5‐(2).実践こそが最重要
おおむねこんな感じの成り行きで、私の魔法講師はジェーニアさんに決まった。だがただでさえ10人弱分の家事を一気に引き受けている彼女だ。負担になってしまうのではないかと思い、私は辞退しようと思ったのだが……。本人が別にいーですよーとかかるーく受けてくれたのだから、拒否をしたりしたら逆に失礼だと思ったので、頼むことにしたのだ。
彼女の講義が始まる前に『猫でもわかる魔術入門』だの『絶対解決魔術初級編』だの『これが本当の魔術入門だ!』だのといった書籍を数冊読んでみた(談話スペースに置いてあった)のだが、どこにでもあるこういったタイトルの初級本は、一番重要な内容が結局のところ実践を数多くこなせということであるのはどこの世界でも同じなのだなと虚ろな気分になった。
だが、収穫が乏しかったわけではない。数冊読んで私の頭に残ったのは、魔法はイメージの力を主とする以外には、収束と破裂なのではないかということ。体の中にある魔力、場合によっては場や道具に満ちる魔力をどこかわかりやすい場所(杖とか、魔導書とか、手とか)に収束させ、思い思いのイメージ通りの形に破裂させる。
私は複雑に考えるのが苦手だが、物事を単純化して思い込むのは得意だ。そして単純化して考えたその勝手で、火属性の術を試してみたところ、案外簡単に発動することができた。試したのが室内だったため、小さな威力でしか発動することができなかったが……そのあたりの加減が利くということは、きっと思いっきりやればそれなりに使えるものだろう。
そう思っていたのだが。
魔法講義初日、以前ニーファに教えてもらったことと、本を読んで知ったことをジェーニアさんに話すと、それだけ知っているのならもう実践に移ろうと言われて中庭の訓練スペースへと足を運んだ。
だが、ジェーニアさんが作ってくれた結界の中で少し力を入れて火の魔法を使ったとき、違和感が手に残った。思った通りにいかなかったのだ。
予定では縦長に上がるはずだった火柱が横長の楕円みたいな形になってしまい、思っていたより火力も小さかった。
「練り上げが足りませんねー」
私が首を傾げているところで、彼女がそう言葉を発したのだ。
練り上げが足りない……どういうことなのだろうか。まず、ジェーニアさんは私にどんなイメージで魔法を使っているか聞いてきた。そこで私は、収束と破裂の話をした。
「あーなるほど。はじめて魔法を使う人が陥りがちな思考です。収束と破裂、間違ってはいません。その手順で問題なく発動できる魔法もあります。でも、力を入れたり少し複雑なことをしようとするとその二手順では歪みがでてくるわけです」
「なるほど……」
「魔力は収束しただけの段階ではまだバラバラで、そのまま破裂させるといろんなところに飛び散っちゃいます。思う通りの効果を効率良く及ぼすようにちゃんと練り上げて形を整えてやる必要があります。まあ、魔法によってこの原理がまったく通じないものもありますけどね。っていうか、上級になればなるほどそんな魔法ばっかりになります」
今現在で一番長い工程を持つ魔法の工程数は、183工程ありますしね。いやんなっちゃいますよね、とうんざりした顔で言うジェーニアさん。
なんだか彼女の雰囲気がいつもと違う。彼女は、普段もっと……おちゃらけているというか、突拍子もない人のようだが、この講義をしてくれている最中、かなりまじめだ。魔法のことを語るときは、熱が入っているようにすら見える。
「ジェーニアさん……魔法好きなんです?」
「……なにをおっしゃいますかぁー! 魔法が好きじゃない魔人なんていませんって! なんのために種族名に魔の文字が入ってると思ってるんですかぁ」
私の問いに少々呆気にとられたような顔をしたジェーニアさんだったが、どうやら驚かれたようだ。言い回しが「ホモを好きじゃない女子なんていません!」と同じだったのはこの際気にしない。
魔人は、いうなれば“魔法オタク”な種族らしい。理論を好むもの、魔力自体を好むもの、マジックアイテムを好むものなど、系統は多岐に渡るらしいが、結局彼らの中ではずれのない話題といえば“魔法”の話題なのだそうだ。
どこどこの誰々が新しい魔法を開発しただの、その手法が素晴らしく美しくて感動的だの、誰の詠唱が一番美しいかだの、この前展示してある古代のマジックアイテムを見てきたけど失禁しそうになっただの、寄ると集まるとそういう話題ばかりらしい。
うん、なんだか魔人という種族にすごくシンパシーを感じてきた。
「この間は全詠唱派と加速詠唱派と無詠唱派で軽く戦争が起きてましたね」
そんなことで争いが起きてしまうというのも、なんだかきのこたけのこ戦争を彷彿とさせる。思ったよりも、すごくかわいい生き物のようだ、魔人。
「ヤマトさんは無詠唱派みたいですね、さっきから一回も詠唱してませんし。ニーファから聞いてはいましたけど、アホみたいな魔力量のなせる技ですねー、初心者で無詠唱」
詠唱。そのことなのだが……呪文を唱えるというのは少々厳しい。
恥ずかしいのだ。
何度も何度も言うようだが、厨二病時代と心の構造が変わってきているので、少しでも現実離れした行動をするのにすごく勇気がいる。せっかく異世界に来たのだからそのあたり吹っ切りたいのだが、吹っ切ることができるのであれば私は元の世界でももっと器用に生きられていたはずだ。
だから、もうこれは性質だろうしょうがない。
あまりにも詠唱が恥ずかしいので、口を開かずに魔法が使えないかと試しにやってみたらできてしまったのだ。発動の際気合を入れるくらいのつもりで「えいっ」とか「おりゃっ」とかは言っているが、それ以外はほぼ無言。
詠唱というのは、魔力を操作する際に補助となるものらしい。余程の熟練者でないと、加速詠唱や無詠唱では魔力が散らばってしまう、つまり、燃費が極端に悪くなる。だから今私の魔法はかなり効率が悪いのだろう。ちゃんと詠唱することも考えなければなるまい。
だが、人間とは慣れる生き物だ。きっと、そのうち大声でポーズをつけながら呪文詠唱できる日がくるに違いない。違いない……が、あまり来てほしくないと思ってしまうのは、仕方ないことだろう。
「属性の適性についてですけど、炎は申し分ないですね。木もいけるんでしたっけ?」
「あ、はい。竜の傀儡獣が召喚できるので、適性はあるとニーファが」
「お、なかなかやりますね」
炎、申し分ないのか。ちょっと嬉しい。正直さっき使った時違和感は残ったものの、けっこう気持ちよかった。
「あとは、水、地、風と光、闇……ですね。うーん、やってみてほしいんですけど大丈夫ですか?」
私も適性に関しては知りたかったので、一も二もなく頷く。
「じゃあ、まず、水属性からどうぞ!」
ジェーニアさんに的を指し示されて、それに意識を集中させた――。




