11‐(11).説教はなるべく短めに
私たちには忘れていることがあった。それは絶対にしなければいけなかったことで、何故今の今までそれを忘れていることができたのかと自分を責めなければならないくらいの重大さを持つものだ。
それを忘れていたせいで、私たちは今、痛む足に震えながら、四人全員、項垂れることになっている。
私たちの誰かの内一人だけでも注意深くあったのならば、避けて通れた事態。だがこれは本来ならばもう少しだけ先にあるべきことだったのだ。もし忘れていたことをどこかで思い出せたとしても、これがレボカタス砦の一室で起きるなんて、誰も想像できなかったに違いない。これが起きるべきは今より未来だった。具体的には、リグにある、コロナエ・ヴィテのギルドハウスに帰った後に。
「そもそもこんな危険なところに来ては欲しくなかったんだが、百歩譲ってそれは許そう。ヴィーフニルのためだ。だが、だがな! どうして俺に一言言ってくれなかったんだ!」
「はい……すみません……」
悲痛な叫び声に、四人声を揃えて返した。足が痛い。……ついでに耳も。
目の前には……まさかの、ジェネラルさん。若干の涙目を一生懸命吊り上げて、必死のお説教の最中。
それを受けているのは、ジェネラルさんの前に整列して正座している、私とソルとエナとパーシヴァルさんの四人です。全員足が完全に痺れてます。
なんでこんなことになっているかというと。私たちがこの砦に行くっていうことをジェネラルさんに言い忘れて出発しちゃって、諜報官の子たちが焦って伝えにいったけどジェネラルさんはお仕事中でいなくて、仕事から戻ってきたジェネラルさんがやきもきしながら待ってたら聖人様云々の話が伝わってきて、心配が爆発して、使者である騎士団の第五隊の人たちに半ば無理やり同伴して、砦で私たちを捕まえて今に至ります。
言い忘れていたことを見事に忘れていた私たちだが(エデルさんとかには言ったんだ……)、砦にやってきたジェネラルさんの笑顔を見て唐突に気付いた。全員。四人一斉に血の気が引いたね。音聞こえたもん。ざーって。
ジェネラルさんの満面の笑みが怖かったのは……二度目くらいの経験。
「おい……誰だよここ来るって言ったの……言った奴が気付けよ……」
隣からぼそりと文句が聞こえてくる。うんざりした口調で言ったのはパーシヴァルさんだ。私は、あえて彼には視線を向けずに前を見て小声で返す。
「お、俺とソル、ですけど……許可出したのはパーシヴァルさんで……許可出したんだから気付いてくれたって……」
「知らねえ……俺は知らねえ……」
「ず、ずるい。っていうかなんでエデルさんには言ったのにこっちまで気付かなかったんですか……」
「ああ? ヤマトちゃんは気付けたのかよ」
「……まったく」
「だろぉがよ」
ふん、とパーシヴァルさんが鼻を鳴らすと、ジェネラルさんが厳しい目つきでこっちを睨んだ。
「喋ってないでちゃんと聞きなさい、二人とも」
はい、としおらしく返す。でも、もう限界が近い。だって既にお説教が始まってから体感で三刻ほど経っている。
これいつまで続くんだろうと更に深く項垂れたところで、ふたつ隣のエナが泣き声を上げた。
「もうしないよぉ~だんちょーごめんなさい~、足痺れて痛いよぉ許してぇ」
「……い、いや駄目だ」
あ、今のは惜しかった。泣き落し作戦がいいかなぁ。
一旦揺らぎかけたお説教が再開する。うう、と呻きたいのを我慢して、パーシヴァルさんとは逆隣のソルを窺った。べそべそしてるエナやうんざり顔のパーシヴァルさんと比べて、けっこう普通の表情だ。
「……ソル、余裕ある、ね?」
「あー、俺、最近一回あったし。……でも相変わらず足は痺れる……」
「……触ってい?」
「だっ、駄目!」
「こらそこ、無駄口!」
ソルがリアクションでかいから私語がばれた……。と、私が話しかけたのが悪いにも関わらず恨んでみる。
あまりにもお説教が続くと、自分たちが悪いとわかっていても逆に反省できなくなっていくから問題だ。いや、本当に心配掛けたし申し訳ないとは思っているんだけど、流石に三刻は長いっていうか。だって三時間だぞ。
私たちが長いと思っていてもお説教する側はし足りないのがお説教である。お互いあんまり得しないまま時間ばかりが経っていく。
そのうち私がわざと虚ろな目をしてみて「あははレイプ目~わーい」とか思って遊び始めると、ノックが部屋に響いた。
ジェネラルさんがお説教を中断して扉を開けると、来訪者はイクサーだった。ジェネラルさんに捕まった時に別れて以来だ。使者が来るまでという期限で護衛だった彼は、私をお説教から守ってくれなかった。まあ多分あの瞬間ちゃんとお金で雇って護衛してもらってたとしてもお説教からは守ってくれなかったと思うけど。
一瞬だけ私たちを見て目を逸らした彼の顔は明らかに強張っている。……多分、お説教が発生しているのはわかってたけど、流石にもう終わってると思ったんだろうな。だって三時間だぞ。
藪蛇は避けたかったようで、なるべく正座している私たちを見ないまま、イクサーはジェネラルさんにお辞儀をした。
「ジェネラル殿、今、少々よろしいでしょうか……?」
「ああ、大丈夫だ」
「折角お会い出来ましたので、聞いていただきたいお話があります」
「同盟の件だろう? ザーハルからの手紙で概ねは把握している。それにも多少関係しているのだが、こちらからも頼みごとがあってな」
ジェネラルさんはにっこり笑った。いつもならじぃんと痺れる系の笑顔なのだが、今はお説教中なためそうならない。足は痺れている。
「お前とカルーアも明日にはリグに帰るんだろう? 凱旋に付き合ってくれないか?」
「……ああ、なるほど。承知しました。こちらもありがたいくらいです」
「察しが良いな」
そのやりとりを聞いて、エナが小さく首を傾げる。
「どゆこと?」
「国が保有する聖人にコロナエ・ヴィテとカヴァリエ両方がついてりゃ、あの同盟の件をスムーズに動かせるようになるだろ。っていうかいいのか兄貴」
私がほほーと感心していると、パーシヴァルさんが現状も忘れて尋ねた。ジェネラルさんは頷く。頷いて、また眦を吊り上げた。
「だけど同盟の件にお前たちはあまり関わる必要ないんだからな。俺が主に動くから。だいたいな、こんな危険なところに来たのだって……」
お説教再開です。これぞ藪蛇。ああー……っていう溜息が聞こえた。三つ。
パーシヴァルさんって、ジェネラルさんにだけは本当に弱いよね。たじたじだ。お説教くさいけど超いい男な兄×破天荒なドS弟いいわー。
……うん、ホモにでも逃げなきゃ、やってられないんです。
結局お説教が切り上げられたのは、砦を出発する翌日に響かないギリギリの時間でした。
◇ ◇ ◇
一人で馬車って、想像はしていたけど相当つまらない。聖人様専用の豪華で乗り心地のいい馬車に乗って五日目の昼、しみじみとそう思う。
ちっちゃい窓から景色を見続けるのも二日目くらいで飽きた。楽しみといったら、休憩時間に皆と話すことくらいだ。コミュ障に人と話すことを楽しみにさせるなんて、相当すごいぞ。
まあそれも残す所半日。あとちょっとの辛抱。
固まった体をほぐすために伸びをする。ついでに窓の外を覗く。そこで気付いた。
「……あれ?」
景色が外の風景ではなく、石の壁になっている。建物に入ったようだ。
補給しなきゃいけないなんて聞いてないのにな、と疑問に思っている間に、馬車が止まった。そわそわしていると、外から声を掛けられる。
「おいヤマト、降りろ」
「あ、はい」
すぐさま席から立ち上がって降りた。休憩時間ぶりの揺れない地面だ。皆は馬を繋ぎにいっていて、パーシヴァルさんだけが目の前にいた。
キョロキョロと辺りを見回した私は尋ねる。
「……ついたわけじゃないですよね? ここどこですか? 今から何を?」
「リグから一番近い神聖騎士団の守備所だ。凱旋にハッタリ効かすために、お前を飾り立てるらしい。ついでに俺らも」
「え」
「おら行くぞ。やってくれる奴らが今か今かと待機してるから、なるべく急いで体綺麗にしろだってよ」
「え、えええ」
話が突然すぎてついていけない。体、綺麗にってことは……とりあえず、風呂か。
原始的な色味の強いシャワー室のようなところでぱっぱと入浴を済ませた後、騎士様に案内されながら目的地に向かって廊下を歩く。飾り立てられちゃうらしいメンバーは、コロナエ・ヴィテの全員と、カヴァリエの二人……イクサーとカルーアさんだ。
数日ぶりに浴室っぽいところで体を洗えたのはありがたかったけど、今からのことは不安でしょうがない。飾り立てられるっていうと、あれが蘇るんだよ……あの、ダンスパーティの女装が……。あああ止めよう思い出すな思い出すな。
唸りたいのを我慢して首を振っていると、大きな扉の前まで案内された。その先は広間っぽい様子だ。そして、大勢の人間の足音と、がやがやという賑やかな声が聞こえている。
全員が前に揃ったところで扉が開けられた。
直後に目に飛び込んだのは、極彩色。そして、時代の先端を生き過ぎて理解できないファッションをした老若男女相当数だ。その全員の視線がこちらに向けられていて、おおいに怯む。
私がおろおろしてる間に、飾り立てられちゃうメンバーの皆が一人一人連れ去られていく。誘拐犯たちは、時代の最先端たちの中でも一番尖っている人たちだった。しかも後ろに部下のような数人を引き連れている。全員先端ファッション。怖い。
最後、私には、大柄なファッショナブルお姉さんがくねくねした動きで近寄ってきた。この人の尖りっぷりも半端じゃない。だって髪が五色。相当エキセントリックな外見してると今までは思っていたキルケさんだって青と緑の二色なのに。しかも部下の数は、他の誘拐犯たちの数倍いる。
大柄ファッショナブルお姉さんは、私の前まで来ると芝居がかった大げさな仕草でお辞儀した。
「お初にお目に掛かります聖人様! わたくしエルイ・ア・ラ・モードのメインスタイリスト、カーチェ・クロニオと申します~!」
あ、うん。声低いわ。オネエ系の方だわ。
推測するに、誘拐犯の皆さんもスタイリストさんだったんだろう。でも、エルイ・ア・ラ・モードって何だ?
「ええと、あの。よろしく、お願いします?」
「ええ勿論です! 安心して全てをお任せくださいませ~! 何せ、世界最高のファッションギルドである我々がこの仕事をするのですから!」
ファッションギルド……そんなのもあるのか。
感心しかけたら、大柄ファッショナブルオネエの方……カーチェさんがぐっと拳を握ったのに合わせて、おおおーっと上がる勝鬨。だいたい野太いそれに私はびくついた。……勝鬨、ではないよね。いやでも、そうとしか聞こえない。怖い。
涙目になりかける私を眺めて、カーチェさんが身震いをする。
「ああ~ん素晴らしいわぁ~! 過去最高品質の素材! 見てるだけで、ああっ、どうにかなっちゃいそう! 触りたい! はやくわたくしの人生最高傑作となるであろうこのお仕事に取りかかりたい! いいですか、もう、いいですか!」
「いいですとも!!!」
「やだぁ~、最高に昂ってきちゃいました! もう! みんなサポートお願いねっ! 行きますよ聖人様!! わたくしが貴方様を、生きとし生けるもの全てが穴という穴から謎の液体を噴いて失神するような美しさに仕立て上げますからね!!!」
何それ怖い。それなんて危険物?
周りに助けを求めようとしたらどこも同じような事態になっていた。隣のスペースにいたパーシヴァルさんだけスタイリストさんと活発な意見を交わし合っている。あ、ジェネラルさんの方はオーラで圧倒してる。すげえこの兄弟。
あ、これ、駄目だわ。一般人には太刀打ちできない。諦めよう。諦めて危険物に仕立て上げられよう。
過去最大級の諦念と共に、私があんまり人に危害を加える生き物になりませんように、とそれだけを願った。
結果はどうなったかというと。……失神者の数が三桁に届いたということだけ言っておく。




