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宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する  作者: すずの木くろ


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98話:ある意味メロメロ

 一良はリーゼを連れて自室に戻ると、テーブルに置かれていたエアコンのリモコンを手に取った。

 リーゼは部屋に置かれている冷蔵庫やノートパソコン、大量に積まれているダンボールの山を見て、唖然とした表情で棒立ちになっている。

 一良はリモコンをエアコンに向けると、『冷房』ボタンを押した。

 部屋の隅に設置されたエアコンは「ピッ」と電子音を響かせ、ゆっくりと送風口を開く。


「適当に座って。いくつか道具を見せるからさ」


「あ、あの、あそこで勝手に動いている箱は何なのですか?」


 思わず敬語をやめることすら忘れ、勝手に動き出したエアコンを凝視したままリーゼが質問する。


「あれはエアコンといって、部屋を暖めたり涼しくしたりする道具なんだ。近くにいってごらん」


「は、はい」


 促されるまま、リーゼは素直にエアコンの下に歩み寄る。

 一良はリモコンを操作して、風量を強、設定温度を16度にした。


「あ、風が……涼しい!」


 エアコンから吹き出す冷風を顔に浴びながら、リーゼは驚嘆の声を上げた。

 その気持ちよさに、思わず表情が緩んでしまっている。


「気に入った?」


「気持ちいいです……」


 よほど気持ちがいいのか、リーゼは至福の表情で冷風を浴び続けている。

 完全に表情が緩みきってしまっていた。


「冷たい飲み物も出そうか」


 一良は冷蔵庫から作り置きしていた麦茶のピッチャーを取り出すと、一緒に冷蔵庫の中で冷やしておいた銀のコップに注いでリーゼに手渡した。


「はい、冷たい麦茶。美味しいよ」


「あっ、ありが……冷たい!?」


 キンキンに冷えた麦茶入りのコップを受け取り、リーゼは再度驚嘆の声を上げた。


「ほら、氷も追加しようじゃないか」


 一良はさらに製氷室から氷を取り出すと、リーゼの持つコップにいくつか入れた。

 カラン、という音を立ててコップに入った氷は、麦茶に浸かってパキパキと独特な音を立てる。


「えっ、氷!? 今夏ですよね!?」


「うん、夏だねえ」


「な、なんで夏なのに氷があるんですか!?」


「これは冷蔵庫っていう道具で、食べ物を冷やして保存したり氷が作れたりするんだ。まあ、とりあえず一口飲んでみなよ」


「は、はい、いただきます……美味しい! 冷たい!」


「そうだろう、そうだろう」


 ころころと表情を変えて喜んでいるリーゼに一良は頷くと、部屋の隅に置いてあったボストンバッグを手にテーブルの椅子に腰かけた。


「いくつか道具を見せるから、そこに座ってくれるかな?」


「は、はいっ!」


 リーゼが席に着くのを待ち、ボストンバッグの中身をあさる。

 リーゼはその様子を、麦茶の入ったコップを両手で持ったままじっと見つめている。


「ええと、LEDランタンとライターと……」


「あっ」


 一良が道具をテーブルに並べ始めると、ライターに気づいたリーゼが声を上げた。


「それって、商業区画でカズラ様とお会いした時に私が拾ったやつですよね?」


「そうそう。あの時はこっそり遊びに来てただけだったから、リーゼにライターを拾われた時は焦ったなあ」


「はい、あの時は私もびっくり……あ、ご、ごめんなさい! つい敬語が……」


 ずっと敬語のままになっていたことに気づき、リーゼはばつの悪そうな表情になった。


「いいよいいよ。慣れるまで時間がかかるだろうし」


 一良はライターを手に取ると、火力メモリが最小になっていることを確認してからリーゼに差し出した。


「はい、どうぞ。前みたいに大きな火は出ないようにしてあるから、押してごらん」


「う、うん」


 リーゼはコップを置くと、ライターを受け取った。

 左手でライターを握り、おっかなびっくりといった様子で右手の人差し指を添える。

 ぐっとボタンを押し込むと、カチッという音を立てて小さな火が出現した。


「おおっ」


 リーゼはライターの点火ボタンをカチカチと押しては、火の出る様子を見て声を上げている。


「これ、いったいどういう仕組みになっているの? 押しただけで火が出るなんて……」


「中に燃える空気が入ってて、ボタンを押した時に出る火花で火をつけるんだ。そこのツマミで火の大きさも調節できるよ」


「そうなんだ……」


 分かっているんだか分かっていないんだか、リーゼは神妙な面持ちでライターをいじくっている。

 火力メモリを最大にして再び点火し、火の大きさに「おおっ」と驚きの声を上げた。


「これ、すごい道具だね。火起こしってすごく大変だから、こんな便利なものが使えればみんな助かると思うんだけど……」


 この世界では、火起こしにはキリモミ式と呼ばれる発火法が用いられている。

 溝を掘った木の板に木の棒を垂直に立てて、両手で棒をこすりつけるように回転させる方法だ。

 摩擦で出たおがくずが摩擦熱によって火種となるので、そこに木屑や綿などをくべて息を吹きかけて発火させる。

 熟練者なら僅かな時間で火を起こすことができるのだが、不慣れな者だといつまでたっても火を起こせない。


 火が必要になるたびにこんなことをしているわけにもいかないので、普段は灰の中に火種を保存している。

 グリセア村のバリン邸では、囲炉裏である程度燃やした薪に灰を被せ、翌朝の火種として用いていた。

 炭化した薪は、灰を被せておけば翌朝まで火は消えずにゆっくりと燃え続ける。

 そのため、朝になってから灰を除けると、真っ赤になった炭を取り出すことができるのだ。


 ちなみに、火種に使う以外の燃えた薪は壷の中に入れてフタをし、火を消して消し炭として保管する。

 消し炭は着火しやすく、火にくべれば薪と同様にしばらく燃え続けるので、良質な燃料となる。


「確かにそうなんだけど、そういう道具はかなり目立つから、あちこちに配って歩くわけにもいかないんだ。出所はどこだって話に絶対なるだろうし、あんまり騒ぎになると内政どころじゃなくなるからね」


「そっか……うん、そうだよね。カズラのことがばれてグレイシオール様が現れたぞってなったら、大騒ぎになっちゃいそう」


 意識して言葉遣いを矯正しながら、努めて自然な口調になるようにリーゼは話す。

 まだ気持ちの切り替えが全くできていなかったが、一良に合わせようと必死だった。


「そういうわけだから、俺の持ってる道具については内密にしておいてほしいんだ。で、次の道具なんだけど」


「あ、あの……」


 続けて一良がLEDランタンを手に取ると、リーゼがおずおずと口を挟んだ。


「ん? 何か他に気になるものがあった?」


「あっ、そうじゃなくて、聞きたいことがあって」


「聞きたいこと?」


「うん」


 一良が小首を傾げると、リーゼは真剣な表情で頷いた。


「最近、お母様の髪とか肌が急にすごく綺麗になったように見えるんだけど、あれってもしかして、カズラが何かしたの?」


「ああ、あれか。うん、したよ」


「な、何をしたの!?」


 よほど興味があるのか、リーゼは身体を前のめりにして一良に問う。


「肌の手入れ用の化粧品とか、洗髪用の洗剤とかを持ってきてプレゼントしたんだ。あと、お風呂に入れる入浴剤もあげたかな」


「化粧品……それって、そんなに効果があるものなの?」


「うん、ちょっと特殊な代物でさ。ジルコニアさんを見て分かってると思うけど、こっちの世界で使われてるものとは比べ物にならないくらい効果があるよ」


「そ、そうなんだ……」


「リーゼも使ってみる?」


 ごくり、と喉を鳴らしそうにしているリーゼにそう申し出ると、その表情がぱっと輝いた。


「いいの!?」


「いいとも。その代わり、今まで以上に張り切って働いてもらえると助かるかな」


「うん! 任せて!」


 先ほどまでのたどたどしさはどこへやら。

 期待とやる気に満ち溢れた表情でリーゼは頷く。

 リーゼは普段から髪や肌の手入れには人一倍気を使っているようなので、すさまじい効果のある化粧品と聞いては興味が湧いて仕方がないのだろう。

 一良はボストンバッグの中から、保湿ゲルなどの化粧品、シャンプーやコンディショナー、さらに入浴剤を取り出した。

 テーブルに並べられたそれらの容器を見て、リーゼは瞳を輝かせている。


「すごく綺麗……こんな綺麗な入れ物、今まで見たことないよ」


 保湿ゲルのプラスチック容器を見つめ、リーゼは感嘆の声を漏らした。

 光沢を放つプラスチックの容器はとても美しく、高級感溢れる雰囲気を醸し出している。

 こちらの世界では、どれも絶対に手に入らない代物だ。


「化粧品の入れ物って、どれも綺麗なものばかりだからね。どれだけ種類があるのかは俺もよく知らないけど、100種類以上は優にあるんじゃないかな。今はこれしか持ってきてないけど」


「そ、そんなにあるんだ……」


「今度、いくつか持ってきてあげようか」


「えっ、本当!?」


「うん。リーゼに合いそうなものを、いくつか見繕って持ってくるよ」


 何やら物で釣っているような状態になってしまっているが、本人はやる気満々になってくれたようだ。

 先ほどまでは緊張と不安で凝り固まっているように見えていたが、大好きな化粧品の話でいくらか気持ちがほぐれたのだろう。

 保湿ゲルの容器を手に取って「やった!」と嬉しそうにしている様子が、実にかわいらしい。


「(なるほど、リーゼに色々と貢いでる人たちは、この笑顔にやられたのか)」


 今見せている笑顔は素のものだとは信じたいが、リーゼにたびたび贈り物をしてくる者たちはこの笑顔に心を奪われたのだろう。

 これで頬を染めて「ありがとうございます!」などと言われた日には、ドキッとしない男はいないはずだ。

 事実、以前一良がリーゼにペンダントをプレゼントした時も、その笑顔のかわいらしさに内心悶えたものだ。


「それじゃあ、今から使い方を説明しようか。シャンプーとか入浴剤もあげるから、今日から使ってみるといいよ」


「うん! ありがとう!」


 一良は保湿ゲルの容器を受け取ってフタを開けると、うきうきとした様子で期待に瞳を輝かせているリーゼに使い方を説明するのだった。




 それから約1時間後。

 屋敷の一室では、一良とイステール一家が夕食をとっていた。

 一良とナルソンはいつものように、雑談を交えながら仕事の進捗と今後の施策について話し合っている。

 ジルコニアも時々話を振られて口を挟んでいるのだが、先ほどからちらちらと斜め向かいに座るリーゼに目を向けていた。


「にゅふふ……」


「(ええ……何なのこれ……)」


 何やらやたらと上機嫌な様子で頬を緩めながら、ぱくぱくと料理を口に運んでいるリーゼにジルコニアは困惑していた。

 昼間の一件があったので、今日の夕食はお通夜状態になるだろうと覚悟していた。

 だがフタを開けてみれば、一良は特に機嫌が悪いようにも見えないし、凹んでやってくると思っていたリーゼにおいては頬が緩みっぱなしである。

 もう何が何やら、さっぱり意味が分からなかった。

 壁際に控えているエイラも、その様子を見て目が点になっている。


「リーゼ、ずいぶんと機嫌がいいようだが、何かいいことでもあったのか?」


 ジルコニアがそんなことを考えていると、リーゼの様子に気づいたナルソンが声をかけた。


「はい、とてもいいことがありました。……うふふ」


「ほう、何があったのか教えてはくれないかな?」


 自分の娘の嬉しそうな表情に、ナルソンも目元を緩めている。

 リーゼはいつもニコニコしていて愛想よくしているが、このように上機嫌な様子を見せることはかなり珍しかった。


「先ほど、カズラ様からお肌の手入れ用の化粧品や洗髪剤をいただいて、それを使うのが楽しみで……」


 若干にやけた表情のまま答えるリーゼ。

 その顔には「嬉しくて仕方がない」と書いてあるようだった。


「何、カズラ殿から?」


 ナルソンが一良に目を向けると、一良はナルソンに笑顔を向けた。


「ええ、いつもリーゼさんにはとても助けてもらっていますから、そのお礼にと思って。以前ジルコニアさんに渡したものと同じものを差し上げました」


「おお、そうでしたか。気を使っていただき、ありがとうございます。ですが、それらの品物については……」


「あ、それについては大丈夫です。実は今日の昼間に、ジルコニアさんに相談してリーゼさんにも私のことを話すことにしたんです。もう全部説明してあるので、品物についても分かってもらえていますよ」


 それを聞くと、ナルソンは少し驚いたような表情になった。

 ここ最近、リーゼにはかなり仕事を手伝わせていたので、そろそろ一良の素性を話してもいいか相談しようと考えていた矢先だったのだ。

 一良自ら素性を明かすことを提案したと聞いては、リーゼは一良に認めてもらえたのだろうと嬉しくなる。


「何と、そうだったのですか。リーゼ、よかったな。今後もしっかり頼むぞ」


「はい、頑張ります。……にゅふふ」


「(え、餌付けされている……!)」


 2人のほんわかしたやり取りを見て微笑んでいる一良に黒いものを感じつつも、ジルコニアは一良とリーゼの仲が険悪にならなくてよかったとほっとしていた。

 物に釣られてリーゼは上手く操縦されているようだが、表面上の関係は良好に見える。

 ここからどう盛り返せばいいのかを考えると頭が痛くなるが、とりあえずはこの状況で満足しておいたほうがよさそうだ。


「ところで、そろそろ北西の山岳地帯に製氷用の溜め池を造る場所を探しに行きたいと思うんです。あと10日くらいで私は一旦グリセア村に戻らないといけないので、それまでに行ければと思うのですが」


「では、予定を整理して、近日中には向かえるようにしますね。リーゼも同行させてよろしいですか?」


「ええ、もちろんです。当日は職人さんたちにも同行してもらいたいので、リーゼさんが一緒だと助かります。リーゼもそれでいいかな?」


「うん、大丈夫。エイラ、後で私の予定を調整しておいて。この際、断れそうな面会は断っちゃっていいから」


「か、かしこまりました」


「……ん?」


 急に砕けた口調で言葉を交わした一良とリーゼに、ナルソンは目が点になっている。

 ジルコニアも、唖然とした様子で口を半開きにしていた。


「当日は大工職人を連れて行けばいいかな……。あと、モルタルという建築材料を作るので、石灰や砂、ほかにもいくつか材料を用意して欲しいんです。後で必要なものを紙に書いて渡しますね」


「わ、分かりました。すぐに用意させますね」


「山岳地帯に向かう前に、一応試作もしてみましょう。今後も沢山使うことになるので、材料は沢山仕入れておいてください」


 直近でモルタルを使う予定があるのは、今のところ溜め池造りだけだ。

 だが、今後は河川工事や貧民街で問題になっている建物の倒壊の対応もしなければならない。

 すさまじい量のモルタルを使うことになるはずなので、あらかじめ材料は大量に仕入れておく必要がある。


「カズラ殿、そのモルタルという建築材料ですが、石膏とはどのように違うのですか?」


「使い方は石膏と同じようなものなんですが、石膏に比べて水に強くて丈夫なんです。モルタルを使って溜め池を造れば水が地面に抜けてしまう心配もないので、製氷用の溜め池に使えるなと思いまして」


 それを聞くと、ナルソンは「おお」と声を漏らした。


「石膏よりも丈夫で水に強く、材料は石灰と砂ですか。それは使い勝手がよさそうですな。何より安く上がりそうです」


「安くて大量に生産することができるんで、今後は大活躍すると思いますよ。あちこちで使うことになるので、専門の業種も立ち上げないといけないですね」


「石膏職人に兼任させてはどうでしょうか。作業内容が似ていれば、モルタルの使用に慣れるのも早いかと」


「そうですね、それがいいかもしれません。あと、陶器職人に兼任させてみてもいいですね。廃棄された陶器片も材料として使うので、陶器職人がいれば何かと勝手がよさそうです」


「ほう、陶器片も使うのですか。郊外には使われなくなった陶器をまとめて捨てている場所があるので、後で回収させておきましょう」


「あ、そんな場所があるなら、そこの近くにモルタル材料の貯蔵庫を作ってしまってもいいですね。輸送の手間が省けます」


「なるほど、それもそうですな……。リーゼ、石膏職人や陶器職人たちに顔は利くか?」


 ナルソンがリーゼに話を振ると、リーゼは「はい」と笑顔で頷いた。


「陶器職人の工房は何度も訪ねたことがあります。石膏職人とは話したことがありませんが、付き合いのある別の職種の方に口利きをしてもらいますね。腕のいい人を回してもらえるようにお願いしてみます」


 リーゼは昔から、化粧品やアクセサリーを入れる容器を直接自分で陶器職人に注文していた。

 自ら工房に足を運んで職人たちとコミュニケーションもとっており、ちょっとした口利きなども行っていたので、リーゼが頼めば多少の無理は聞いてくれるだろう。


「うむ。人数などの詳細は、また後でまとめて伝えよう」


「分かりました。お任せください」


「やっぱりリーゼは頼りになるな。これからもよろしく頼むよ」


「うん! ……にゅふふ」


「(の、乗せられている……!)」


 そんなこんなで、いつもよりも少し変わった雰囲気の中で夕食の時間は過ぎていった。




 その日の深夜。

 一良はいつものように、薄暗い調理場でエイラとお茶を飲んでいた。

 エイラは毎日欠かさず調理場で一良を待っているので、深夜のお茶会は2人にとって日課となっている。


「カズラ様、リーゼ様の雰囲気がいつもと違って見えたのですが、何があったのですか?」


 夕食時のリーゼを思い出しているのか、エイラは困惑している様子だ。

 昼間はこの世の終わりのようなへこみ方をしていたというのに、その僅か数時間後にあんなデレデレな表情になっていては、困惑して当然である。


「私の素性とか持ってる道具のこととかを話して、私がグレイシオールだって信じてもらったんです。その時に、話の流れで手持ちの化粧品や入浴剤をプレゼントしたんですが、とても気に入ってくれたみたいで」


「そ、そうでしたか……あの、もうリーゼ様のことは怒っていらっしゃらないのですか?」


「怒ってませんよ。あれから2人で話し合いもしたんですが、リーゼもちゃんと謝ってくれましたし、もう気にしてないです」


「そうですか……よかった」


 それを聞き、エイラはほっと胸をなでおろした。

 屋敷に戻って夕食の支度に取り掛かっている間も、2人の仲が険悪になってしまうのではと気が気ではなかったのだ。


「ですが、お2人の様子がいつもと違っているように見受けられたのですが、いったい何があったのですか?」


「ああ、あれですか。お互い、これからは素の状態で付き合おうって提案したんですよ。リーゼは演技することが癖になっているみたいだったんで、そうしたほうが彼女の本音を引き出しやすくなるかなと思って」


「す、素の状態ですか。それで、お2人とも話し方が変わっていたのですね……大丈夫かな……」


「まだ若干ぎこちないですが、たぶん大丈夫だと思いますよ。それに、素の状態で話せるようになれば彼女も肩の力を抜けるはずですから、気楽に付き合えるようになると思います」


「そ、そうですね」


 思わずエイラが漏らした「大丈夫かな」の意味をだいぶ違った方向に解釈している一良に、エイラは慌てて同意するように頷く。

 リーゼの素の性格は演技をしている時とかなり開きがあるので、一良が引いてしまわないかとエイラは心配していた。

 特段酷い性格だとは思わないが、演技時の性格があまりにも完璧すぎて、素の状態と見比べるとギャップが半端ではないのだ。


「エイラさんも、今後は変にリーゼを推すような真似は止めてもらえると……あ、エイラさんの立場上、今までの行動は仕方がなかったっていうのは分かっていますから、そこは気にしないでください」


「申し訳ございませんでした……」


 ここ数日、エイラは毎晩一良とお茶をするたびに、リーゼを持ち上げるような話題を出していた。

 最近はその効果もあったのか、以前にも増して2人は仲良くなっているように見えていた。

 だが、昼間の一件で全てが台無しである。

 夕方にあったジルコニアとの面談では、お互いが口をつぐんでお通夜状態だった。


「まあ、今回の件はこれでおしまいにしましょう。これからもよろしくお願いしますね」


「はい、ありがとうございます」


 いつものように朗らかに言う一良に、エイラもほっとした様子で微笑んだ。

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