2‐(9).次元の狭間はモニターではない
(ジェネラルさん、かっこよかったなぁ)
前を歩くソーリスとエナ、2人の尻尾が揺れるのを見つめながらも、私は頭の中ではまったく違うことを考えていた。内容はというと、このばかでっかいギルドハウスを所有する冒険者ギルドである『コロナエ・ヴィテ』のギルド長、ジェネラルさんのこと一色である。なんで今さっき会ったばかりの人物のことしか考えられない……いわゆる一目惚れのような状態になっているかというと。
単純に、好みだったのだ。
(顔も、声も、肉付きも、表情も、仕草も、雰囲気も!)
今のところ、非の打ちどころがなかった。だがこの先非の打ちどころがでてきたとしても、然したる問題にはならないだろう。なぜなら、一目惚れしてしまったから。いざ欠点がでてきたって、「ああん、ギャップ萌え~!」と言ってしまえば済むのだ。
(私、一回好きになった人を一生愛することには定評がある人間ですから)
もちろん、“好き”は“恋愛の好き”ではない。あんなクオリティ高い人に私が恋愛感情を抱くなんておこがましいだろう。キャラクターとして、一目惚れしたのだ。今のところのカップリングを考えると……。
ジェネラル×ソーリス、なんて。いいかもしれない。
(大人ないい男×チャラ男……嫌いじゃないな)
でも、こうして楽しんでる半面ちょっと不安も浮かんできた。
それは、いくら二次元っぽくたって、ここは二次元ではないということ。
そう、うかれていて考えるに及ばなかったのだが、ここは二次元とは違うのだ。いくら設定もキャラクター(こう言い切ってしまうのもアレだが)たちも二次元っぽいからといって、私がこうやって自分の視点を“ここ”で持っている限り、ここは私にとっては“三次元”……つまり現実、リアルワールドなのだ。選択肢はでてくれないし、決められたストーリーなんて存在しない。……いや、ストーリーはあるかもしれないけれど、それを知る術がないのならば同じことだ。
現実だから……、目をそらしたいことや嫌なこと、思い通りにいかないこともきっとたくさん起こるだろう。これは確実だ。こんなにも二次元っぽいこの世界で、それが襲ってきたら……。私はきっと勘違いして期待しているだろうから、すごく“失望”するだろう。自分勝手に。そうなることがなによりも怖かった。
「ねーえ、ヤマト」
「あ、な、何?」
エナが、声を掛けてきた。少しどもって返事をする。
(ああ、ゲームの主人公みたくうまいこと話せない。……こういうところも思い通りにいかないな)
「ヤマト、さっきだんちょーに見惚れてたでしょぉ!」
「へあ!?」
うっかり鬱に陥りそうになったところに突然言われて、変な声が出た。つくづく、エナのタイミングって“突然”だと思う。そして、見られてた上にばればれだったということに動揺する。
(なんだへあって)
三分タイマーのウルトラな人か。セルフ突っ込みはむなしい。
「ヤマト顔真っ赤! そうだよねぇ、だんちょーかっこいーもんねぇ……。でも、だんちょーに惚れちゃダメだよ!」
言われたように、頭部に血が集まって顔が熱い。まともに返事もできず、口からは「あ」だの「う」だの単音がでるばかりだ。
しかし、惚れちゃダメ、とはどういうことだろう。疑問に思ったが、すぐに答えは告げられた。
「だんちょー、子持ちらしいから!」
「え」
そもそも、今この体は男なんだから、男が男に対して惚れるとか惚れないとか言うのはおかしい、とか。エナは私のことをどういう人間だと思っているのか、とか。言いたいことはいろいろ、あったが。
(子持ち……)
考えてみれば……おかしいことではない。
そうなのだ、あんなにいい男を、周囲の女が放っておくはずはない。生き物として、雌が立派な雄の子どもを産みたがるのは当り前だろう。そして、クオリティが高い雄のもとには自然とクオリティが高い雌が集まる。ジェネラルさんも男なのだから、決まった相手もいないところにいい女に誘惑されたら靡かないはずがない。いい大人でいい男なジェネラルさんが独身なはずはなかった。みもふたもない気がするが、自然の摂理だ……。
先程懸念した二次元と三次元の違い、思い知りました。ん? いや、これ二次元三次元と言うより……。
(BLとそれ以外の違い、だわ)
先程のジェネラル×ソーリスの夢を砕かれ、絶望。
しかし、もっと大きな爆弾はこの後に落とされた。
「団長、孫もいるんじゃないの?」
「あ、そうそう、聞いたことある。子持ちどころの話じゃないよねぇ」
「孫!?」
私の頭の中で勝手に受け君にされていたソーリスが、復讐のように爆弾を落としたのだ。エナは冗談めかしてけらけらと笑う。私は、笑えなかった。
(孫、孫だと……)
衝撃が頭を殴りつけていく。いや、しかし、孫がいるならおじいちゃん。あんなに若いおじいちゃんなんて、いるわけが……二次元ではいるけれども。
「え、で、でも、ジェネラルさん、あんなにお若いのに……」
悪あがきのように言いつのる私に、苦笑してソーリスがとどめをさした。
「種族の違い、ってやつだよ。だって、あの人俺らがガキの頃から年食ってないし?」
「かたっぽがどんな種族だって、ライトエルフとか混じってれば軽く1000年は生きるもんねぇ~」
納得……したくないが、せざるをえないようだ。ジェネラルさんが、外見の割にすごくお年を召されているのはわかった。そしてそうすると、ニーファも相当のはずだ。彼女の、年の割に異様に落ち着いている理由が判明した。
(ロリババア、間違ってなかった……)
様々な事実が襲ってきて思わず目が虚ろになる。
「ま、子持ちとか孫とか、結局全部噂だけどねぇ~!」
「……え?」
今まで神妙な顔をしていたはずのエナが、がらりと雰囲気を変える。その展開についていけず、私は先程虚ろになった瞳を白黒させてしまった。
(全部、噂なの?)
「団長、有名人なのに過去とか一切謎だから、いろんな噂流れちゃうんだよね」
「そう、なんだ」
確かに……あれだけ男前だし……、人数少ないのにやたらばかでっかいギルドハウスを持つギルドの団長ってところからすごい謎だし。ソーリスがぼやいた内容にも納得できる。彼は他者の好奇心を疼かせる存在なのだろう。
「ニーファに聞いても、全然教えてくれないしぃ」
エナがぶーたれる。でも、身内の過去を喜々として語るニーファも想像できない。
「あ、俺、団長がどっかの王族で、故郷に妾が100人以上いるっての聞いたことある」
「エナが聞いたやつだと、ショタコン趣味ですごい年下の恋人がいるとか、突拍子もないのだと創世記から生きてるとか。……これは流石にナイよねぇ」
あっという間に盛り上がる2人。噂話は尽きないようで。だが、どれもこれもなんだか根も葉もなさそうな噂ばかりだ。有名人の宿命ってやつだろうか。
「でも、子持ち孫持ちってやつが一番有力よねぇ」
「そーだな」
「……そうなの?」
「だってエナたち、噂聞いたら全部ニーファに裏付けとりにいくけど、子持ち孫持ちの話だけ反応違ったもん。何聞いても“さあね”とか“知らない”だったのに、その話だけ“まあいてもおかしくないんじゃないの?”だって」
……全部聞きに行ってるのか。エナは興味深そうに尻尾を揺らしながら話終わると「あ、そうなると」と何かに気付いたように言う。彼女は私に向き直って、こう言った。
「……ヤマト、失恋? 気を落とさないでね……だんちょー以外にも、男はいるよ……」
エナが、哀れんだような目を私に向ける。
(その話、まだ終わってなかったのか……)
ジェネラルさんの噂話のおかげで埋もれたと思っていたのに、蒸し返されてしまった。
だが……彼女の言いようもなんだかひどいが、これは、まずい。訂正しなければならない。
このままでは、私の印象が“田舎から出てきていきなり男相手に失恋したホモ”になってしまう。
もちろん、中身は女なわけだから、男が好きなのは当たり前だ。だが、今は肉体が男なのだからそれに準じなければいけないだろう。ぶっちゃけると、生きていく上で二次元オタク趣味にかまけすぎて恋愛なんてできる気がしていなかったから、別に男として生きていくのは良いのだ。恋愛する気もないから、問題ない。
だがしかし、特殊な恋愛趣向を持つと思われるのは……ダメだ。さっき証明された通り、ここはBL世界ではないんだから、ソーリスとかにすごく警戒されるだろう。悲しいだろうそれは。すごく、ダメだ。
それに、万が一この話がジェネラルさんの耳に入ったら気まずくなる。属する組織の一番偉い人と気まずいとか嫌だ。一個人としてもジェネラルさんには嫌われたくないし。
「ち、違う! わた……お、俺、別に好きとかそういうんじゃない……! かっこいいな、とは思ったけど、憧れみたいなもんだし!」
廊下中に響くような大声で、下手な言い訳だ。私、というのも止めた。もう体は男なわけだし、今の口調に一人称私、はちょっと合わないだろう。
しかしこの短い間によくもまあこれほどたくさん考えたものである。さっきの台詞、大声で言ったせいでちょっと咽てしまった。
「……エナァ、からかうの止めな。ヤマト咽てんじゃん」
「あいてっ」
ソーリスのはたきがエナの頭に入る。パシン、と軽い音だったが、はたかれたエナは頭を手で押さえて恨めしげにソーリスを見つめた。はたいたソーリスは、当然だという顔をしていた。
「か、らかい? げほっ」
「あははー、そんなに必死になると思ってなかった……。ごめんねぇヤマト、ちょっとからかい過ぎちゃった」
「まったく……」
「ごーめんーって謝ってるじゃないぃ。ヤマト、綺麗で物静かだから、もっとお堅い人かと思ったら、からかい甲斐、あるね!」
(いい笑顔で、そんなことを言われましても……)
またもエナの頭に入るソーリスのはたきを見つつ、どうやらエナのからかい相手として認識されたことを感じた。
ソーリスはからかいに乗っかってはこない。今までの言動から見て、ソーリスという人は外見はチャラ男っぽいものの、性格は理性的な大人のようだ。はしゃぎがちなエナを諌める、お兄さん的存在かもしれない。第一印象というのはあてにならない。
しかし……残酷なものだ。“綺麗で物静か”とか“お堅い人”とか。そんな評価がつくのだ、この外見を持っていれば。後者は褒め言葉ではないが、別に格段に悪い意味ではない。もし、私が元の世界にいるときに持っていた外見で同じような行動をしても、“根暗かよ、キモッ”とか“どもってるよ、キモッ”とか“大声出すなよ、キモッ”としか思われないだろう。いや、本当に、世の中は無情だ。
「エナはほっといて、行こっか」
「ソル、ひどぉい!」
ソーリスに背中を押されて、進む。
この見目麗しい2人や、ギルド長室に残った2人、この世界に生きる人々と関わるうえで、ひいては、この異世界で生きていくうえで。今のもんのすごーい綺麗な外見は、確実に進行を楽にしてくれるだろう。
つくづく、恐怖美少女に感謝である。




