4‐(4).天からの突っ込み
木竜を穿って消し去ったショートソードが上空から地面に落ち、ガラン、と音を立てる。私の絶望の表情を浮かべているだろう顔がひくついた。
今の気分、まさに、俺涙目。
(ま、マジキチ!)
いくら作り物だとはいえ、竜を一撃で消滅させる目の前の人物は一体何者なんだ。尋常ではない。相当の時間を稼げるだろうと期待して打ち出した最後の手段は、呆気なく消え去ってしまった。
もういっそのこと気絶でもしてしまいたいが、それだと相手の手間を減らしたうえで恐怖美少女……ルイカのところへと連れて行かれてしまうだろう。却下だ。
目の前には結界。逃げることは封じられた。何か抵抗の手段がないか考える。もしかしたらニーファが来てくれてなんとかして結界も破ってくれるかもしれないし、時間稼ぎをしたい。
殴りかかる。
……駄目だ。手練っぽいのが二人もいるのだから勝ち目がほぼゼロなうえに、下手に近づいたらなんかこう腹を殴られて気絶とかテンプレっぽいことになりそう。
説得する。
……口下手には無理だ。そもそも説得に応じそうな空気はないし、口先だけの戦いになったとしても相手の方がよっぽど強そう。
(く、くそう!)
高速で思考を巡らせて考えている間にも、レヴィがニヤニヤ笑いながら近づいてくる。
ヤバい、まずい。なんとかしなければ。
考える時間を作り出すために、もう一度腕輪に魔力チャージをした。木竜が再び召喚される。使用者の魔力さえ尽きなければ、召喚は何度でも行えるのだ。
舞い戻った木竜が私を庇うようにレヴィと対峙した。傀儡獣は作り物なので自分の意思は持たない。先程衝撃的な最期を遂げたばかりでも、恐怖など感じずに私が考えたままに動く傀儡だ。少しばかりの罪悪感を感じつつも、どうしようどうしようとそればかりを考え続ける。
「げっ、竜二体目とか……小鹿ちゃんってば、可愛い顔して絶倫?」
下品な言葉が聞こえてきた気がするが非常事態なので気にしない。竜が鳴き声を轟かしながらレヴィに向かっていく間に、手段を考える。
(武器はない、肉弾戦は無理、説得も無理、あと私に残っているもの……ん、絶倫って魔力のこと? そうだ魔法か!)
気にしていないはずだが、しっかり耳に入ってしまっていたようだ。だがそれがヒントになった。しかし魔法なんて、先週ニーファに聞いた知識ぐらいしか持っていない……のだが、腕輪への魔力チャージがあんなに簡単に出来たんだからもしかしたら軽いものならできるかもしれない。
そう思いついた瞬間、向こうの方でバチバチッと聞き覚えのある嫌な音が。
――ガッ
数拍も置かずに、何かが通り去ったような風圧を受け、石が削られたような音が耳に届いた。体に震えが来る。恐る恐る目線だけで見てみると、顔の真横に紫色の刃が突き刺さっていた。ゾワワワッと鳥肌が立つ。
エネルギー体のようなそれはすぐにシューッという音を立ててなくなり、少し遅れて木竜の悲鳴が聞こえたかと思ったら、レヴィと対峙していた巨体が消え去った。
腰が抜けて、思わずぺたんと座り込む。
(…………はっ! 漏れ……てない! セーフ! あぶねーッ!!!)
リアルに時間が止まった。良かった漏らさなくて。この年になって失禁はちょっと。
「小鹿ちゃんの魔力が尽きるのと俺が疲れるの、どっちが早いかなぁ?」
ニヤリと笑うレヴィ。人に向かって刃物っぽい物を投げた直後の態度ではない。
しかし、彼の言う様な根性比べみたいな展開は遠慮したい。まだ疲れたり魔力が尽きたりといった雰囲気はないが、私の魔力はどの程度で尽きるのかはわからない。竜を呼び出すのは相当魔力を使うとは以前聞いた。ならば他のことをして細く長く時間を稼ぎたい。
攻撃魔法を人に使うのは怖い。っていうか人に攻撃するのは怖い。でもやらなければいけない。だったら死なない程度に攻撃できる……何か…………く、くそうあれしか思いつかない!
(ああもう、やったれ!)
座り込んだまま上空に向かって手を伸ばし、“けっこう上”に魔力が集中するイメージ。凝縮させた形のイメージは……金属で、空から落ちてくる、伝統的なあれだ!
「おりゃあっ!」
掛け声とともに、魔力をひり出すイメージ。私の魔力が上空で光を放ちながら形を成し、落下してきた。
――ガランガラン
「……あれ?」
呆けた声が口から出る。
“それ”はきちんと出現した。でも、焦った頭では座標指定がうまくいかなかったようだ。間抜けな音と共に私の目の前に落ちてきたのは……。
「……タライ?」
レヴィが呆然と呟く。タライは少しだけその場に存在したが、唐突にふっと消えた。
(ちくしょーせめて敵に当たってよ!!)
武器なんて細部まで作れるわけはない、人に向かって何かを投げたりするのは怖い、だったら上から落とせばいい、上から落ちてくるもので何か当たって痛いもの、と考えたのだ。そうしたらもうコントの一幕しか思い浮かばなかった。空からタライが降ってくるという発想は、日本人なら誰でも持っているだろう。
かくして意を決して放った偶像召喚だったのだが、すごく居た堪れない空気を作り出しただけだった。どうしてこんな危機的状況だというのに、ギャグを外したみたいな気分にならなければいけない!
「もうやだぁあああああ!」
心底からの叫びだ。立ち上がって両腕を空に向かって伸ばし、やけくそでタライを上空に作りまくる。
「あ、だっ! い、ったい!! ちょっ止めて小鹿ちゃん!!」
(あれ、意外と効いてる?)
ガランガラン、とタライが落ちる音が派手に響きまくる。タライの雨だ。レヴィもオルドラも、頭を腕で庇いながら後ずさっていた。かつてこんな間抜けな方法で攻撃されたことはなかっただろう魔人二人には、思いのほかこの攻撃が効いているようだ。
ひとつのタライがレヴィにもろに当たり、ぐわん、と音を立てた。
「ぐっ! ……こんの……っ」
その一撃でプチンと切れたのか、レヴィがタライの雨の中私に向かってくる。
(げっ、まずい)
慌ててタライを増量したがそれも無駄だったようで、あっという間に距離を詰められ、片手で両腕を一纏めに掴まれてしまった。背後にある結界に磔にされる形で拘束される。
「いい加減にしようね、小鹿ちゃん……。手こずらせてくれたから、ちょっと痛くしてあげるよ」
「ひぃっ」
思わず喉から悲鳴がでた。至近距離にあるレヴィの笑顔が怖い。ビビって硬直してしまった私は、動くこともできずに私を拘束している彼の顔を見上げる。オルドラの隣にいたから目立たなかったけど、この人も結構背が高いようだなんて場違いなことを考えた。
頭に向かって伸びてくる手。私にかかる影が濃くなる。
(もう、駄目だ)
諦めて、ギュッと目を瞑った――。




