3‐(2).善は急げ
浴槽を出ぎわに尻尾をギュッと絞っていたソルに衝撃を受けつつも大浴場を後にし、そろそろ朝食の時間だということでそのまま食堂へ向かうことにした。
先程も通った中庭だが、風呂を出てすっきりした後に浴びる朝日は格別な気がする。ニーファが整えているらしい見事な植木群も、爽やかな気分に拍車をかけてくれた。ひとしきり爽やかな気分になってから気付いたが、今は異世界2日目の朝。本来ならば異世界に来てしまった実感が強くなった私が、不安定になったりしてみるべきなのではないだろうか。朝起きた瞬間に夢オチじゃなかったと絶望するべきだったのではないのだろうか。
いやしかし……なんだか朝からいろんな意味でひどい夢を見たり自分のイケメンさ加減に驚いたり隣でイケメンが脱いでいたりしたせいでそういう気分になる暇はなかった。まあ、結果オーライってやつだろうか。それにしても、昨日は一日の密度が濃かった。いつもの私の平和な一日の5年分くらいあっただろう。
◇ ◇ ◇
食堂に到着すると、もうみんなが勢ぞろいしていた。みんなが勢ぞろい、と言っても、ここの食堂は人数に対しての広さがあきらかに不釣り合いで、どうしてもがらんとした雰囲気はぬぐえない。席に向かいながら、朝の挨拶を口に出したときに気付いた。2人だけ、知らない顔がいる。知らない、顔、というか……一方は……。
(ね、猫ちゃん!!!)
「おーッ、この人が無期限の保護対象の人オ?」
知らない人2人は、やたら色彩が青緑しい男の人と銀色の雄々しい猫ちゃんだった。だが異様な色彩の彼よりも、私は隣に立つ美しい猫ちゃんに目が釘付けだ。ふもふもの銀毛、ひょんとでた睫毛、ぴんぴんとのびるおひげ、くりくりの藍色お目々に、つんと尖ったお鼻。どこをどう見ても……猫ちゃんだ。違う点と言えば、二足歩行で猫背ではなく服を着ているところだろうか。
(あ、猫そのものとはだいぶ違う……けど猫ちゃん!)
服の胸元から見えるふわふわ胸毛がセクシーかわいい。彼は以前聞いたところの、獣に近いほうのエディフだろうか。
ちなみに先ほど私についての反応を漏らしたのは青緑な人だ。彼は青と緑が入り混じった髪色といい、瞳孔が縦になっている紫暗色の瞳といい、ずいぶん不思議な雰囲気の人だった。色気のある垂れ目が印象的で、彼が動くたびに体中のアクセサリーがジャラリと音を鳴らす。頬や腕に鱗が浮かぶ彼は、きっとプティーという種族の、人に近い方、なのだろう。ミステリアス、という点ではジェーニアさんに似ていなくもないが、彼の方がいくぶんか野性的だった。
「こんな時間にここにいるということは、そうだろう」
先程の青緑の人の問いに、猫ちゃんが答える。猫ちゃんの声は想像以上に渋く、美声だ。どうやら、男の子……というか、男性のようだった。
突然猫ちゃんと出会えた衝撃に頭が楽しい状態になったが、呆然とし過ぎて挨拶を欠かしていたことに気付く。慌てて頭を下げ、自分の名を名乗った。
「おお、礼儀正シい……。あ、俺はキルケっていいまぁス、よろシくねエ」
「私はレイという。よろしく頼む」
青緑の人……キルケさんが不思議なイントネーションで喋り、猫ちゃん……レイさんがきまじめな口調で頭を下げる。彼らは昨晩遅くに任務から帰還したらしい。道理で、今初めて会ったはずだ。昨夜遅くといえば、ちょうど私が撃沈していた時間帯なのだから。しかしレイさん、といえば、昨日ウランカちゃんとウナルちゃんがやたら探していたイケメンの名前ではないか。なるほど、ここまでの美猫であればあの美少女たちが揃って落ちるのも頷ける。猫のエディフという点が共通しているのも、関係があるのだろうか?
それにしてもこの2人、不思議なコンビだ。この世界ではそうでもないのかもしれないが、私の眼にはあまりにも不思議にうつりすぎて多大なインパクトを受けた。
初対面での自己紹介も済んだところで、席について朝食の運びとなった。ジェーニアさんが作ってくれたと言う朝食は、温かいスープとパンだ。みんなでガヤガヤと賑やかに食べる。エナとジェーニアさんとキルケさんが主に喋り、場を盛り上げていた。彼女らがこのギルドのにぎやかし担当なのだろう。
大人数の食事というのは私にとって新鮮で、この大衆に紛れる感が嫌いじゃなかったりもする。しかしながら、席がジェネラルさんの隣だったので緊張して味も分からなかった。分かったことといえば、彼は食事中の横顔もかっこいいということだけだった。
みんなの食事が終わるころに、始めるぞ、とジェネラルさんが言った。何を? と疑問符を飛ばす私に、右隣にいたソルがこのギルドでは毎朝食後に会議……というかミーティングがあるのだと教えてくれた。任務予定やらなにやらをそこで話し、たまに今後のギルドの方針やらも話し合ったりするらしい。ますますもって、明日から朝起きられるのかが不安だ。参加する意味はあまりなくとも、寝坊で欠席ではあまりにも体裁が悪い。明日からどうするかを真剣に考えている間にも、ミーティングは進んでいた。
今はエデルさん主導で今後の任務のスケジュール確認がなされている。その内容を聞いていてわかったのだが、彼ら冒険者の仕事というのは、私が想像に浮かべているモンスター退治や要人の護衛などの華々しいものだけではなく、大きな建物の掃除とか迷子探しとか……地味なものも多いようだ。そういえば、昨日ソルたちに会った際にも、彼らは物品の運搬的な任務をしていたではないか。これだけ見目麗しい人たちが掃除したり迷子を捜したりしてるのはなんだかちょっとシュールかもしれない。
(まあ、普通に考えて毎日毎日ドラマチックなことがおこるわけないしねぇ)
若干夢が崩れたような気がしなくもないが、毎日ドラマチックでなくたって毎日ファンタジーなのだから良しとしておこう。そう、この世界には魔法もモンスターも異種族も美形も全部揃ってる。
(元の世界にいたときには絶対に味わえなかったファンタジーが私を待ってるんだ……!)
まあ私がソルやニーファたちのようにかっこよく戦うというのは無理だとしても、間近で魔法だのバトルだの見ることができるというのは一大スペクタクルだ。想像するだにわくわくする。
「ヤマトくん」
「あ、はい」
まだ見ぬスペクタクルに思いをはせていたら、スケジュール確認が終わったらしいエデルさんに声をかけられた。この場にいるみんなの視線が私に集まる。
(美形たちの視線、独り占め……)
自分の発想に自分で緊張しながら、エデルさんの言葉を待った。すると彼女は私に立つよう手振りで促したので、その通りに立ち上がる。
「みんな、もう挨拶は済んでいると思うけれども……ヤマトくんよ。昨日から、コロナエ・ヴィテに無期限で滞在することになっているわ」
「よろしくお願いします」
改めて、といった感じで紹介され、みんなを見渡してから頭を軽く下げた。拍手をしてくれたり、よろしくーと声をかけてくれたりもする歓迎モード。なんだか、照れくさい。転校生の気分だ。
「ヤマトくん、わからないことや不自由なことがあったら、すぐに私たちに言って頂戴ね」
「あ、はい。ありがとうございます」
エデルさんの派手な外見からはいっそ意外な、聖母のような笑顔。条件反射のようにお礼を返すと、彼女は聖母の笑顔のまま上品に笑った。
「あなたの護衛担当はニーファよ。ちょっとぶっきらぼうなところもあるけれど、いい子だから安心してね」
護衛、とあらためて言葉にされるとなんだか変な感じだ。護衛されるほどの価値が自分にあるとはいまだに思えていない。だが、エデルさんの言うニーファ観にはとても納得できた。ぶっきらぼうだけどいい人、まさにそんな感じの美少女だ、ニーファは。当のニーファは微妙な顔をしていたが、私は力強く頷く。それに笑みを深くしたエデルさんだが、次の言葉を言うにあたって少し表情を引き締めた。
「このギルドに滞在するうえであなたが今後どうするかは、彼女と相談して決めて頂戴ね。それと、彼女が厳しく言いつける言葉はあなたの身を守るためのものだから、絶対に従ってね」
つられて身をかたくして返事をすると、エデルさんがまた笑顔に戻る。
「無期限で滞在なんて言い方をしたけれど、簡単に言えばこのギルドの仲間になったようなものなのだから、私たちのことは家族と思ってくれていいの。仲良くしましょうね」
家族……昨日、ジェネラルさんにも言われたことだ。こんなにも光り輝く美形軍団の一員になれる、というとてつもない僥倖を噛み締め、彼らの優しい心づかいに感謝した。
食後のミーティングが終わり、ギルドのメンバーが散り散りに去っていく。今日は任務もないため休日、なのだそうだ。隣でソルが伸びをする。尻尾の動きが猫そのものだ。
「あ、ヤマト。ニーファと相談しなくていいの?」
尻尾の動きに見惚れていた私に、机の向かい側からエナが聞いた。相談……? と一瞬呆けてしまったが、つい今しがたエデルさんに今後のことをニーファと相談しろと言われたことを思い出す。あわてて彼女が座っていた方向をみると、なぜか青緑が目に入った。キルケさんがニーファに話しかけている。
「ニーファちゃぁン、俺がいない間、寂シくなかったア?」
「別に」
「強がりなところもかわいいよねエ!」
「レイ、このトカゲどっか捨ててきて」
「承知した」
漫才のような一幕だ。しかめっ面のニーファの指示を受けたレイさんが、キルケさんの首根っこをつかんでずるずると引き摺っていった。引き摺られている間も、キルケさんはニーファに向かって愛想を振り撒いていた。めげない人だ。エナもソルも「まーたやってるよ」みたいな顔をしていたので、いつものことなのだろうか。
「……キルケさんは、ニーファのことが好きなの?」
「いつもあからさまに求愛はしてるねぇ」
「うんうん、エナにはかわいいなんて一言も言ったことないから、好きなんだと思うよ」
“あの”ニーファに求愛なんてことしてみせた限りで、キルケさんは思っていたよりも剛の者のようだった。
キルケさんの姿が完全に見えなくなるまで見送った後に、ニーファに話しかける。
「ニーファ、さっきエデルさんに言われた今後のことについての相談なんだけど……」
「……ああ、そういや、そんな話だったわね」
未だしかめっ面の彼女は、溜息をついてから足を組み直し、こちらを見据える。
「そうね、あんたはどうしたい?」
まっすぐ見つめられて、思わず黙る。実はもうほぼ心は決まっていた。私は、この世界で楽しいと思えることをしたい。そう……私は、彼女たちのように冒険者、というものになってみたいのだ。だがそれを言ってもいいものか。昨日、ニーファが燃やしていたきのこのモンスターを思い出す。あんな恐ろしげなモンスターと戦う冒険者、という仕事。私のようなド素人が軽々しくやってみたいなどと言って怒られないだろうか。しかしこれの他にはひとつも思いつかなかった。ダメもとで、言ってみるか。
「俺は……ぼ、冒険者とか、なって、みたいなー……なんて」
語尾が尻すぼみになった、情けない。ニーファは無表情だ。
「……冒険者、ね」
「……はい」
「冒険者って一口に言っても、いろいろあるのよ。世界中旅してまわる本当の意味での冒険者、モンスター退治を専門にしてる冒険者、あたしたちみたいに根城を作ってそこで生活する冒険してない冒険者。……他にもいろいろあるわ」
指折り数える。彼女の言うことには、昔から冒険者という言葉はあったが、今この時代、どうやら冒険者という職業が“流行”しているらしいのだ。若い奴でやることない奴はとりあえずなっとけ、的な風潮があるらしい。なんだかおもしろいことになっているではないか。どこの世界でも、流行というものはあるのだということを知った。そしてその“流行”が、冒険者という言葉をどこにでも当てはめる習慣を作ってしまったそうだ。今は働かずに酒場でくだを巻く荒くれ者のことも冒険者と呼ぶらしい。ひどい話だ。
それにしても、冒険してない冒険者とは……なんだか物悲しい。確かに、ギルドハウスで生活しているというなら、そうなのだろうけど。
「それで、あんたはどんな冒険者になりたいの?」
どんな冒険者になりたいか、なんて聞かれると思っていなかったので、答えは用意していない。だが、なんとなくのイメージならあった。
「俺は……とりあえず、このギルドのお仕事の手伝いをしたい。ただお世話になるのも気が引けるから。戦い……みたいので役に立てなくても、さっき言ってた迷子探しとか、掃除の手伝いとかなら頭数に入ると思うし」
そう、お世話になるこのギルドの仕事の手伝いがしたいのだ、要するに。ただ飯食らいは遠慮したい。私の答えを聞いたニーファは、姿勢を緩めた。
「そ。安心したわ。世界を回りたいなんて言われたら、面倒くさくてしょうがないからね」
「あ、はは……」
「あんたがやりたいのなら、あたしたちはそれをサポートするだけよ。やりなさい、冒険者」
言われて、少しきょとんとしてしまった。あまりにもあっさり、私の今後の道が開けてしまったから……だと思う。
「……足手まといとか言って、怒られるかと思ってた」
「誰でも最初は足手まといよ。……じゃ、行くわよ」
「……え?」
突然言われて、さらにきょとん。
「武器屋。護身用の武器くらいは持っときなさい。一応使えるように鍛えとけば、あたしの面倒くさいのも少し減るし」
「……え、あ……は、はい……」
どうやら、私は鍛えられてしまうようです。
「ほら、ぼさっとしてないで、行くわよ」
刃物、買いにですか。
「あ、エナも行く! ちょうど今のやつが調子悪かったんだよね。取ってくるから待ってて!」
「みんな行くなら、俺も行こうかな……暇だし」
どうやら、賑やかに行くことになりそうです。
小走りで部屋に何かを取りに行ったエナとソル、どっかりと椅子に座ったまま「早くしなさいよ」なんて二人に声をかけたニーファ。
「武器……武器かぁ」
口の中だけで呟く私。いきなり武器なんて持たされることになって、鍛えられることも決定して、かなり不安なはずなのに、やっぱりわくわくしてしまうのは、ファンタジー系が好きなオタクだからってことだろうか。
不安感とわくわく感、この2つに挟まれて、浮足立ってしまう私だった。




