97話:約束
数分後、一良たちは店の奥の部屋へと移動し、長テーブルを挟むようにして席についていた。
一良の隣にはジルコニアが座り、対面にはリーゼとエイラが座っている。
「上手いこと既成事実作って、なし崩し的に結婚しようとしてたってことでいいのかな?」
「……」
「あ、あの、カズラ様、リーゼ様も悪気があったわけじゃ……」
気まずそうにテーブルに視線を落としているリーゼを庇うように、エイラが口を挟んだ。
先ほどからエイラには、ジルコニアから「何とかしなさい」と言うかのような視線が送られ続けている。
「え、ないの?」
「な、ない……と思います……」
「ちょっと! そこは言い切りなさいよ!」
「まあ、それはどうでもいいや」
「……うう」
「泣かれても困るんだけど……」
涙目でうめくリーゼに一良はため息をつくと、どうしたものかと頭をかいた。
先ほどのリーゼたちの会話から察するに、今までのリーゼの態度は全て演技だったとみて間違いない。
金と権力目当てで結婚を狙っていたようだが、まさか夜這いをかけてこようとしていたとは。
「だって……せっかく……」
「せっかく、何?」
「……何でもないです」
一良の突っ込みに、リーゼは再びテーブルに視線を落とす。
いつものような凛とした雰囲気は影も形もなく、肩を落として小さく縮こまっていた。
「で、ですが、リーゼ様がカズラ様を慕っているのは本当です。毎日私と話しているときも、カズラ様の話題が出ないことはないくらいですし」
「いや、『メロメロにさせてばんばん貢いでもらう』とか本人の口から聞いた後にそんなことを言われても、説得力のかけらもないんですけど」
「お、お金の話はその……リーゼ様は少しお金にがめついところがありますが、人を見る目は確かですし、悪意を持って人を騙すような方ではありません。先ほどの台詞も、結婚したら少し豪華な生活を送りたいといった想いが思わず漏れたものというか……」
「かなり苦しくないですかそれ……それに、夜這いして既成事実とか言ってる時点で、やり込める気満々に聞こえるんですけど」
「え、えっと……カズラ様には親しくしている女性がいるとのことだったので、その方の下に行ってしまうのではとリーゼ様は不安だったんです! それならいっそ、という乙女心から、つい過激な行動に出ようとしていただけなんです!」
何とかこの状況を打破しようと、エイラは必死に言葉を紡ぐ。
何せ、今エイラの目の前にはジルコニアがいるのだ。
ここで何もせずに沈黙したままでいたら、後々首が飛んでしまうかもしれない。
「乙女心ねえ……」
一良は腕組みして唸りながら、リーゼに目を向ける。
うつむきながらも一良の様子をこっそり窺っていたリーゼは、一良と目が合うとしゅんとした様子でテーブルに目を落とした。
「カズラ様は、リーゼ様のことがお嫌いですか?」
「嫌いだなんてことはないですが……」
「でしたら、これを機にリーゼ様とお付き合いしてみてはくださいませんか? 先ほどのことで心証を害してしまったかとは思いますが、リーゼ様がカズラ様を慕っているというのは本当です。もう一度チャンスをあげてください」
「ええ……どんな超展開ですかそれ。話が一気に飛躍しすぎでしょう……」
やたらとぐいぐい押してくるエイラに、一良は若干引き気味だ。
いくらなんでも話が強引すぎる。
「……ダメですか?」
「ダメです」
「……うう」
「いや、泣かれても」
ぴしゃりと一良が断ると、今度はエイラも涙目でうつむいてしまった。
「あ、あの、色々と腹立たしく思われたこともあるかとは思いますが、せめて今までどおり、お仕事だけでもリーゼもご一緒させていただけないでしょうか?」
話の雲行きが怪しくなってきたと感じたのか、今度はジルコニアが口を挟んできた。
「今後はおかしな真似をしないように、後できつく言っておきますから……リーゼも反省しているようですし、あまり嫌わないであげてください。この娘がカズラさんを慕っているのは本当のことだと思いますから」
「それはもちろん構いませんよ。リーゼさんが領内のために一生懸命頑張っていたことは知っていますから。それに、別に嫌ってなんていないんで、今までどおり仕事は手伝っていただきたいです。これが原因で支援を止めたりはしませんから、安心してください」
一良の言葉に、ジルコニアはほっとした様子で息をついた。
まさかリーゼが夜這いをかけてまでモノにしようするほど、一良を気に入っていたとは思ってもみなかった。
もし一良にリーゼの計画がばれていなければと内心悔しい思いはあるが、ばれてしまったものは仕方がない。
幸いなことに、自分が2人をくっつける計画にこっそり加担していたということはばれていないようにみえる。
ここはそれを有効に使い、できる限り穏便に場を収めることに尽力したほうがよさそうだ。
リーゼの本性については何となく察してはいたのだが、まさかここまで積極的な性格だとは思っていなかった。
今はしゅんとしているが、一度転んでもそれでへこたれるような性格ではないはずなので、交流する機会さえ保てれば少しずつ盛り返してくれるかもしれない。
一良が本当にリーゼに嫌悪感を抱いていなければ、の話だが。
「でも、今後はもう変な画策をするような真似はしないでください。夜這いで既成事実を作って結婚なんて、半ば相手の気持ちを無視したやり方じゃないですか。色々と思うところもあったのかもしれませんが、あまり感心できるようなことではないですよ」
現在進行形で多くの人を騙している自分が言えた口か、と内心突っ込みを入れながらも、一良は顔をしかめてリーゼに言う。
正直なところ、もし夜中にリーゼが部屋にやってきて誘惑されていたら、どうなっていたか自分でも想像がつかなかった。
ただでさえ一良はリーゼの容姿に魅了されているふしがあるので、資料室で迫られた時のような態度で再度迫られていたら、そのまま陥落していた可能性が非常に高い。
とはいえ、金と権力目当てで誘惑してきていたということが分かった今、一良の中でリーゼの株価はストップ安を記録していた。
「はい……ごめんなさい……」
涙目で一良を見上げ、素直に謝るリーゼ。
あまりにもへこんでいる様子に、一良もそれ以上何かを言う気が失せてしまった。
何より、今まで一生懸命に仕事をこなし、少しでも一良の手伝いができるようにと努力していたことは事実なのだ。
先ほどの会話でリーゼの本当の性格を知った時は衝撃を受けたが、実害が出ているわけでもないので、この場でこれ以上責めても仕方がないだろう。
ただし、エイラとジルコニアが何度も言っていた、「一良のことを慕っているのは本当だ」という台詞に関しては、一良は信用していない。
先ほどの「メロメロばんばん」発言を聞いた後では、とてもではないが信用できるはずがなかった。
「まあ、それくらいにしておいてやりなよ。この娘だって好きでもない男と連日面会させられて、気苦労が絶えないはずなんだ。そこにようやく気に入った男が現れたとなったら、多少舞い上がって強引な手を使おうとしたとしても仕方がないだろう?」
それまで黙ってお茶の準備をしていたクレアは、皆の前に陶器のコップを差し出しながら一良を諌めた。
「いや、仕方がなくはないと思うんですが……」
「男が細かいことを気にするんじゃないよ。それに、お前さんは嬢ちゃんの何が気に食わないっていうのさ。こんなに美人で家柄も申し分ないうえに、貴族と市民の両方に人気のある女なんて、国中捜したって他にはいないよ」
「そ、それはそうかもしれませんが、金目当てで捕まえようとしていたなんて知って、それでもいいやってなるわけがないでしょう?」
「普通はなるだろ。結婚後の利益が大きけりゃ、多少のことには目を瞑るもんだよ」
何を馬鹿なことを、といった様子でクレアは言い切る。
「お前さんもクレイラッツの有力者なら、嬢ちゃんと結婚することで得られる利益がどれだけ大きいかってことは分かるだろう? それに、お前さんがクレイラッツでどれだけ発言力を持ってるのかは知らないが、こっちの国で嬢ちゃんと結婚して婿入りしちまえば、将来的にはイステール領の領主様じゃないか。こんないい話を断ったら、お前さん後で絶対後悔するよ」
「え? ……あ、そうか」
ものすごく真剣な表情で説得してくるクレアに、一良は一瞬きょとんとした。
だが、すぐにその言葉の意味を理解して、涙目で一良の様子を窺っているリーゼに目を向ける。
一良が漏らした「あ、そうか」の意味をどうとらえたのか、その瞳には少しだけ期待感がにじみ出ていた。
だが、残念ながらそれはリーゼが期待しているような意味で漏らした言葉ではない。
リーゼもクレアも、『一良のことをクレイラッツの有力者だと思い込んでいる』、といったことに気づいて漏れた言葉なのだ。
クレアはともかくとして、後でリーゼには一良がグレイシオールであるということについて話しておいたほうがいいだろう。
今後も仕事を手伝ってもらう都合上ということもあるが、グレイシオールだと信じてもらえれば、リーゼも結婚については諦めてくれるはずだ。
「まあ、その件については後ほどリーゼさんとじっくりお話することにしますよ。それよりも今は、この宝石についてです。ジルコニアさん、お願いします」
「はい」
ジルコニアは話を振られると、クレアに向き直って本来の目的について説明を始めるのだった。
「色付き黒曜石を大量に、か……」
差し出されたいびつな形の青色ガラスを手に取って眺めながら、クレアは真剣な表情で唸った。
「何とか目立たないような形で、他領か他国に売ってもらいたいのだけど、できるかしら? 引き受けてくれるなら、領内でのあなたの身の安全は保証するわ。それに、今後の商売でも融通を利かせてあげられると思うの」
「ほう、それは引き受けなければどうなるか分からないぞ、ってことかい?」
「そうは言ってないわ。もし引き受けたくないのなら、お互い今日のことは全てなかったことにすればいい」
「『今日のことは』、か。……まあ、私にとってはいい儲け話には違いないね」
クレアはガラスを置くと、テーブルの隅に置いてあった陶器のインク瓶と羽ペンを手元に引き寄せた。
「引き受けよう。ただし、扱う品物が希少なうえに高額だから、換金までにはかなり時間がかかるよ。仕事の代価は、今後の領内での商売や土地の融通と、衣類と家具用品の卸の優先権でどうだい。これなら、そちらから回される宝石販売の手数料はタダでかまわないよ」
「……商売と土地の口利きは問題ないけど、卸関係についてはこの場では判断できないから、戻ってからナルソンと検討してみるわ。とりあえず、それで仕事を引き受けてくれないかしら」
「さて、どうしたもんかね……」
クレアは腕組みすると、考え込むように唸った。
「クレア……」
クレアが唸っていると、それまで沈黙していたリーゼが声をかけた。
クレアはリーゼの表情を見ると、やれやれ、とため息をついた。
「わかったよ。とりあえずそれで引き受けよう」
クレアがそう言うと、リーゼはちらりと一良に目を向けた。
そして目が合うと、再びしゅんとした様子でテーブルに目を落とす。
「卸の優先権は……まあ、ある程度都合つけてくれればそれでいいよ。後で都合のつく品物のリストを作って寄越しておくれ」
「わかったわ。でも、あまり期待はしないでおいて」
「既存の権益との絡みもあるだろうからね。そこは分かってるから安心しな」
クレアはそう言いながら、手近にあった皮紙に羽ペンを走らせる。
あれよあれよと言う間に、即席の契約書が出来上がった。
「ほら、これに署名しな。今もう一枚作っちまうからね」
「(何というか、ずいぶんと逞しい人だな……)」
実に堂々とやり取りをするクレアに、一良はそんな感想を抱いていた。
今まで会った大工職人や井戸掘り職人たちは、ジルコニアを前にすると萎縮しているように見えたので、クレアの反応は新鮮だった。
普通なら敬語くらいは使いそうなものだが、それすらするつもりがないらしい。
「その前に、どこにどう売り払っているのか教えてもらえないかしら。こちらとしても事情が込み合ってるから、流通経路は知っておきたいのよ」
「ある国の仲買人を通して、こちらの指定する国のやつらに声をかけてもらってるんだよ。出所がばれることはないさ」
「こちらの商人を同行させることは可能かしら?」
「無茶言わないでおくれ。できるわけがないだろう」
「そう……あと、契約書に署名する前に、明日もう一度屋敷でお話できるかしら。報酬内容をまとめなおして契約書にも記載しておくから。仕事内容と合わせて、その時もう一度話を詰めることにしましょう」
「……分かったよ」
この場では署名する気がない様子のジルコニアに、クレアはため息をつきながらも頷いた。
「ありがと。明日の午後、都合のいいときに来てくれればいいから」
「あいよ。午後の適当な時間に伺わせてもらうよ」
約束を取り付け、ジルコニアはにっこりと微笑んだ。
完全にクレアに交渉の流れを握られずに済んで、ほっとしているようにも見える。
「話はまとまりましたか。では、今後ともよろしくお願いしますね」
一良はクレアに頭を下げて席を立つと、うつむいたままでいるリーゼに目を向けた。
「リーゼさん、一緒に帰りませんか?」
「……はい」
一良が声をかけると、リーゼはしょぼくれた表情のまま、よろよろと立ち上がった。
帰宅後。
夕焼け色に染まる屋敷の一室で、一良はハーブの入ったガラスポットにお湯を注いでいた。
その傍らでは、リーゼがしゅんとした様子で席についている。
部屋には一良とリーゼしかいない。
ジルコニアはナルソンに先ほどの交渉の結果を報告しに行っており、エイラは夕食の支度に取り掛かっている。
「まあ、そんなに気を落とさないでください。はい、お茶どうぞ」
「ありがとうございます……」
ティーカップに入れたハーブティーを差し出すと、リーゼはぎこちなく微笑んで礼を言う。
ガラスポットやティーカップを見て一瞬固まっていたが、それらについて質問する気はないようだ。
自室から持ってきておいたクッキーをテーブルに出し、一良も椅子に座る。
昨晩、エイラが一良のためにと作ってきてくれた、彼女の自信作だ。
「さて、昼間の話の続きなんですが」
「あの、カズラ様、確かにあの時は失礼なことを言ってしまいましたが、私は本当に」
「あ、そういうのもういいです」
何かをいいかけたリーゼに、一良はひらひらと手を振った。
「……うう」
「だから、泣かれても困るんですって」
「……あの、やっぱり怒ってますか?」
「うん」
「……」
一良が頷くと、リーゼは涙目でうつむいてしまった。
一良は表情こそ普段どおりの穏やかなものだが、ものの言い方がどことなく冷たかった。
事実、一良は意識して少し突き放すような言い方をしている。
「でも、今までのリーゼさんの頑張りまで否定してるわけじゃないんですよ? 私が至らないようなことにまで手を回してくれたり、自分で色々と考えて一生懸命手伝ってくれていたことにはすごく感謝していますし、尊敬もしています」
「はい……」
「それでも、さっきの台詞はさすがに堪えたんですよ。クレアさんはああ言ってましたが、好きなわけでもないのに権力とお金のために既成事実を作ってしまって無理矢理結婚っていうのは、私にはちょっと受け入れがたいっていうか」
「……でも」
「うん?」
「……いえ、本当にごめんなさい」
何かを言いかかって顔を上げたリーゼは、一良と目が合うと再びうつむいて黙ってしまった。
そんなリーゼに、一良はやれやれといったように頭をかいた。
泣きそうな表情をしているリーゼを見ていると、まるで自分がいじめているかのように感じてきてしまう。
心の中に不快感は残ってはいるが、このまま気まずい間柄になってしまうのはごめんだった。
「リーゼさんと私とでは生まれも育ちも違いますし、価値観に違いがあるのは当然だと思うんです。今回のことも、リーゼさんにとっては受け入れて当然のことでも、私には衝撃的な話だったってだけで」
一良の言葉に、リーゼは様子を窺うように少しだけ顔を上げる。
「怒ってるってさっきは言いましたが、今回のことが原因で、気まずい状態でこれからも過ごすのは嫌なんです。リーゼさんも謝ってくれましたし、この件についてはこれでおしまいにして、これからはお互い正直に接していきませんか? リーゼさんがもっといい生活ができるように、私も領内の復興という形でこれからもお手伝いしますから」
「……はい、ありがとうございます」
リーゼは消え入るような声で一良に答えると、そのまま口を閉ざして再びうつむいてしまう。
少しの間待ったが何も話し出す様子がないリーゼに、一良はため息をついた。
「じゃあ、こうしようか。今後はお互い、建前なしの素の状態で接するっていうのはどうだろう」
「え?」
急にくだけた口調で話しかけてきた一良に、リーゼは困惑した様子で顔を上げた。
「素の状態……ですか?」
「そう、素の状態。演技も敬語も一切なしで、お互い誠実に接すること。どうやら君は、演技することに慣れてるみたいだからさ。クレアさんとかエイラさんには、いつも素の状態で接してるんだろ? 俺にもそんなふうに接して欲しいんだけど」
「い、いえ、そういうわけでは! 演技とかそういうのではなくてですね!」
「リーゼ」
慌てた様子で取り繕うリーゼに、一良は真剣な表情で名を呼んだ。
今の彼女のしゅんとした態度すら演技なのだろうかと疑ってしまうこの状況が、一良は嫌で仕方がなかった。
このままでは本気で彼女のことを嫌いになってしまいそうで、そうなってなるものかと真摯に訴えかける。
「急にこんなこと言われて、困惑してるだろうし不安にも感じるだろう。だけど、俺は君とはこれからも仲良くしていきたいんだ。急に態度を改めるのは難しいかもしれないが、何とか頑張ってみてはくれないかな。打算とかそういう考えは一切やめて、俺と友達になってほしい」
「と、友達……ですか」
「そう、友達。だめかな?」
それまでの硬い表情を崩して、一良は笑顔を向けた。
「……いえ! よろしくお願いします!」
最悪の状況を脱することができると気づき、リーゼはぱっと顔を輝かせた。
怒っている、と肯定された時は、さすがのリーゼも完全に嫌われてしまったと思った。
だが、一良は自分を頭ごなしに叱責したりはせず、良好な関係を築いていこうと手を差し伸べてくれた。
素の状態で接する、という点は気になるが、ここは頷く以外の選択肢はないだろう。
「うん、よろしく。あと、今から敬語は禁止だから。演技もダメ。素の状態で接するように」
「は、はい……」
「……まあ、いきなりは難しいとは思うから、少しずつでいいよ。それと、俺の素性も伝えておかないといけないよな。俺のことをクレイラッツの有力者って勘違いしたことが、今回の騒動の原因でもあるように思えるし」
一良がそう言うと、リーゼは驚いたように目を見開いた。
「えっ、カズラ様って、クレイラッツの方じゃないんですか!?」
「敬語禁止。あと、俺のことはカズラでいいよ。様付けしなくていいから」
「あっ、ごめんなさ……ごめん」
何ともやりづらそうにしているリーゼに、一良は噴き出しそうになってしまう。
そんな一良を見て、リーゼは若干不服そうな視線を一良に向けた。
「いや、ごめん。で、出身なんだけど、俺はクレイラッツの人間じゃないんだ。グリセア村の雑木林の奥にある、別の世界から来たんだよ。村の人やナルソンさんたちには、グレイシオールって呼ばれてる」
「……え?」
世間話でもするかのような口調で言い放つ一良に、リーゼはぽかんとした表情になった。
「グレイシオールの言い伝えって聞いたことある?」
「そ、それはありま……あるけど、カズラ……がそのグレイシオールだっていうの?」
無理矢理言葉遣いを矯正しながら、リーゼは一良に聞き返す。
急に何を言い出すんだろう、といった雰囲気が、表情からにじみ出ていた。
「まあ、いきなりそんなこと言われても信じられないよな。証拠を見せるよ。今から俺の部屋に行こう」
一良はそう言って立ち上がりかけ、テーブルに置かれているティーカップとクッキーに目をとめると座りなおした。
「その前に、せっかく淹れたしお茶飲んでいこうか。ぬるくなっちゃったかな……」
すっかり冷めてしまったハーブティーを口にして、「ぬるい」と顔をしかめている一良。
リーゼは自分もティーカップを手に取ると、一良の様子を窺いながら口をつけた。