと震えた。羽をぴくぴくとさせ、今にも目を覚ましそうだ。

 そして程なくして、小鳥がぱちりと目を開き、ひょいと体を起こした。起きた瞬間、状況が把握できずに困惑したようで、きょろきょろとあたりを見回して警戒する。

 雀のような丸っこいフォルムがすごく愛らしい。小さくて丸っこいものは正義だ。


「大丈夫? 痛いところとかないかな?」


 魔獣、ということは意思疎通は可能だろうと思って、声を掛ける。そして、なるべく圧迫感を与えないように横からそろりと手を伸ばしてみた。

 だがそんな思惑も空しく、小鳥はびくりと体を振動させる。慌てた私はさっと手を引っ込めて、しゃがんだ。小動物と接する際は、相手に目線を合わせなさいと聞いたことがある。……あれ、子供と接するときは、だったっけな。

 だが問題は、目線を合わせた後にどうすればいいかを私が知らないことだった。

 しばらく続いた無言の睨み合いの後、ニーファが呆れたように言う。


「……意思疎通が面倒だから、人型になりなさい。なれるでしょ?」


 小鳥もいい加減睨み合いから脱出したかったのか、ニーファが言ったのを契機に籠の中から机の上へと移動した。そして、小鳥の小さな体から光が放たれ始める。森の中でニヴルバードの青年がそうしたように、小鳥も人型へと変身できるのだ。

 光が体積を変え、人間の子供くらいの大きさになる。完全に形が形成された後段々と光が収まっていき、それが消え去る頃には、机の上に一人の美少年が座っていた。


(ショタキタコレ……!)


 そう考えてから思う。美少年と見るや否やショタなどという言葉で認識してしまう私の頭をどうにかしたい。

 個人的にはショタは中学一年生くらいまでだと思っているのだが、世間一般論はどうなのだろうか。


 話が逸れた。……そう、そこに現れたのは、小学校高学年くらいの年齢に見える、可愛らしい小さなショタボーイ。青い髪と、青い瞳、そして非常に濃く引かれたアイラインのような目の縁の黒い模様がビジュアル系を彷彿とさせるところまではニヴルバードの青年と同じだった。だが、気だるげで退廃的な空気を振りまいていた青年とは違い、ショタボーイは短い眉とキッと釣り上がった気の強そうな瞳が印象的だ。

 ビジュアル系ショタボーイ……ゴスっぽい衣装でニーファと並んでくれると、すごく絵になりそうだった。見てみたい。


「……あんたら誰? ここ、どこ? ……リムカンは?」


 警戒心もあらわに、ショタボーイが刺々しい声で問う。座っていた机の上からも降りて、ふらつく足元を隠すように気を張って立っているようだった。


「リム、カン?」

「……僕と同じ魔獣の、リムカン。そいつに追われてた」


 きっと、森の中でニーファが戦ったニヴルバードの青年のことだろう。周囲に沈黙が落ちた。リムカンという名前を持つ彼は、もういないのだ。言うべきかどうか迷う。だが、ニーファが口を開いた。


「死んだわよ。瀕死のところに『冥府死氷ニヴルヘイム』ぶっ放して自滅」

「……そう」


 ただただ簡潔に告げられた言葉に、少年が目を伏せて無感情に短く呟く。何かを堪えているようにも、見えなくはなかった。それきり黙る彼。重い沈黙。

 それに耐えかねたニーファが、頭を振ってきりだした。


「助けてもらって、何か一言ないわけ?」

「……頼んでないし」


 この雰囲気でそう言い放ったニーファもあんまりだったが、それに対する少年の切り返しもあんまりだったと言えよう。音が立つような勢いで青筋を立てたニーファの視界から慌てて少年の姿を遮り、私はまるでフォローをするかのように会話に割り込んだ。


「ご、ごめんね、俺が君のこと放っておけなくて。そしたら、みんなが君のこと助けてくれたんだよ。怪我、大丈夫?」


 作るのが苦手であることを自覚している笑顔を必死で浮かべつつ、言葉を連ねる。すると、少年の表情が少し変わり、柔らかみを帯びたものとなった。フォロー成功だろうか?


「大丈夫。……僕のことずっと持ってたのって、お前?」

「え……? あ、うん」


 唐突に聞かれたことに驚いて間抜けな声を出してしまった。どうやら、私が彼を抱えている時も、少し意識があったようだ。肯定すると、少年は真っ青な瞳で私をじっと見つめて問うた。


「なんで?」

「え?」

「魔獣だって、わかってたんでしょ? なんで僕のこと助けたのさ」

「えぇ……だ、だって、怪我してたから」


 彼がこう聞くのは、魔族が他種族に嫌われていると知っているからだろう。そして、目の前にいる私も魔族が嫌いだという前提で喋っている。その前提を否定する言葉を口に出すべきだったかもしれないが、言葉を選びきれずに、真っ先に浮かんだ単純すぎる理由だけを口の端に乗せた。

 魔獣だからとかそんなの関係ないよ! と言えれば良かったかもしれないが……なんかそれは、物語の主人公の常套文句すぎる気がして言うのが恥ずかしかった。主人公じゃないからいいんだ私は。一生地味に生きていくんだ。


「それだけ?」


 真意を量るように私を見つめる少年。他にもう一つ、ちっちゃかったから、という理由もあったのだが、それは言わない方がよさそうだと判断した。今までのやり取りから考えて、この僕っ子ショタボーイは随分プライドが高そうだ。


「う、うん。余計なこと、しちゃった? ごめんね」

「余計、じゃない。あのままじゃ、死んでたし。……ありがとう」


 無駄に謙ってみたところ、なんと素直にお礼を言われた。びっくりした顔をしてしまったのだろう私から、少年がふいと視線を反らす。


「……お前らも、ありがとう」

「……ま、いいわ」


 少年はニーファたちにも向き直って、お礼を言う。先程まで青筋を立てていたニーファも、一応は納得したようだった。

 若干ホッとしたのだが、直後、少年がふらりと歩き出した。


「じゃあ、僕、行く」

「えっちょっと待ってよ! まだフラフラじゃん! その怪我でどこ行く気?」


 おぼつかない足取りのまま、こちらを見もせずに言う少年。そんな彼をはいそうですかと見送るわけにもいかなかったのか、エナが慌てて引き留めた。ソルが呆れたような表情で言う。


「君さ、村追い出されたんだろ? 行くとこないでしょ」


 一瞬の沈黙の後、少年が答える。


「……あるよ」

「どこ? うちのギルドハウスから出てった子供が行き倒れてたなんて話になったら外聞が悪いから、送ってくわ」

「リグ」

「この街がリグよ。……何、ここに知り合いでもいるわけ?」

「……ここ、が?」


 まさに、呆然、といった感じだ。そういえば、彼にここがどこであるかは伝えていなかった。


「だから、そうだって言ってるじゃない。で、リグのどこに行きたいの?」

「……わからない」

「は?」


 少年は困った顔をして、途方に暮れたように呟く。行く場所はある、というのに、どこに行きたいのかはわからないという彼。そんな彼に、ニーファが本気でわけがわからないというような疑問の声を上げた。

 少年は、やけくそになったように捲し立てる。


「リグで会わなきゃいけない人がいるんだけど、その人がどこにいるかはわからない」

「……そいつは、どんな奴なわけ?」

「……わからない。声しか知らない」


 それだけの情報で、どうやって探しだすと言うのか。溜息をついたニーファは、呆れ返ったような面差しで語りだした。


「埒が明かないわね。あんた、リグに人間が何人住んでるか知ってる?」

「知らない」

「戸籍登録されてる人数だけでも300万。スラム街の人間なんかも数えたら、もっといるわ。それだけ膨大な数の中から、声だけを頼りに人1人探し出せる?」


 少年はあまりの規模の大きさに、それがどれだけのものか測りかねたようだった。さんびゃくまん、と愕然とした様子で呟く。ニーファの言ったように、その中から1人を探しだすと言うのは常識的に考えて、無理な話だ。


「悪いこと言わないから、怪我だけでも治していったほうがいいよぉ。会えるまで、うちのギルドハウスにいたらいいじゃない」


 はらはらと事態の成り行きを見守っていたエナ。だが、少年は拒絶した。


「……駄目だし、そんなの」

「どうして?」


 困ったような悲しいような複雑な表情を浮かべる少年。


「……魔獣は嫌われてるんだろ。お前らに迷惑がかかる」


 だから……、と言い連ねようとしたところで、横槍が入った。


「はぁ? ここをどこだと思ってんのよ。大都会リグよ? 大衆に紛れて生活してる魔人や魔獣なんていくらでもいるわ。それにあたしらは冒険者。わざわざそんな連中の事情に首突っ込む輩なんてそうそういないわよ」


 ニーファが攻撃的に言い立てた。先程納得したように見えたのだが「……頼んでないし」が未だに後を引いていたのだろうか。それとも、こうやって反論の機会を与えないように捲し立てることで、逃げ場をなくして丸めこもうとしているのだろうか。

 それならば、ある種の優しさかもしれない。こんな小さな男の子が怪我をしたまま身一つで出ていくと言うのは、私ですら危険だとわかるのだから。


「それでも気になるってんなら、自意識過剰の極み。クソド田舎じゃあるまいし、あんたが思ってるほど、他人はあんたのこと気にしてないわよ」


 だがなんにせよ、もう少し言葉を選ぶこともしたほうがいいとは思った。言葉に押されて黙り込んでしまった少年が少し気の毒だ。


(あー困ってるなぁ……ニーファも言い方が……)


 フォローするべきか、と思ったその時、食堂の隅にある厨房の扉が勢いよく開いた。


「そうそう、そーですよぉ若きニヴルバードくん! 我々は堂々としてりゃいいのです! ルール守って目立たないようにしてりゃ、誰も気付きませんから! なんせ人間関係が希薄な冷たい大都会!」


 そこから出てきたのは、ジェーニアさんだった。大きなおぼんに大量の湯気立つ料理を載せて、ガッチャコガッチャコ音を立てながらやってきた彼女は、元気よくお気楽なトーンで言い放つ。

 見れば、彼女の魔人特有の尖った耳と、首元の紋様が全開だ。少年が驚愕に目を見開く。


「……あんた、魔人……?」

「そうなのです! こんな私がお世話になってるこのギルドですから、あなた1人増えようと何も変わりません! 行くところがないのなら、大人しくこのギルドでこき使われなさい!」


 実に、力強い言葉。しかしながら、同じ魔族がこのギルドにいるということは、少年にとってカルチャーショックだったらしい。

 どうあっても出ていくつもりだったらしい少年は、「なんなんだよこの集団」といった思考をありありと顔に浮かべて、言い訳を探しているようだった。


「……っで、でも、ニヴルバードは不幸を呼ぶ!」


 そして出てきた言葉がこれ。そんなことを言うなら、君どこにも存在できないじゃないかと言いたくなったが……ぐっと堪えて隣に立つソルに聞いた。


「……そうなの?」

「青い鳥は不吉の徴とは言うけどね。迷信だよ」


 ああ、そういう迷信、どこでもあるんだ。黒猫が前を横切るとどうとか、靴ひもが切れるとどうとか、そのくらいのレベルの話か。

 だけど、青い鳥に関しての迷信としては、私の元の世界とは随分違う。


「ここだとそうなんだ」

「ここだと、って?」

「俺のせ……む、村だと、青い鳥は幸福の象徴だったけどねぇ。正反対だ」


 童話は何回か聞いたことがある。それのせいで小さい頃は、青い鳥ってすごく特別な何かなんだと思っていたっけ。でも青い鳥ってけっこういるんだよね、カワセミとか、インコとか。言ってしまえば、カラーヒヨコだって青い鳥だ。あれはかわいそうだと思う。


 私の世界の青い鳥論を聞いた少年は、大きな瞳をぱちくりとさせる。そうしていると気の強そうな顔が年相応に変化して可愛らしい。


「幸福の、象徴」

「そうそう。わざわざ幸せの青い鳥を探しに行く童話もあるくらいだよ」


 結末はどうだったっけ……近所にいたんだっけ? あれ、家の隣の公園だったか? 忘れてしまった。

 どうでもいいことを考えていると、少年が観念したようにぽつぽつと言葉を零した。


「……そこ、まで言うなら……いてやらなくも、ない」

「あんたね……素直にお世話になりますとっ……」

「おーやりましたねいやー最近新人ラッシュです! 財政が圧迫されるのは渋い顔をしなければならないところですが、マンパワーが増えるのは大歓迎ですよ! よーしほらどんどん食べなさいそんな細っこい体して!」


 素直じゃない言葉につっかかろうとしたニーファを遮り、ジェーニアさんがどんどんとご飯をおぼんから降ろす。作りたてのようで、どれもこれもが湯気を立ておいしそうだった。

 目の前の彩りに刺激されたのか、腹部がぐうと間抜けな音を立てる。それを聞きつけたエナが笑う。


「あはは、ヤマトお腹鳴ってるよぉ」

「はは……鳴っちゃった。お腹減ってたんだよね。あのピンクキノコ食べたっきりだったし……」


 誤魔化すように笑ったら、ソルに視線を反らされた。……なぜ?


「じゃ、おやつタイムと洒落込みましょうか! ちょっと内容物は重めですけど……育ち盛りの男子が3人もいるんだから問題ありませんね!」

「やったー!」

「……胃がもたれそうね」


 ジェーニアさんが、もっとあるから持ってきます! と言って厨房に引っ込む。

 先に食べ出すわけにもいかず、手持ち無沙汰になったところであることを思い出した。


「あ、そうだ。自己紹介忘れてた。俺、ヤマトっていいます。君は?」

「……ヴィーフニル」


 ヴィーフニル、不思議な響きの名前だ。あの青年のリムカンという名前も、あまり聞かない響きだったし……魔獣はみんなそうなのだろうか。

 よろしくヴィーフニル君、と言って自己紹介を回していく。全員が名前を言い終わる頃に、ジェーニアさんがまた大量の料理を持って戻ってきた。


「そして私がジェーニアです! っと。はいはいみなさんお皿まわしてー」


 おいしそうだけど、ものすごい量だ。いくら6人いるからって……食べきれるだろうか?


「ほら、食べなさい若人! 大きくなれませんよ?!」


 勧められて、おずおずとスープを口に運ぶヴィーフニル。その姿を、微笑ましく思いながら見つめた。






「あ、モモイロサオダケ」


 遅めで重めのおやつタイム中、皿の上にみたことあるものを見つけた。

 どぎついピンク色が記憶に新しい。


「ああ、それは今日の戦利品らしいですね。折角なので、新鮮なうちに頂こうと姿焼きにしてみました。ソースをかけてどうぞ」


 あのゴムのような食感が口の中に蘇って怯む。だが折角だされたものなので、食べないというのもジェーニアさんに悪い。迷っていたら、火を通すと繊維がほぐれて食べやすくなるんですよ。と言われた。

 ああ、それなら安心だ。このキノコ、味は悪くなかったし。

 可愛らしい容器に入った純白のソースを付属のスプーンで掬い取り、キノコにかける。ピンクと白のコントラストが目に刺さった。

 おいしいかなあと少し期待をしつつフォークを伸ばし、ぱくりと頭からかぶりつく。昼間食したときのような弾力性は薄れ、容易に噛み千切ることができた。まろやかなソースが淡白なキノコの風味とよくあっており、なかなか悪くない。

 味わって咀嚼しているところで、ジェーニアさんがこちらを見ていることに気づいた。視線でどうかしたのかと問うと、ニッコリ笑った彼女から、一言。


「いやあ……、このキノコっていつ見ても男性器そっくりですよね」


(だんせいき)


 言われてみれば、見えなくもなかった。だが、男性器というには色合いがきついので、私的には大人のおもちゃを彷彿とさせる感じだ。

 ああ、昼間のソルの不審な動揺はこれのせいか。言ってくれれば下ネタで盛り上がれたのに。


(白いとろとろのソースは確信犯か……やるな、ジェーニアさん!)


 心の中でライバル認定したところで、周囲が静まり返って凍りついていることに気づく。

 食事時に下ネタはまずかっただろうか。私は何一つ言葉を発してはいなかったのだが、なんとなく申し訳ない気分になる。


 やがて、ソルが絞り出すように呻いた。


「わかってるんだったらなあ……」

「おや?」

「悪趣味な料理作るんじゃねーよぉっ!!」


 ソルが必死さをも感じさせる声で叫ぶ。何故かはわからないが、下ネタが彼の逆鱗に触れたようだ。

 なんで食ってるときに言うんだよとか、ヤマトがかわいそうだろとか、下ネタ言うために料理作ったわけ!? とか……ジェーニアさんを詰る言葉が続く。

 うむ、非常に謝罪したい。むしろ感心していました申し訳ない、と。


(ソルって、下ネタ苦手なのか!!)


 男はみんな下ネタ大好きだと思っていた私は衝撃を受けつつ、今後彼の前ではうっかり下々しい話をしないようにしようと心に刻んだ。

 ソルはまだがーがーと喚き立てている。ニヤニヤする彼女には何を言っても暖簾に腕押し状態だと思うのだが。


 他のみんなはあほらしいとばかりに2人を無視して食事を続けていたので、私もそれに倣ってフォークに残っていたモモイロサオダケをひょいとまた口に入れたのだった。


 うん、おいしい。


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