4‐(5).喧嘩はとにかく先手必勝
――パリン
諦めて目を瞑った私の耳に、何かが砕けるような音が届いた。
背中にあったはずの壁の感触が消え、寄りかかっていたものがなくなったことで体勢を崩す。
砕けたのは結界だ。
直後目を開く間もなく、ドカッという何かを蹴るような音と共に体が前のめりに引っ張られた。慌てて踏ん張るが持って行かれそうになったところで、右腕を掴まれ逆方向に引っ張り返される。バランスを崩して、尻餅をついた。
そこでようやく目を開けた私は、開けたばかりの目を見張ることになる。
視界に映った人物の特徴は、ゴスっぽい服装と、ライトブラウンの立派なツインテール。
「ニー、ファ……」
「無事? 遅くなって悪かったわ」
呆然と名前を呟いた私に、振り返って彼女が聞いた。こくりと頷きを返す。多分、無事。
さっきまで至近距離にいたレヴィはどうやらニーファに蹴られてちょっと吹っ飛んだらしく、少し離れた位置で蹲って咽ていた。ニーファすげえ。そしてオルドラが、ようやく最初にいた位置から動いて警戒態勢をとる。
「げほっ、あーあ、来ちゃったか。間一髪だったね、小鹿ちゃん」
レヴィが立ち上がって言った。間一髪のまさに原因が何を言うか。
「だいたい想像はつくけど一応聞いとくわ。あんたら、何?」
鞘から短剣を抜き去ったニーファは、レヴィたちに向かってそれをつきつけた。それに呼応するように、レヴィたちが武器を……どっから取り出した? 今、どう見ても何もなかった空間から突然武器が出てきたのだが……これも、魔法の一つだろうか。
レヴィは鞭を、オルドラは拳に装着する武器……バグナウのようなものを、それぞれ構える。
お互いが臨戦態勢の今の状況、まさに一触即発。
「あはは、そんなに殺気立たないでよ。ただの善良な一般市民かもよ? 俺たち」
声色と表情がまったく一致していない。軽い喋りは以前と変わらずだが、甘さを含んだ顔立ちが嗜虐に歪んでいた。わっるい顔だ。しかも鞭は構えたまま。
「臨戦態勢でよく言うわね。それに、あたしが今まで会った魔人が“善良な一般市民”であったことはただの一度もないわ」
魔人。なるほどそれがこの人外っぽい人たちの種族名か。カオスサイドの住人はどこの世界にもいる。
「あーらら、人種差別。ま、でもその通りだけどね。で、何? 君は俺たちをたった1人で相手するつもり?」
「それは面倒だから遠慮したいわね。……そろそろ来るわ」
敵味方両方から戦力として省かれたことに少し消沈するも、タライ落としが一番効力のあるスキルとなっている現在では致し方ない。
程なくしてニーファの言葉通り、新たな闖入者が現れた。
「ニーファ、速すぎ……ッ!?」
「やっと追い付いたぁって何この状況!」
ソルとエナだ。
どうやらニーファにわけもわからず連れてこられたようで、駆けつけるなり賑やかに騒ぎながら目を白黒させている。しかし二人とも短剣を構えるニーファを見てすぐに状況を飲みこみ、同じく剣を構えた。
「準備万端なのか。なんだ、心配してあげて損した」
つまらなさそうに呟くレヴィ。その横でオルドラが短く何かを唱えると、キィンという高い音を立てて背後に結界が復活する。
「……じゃ、遠慮しなくていいみたいだから、いかせてもらう……よッ!!」
その言葉と共に、レヴィがニーファに躍り掛かった。他方では、ソルが大剣を振り上げてオルドラに斬りかかる。路地裏で狭いこともあり、エナは戦いに参加せずに私の傍らについてくれた。
紫電で強化された鞭と鋭い短剣が電光を煌めかせながら激しく交差する。バグナウと大剣が派手な金属音を立てながら打ち合い、お互いの武器を弾く。隙あらば相手に致命傷を与えようと、神経を尖らせて戦っているのだろう。
全員が、戦いに対して迷いなんて持っていない。剣を奪われたとはいえ、相手に攻撃を仕掛けることすら戸惑ってタライなんぞ落としていた私とは雲泥の差だ。自分が情けなくなる。
「ヤマト、だいじょぶ?」
「あ、ああ……うん、大丈夫」
ぽかんと口を開いて戦いを見つめていた私にエナが声をかける。彼女は戦いに入れなくてもどかしい様だ。いつでも飛び出していけるようにだろうか、細剣とダガーを握りしめている。
「エナ、俺の持ってて! んで一本貸して!」
「折らないでよねっ」
打ち合いを中断したソルが大剣をこちらに向かって転がし、間髪いれずエナが自らの細剣を投げた。曲芸のようにそれを受け取ったソルが再びオルドラに斬りかかる。場所柄大剣だと不利だと判断したのだろうか。それにしてもすごく息のあった掛け合いだ。
そちらに目を取られていると、ニーファとレヴィが戦っている方向から紫の刃が流れてきた。流れ弾だ。目で見てわかっていても咄嗟に動くことが出来ずにあわや直撃かと思ったら、エナが一歩進み出てダガーで弾く。弾き飛ばされ側壁に刺さった刃は、先程と同じように音を立てて消えた。
「ヤマト、ボーッとしない! 剣は?」
「あ、あいつに取られちゃって、今、あそこ……」
私のショートソードは、レヴィが傀儡獣を串刺しにするのに使ってそのままだ。袋小路の一番端に落ちているのを指差す。
「ありゃ、あそこじゃ今取りに行くの自殺行為だね。……とりあえず、ソルの大剣盾にしてようか」
先程ソルが転がした大剣を拾って渡された。これなら縮こまれば人1人くらい隠れられそうだ。……女の子のエナが流れ弾処理で、彼女より体格いいはずの私が人の剣の陰に小さくなって隠れているとかすっごく情けない。
私が無力感に苛まれている間も戦闘は続き、ある瞬間で唐突に決着がついた。
「あっは、強いなあ……俺降参」
首元に短剣をつきつけられたレヴィがホールドアップして戦意を喪失したことを告げる。同じくしてオルドラも武器を収め、戦意がない相手に剣を向けるわけにはいかないソルも振り上げていた剣を降ろす。ソルはその後すぐに私たちを庇うように立ち位置を変え、相手方を睨みつけた。
「しょーがない、今日のところは帰るか、オルドラ」
レヴィが鞭を放り投げ、それは虚空へと消えさる。取りだしたのが何もない空間からなら、しまうのも何もない空間へというわけか。自由になった手で首元につきつけられていた短剣を指でどかすと、ニーファが不愉快だとでも言う様に鼻を鳴らして剣を降ろした。
レヴィの言を受けたオルドラは、頷いて彼の傍へと歩み寄る。
「ま、でもこれから油断しないほうがいいよ」
「言われるまでもないわ」
ひとつ伸びをしたレヴィは、ニーファに向かって笑顔を見せながら言った。こちらに背中を向けているニーファの表情は見えないが、きっと怖い顔をしているだろう。
「じゃまたね、小鹿ちゃん」
私に目線を合わせて投げキッス。
(投げキッスてお前)
気障ったらしいというか古いというか。“小鹿ちゃん”発言のときから思っていたが、どうにもこの人とはセンスが合わない。思わず正直な感想がそのまま顔に出てしまった。私が嫌そうな顔をしたことに少し笑ったレヴィは、オルドラを引き連れ袋小路の行き止まりに向かって歩き出す。
(えっそのまま行ったら)
ぶつから……なかった。行き止まりの壁に黒い闇のようなものが現れ、二人ともがその中に入っていった。転移魔法みたいなものを使ったのか。去り方もなかなかスタイリッシュだ。
「2度と来んなー!」
エナがその背中に向かって叫ぶ。黒い闇から出された手がバイバイをするように揺れ、その手が引っ込むと同時に闇は消え去った。
嵐が過ぎ去った袋小路には、通りにいる何も知らない群衆のガヤガヤという声だけが響いていた。




