3‐(6).人の話は最後まで聞きましょう
猫科大型獣の挟み撃ちからなんとか逃れ、四人連れ立って店を出る。私はスキンシップ過多のせいで疲労困憊気味だ。別に近づかれると不愉快だというわけではない。むしろ逆。相手に不愉快な思いをさせるんじゃないかと気になってしまうのだ。なんでそう思うかというと……ほら、あるじゃないか体臭とか汗とか。今の美青年姿であれば体臭も汗も甘い香りがしそうな気さえするが、以前の癖や思考はそうそう抜けるものではない。それに加えていつもの卑屈感から、ルックスのいい人間が苦手だという点。そのふたつが重なって、スキンシップという前向きなコミュニケーションに激烈な苦手意識があるのだ。
まあそれはさておき、購入してもらったベルトと剣を早速装備してみた。流石帯剣するためのベルトだけあって安定がいい。備え付けの小型ポーチみたいな物もついているので、小物をいれておくのにもいいだろう。
武器はちゃんと装備しなくちゃ意味がないよ、とは有名なセリフだが、ちゃんと装備したところで人心地ついた。
そこで、強くてニューゲーム特典筋力上昇の程度が気になったので、試してみることにする。どの程度なのだろうか? 何をすれば計測できるだろうか? 握力計もなくダンベルもないここでは、如何ともしがたいのだが……考えた私の頭にある光景が浮かんだ。握力が高いことの常套句として、素手でリンゴを潰すという行為があるではないか。しかしここにはリンゴはない、あるのは路傍に転がる石ばかりだ。……そう、石ばかりだ。
(まさかね、まさかねぇ)
半笑いになりながら冗談半分で手の平サイズの石を見繕い、思い切り握ってみる。
――バキッ
大した手応えもなく砕けた。
(なにこれ怖い)
半笑いから一転、顔面蒼白で周囲を窺う。どうやら運良く誰も見ていなかったようだ。ソルたちも私が石を拾っている間にだいぶ前に進んでいて、今の事件を目にしてはいない。本当に良かった。
もし私が誰かが石を握り潰す光景を見たらもれなくドン引く。今まで誤って何か壊したとか潰したとかはまだないので、どうやら力加減は利いているようだが……人と接する際にうっかりしでもしたらスプラッタ沙汰だろう。気をつけなければ。
「何してんのよ」
「あ……い、いや想像してたより馬鹿力でびっくりしちゃって」
少し前を歩いていたはずのニーファがいつの間にか目の前にいたので、手の上の石……だったものを見せながら言う。大方のことを把握している彼女には、このことを報告してもかまわないだろう。私はニーファが少しくらいは驚いてくれることを期待したのだが、彼女はふーん、と言っただけで自分の鞄をごそごそしはじめた。
(あるぇー?)
……案外、普通のことだったりするのだろうか。それとも、彼女が特別動じない性質なのだろうか。後者っぽい。今まででニーファが一番驚いた出来事は、私の年齢についてくらいだろう。よく年齢の割に落ち着きがあるとは言われていたが、ちょっと複雑。
そんな私の気持ちなど知らずに、鞄の中から目当てのものを見つけたらしいニーファが私に向かってそれを差し出した。
「……これを渡すのを忘れてたわ。ほら」
彼女が差し出したのは、中央部にエメラルドのような石が埋め込まれた幅広で丸みを帯びたシルエットを持つ木製の腕輪だ。美しい装飾が施されてかつ、重すぎないデザインなオシャレアクセ。
「……これ……え、何……もらっていいの?」
「そうよ」
普通に売ってても欲しくなるかもしれない。ストーン入りなんて、かなり高そうだ。ずいと差し出されたそれを怖ず怖ずと受け取るが、分不相応なものを貰ってしまった気分になった。
「いいの? こんな高そうなやつ。さっきから貰ってばかりで申し訳ない……」
ついそんな言葉が口からでてしまうが、それに対して彼女は言い放った。
「受け取らないなら別にいいけど、これ身に着けてないと最低限の自由も与えないわよ」
……。
「え」
続けざまに言い募る。
「誰かが一緒にいる場合以外は、ギルドハウスに軟禁。……自分の状況忘れたわけじゃないでしょ?」
忘れちゃいない、もちろん忘れちゃいないが……まさかこのオシャレアイテムがそんなことに繋がるとは思わなかった。なんとなく腑に落ちない気分になって、思わず聞く。
「……こ、これでなんか防げるんですか」
「軽い防護魔法がかかってはいるけれど、それはおまけ。これは防ぐものじゃなく報せるもの。その魔石を強く押さえると、熱と圧力を感知してあんたの座標と周囲の状況があたしに伝わるようになってる」
淡々とした腕輪の効能説明。つまり、おまけ機能付きの手動GPSのようなものだろう。噛み砕いて理解し、腕にそれをはめてみた。誂えたかのようにぴったりだ。
腕輪の中央部に輝くストーン……このオシャレストーンは魔石だったのか。恐らく私の身を守るのにかなり重要なアクセを眺めつつ、そんな重要アイテムをなんでもないもののようにほいっと渡さないでほしいと思った。この様子では私が聞かなければ説明もなかったのではないだろうか。まあでも、こんなオシャレで便利そうなものを貰った立場である手前、文句も言えない。端的に感想だけ述べることにした。
「すごい、マジックアイテムだね」
「そんな大層なもんでもないけどね。あ、あとひとつ、あんたに使えるかはわからないけど……魔石に魔力をチャージすると、それを媒体に傀儡獣を召喚できるの。だけど、街中では余程のことがない限りは……」
――ズンッ
青ざめる私。停止するニーファ。そして私たちの頭上よりかなり上に、こちらを見つめるつぶらな瞳が3つ。
まさか出てきちゃうとは思わなかったんだ。えへへー魔力チャージだってーかっこいーこんな感じー? と思いながら、腕輪に魔力が集まるという非常に漠然としたイメージをちょっと浮かべてみただけでこんなでっかいのが出てきちゃうなんて、思わないだろう?!
軽い地響きとともに召還されてしまったのは、紺碧の3つ目を持つ木製ドラゴン。うねりを伴った色の濃い樹木が無数に集まって構成された体が、私にすり寄ってきている。身の丈3メートルはあろうかという巨体に一気に周囲の目が集まり、街人が困惑の色を深めていくのを、固まった頭で傍観することしかできなかった。
「うわっ、何それ!」
「でっかあ! えー何々!?」
ざわざわと騒ぎ出した群衆につられて、ソルとエナもやってくる。やってきて木製竜を見上げながら何を連呼する彼らに、この出来事について順序立てて説明する余裕は今私にはない。
……ニーファと目を合わすことができなかった。だって……。
「……人の話は最後まで聞きましょうって、親に習わなかったかしらあ?」
(怒ってるからあああ!!!)




