3‐(4).所詮世の中金
朝方の城下町リグは、昨日の夕暮れ時に歩いた時とは違う雰囲気を持っていた。
ギルドハウスの通りは人通りも多くなく静かな雰囲気だったが、少し歩いて大きな通りに抜けると、朝市、とでもいうのだろうか、賑やかな雰囲気で商店や屋台が立ち並び、多くの人がそれを目当てに集まっていた。商人たちも朝から元気で、声を張り上げて商売に勤しんでいる。並んでいる商品群は、主に食材。肉類や海産物や野菜、果物……見知ったものが多くを占めているが、今まで生きてきて見たこともないような異彩を放っているものもある。掛け値なしに真っ青なかぶっぽい根菜、子供の落書きレベルにカラフルな葉物、真っ白でつるつるしている細長い魚、緑色の肉……普通に棚に置いてあるということは、腐ってはいないのだろう。ちっとも食欲をそそらないのが逆に新しい。そういったものたちがとても魅力的に目に映ったが、いちいち立ち止まっていてはちっとも進めないから、ちら見で我慢したのだった。
昨日と同様物珍しくてキョロキョロしながらみんなについていっているが、今のところはなんとかはぐれないで済んでいる。はぐれたりしたら大変だ。珍しさにかまけているせいで自分の歩いた道なんてまったく覚えていない私は、ギルドハウスに帰れるかすら怪しいのだから。
武器屋、到着。そして私の第一声、コレ。
「うおお……ッ!」
女子高生にあるまじき歓声だ。公共の場なので、迷惑にならない程度に小声だけど。だがしかし、ファンタジー好きなら致し方ないこの状況。
そう、目の前に広がる情景は……。
右を向けば剣。左を向けば斧。正面には槍。あっちには弓矢だ。ハンマーみたいな打撃用の武器が並ぶ棚に、投擲用の武器がまとめ売りされている棚もあった。それぞれひとつずつ形も装飾も違い、存分に目を楽しませてくれる。
まさに、武器屋。
店の前を通りがかって興味津々に覗いたときもずいぶんわくわくしたが、いざ店内に入った現在、頭から煙が出ているんじゃないかと思うくらい興奮している。そしてその興奮具合たるや、言葉を発さずにも伝わったらしい。ニーファが不審気な目で見つめてきた。だが、私があまりに嬉しそうにしていることに気づいたようだ。
「武器が好きなの? 変わってるわね」
女子のくせに、といったところだろうか。こういうかっこいい武器を好む心に男女なんて関係ない。……多分。
あらかじめ武器屋に用があったらしいエナが1人さっさと店主に用事を告げに行き、彼女が戻ってくるまでは店内見学タイムとなった。この時間でどんな武器を使いたいか決めろとのことだ。各々思い思いの行動をする中、私も近くにある陳列棚から順に物色することにした。
脳内でしこたま騒ぎながら一通り見て回り、ほくほくした気分になったのだが、最後に注目した棚によく見知ったあるものが置いてあった。少し反ったすらりと長い刀身を持つ、片刃の剣。
すごく見たことある……そうだ、間違いなく日本刀だ。どうやらいいものであるらしく、ガラス越しの対面となったが、こんな遠く離れた異世界で故郷由来のものを目にするなんて……と、感慨深くなりそうになったが、ふと気づいた。そうここは異世界。日本のものなんかあるはずないのだ。だがしかし目の前にある日本刀は、反りがある刀身といい、鞘、柄、鍔からなる拵えといい、記憶にあるものそのままだった。
「日本刀だよねぇ……?」
声に出してみても、答えてくれる人がいるはずは……。
「ニホントウ? ヤマトの村ではそう呼ぶの?」
あった。いつのまにか近くにいたらしいソルが、私の呟きを耳にしていたのだった。存在すらしない村の風習を捏造することになるが、ここは致し方ない。
「あ、う、うん、そうなんだよ。……ここでは、違う呼び方をするの?」
「江刀、って言うんだよ」
耳慣れない感じだ。どうやら、どう見ても日本刀である目の前の剣は、日本刀ではなく江刀と呼ばれているらしい。
「江っていう国があってね、小さい島国だけど独自の文化を持ってるんだ。これはその国から伝わってきた刀っていう武器だから、江刀」
ソルが説明を付け加えた。しかし……小さい島国、独自の文化、刀……ありえない一致率だ。まるっきり、日本じゃないか。
(不思議なこともあるもんだ)
これが何の符号かなんのために立ったフラグかなんてことは一切わからない。だが私は……その、江、という聞き慣れない名前の国に、言い知れぬ懐かしさを感じていた。心がそわそわして、浮足立つ。遠い昔に行ったことのある場所の話を嬉々として聞く時のような気分な半面、哀切がさざ波のように寄せてくる感覚もある。
(なんだろうなぁ……)
もう絶対に帰ることはない元の世界の故郷と、異世界の似た国を混同しているのか。それとも、いつもの厨二病か。
(既視感って、すごい厨二病だと思うのは私だけだろうか……)
どちらにせよ、すぐに回収できるフラグではなさそうなので今は放置だ。今の優先事項はなにより武器、この目の前の日本刀じゃない江刀! もし、今の体である超絶美形が日本刀持ってたら……かっこいいじゃないか?
(江刀かぁ……いいかも……)
だが、この思惑は次の瞬間粉々に打ち砕かれることになった。
「かっこいーからさ、みんな使いたがるんだけど。値段がね」
「え……高いの?」
「普通のランクのやつでも、庶民の生活費三カ月分くらい」
ほぼ居候の身で、それは厳しい……。ソルには気のない返事を送り、消沈して江刀の前を立ち去ったのだった。




