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Trans Trip!  作者: 小紋
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3‐(1).湯船に浸かるのは体を洗ってから

 すすり泣く声が聞こえる。


 棺に縋りついて泣くのは、髪の長い女性。その顔には見覚えがあった。棺に縋りついて泣く女性を支えながらも涙を流す、若い男のその顔にも。そして部屋の隅で縮こまって震える女の子にも、見覚えがある。


(なんだ……みんな泣いてるよ。どうしたんだよ。誰が……)


 ああ。


 ああ。


 ああ。


 気がついてしまった。


 これは、“私”の葬儀か。


 そして、泣いているのは私の家族だ。


 父が病気で他界したせいで、女手一つで私たちを育てることになったのに、いつも気丈だった母。その母に精一杯報いようと、いつでも優しく強く、理想の存在でいつづけた兄。ギャルなんて私と対極に位置するものになってはしまったが、ちゃらちゃらしてても心根は優しい子だった妹。


 家族が皆、泣いている。のぼっていく煙を見つめて、母が泣き叫び、兄が悲しみを堪えて母を支え、妹は俯いた顔を上げない。


 嫌な光景だ。家族には笑っていてほしいのに。


 でも。


(……私には、どうしようもない……)


「そう、あんたにはどうしようもない」


 背後から、聞き慣れたようで聞き慣れない声が聞こえた。ゆっくりと、振り返る。そこに立つのは――“私”だ。


「死んじゃったもんね」


 嘲笑うような表情で“私”が言う。


 そうだ、私は死んだ。どうしようもない。


「どうしようもないね。……そう、あれも」


(あれ?)


 “私”は、指差して示した。場所は、先程家族が泣いていた、その場所。


 家族はもういなくなっていた。


 そのかわり、そこにはうず高く積まれた、“あれ”が――。


「あんたが残した薄い本も、HDDの中身も……どうしようもないね」






「――っひぃぃ……ッ!!!」


 自分の悲鳴で起きるのは、初めてだった。






◇ ◇ ◇






 思い切り叫ばなかっただけ、ましかもしれない。とんでもない悪夢だった。


(途中までシリアスだったのに、なんてオチだ)


 おかげで心折れそうだったのが吹っ飛んだから、よかったけど。ああでも、別のことで心折れそうだ。


 昨夜の恐怖の飲み会から一晩明けて、異世界2日目の朝。私は、なぜかコロナエ・ヴィテのギルドハウスにある自室のベッドに寝ていた。先程、悲鳴を上げて跳び起きたわけだが。


 部屋まで自分で戻ってこのふかふかのベッドに寝転んだ記憶は、ない。誰かが運んでくれたのだろうか? そういえば、眠る直前に、暖かい手に撫でてもらった気がする。その手の持ち主が、運んでくれたのだろうか。


(うーん……思いだせない)


 自室に備え付けてある壁掛け時計に目をやる。


(あ……わかんね)


 数字は読めるものの、元の世界とは違って針が長針ひとつしかなかったため、時間の読み方がわからなかった。今は朝早い時間なのかそうでもないのか。


 とりあえず、それを知るために部屋の外に出ることにした。談話スペースに誰かいるかもしれないし。






 部屋をでたはいいが、談話スペースには誰もいなかった。


(どうしようか……)


 困りながら、周囲を見渡す。


 談話スペースは昨日夕方に訪れたときとは違い、朝の光に照らされて爽やかな空気に満ちている。案内されている時はあまりじっくり見渡すことができなかったので、色々なものに近づいてみた。どの家具類も、パッと見たときと同じく高級そうな家具ばかりだ。


 中央に位置するローテーブルの上には、おいしそうなお菓子がのっていた。食べてもいいものなのだろうか?


 本棚には、分厚い本、薄い本、雑誌っぽいもの様々だ。『おいしい魚料理』『武器大全』……ファッション雑誌っぽいものもある。今度、読ませてもらうのも良いかもしれない。


 そして、ある物の前に差し掛かった時に足がぴたりと止まる。鏡だ。


(……そういえば、ちゃんと見るのははじめてか)


 思えば、この“顔”……湖の水面に映して見ただけになっていた。まじまじ、と自らの“顔”を見つめる。


(相変わらず、すっげー美形)


 さっき、夢に見た元の自分とは雲泥の差だ。白い肌、宝石のような瞳、それを縁取る濃い睫毛、すっきりと通って高い鼻筋、男のくせに薔薇色な唇。なんとなく悔しくなって変顔をしてみたが、綺麗に揃った歯並びやら変顔をしても崩れない美貌やらを見てまた悔しくなるだけだった。


 ただ、髪だけはさっきまで寝ていたためぼさぼさだ。手櫛で整える。


(髪質までいいだと……ふざけてんのか)


 つやつやの髪にまたもイラついた。知らぬ間に与えられたにせよ、自分の体だというのに、なぜイラつくのか。複雑な乙女心、というやつだろう。まあ有り体に言えば僻みだ。


 しかし……なんとなく、顔の左側にかかる髪の毛が長すぎて鬱陶しい。なぜか左側だけ。掴んで持ち上げてみると、すっきりと顔が見えて美形が引き立って……イラっと……もう止めよう。僻み根性をどうにか直したいところだ。


 この鬱陶しい毛はいただけない。どうにかできないだろうか……そう考えて、鏡を見ながら一生懸命三つ編みを編み出した。






 しばらくして、ようやく完成。


(よし!)


 もう鬱陶しくない。満足げに息を吐く。


 それと同時に、背後でドアの開く音がした。


「あ、おはよ」


 私の部屋の隣室から、ソルがでてきたようだった。あくびをしながら、私に近づいてくる。


 彼も昨日の飲み会で疲れ切ったのだろうか、クマがひどい。心なしか足取りも重く、尻尾にも元気がない。頭上の獣耳がぺしゃんとなっているのは、可愛かった。


「おはよう、ソル」


 挨拶を返した私を、ソルがまじまじと見つめる。そして、感心したように言うのだった。


「……ヤマト、すっきりした顔してんね……次の日には残らないタイプ?」


 うらやましぃーあいたた、とソルは喋りながらも頭痛に襲われたようだ。


(あ、二日酔いか)


 私はあれだけ飲んだにもかかわらず、二日酔いらしい症状は一切ない。なぜかと考えたとき、あの暖かな波動をだす手に正解があるような気がしてならないのだが。


 そうだ、あのことを聞いてみようか。


「俺、気付いたら部屋に寝てたんだけど、誰かが運んでくれたのかな」

「ん、ああ、そうか……思いっきり撃沈してたもんね。あの後団長が来てさ、ヤマトだけ潰れてたから運んでくれたの」


(!)


 運んでくれたのは、ジェネラルさん。その衝撃の事実に、如何ともしがたい気分になる。


(なんつーもったいない! なんで起きてなかったんだろう……)


 ああでも起きていたら絶対におとなしく運ばれるなんてできなかっただろう恥ずかしくて。


 しかし、恥ずかしいうえに申し訳ない。あとでしっかりお礼を言っておこう。


「あ、そうだヤマト。俺今から風呂行くけど、一緒に行く? 朝食までまだ時間あるし、使い方教えるよ」


 思わず悶々としてしまった私の内心など知らず、ソルは言った。


 風呂、というと、1階にある大浴場のことだろうか。確かによく見てみれば、ソルは手に着替えを持っている。


 そういえば昨日は意識を失っていたので、お風呂に入れていない。山道を歩いたりしたので、それなりに埃っぽくもある。


 彼の申し出をありがたく受けることにし、着替えを取りに自室に戻った。






◇ ◇ ◇






 昨日案内されたときは、中庭から繋がる離れの大浴場の外観を見ただけだ。外観を見ただけでも平屋建ての広めの一軒家くらいの大きさはあったので、随分広いお風呂なんだろうなぁなんてその時は思った。


 広めの入口から入ると、そこから先は男子風呂と女子風呂に分かれていた。まあ、当たり前か。


 2人歩みを揃えて男子側の脱衣所へと入り、ソルから使い方の指示を受ける。


「ここの棚に、服とか持ち物入れてね。使っていい綺麗なタオルとかはこの棚に入ってる。いちお、貴重品は置いとかないことになってるから気を付けて」

「うん」


 銭湯だ。小さな頃、数回行ったことがある。並んでいる棚といい、脱衣所全体の雰囲気といい、一般常識として知っている銭湯とほぼ大差なかった。


「あ、そうだ。洗ってほしい服があれば、あっちの籠に入れとけばジェーニアがまとめて洗ってくれるから」

「え、ジェーニアさん、1人で全部やってくれてるの」

「そうそう、家事全般は全部ジェーニアがやってくれてるよ。目が合うと手伝わされるけどねー」

「あ、はは……」


 と、いうことはジェーニアさんは8人分の家事……炊事洗濯掃除を一手に引き受けているわけだ。昨日言っていた、ギルドのおさんどん担当は彼女のことだったのか。外見からは想像もつかない、すごいバイタリティである。とても真似できそうにない。


 衣服は、洗濯後に談話スペースに置かれるそうだ。さっさと回収しないと、いつの間にか無くなることもあるので気を付けた方がいいらしい。






 洗濯についての説明が終わり、ソルが「じゃあ入ろうか」と言って衣服を脱ぎだした。一瞬、固まって、すぐに思い出した。そうだ、服は脱がなければならない。お風呂に、入るのだから。


(なに忘れてんだ私は)


 他人と一緒に風呂に入るなんて、修学旅行以来だ。それも同じ女子同士でも恥ずかしかったのに、異性となんて。隣のソルは着々と服を脱いでいる。


(……直視できない)


 異性の生着替えなんて見る機会はほぼなかった。たまに兄の着替えを事故で目にするくらいだったのに、こんな風にいきなり真隣で着替えだされるのはどうも落ち着かなかった。意識されていたらいたで問題だが、気にもせずにぱっぱと脱いでいくソルがちょっと憎い。すぐに彼の引き締まった上半身があらわになり、慌てて目を逸らした。


(ソルにとっては私は同性なんだし、過剰に反応してたら変だよな)


 そう思い、なるべく気にしないようにして、自らも衣服を脱ぎだす。


 そういえば、裸になるのはこの身体になってからはじめてだ。脱ぎきった後に慌てて腰に布を巻きながら、自らの身体を見下ろしてみた。


(……白ッ)


 真っ白だ。くすみひとつない。そして、引き締まった身体のバランスが美しい。男のくせに腰にくびれがあるせいで、妙に色気がある。どうよこれ、とまたも僻み根性が出てしまい、思わず隣のソルに視線を移してしまったら、彼も同じく腰に布を巻いたのみのほぼ裸になっていた。


「……白いね」

「……は? それ……ヤマトが言う?」


 苦笑して言われる。


 いや、この身体も白いが、ソルも随分白かった。くすみひとつないこの身体と違って、彼の身体には大小様々な傷がところどころにあるのだが、肌の白さのせいでその傷跡が目立つ。そして彼は着痩せしていたようだ。脱いだところを見てみると、なかなか厚みがある。身長も高いしイケメンだし、これはさぞかし女子にモテるだろう。


 私の身体の彫刻的な美しさと違い、彼が持っているのは野生的な美しさだ。


 さっきの恥ずかしさも忘れてガン見していたら、唐突にソルが私の腰を掴んできた。ガシッなんて擬音がつきそうな勢いで。


「!?」

「ほっそ」

「そ、ソル……何すんの」

「いや、細いなぁと思って。ちゃんと食ってる?」


 確かに、ソルの大きな両手は私の腰をひとまわりしてしまいそうだったが。とにかく、掴まれているところがむずむずする。ソルはまだ両手で腰を掴んだままだ。


「離してください……」

「あ、ごめんごめん」


 頼んだら、パッと手を離してくれた。


(心臓に悪い)


「あまりにも細いからびっくりしちゃって。……ほら、行こう」


 そう言いつつも、なんだか知らないが無表情なソル。びっくりすると無表情になるタイプだろうか? 身体を翻してさっさと風呂場に向かう彼を、さっきしたばかりの三つ編みを解きながら追いかけた。






「うわ……広いね」


 初めて入った大浴場は、その広さで私を驚かせた。これが女子側にもあるのだから、やはり相当広いだろう。


 前の方に洗い場が並び、奥には大きな湯船がある。


 洗い場には、流石にシャワーはないものの、蛇口が並んでいた。そして湯船には並々とお湯が満ちている。湯船のお湯はだいたいいつでもわいているので、ジェーニアさんが掃除している時以外は自由な時間にお風呂に入って良いらしい。


 厨房で蛇口を目にしたときにも思ったのだが、私の持っている異世界イメージとは違って、水道設備等はずいぶん整っているようだ。


「体洗う用の洗剤とかは、全部まとめてあっちに置いてあるから。使ったら戻すのが原則ね」

「うん、わかった」






 体を洗い、泡を流して湯船に入る。暖かい。湯船につかるのは好きなので、こういうお風呂があるのはありがたかった。


 隣で湯船に浸かっているソルを横目で見る。彼は長い足を投げ出して、気持ち良さそうに目を閉じていた。おもいきり尻尾が湯船に沈んでいるが大丈夫なのだろうか。


 私も身体を沈めて肩までお湯につかる。思わずため息が出た。






 だがしばらくそうしていて、だんだんと沈黙が気になってきた。何かないかと、話題を探す。とりあえず、昨日のことを話題に上らせることにした。


「あのさソル。昨日、ありがとね、トイレで」

「ん、ああ……うん。君を守るのが任務だし、そんなの気にしないで。……っていうかね、言ったと思うけど、俺、寝ちゃっててさ……個室の中で。出てくのめっちゃ遅かったよね……ほんとごめんね」


 苦笑いして彼は言った。そういえば、彼らには私を保護しておいてほしいという依頼がきていたのだと思い出す。でも、あのむくつけき男衆を追い払った後、ソルは私を気遣ってくれた。仕事だからというだけではなく、ただ単純に私のことを助けてくれたのだろう。それが私にはとても嬉しいことだった。


「いや、助けてくれただけで嬉しかったから……」

「そう言ってもらえるとありがたいなぁ。……あ、みんな多分一悶着あったのは気付いてると思うから、俺が寝こけてたのは黙っといてね……怒られちゃうから」


 最後に、冗談めかして言う。


「うん、黙っとく。……そういえばさ、昨日……あの人たちにコロナエ・ヴィテ知ってる? って聞いてたけど、あれってどういう意味?」


 ソルがそう言っているのを聞いて、ちょっと気になっていたのだ。


「ああ、あれね。このギルド、けっこう有名だから。まず団長が有名人だし、でかいギルドと繋がりあるし、国の上層部からの依頼もちょくちょく入るしね」

「……なんか、すごいね」


 聞いただけですごいのがわかる。ソルは事もなげに言っているが……国の上層部から依頼が入るって、かなりすごいんじゃ。


「んで、このどでかいギルドハウスにも関わらずに少人数でしょ? 新人もほとんど入れないし……外部から見たら、相当謎なわけ」


 俺らから見てもかなり謎だけどね……と乾いた笑いを零すソル。


「だから、このギルドの存在をちょっと知ってる奴なら、名前聞いただけでまず怯むの。……昨日の奴らは、そうじゃなかったけどね」

「……なるほど」


 しっかり理解した。君子危うきに近寄らず、ってわけだ。そんな得体のしれない力を持っていそうなギルドに、喧嘩を売りたくはないだろう。


 ソルは続けて言う。


「でもさ、このギルドがすごいのって、ほとんど団長のおかげなんだよね。ギルドハウスは団長の伝手で手に入れたらしいし、でかいギルドとか国の上層部とかとつながりがあるのも団長らしいし。……ほんと謎だ、あの人」


 ジェネラルさんは、やっぱりすごい人なのだ。あの男前に、さらに権力とコネクション追加。どれだけ完璧超人なのだろう。そんな大人物に、私は昨日酔っぱらって運ばれたわけだ。


(あああ、思い出さなきゃよかった)


 またも悶絶。彼に関連してしまうと、私は悶絶してばかりだ。きっと人間性に差がありすぎるせいだろう。


 この話が終わったところでソルがそろそろ上がろうと言いだしたので、私たちは大浴場を後にすることにした。


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