3‐(5).武器選びは慎重に
「決まった?」
江刀をメイン武器にするという目論見が不可能となったせいでテンションだだ下がりだった私に、ニーファが近づいてきて声を掛けた。決まったか決まっていないかと言うと、決まっていない。一番いいなと思った江刀を強請るのは、とてもじゃないが図々しすぎると思うし。
「うーん……、武器なんて持ったことないから、さっぱり……」
結局のところ、武器の種類の決定についてはニーファを頼らせてもらうことにした。彼女はま、そうかもね。とひとりごちると、先程私も眺めた片手剣の棚へと移動する。
「最初からあんまり変わった武器を持つのもどうかと思うから、とりあえず片手剣を勧めておくわ」
そう言いながら、既に彼女の眼は棚の品物を選定し始めていた。私はというと、ニーファが木箱に複数立てかけてあるたたき売りの片手剣ではなく棚にひとつずつ飾ってある高めのものを選んでくれていることにびっくりだ。江刀の話題を出してみるべきだったかな、なんて図々しい考えが頭に浮かんできてしまった。さすがに、ここは自重しておこう。
しかし、最初のメイン武器が片手剣となると……。
(初期ジョブ、戦士じゃん!)
ゲームの主人公の職業が選べる際は、だいたいにおいて一番最初に表示される戦士を選んでいた。戦士でいけば他のアタッカージョブへのクラスチェンジもしやすいし。ここでも習慣通りというわけだ。江刀はどうにかしてお金を貯めて自分で買おう。
(お金が貯まったら、侍にクラスチェンジだ……!)
野望を企てている間に、良いものが見定まったようだ。一振りの剣を私に差し出しながら、持ってみて、と彼女が言う。本物の剣を持つなんて、生まれて初めてだ。下降したはずのテンションはもうすでにかなりの上昇を見せ、ドキドキしながら剣を受け取る。
「重さと大きさは大丈夫?」
ニーファが渡してきたのは、目算80センチくらいの長さのショートソードだ。輝く刀身が目を引いて美しい。大きさは、問題ない。だが……。
「……なんか、軽いね」
想像していたより、ずっと軽かった。体感、以前授業で使ったことがあるテニスのラケットよりも軽いので流石に違和感を覚える。
「そう? ……じゃあこれ」
私が首を傾げていると、ニーファがもう一振りの剣を差し出してきた。今持っているのよりは刀身が幅広で、見た感じ重量感がある。ショートソードを返しながら新しい剣を受け取り、右手で実際持ってみたのだが……直前に持ってみたものと何ら変わりはない。
「これも……軽い」
違和感がひどい。こんな金属の塊が、ここまで軽いわけがないのに……それとも、この世界の金属は軽いんだろうか? 混乱し始めた私に、ニーファからこの違和感を解決する問いが。
「あんた……元の体だったときと能力が違ったりするんじゃないの?」
(あ……それだわ)
強くてニューゲーム特典だ。すっかり忘れていた。顔面偏差値上昇、体力上昇、識字能力の3つが判明していた特典に、4つめ筋力上昇が追加されたようだ。
「それある。これも……そうみたい」
「動じてないのね」
「もう、自分の変化については一生分動じちゃったから……」
思わず苦笑だ。動揺は初日に開き直り気味に吹っ切った。
それにしても、筋力上昇の特典は顕著のようだ。金属の塊を握っても相当軽く感じるということは、相当の馬鹿力が予想される。どの程度なのかが気になるので、後で何かしら試してみることにしよう。
しかしこうなると、物を持ったときに軽すぎると感じることは気にしてもしょうがない。丁度良い重さの物を見つけるのは大変そうだし……ニーファに聞いてみたところ肯定の返事が返ってきたので、一番最初に見繕ってもらった片手剣を買ってもらうことにした。
剣のついでに、帯剣するためのベルトとお手入れ用品も買ってもらってしまった。今、壮年っぽい雰囲気であるプティーの店主にニーファがお金を払ってくれている。
ショートソードが7万5000ブラン、ベルトが3980ブラン、お手入れ用品もろもろが1920ブランで……総価格、8万とんで900ブラン。ブランとは、お金の単位のことだ。
紙幣と硬貨があるという点は元の世界と同じのようだがやはり異世界、ちょっと違った。元の世界のように、紙幣のほうが硬貨より価値が高いわけではない。硬貨は1万ブラン金貨、1000ブラン白銀貨、100ブラン銀貨、10ブラン青銅貨、1ブラン黄銅貨の5種類がある。紙幣のほうは5000ブラン紙幣、500ブラン紙幣、50ブラン紙幣、5ブラン紙幣の4種類だ。1がつくのが硬貨で、5がつくのが紙幣というわけだ。貨幣価値がよくわからなかったのだが、お手入れ用のクロスが580ブランだったので、だいたい1円=1ブランだと思ってかまわないだろう。
しかしそう考えると、8万ブランって相当大金だ。ポッと出の異世界人に使う金額にしちゃ高すぎて、申し訳ない気分。ニーファが戻ってきて購入した商品を渡してくれたときに、お金について言及した。
「買ってくれてありがとう。お金はそのうち返します……」
しおらしい口調で言ってみたのだが、ニーファにはいらないとばっさり切って落とされた。さらに彼女は続ける。
「ギルドの経費から出てるから問題ないわ。それ言うなら、あんたのタンスに入ってる服の代金も全部返さなきゃいけなくなるわよ。あれだってあんた用に用意したものなんだから」
「え」
あの大量のセンスの良い高そうな洋服群の代金を、全部? それは考えただけでもきつい。万が一ブランド物なんて紛れていたら、目も当てられないじゃないか。洋服は怖い。
「だから、いらないから。新規ギルド員への初期投資よ」
初期投資。ずいぶん素っ気ない言葉だなぁと感じる。
(そこは、新たなる冒険者の祝いの門出にプレゼント、とかでいーじゃんよー)
私がファンタジーに夢を見すぎているだけなのだろうが、くっさい演出もやってもらうと思い出に残るというものだ。結構一番最初を大切にするタイプなのだ私は。まあ、やってもらったらやってもらったで恥ずかしいかもしれないし、くさい台詞を言うニーファというのも想像がつかない。なんとなく釈然としないものを無理矢理納得に変えたところで、背後から急襲者が。
「どんなの買ってもらったの。見せて見せて」
(ひぃっ)
なんとか悲鳴は心の中に押しとどめたが、月並みな表現ながら心臓が飛び出るかと思った。背後からソルが肩を組んできたのだ。これは、気安くなったとみてもいいのだろうか、だが私はパーソナルスペースが広めなほうの人間なのだ。服の下には鳥肌総立ち。彼の腕から抜け出したい衝動が襲い来るが、それをやったらとても感じが悪いのでなんとか我慢した。
「これ」
「お、けっこーいーね。作りもしっかりしてるし……高かった?」
「7万5000ブランだって。高いもの買ってもらっちゃって、申し訳ない気分」
ソルの尻尾が膝裏にパスパスあたる感触がある。何気ない表情で会話を続けたが、頭の中は近すぎる今の距離からどうにか抜け出したいとそればかりだ。だが不幸なことに急襲者は増殖した。
「エナにもみせてみせてー」
ソルがいるほうとは反対側に、エナが纏わりつく。なんなのだろう、エディフの皆さんは揃いも揃ってパーソナルスペースが狭すぎるのではないだろうか。もしエディフの国があったら絶対私はそこでは暮らしていけない。そんな思いを抱えながらも、必死で平常心の会話を続けるのだった。
無意識にだろうがエナが胸を私の腕に押し付けているのに、それらしき感触がまったく無くて物哀しい気分になったのは秘密の話だ。




