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Trans Trip!  作者: 小紋
12/122

2‐(11).酒は飲んでも飲まれるな

 止める間もなく走り去り、驚異的なはやさで歓迎会の予約を入れてきたジェーニアさん。


 歓迎してもらえるのは嬉しかったが、あまりにも急に話が決まってしまったので、私は目を白黒させていた。でもなんだかまわりの人たちは乗り気で、楽しそうだ。


「おぉ、飲みは久しぶりだね! エナ、いっぱい飲んじゃうよー」


 意気込むエナ。


「……あんた、大丈夫なの? 疲れてるんじゃない?」


 隣にいたニーファは、私の心配をしてくれているようだ。確かに、今日は色々なことがありすぎて頭が飽和状態ではあるが、幸い強くてニューゲーム特典のおかげで疲れはない。だいじょぶだよ、とつげたら、ならいいわ、と言われた。無表情だが、心なしか、ニーファも嬉しそうだ。お酒が好きなんだろうか?


(うーん、好きそう)


 そうだ、お酒、といえば。


「この世界って、お酒に年齢制限とかあるの?」

「年齢制限? ああ、子どもは飲むなとは言われているわね」

「あ、そうなんだ。俺16歳なんだけど、大丈夫かな」


 一応、聞いてみる。本当ならあと数カ月もしないうちに17歳だったのだが。


(……なんか切ない)


 だが気付くと、私の言葉を聞いたニーファは固まっていた。なんだろう、何か変なことを聞いただろうか。


「ちょっと、悪いんだけど……もう一回言って頂戴。何歳?」

「16歳」


 聞き返されて、自分の年齢を繰り返す。


「16歳!?」


 響き渡る声。突然大声をだされて、私は身体をびくつかせてしまった。


(え、何!?)


 あまり表情が変わらないのでわかりにくいが、ニーファはかなり驚いているようだ。ニーファの大声を聞いたこの場にいた面々も、かなり驚いた顔をしていた。


 まずったかもしれない。そういえばこの美青年、綺麗すぎるせいかわからないがかなり大人っぽい雰囲気だった。少なめに見積もったとしても、16歳には見えないかもしれない。


「えーっ!!! ヤマト、16歳なのぉ!? 年下!!!?」

「マジで……?! 4つ下……」

「うっそー! 見えません!」

「あらまあ、すごく大人っぽいわねぇ」


 四者四様に、驚きの言葉を述べている。


 エナ、どうやら年上だったようだ。そして、つぶやきから察するに、ソルは20歳……成人だ。ジェーニアさんはストレートに驚きを表し、エデルさんはオブラートに包んでくれている。


 まずい。せっかく詐称した設定がおかしくなるかもしれない。


(いやでも)


 ……老け顔な子ってけっこういるだろう。たまーに、中学生なのにおっさんに見える人だっている。


(よし、老け顔を気にする設定でいこう)


「あ、ごめん……見えないよね……。俺、かなり老け顔で……」


 目を伏せ、眉根を寄せて、わざとらしく悲しそうにしてみる。演技なんてしたことないから、かなりわざとらしかったかもしれない。だが、みんなうまいこと騙されてくれたようで、慰めの言葉をもらった。


「ごっごめんねヤマト! 別に老けてるって言ってるわけじゃ……」

「そ、そう! ちょっとビックリしただけ! な!」


 エナとソルが2人がかりで、フォローになってるんだかなってないんだかわからない言葉を言うのに頷きながら、申し訳なくなった。なんか、ごめんなさい。


「……まあ、飲酒に年齢制限はないから、問題ないわよ」

「そうなんだ、ありがとう」


 このままだと話題の中心がすりかわりそうだったが、ニーファが無理矢理軌道を戻してくれた。エナとソルはまだあわあわしている。


 飲酒に年齢制限がない、ということは飲んでもいいんだろう。少し、心が浮き立つのを感じる。年頃ならだいたいそうだと思うが、お酒にはけっこう興味があるのだ。


(よし、飲もう!)






 歓迎会なのだから今いるギルド員は全員参加、ということで。ギルド長室にいるジェネラルさんを呼びに行く段になり、ジェーニアさんがちょうど走りだしかけたところで、階段から足音がしてジェネラルさんが降りてきた。物音に振り返って見てしまい、目が合う。どうすればいいのかわからなくなって会釈したが、ジェネラルさんは微笑み返してくれた。


(ジェネラルさんに、女だって知られてるんだよな……どう思われてるんだろう……)


 聞く勇気はないけれど。目が合って微笑み返してくれるのならば、きっと気持ち悪いとは思われていないのだろう。


「なんだなんだ皆集まって。どうした」

「あ、団長ー! 新人さんがこんなに男前ならはやく言っといてくださいよぉ! そっこーで予約入れて来たんで、今からこのメンツで歓迎会ですよ!」

「ああ、行動が早いなジェーニア。……だが悪い、これから少し用がある」

「ええー!?」


 ジェーニアさんはかなり不満顔だ。


「ノリ悪ーい、その用あとに回せないんですぅー?」


 私はというと、ジェネラルさんが来ない、ということに残念なような、少しほっとしたような複雑な気分になった。いつまでも見ていたい気持ちもある。だけど大人でかっこよくて偉い人、なんて横にいるだけで緊張するのである。キャラクター愛と恋愛の違いだ。


 うっかり俯きがちにそんな面倒くさいことを考えていたら、どうやら残念そうにしているように見えたようで、近づいてきたジェネラルさんが私の頭を優しくぽんぽんと叩いた。ふ、と彼の顔を見上げる。


「悪いな……せっかくの歓迎会なのに。用が早く終われば、足を運ぶようにする」

「は、はい……」


 すまなさそうな笑顔が、クリーンヒットした。


 鳥肌は総立ち。どうしてくれようこの男前、確実に天然たらしだ。その気なしに女子の頭をぽんぽんなんてするもんじゃない。こんなことをひょいひょいやっているようじゃ、勝手に恋慕され嫉妬されが積もり積もっていろんな噂話も立つってもんである。


 なんて。


 思わず怒り狂ってしまったが……、頭ぽんぽんなんてされたのは久方ぶりだった。そんなことをしあうような親密な人付き合いができるほど器用ではなかったし。母も、兄も、妹も、そんなことをする“がら”ではなかったし。唯一してくれそうな雰囲気のあった父も、……私が小さな頃に病気で他界して久しい。思い返すと、私はすごく寂しい人のようだ。来世はもっと人付き合いが上手にできるように生まれたい。


(ん? これが来世みたいなもんだろうか……)


 来世、というのにはちょっと違う気がするので、これはノーカンで。


(来世から本気出す)


「じゃあな」


 ジェネラルさんは私に衝撃と決意を残して、ひらひらと手を振った後さっさと歩き去る。


「あーあ、団長ってばー。ヤマトさん、なんか団長も残念に思ってるっぽかったから、許してやってくださいねー!」


 ぷんぷんするジェーニアさんへの返事は、魂の抜けたようなものになってしまった。






◇ ◇ ◇






 わいわい連れ立ってギルドハウスを出て、酒場に向かう。ジェーニアさんが予約を入れたという店は、コロナエ・ヴィテのギルドハウスの目と鼻の先だった。なるほど、予約を入れて帰ってくるのが早いはずである。


 目の前の酒場の外観は、大衆食堂、という感じだ。だが、酒場、という語感がいい。


(冒険者っぽいじゃないか)


 そうだ、冒険者ギルドだから酒場なのか、といまさら納得する。その酒場に、ジェーニアさんが先頭きって元気良く入って行く。


 夜に入ったかくらいの時間帯だったので、店内はそれなりにこみあっていた。ウェイトレスさんが走り回り、注文をとったり料理を運んだり忙しそうだ。がやがやと賑やかな雰囲気。客層は……。


(冒険者、って感じ?)


 強そうだったり、防具を着こんでいたり、テーブルに武器を立て掛けたりしている人達ばかりだ。元の世界の居酒屋に存在するようなファミリー客とかは、一切いない。


(うん、ファンタジー世界の酒場……)


 夢を壊さない感じの雰囲気でいてくれて、嬉しい。


「ちーっす! ジーンさーん! 来たよ! さっきも来たけど!」


 店の喧噪に負けないくらい元気なジェーニアさんの挨拶。それに反応したのは、カウンターの中の青年だった。おそらく、酒場のマスターだろう。若者、というほどではないが、私が想像していたような酒場のマスターよりは若い。ウェーブしたダークブラウンの短髪とたれ目を持つ、色男だ。


 彼、ジーンさんはジェーニアさんを見て、うんざりした顔をした。


「お前な……」

「ん、何?」

「突然入ってきて『予約! よろしく!』とだけ言って走り去るのを止めろ。何かと思った」


 第一声が、つっこみだ。


(常識人の突っ込み役、と見た。キャラクター的に)


 しかし、ジェーニアさんの行動は実に突拍子もないものである。このくらい自由に生きていきたい。


「えー、いいじゃないですか! 売り上げに貢献してあげるんですから! ほらほら、お客様立たせてないで、席に案内してくださーい!」

「お前……はあ、いいわもう。……お、あれ? 新人?」


 頭痛がするときのような俯いて頭を押さえる動作をした彼だが、顔を上げたときにこの濃い面々に混じる私を目にしたようで、不思議そうな顔をする。


「そうでーす! イケメンでしょ! ヤマトさん、この人はわたしたちがよく来るこの酒場のマスターのジーンさん」


 厳密には新人ではなく保護対象なのだが……そこまではギルド外の人間には説明しないのだろうか?


 それにしても、私が目の前にいるというのに、イケメンだのなんだの言うのは止めて欲しい、恥ずかしい。こういうテンションは、主におばちゃんのものなのではないだろうか。恥ずかしさを隠しながら、自己紹介と挨拶をし、会釈をした。


 しかし、まじまじと私を見た店主のジーンさんは、感じ入ったように呟く。


「……おお、すごい別嬪さんだな。イケメンってことは……男か」

「あ、はい……男です……」

「おっと、すまんすまん。いきなり不躾だったな。ジェーニアが紹介したとおり、俺はジーンだ。よろしくなヤマト」


 ジーンさんの挨拶にもう一度会釈を返す。最初の印象よりは、好奇心の強そうな人だ。


「いや、しかし珍しいな。新人か」

「そー、もう期待の新人。将来有望株ですよぉ。おたくの娘さんのうちどれか一人の婿にどう?」

「馬鹿言え」


 心底、そう思っているように鼻で笑われた。どうやら、お眼鏡にはかなわなかったようだ。


(常識人突っ込みキャラに、娘愛属性追加?)


 冷静にジーンさんの属性を追加している一方、ジェーニアさんのキャラクターはどんどん掴めなくなってきた。言ってることが自由すぎる。近所のおばちゃんキャラなのだろうか……。


 というか、今気付いたのだが、ニーファたち他の面々はさっさと席についていた。ソルに手招きされたので、まだまだジーンさんと話し続けるジェーニアさんを置いて、私も席につくことにした。






 しばらくメニューを囲んでわいわいやっていると、ジーンさんと話し終わったらしいジェーニアさんが戻ってくる。


「いらっしゃいませ~、みなさんお久しぶりです」


 それと同時くらいに声を掛けてきた店員さんのブロンドのセミロングの上には、三角の獣耳がちょこんとのっていた。かわいらしいウェイトレス服を着た彼女にそんなものがついていると、何かのプレイのようだ。


 よく見ると、金色の瞳の瞳孔は縦。猫のエディフ……というやつだろうか。だが尻尾は見えない。


「久しぶり~、ウランカちゃん。今日、歓迎会でさぁ」

「あ、そうなんですか? こちら、新人さん?」

「そうだよぉ。ヤマトっていうの」


 みんな親しげだ。さすが、馴染みの店だけはある。私はどうしても店員さんとはどれだけ顔馴染みでも敬語でしか喋れないので、なんか羨ましい。ウランカちゃんと呼ばれた猫耳の彼女にも、当たり障りなく挨拶をした。


「わー、かっこいいですねぇ」

「みんな言うよねぇ。ジーンなんか、“別嬪さんだな”だってぇ! オヤジ臭ーい」

「あはは、父さんはいつもそうじゃないですか」


 “父さん”、そう言った。どうやら、このウランカちゃん、ジーンさんの娘のようだ。


(……あれ?)


 いや、ジーンさんは普通のヒューマンだった。このウランカちゃんは、猫のエディフだ。ウランカちゃんのお母さんがエディフ、とかで……混血、とかだろうか? さらに言うと、ジーンさんはこんなに大きな娘さんがいるほどの年齢には見えなかった。そして似ていない。


 種族の違い。これがあるため、元の世界と常識が異なることが多く、言っていいことと悪いことの境目の判断がつきづらい。ジーンさんとウランカちゃん親子にも、もしかしたら、複雑な事情があるのかも。


(ワケアリだったら、きまずいし……軽々しく聞けない……)


 私がぐるぐる考えている間にも、当のウランカちゃんは誰かを探しているようだった。


「……あの、今日って、レイさんはいないんでしょうか?」

「レイはキルケと任務なのよ。帰ってきたら顔合わせ会するから、その時に会えるわ」


 エデルさんは優しく微笑んでいる。レイ、キルケ……知らない名前だ。でも、話の内容からするとコロナエ・ヴィテのギルド員だろうか?


「レイとキルケってのは、同じギルドの仲間。今は別任務だけど、そのうち帰ってくるよ」


 ふーん、みたいな顔をしていたつもりだったが、気を利かせたソルが教えてくれた。本当によく気がつくイケメンだ。


 ウランカちゃんは、どうやらその、レイさんとキルケさんのうち、レイさんの方にお熱なようだ。その時に会える、と言われて、大層嬉しそうな顔をしている。


(どんなイケメンなんだろう、レイさん)


「そうなんですか、楽しみです」


 紅潮した頬でにっこり微笑むのが可愛い。私たちがニヤニヤしてるのを見て誤魔化すように、「ご注文は?」なんて言うのが余計可愛かった。


 みんなが口々に注文を言う。私はメニューは読めるものの、それがどんな料理かはまったくわからなかったので、みんなに任せることにした。飲み物は飲酒初心者でも飲めそうなものをソルに聞いて、それを頼む。


 ウランカちゃんはいそいそと注文をとり、厨房へと向かっていった。


(あ)


 彼女が振り返ったことでわかったことがひとつある。ウランカちゃんは尻尾がないのではなく、団子尻尾なだけだった。小さな丸い尻尾がぴこぴこと機嫌良く動いている。


(かわいい……)


 なんとなくきゅん、としていると、ソルがにこにこしながらウランカちゃんを見つめていた。


「ウランカちゃん、かわいーよね」


 それは大いに賛成する。とくにあの尻尾がいい。しかしわざわざ言ったソルに対して、もしかして、ソル→ウランカ→レイの三角関係なのだろうか? と好奇心が疼いてきた。


「ソルは、ああいう子が好みなの?」


 当たり障りなく聞いてみる。すると、彼はにこにこしながらうん、とひとつ頷いて。


「かわいー子はみんな好み」


 そう言ってにへ、と笑う彼は外見の通りチャラ男っぽい。


(あ、そーいう……)


 なんとなくがっかりだ。


「うわ、ソルうざい」

「うるっせ。お前はかわいくないから好みじゃない」

「うっぜー」


 エナとソルの攻撃しあう会話がイマドキ風で怖かった。オタクな腐女子をはさんでそういうやり取りをするのは止めて欲しい。






「お待たせしました!」


 その声を聞いて、ウランカちゃんが料理と飲み物を運んで来てくれたかと思ったのだが……、似ているだけで違うウェイトレスさんだった。一番近かったソルがお礼を言いながらものを受け取り、テーブルにのせる。


 どれもおいしそうだ。湯気が立っている。


「ほんとだぁ、レイさんいない……ちぇっ」


 料理を渡し終えてそう呟いたウェイトレスさんは、ウランカちゃんそっくりの顔をしているものの、髪の長さと雰囲気……そして尻尾が違った。髪はショート、尻尾は団子ではないものの、かぎしっぽだ。


(これも、かわいい……にゃんこ万歳)


 レイさん、がいないことでつまらなさそうな顔をしたかぎしっぽの彼女に、エナが話しかける。


「ウナルたちって、ほんとにレイ好きだよねぇ」

「だって、かっこいいし……あ、この人がヤマトさん? あたし、ウナルっていいます! ウランカはお姉ちゃん! よろしくね!」


 元気良く挨拶された。私も自己紹介と挨拶、そして会釈を返す。


 ウランカちゃんの妹、ウナルちゃん。と、いうことはジーンさんの娘さん2人目だが、ウランカちゃんと同じく、父親にはまったく似ていない。猫姉妹だ。実に可愛い。そして、この子にも好かれているというレイさん、の存在がいっそう気になる。


「あと、もう1人お姉ちゃんがいて、ヴィオネラっていうの。おーいヴィオー!」


 言うなり、大声で呼びながら手を振る。すると、厨房から背の高い女の子が顔を出し、ぺこりと会釈をして戻って行った。遠目でパッと見た感じしかわからなかったが、ブロンドのロングヘアを持つウランカちゃんとウナルちゃんそっくりのエディフの女の子だ。厨房にいるからだろうか、髪の毛は高いところでポニーテールにしていて頭巾をかぶっていた。


「あれー、こっち来ればいいのに。ま、忙しいしなー。じゃ、みんなゆっくりしてってねー」


 元気良く去っていくウナルちゃん。


(三人姉妹……)


 1人だけでもかわいいのに、3人もいるなんて。看板娘効果倍増で、この店が流行るわけである。


「ウナルはもうちょっとお淑やかだったらなー」

「まーた言ってるよ、ばーか」

「ばかとはなんだ」


 ソルとエナの会話だ。ソルのタイプは、多分可愛くて優しくて女の子らしい子、だろう。だいたい予想がつく。






 思えば、この異世界に来てから摂取した飲食物といったら、湖の水を一舐め、くらいだったのだ。それでもそこまで飢餓状態ではないのは、またしても強くてニューゲーム特典のひとつだろうか? だが、目の前においしそうな食べ物があるとお腹が空いているような気もしてくる。


「じゃあ、ヤマトさんようこそコロナエ・ヴィテへ、ということで! かんぱーい!」


 ジェーニアさんが乾杯の音頭をとり、みんなもそれに続いて乾杯をした。緑色のカクテルの入ったグラスをみんなのグラスに寄せカチン、と音を鳴らす。そして、口を付けて飲んでみた。


「ん」


 おいしい。


 アルコール=苦いみたいなイメージがあったが、これは甘くて飲みやすい。飲み物がおいしいので、箸が進む。異世界に来てからはじめての食べ物……肉、魚、野菜なんでもござれだ。テーブルのうえに並ぶそれらがなんという名前なのかは一向にわからないが、とにかく、すごくおいしかった。自然、飲み物もたくさん飲む。


(なんか、あったかくなってきた……)


 もう、このあたりでけっこうキていた。そんな私を見てソルがニヤニヤ笑っていたことには、最後まで気づかなかったのである。






◇ ◇ ◇






 ニーファはため息をつく。


(あーあ……)


 目の前で酔い潰れて、ぐったりとテーブルにうつ伏せになるヤマト。


「わざとでしょ。そんな悪酔いしそうなやつ勧めて……」

「あはははー、だって俺に聞くんだもん!」


(なにが、“だもん”だ)


 ソーリスがヤマトに勧めたのは、甘さが強く飲みやすいのにアルコール度数が高い、酔っぱらいやすいものだった。目の前の虎男は顔を赤くして大声で笑いながら、言い訳になっていない言い訳を吐く。外見よりずっと落ち着いている普段のソーリスからは、あまり聞かない馬鹿笑い。こいつもけっこう、酔っているのだ。


 ニーファはざるを通り越して“わく”の人間だった。酒で酔ったことはないが、酒は好きだ。浴びるほど飲んでも支障がでることはないので、この体質は気にいっていた。


 コロナエ・ヴィテの面々は酒の強さは各々違うものの、皆普段から酒を嗜むので、“飲み方”を知っている。よって、醜態を晒すことはない、ほとんど。


 だが、ごく稀に、間違える日もあるのだ。


「今日がそうね」


 ニーファはどこへともなく呟いて、しまりのない顔で笑いながらぐいぐいとカクテルをあおるソーリスを観察する。


(何舞い上がってるんだか)


 ニーファは、ソーリスがニヤつきながらヤマトに強い酒を勧めたあたりから、ずっと2人を観察していた。疑うこともなく強い酒をしこたま飲んで撃沈することになったヤマトには、同情を禁じ得ない。


(おもしろそうだと思って放置したあたしもあたしだけどね)


 おそらく、ソーリスはヤマトがやってきたことが嬉しいのだろう。


 依頼主から頼まれたヤマトの保護期間は、無期限。保護対象であるヤマトにギルドの仕事をさせるわけにはいかない(本人がやりたいと言い出さない限りだが)ので、同輩というわけにはいかないが、一緒に生活する仲間が増えることになるのだ。ソーリスとエナがこのギルドに入ったより後に新しく人が入ることはなかったので、はじめて後輩ができたくらいの気分なのだろう。


 やたらと強い酒を勧めたのは、いたずらのつもりだろうか。いたずらの顛末を楽しむより先に、酒で楽しくなってしまっていては意味がないだろうに。


(このままいくと、どうなるか……見ものね)


 吐くか意識を失うか……。もちろん、どうなってしまったとしても、彼女には介抱なんてするつもりはないのだった。






 エナとエデルとジェーニアは普段通りだ。普段通り、強めの酒を自分のペースで飲んでいる。そして、普段通りエナとジェーニアが騒ぎ、エデルが相槌をうちながら酒に集中していた。


 コロナエ・ヴィテの女性陣は、酒に強い。そして男性陣は、ジェネラルを除いたみんなが酒に弱かった。


「ソル、ずいぶん酔ってるわねぇ……ヤマトくんもさっきから動かないし、大丈夫かしら?」


 エデルはかなりの量グラスをあけているにもかかわらず、顔色一つ変わっていない。まったく反応を返さないヤマトに笑いながら話しかけているソーリスを見て、心配しているようだ。


「死にゃしないわよ」

「もう、そういうこと言わないのニーファ。けっこう怖いのよ? お酒って……」

「あんたが言っても説得力無いわね」


 我関さずの態度を貫くニーファを嗜めるように言うと、エデルはわざわざ席を立って声をかけにいった。


「ほら、ソル。そろそろお水にしなさい。顔真っ赤よ。……ヤマトくん、ヤマト? 大丈夫?」


 呂律の回っていない口でだぁーいじょうぶですよぉーなんて言うソーリスに有無を言わさず水を渡し、ヤマトの肩を掴んで揺する。今まで微動だにしなかったヤマトだが、エデルに揺さぶられたことで意識を取り戻したようだった。


 意識を取り戻したヤマトの目は虚ろだ。ぼーっとしていて、なかなか焦点が定まらない。頬は赤く火照り、口は半開き。彼の美しさのせいで何かいけないものでも見ているような気分になったエデルだったが、相手は酔っぱらいと自分に言い聞かせて、水を持たせたり声を掛けたりと介抱をする。しばらくは沈黙のままだったヤマトだが、突然立ち上がって口を開いた。


「……おといれ……いってきます……」

「あ、俺もー!」


 間髪いれず未だ楽しそうなソーリスが同調し、連れ立って席を立つ。


 2人とも男子なため、エデルがついていくわけにもいかない。かなり足に来ていてふらふらしている後ろ姿を見つめながらも、エデルには「大丈夫かしら……」と呟くことしかできないのだった。


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