4‐(3).かつあげは良くない
今日で、私が異世界に来てから1週間と1日目だ。
ギルド員登録をして冒険者の仕事をするようになってからは、コロナエ・ヴィテに寄せられる依頼を手伝う毎日だった。内容としては、モンスター退治、アイテム採取、お掃除、物資運搬などが挙げられる。モンスター退治は色々きつかったものの、薬草とかキノコを取りに行ったり国営施設のお掃除したりするのは大変楽しくこなせた。こんなに楽しくいられるのは、自分が体験したことがないことをしているというのもあるが、ギルド員がみんないい人だということが一番の要因だろう。皆さりげなくフォローしてくれるので、うっかりその優しさに気付けない時すらある。
特に、ソルには本当にお世話になっていた。わからないことがあって隅っこでひっそり首を傾げていると必ず気付いて説明してくれたり、私がぼっちにならないように積極的に話しかけてきてくれたり……考えてみるとなんだか常に助けてもらっている状態だ。外見はチャラ男にしか見えないのに、本当に気の付く良いイケメンだ。この男はいい嫁さんを貰うだろう。
(個人的にはいい攻め様か、かわいい受け子とくっついてほしいけど)
それはさておき、今週のお給料は3万ブランだ。1円=1ブランぐらいなはずだから、3万円相当。私がお仕事を手伝いだしたのが水曜日(火水地風木光闇でローテーションする曜日には未だに慣れない)だから……5日間働いたことになる。時給750円を8時間労働すれば、5日でそのくらいいくだろう。任務を開始する時間にばらつきはあれど、8時間も労働した記憶はないので、かなり割の良い仕事ではなかろうか。
ソル曰く、難しい依頼が入ったりすると、もっとたくさん貰えるとのことだが……難しい依頼はあまりやりたくないし、家賃なし朝夕食事配給な上に家事しなくて良くてこのお給金なら全然問題ないので個人的には現状維持が望ましい。ニーファは私にスキルアップさせる気満々なようなのでその願いは儚く散りそうだが。
仕事があっても、ニーファ指導の剣の訓練は容赦なかった。体力も筋力もあるため肉体的にきついわけではないけれど、毎日の素振りノルマが1000回とか精神的にきつい。その上、練習用の木剣を使ってニーファと打ち合いをしたりもする。仕事が終わってから全部やらなければいけないと思うとすごくげんなりしたので、朝起きるのが辛くなくなったのをいいことに自主的に朝練を開始した始末だ。言われないことはやらないが、やれと言われてしまうとやらずにいられないのは私の良いところだと思う。
だが、剣の訓練をしたからといってゲームみたいに簡単にモンスターを倒せなかった。生き物なのだ相手は。生きてるから斬れば血が出るし悲鳴も上がる。斬ったとき手に伝わる感触は尋常なものではない。位置取りが悪いせいか返り血をまともに浴び続けることになり、もうこういうものなんだと諦めることにしたのだが、思わずシ○ジくんになった私に罪はないだろう。よく精神崩壊を起こさなかったものだと思う。
しかし翌日からはもう平気だったことで、人間は慣れる生き物だと痛感した。更に言うと、女子だから血にも強いのだ。
ちなみに、魔法の練習は一切出来ないでいる。剣の練習で手一杯、って感じなのだ。
もう今朝は既に、日課となった朝練→入浴→朝食のサイクルを済ませた。
今日は依頼を入れない休みの日である闇曜日、1人のんびり観光でもしようかと思い立つ。今まで毎日仕事があったため、朝市が開いていても指を咥えて通り過ぎるしかなかったから、朝市を見に行こうと思った。懐も潤っていたし。
この世界に来てから常に周囲に人がいたので、正直言うと少し1人だけの時間も欲しかった。リア充っぽく青春を謳歌してみても、根暗の性質は変わらないのだ。
今まで見た感じだと食料ばかりだったが、朝市には本もあるだろうか。この世界の文学とかにも興味がある。もし無かったら、適当に本屋さんを探して入ってみよう。少し期待をしながら、1人出掛けた。
◇ ◇ ◇
(んで、まさかこんなことになるとは思いませんよねぇ!!!)
目の前には男が二人。背後は袋小路で、後ずさってもどうにもなりやしない。
私は、どっからどう見ても、追い詰められていた。
(何が、どうして、こうなった!?)
まあどうしてこうなったかというと、朝市をキョロキョロ眺めながら路地の入口に差し掛かったら、突然引っ張られたのだ。何!? と思ってる間に袋小路に叩き付けられ今に至る。
そんなに奥まった袋小路でもなく、今立っている場所から大通りは見えるし、ガヤガヤと喧騒が聞こえると言うのに、明らかに絡まれた風である私を助けてくれる人はいない。何故なんだ渡る世間は鬼ばかりか。
頭の中に、“かつあげ”の四文字が浮かんでは消え浮かんでは消え。かつあげに合うのなんて、人生で初めてだ。ああ、自分で働いて手に入れた初めてのお給金は、初めてのかつあげで消えてゆくのか。
休日だと言うのに本当に申し訳ないのだが、ニーファがくれた腕輪(GPS)を作動させておく。無論、目の前の兄ちゃん達にバレないように。
(ボコられる前に来てくれるといいな……それとも抵抗してみようか。勝てるかなぁ。喧嘩とか嫌だな……)
絶望感に浸っていると、男のうち1人が口を開いた。
「ん~、チョロ過ぎ……? 何、君って、か弱い小鹿ちゃんなわけ?」
そこではじめてまともに相手の顔を見た私は、少し驚く。目の前にいる二人、婀娜っぽい兄ちゃんと、ドでかい兄ちゃんは、どちらもかなりの男前だった。どう見てもかつあげを働きそうな感じではない。
婀娜っぽい兄ちゃんは、赤銅色のウェービーヘアをオールバックにしていて、とっても甘い顔立ちをしている。瞳の色は鮮やかな朱……バーミリオン・アイって感じで、私がさっきから言っているように、“婀娜っぽい”という表現が良く似合う兄ちゃんだ。優男、でもいいかもしれない。しかし、“か弱い小鹿ちゃん”とは……その言語センスにはちょっと賛同できない。
後ろにいるドでかい兄ちゃんは、婀娜っぽい兄ちゃんの口角が上がり気味なのに対して、まったくの無表情だ。銀色の短髪と深い青色の瞳で、猫背。猫背でこのでかさ……ピンと立ったらどのくらいでかいのだろうか。
そしてこの二人には、ある共通点があった。肌の青白さ、尖った耳、体の紋様、この3点。
婀娜っぽい兄ちゃんは腰、ドでかい兄ちゃんは両腕にそれぞれ紋章があり、見せつけるようにそこを露出している。
(なんだかとっても人外……や、ばくね?)
頭の中で警報が鳴り響く。ちょっと、お近付きになりたい雰囲気ではない。
「俺の名前、レヴィ=リド=グランバーグって言うんだ。こっちのでっかい黙ってるやつはオルドラ=ゼルド。小鹿ちゃんは、なんて言うの?」
(名乗られちゃッター!!)
きっちり名字まで!
駄目だ、ヤバい。名乗ってくる人物にかつあげ目当てのチンピラはいない。良いお名前ですねとは返せないし、ここで自分の名前を名乗ってしまってもまずい気がする。
必然的に押し黙る私だが、手は武器を握ろうと腰のあたりを彷徨っていた。斬りつけることはできなくたって、俺に近づいたら怪我するぜの抑止力くらいには……あれ?
いくら剣を差してあるあたりを探っても、一向に棒状のものは掴めない。おかしいと思ってベルトを見たら、剣自体が差さっていなかった。
(そんなはずあるわけ……ッ)
「これかな?」
私の思考を読んだかのように、目の前の婀娜っぽい兄ちゃん……レヴィが返答する。その手には、私が帯剣していたはずの一振りの剣が握られていた。
あまりの驚愕に声も出なかった私を尻目に、レヴィは手元で剣をクルクルと弄んでいる。
(スタイリッシュ……ッ!!)
得物を取り上げられた人間の悲鳴として正しいかは分からないが、今の感想はとりあえずこれだ。
「そーんな顔しないで。別に取って食うわけじゃないから、安心してよ。ルイカのとこには連れてくけど」
「……る、いか?」
耳馴染みのない名前だ。新キャラか?
私が不審げな顔をしていることに気付いたレヴィは、一瞬慌てたような顔になる。後ろのドでかい兄ちゃん……オルドラは、一向に喋らない。
「あ、れ? 知らない? ……オルドラぁ、俺もしかして人違いした?」
「……わからない、だが、特徴は、間違っていない」
喋った。まさに寡黙な人、って感じの喋り方だ。
私がルイカという人物のことを知らないところをみた二人は、何やら相談し始めた。人違いだったら嬉しい。早く逃げたい。
「……えー、ほんとに知らないの?」
黙って首を振る。知らない、ほんとに知らない。そんな人物の名前は一切聞いたことはない。だから逃がして。
「やっべー……ま、小鹿ちゃん美人だからなんか別のことに使ってもいいけどさ……」
(なんか別のことに使われてしまう!!)
顔の良さがここにきて仇となるとは!
はやく誰か助けにきてほしい。さっき私にまずそうな魚を売りつけようとした露天商のおっちゃんでもいい。誰でもいいから早く!
「……ほんとに知らない? 全体的に真っ白で、綺麗な女の子」
それを聞いて、私の時が止まった。
かなり、知ってる。心当たりあるっていうか、ありすぎる。そんな人物と言えば、異世界初日に見かけたじゃないか。
嘘をつけない私の正直な動揺っぷりは、目の前の男にも伝わったようだった。
「あ、良かった~間違ってないね。んじゃ、手っ取り早く連れて行きたいんで……気絶と催眠魔法とどっちがいい?」
絶望の二択! どちらも嫌に決まってる!!
押し黙ったまま、じりじりと後ずさる。しかしすぐ壁に当たってしまった。なんとか逃げられないだろうか、それかニーファが来てくれることを願って、時間稼ぎを……!
ふっと腕輪が目に入った。そうだ、まだこれがあったじゃないか。
「ね、どっちがいい?」
優しげな甘ーい笑みで問いかけてくるレヴィを思い切り睨みつけて、答えた。
「……ど、どっちも、いや、です……ッ!」
どもった。かっこ悪い。
魔力チャージのイメージを与えた魔石が光を放つ。ズシン、という軽い地響きとともに召喚されたのは、先週も見た顔……傀儡獣の木竜だ。
「傀儡獣……!?」
レヴィの驚愕した声が聞こえる。
――ギュオォオオオオオオオオオオッ!!
呼び出し主である私に呼応したのか、木竜はすぐさま目の前の男たちに敵対行動をとる。いくら作りものと言えども、竜の咆哮を生で聞いたのは初めてだ。本当なら聴き惚れていたかったが、今はそんな場合ではない。
木竜を袋小路に呼び出した私は、それに気を取られたレヴィの横をすり抜けて走った。もしかしたら、オルドラが捕まえに来るかもと思ってその場合のシミュレーションをしていたのだけれどそんなことはなく。内心ホッとしながら路地の出口へ向かって走ったのだが……。
――ゴンッ
「いたぁっ!」
やっと大通りに出られるというあたりで、“見えない壁”のようなものに盛大にぶつかった。すごい勢いでぶつかってしまったので、ほぼ壁に跳ね飛ばされた状態。
なるほど、こんなものがあるのでは追いかけなくてもいいわけだ。さらに、誰も助けに入ってくれなかったことの謎も解決した。きっと、これは外から中が見えなくなってたりするんだろう。俗に言う、あれだ。
「結界……!?」
「……そうだ」
オルドラが、私の声に答えた。彼は最初にいた位置から動く気配はない。あんなドでかいのに捕まえられたら絶対に逃げられないので、それはそれで良いのだが。
木竜は自らの翼を使って浮かび上がった。レヴィに向かって急降下し、爪撃をお見舞いする。だがそれは軽くいなされてしまった。
「はー……傀儡獣かー……しかも竜。けっこうやるねぇ小鹿ちゃん!」
木竜と対峙しながら、レヴィが言う。
普通竜なんてものが出てきたらもっとオドオドビクビクしないだろうか!? 彼らの姿を背後からみているから表情はわからないが、レヴィの声には余裕があった。
「でもさ」
私のショートソードを片手で持ったレヴィは、それを振り被る。人の武器を勝手に使うなと言いたかったが、何も言えなかった。
しかし、ポーズが変だ。普通の構えではない。柄を逆手で持ち、肩口までショートソードを掲げたそのポーズは、どう見ても、何かを投げるポーズではなかろうか。
そこまで考えたら、突如彼の手の中にあるショートソードがバチバチ言い始めた。紫色の電光が、剣を取り囲んでいる。
(えっ)
なんか、やばいんじゃないの。
そう思った瞬間、レヴィが、私のショートソードを、投げた。
――ギャオォオオオオオオオオオオッッッ!!!
すごい勢いで素っ飛んでいったショートソードは、過たず木竜を穿った。
体の中央を串刺しにされ、勢いをそのままに袋小路の壁に叩きつけられた木竜は、断末魔の叫びを上げて雲散霧消する。
背中を、嫌な汗が伝った。レヴィが振り向く。笑顔だ。さっき彼は、短く言った。でもさ、と。……その、続きは……。
「俺相手だと、ちょっと役者不足かなー」




