96話:メロメロばんばん
数日後の午後。
一良はジルコニアを連れて、イステリアの高級商業区画を訪れていた。
2人の服装はいつもとは違い、簡素な無地の平民服だ。
肩にはマントを着けてズタ袋を手にしており、旅人のような格好である。
ジルコニアは髪を首の後ろで1つに結び、気休め程度にだが変装している。
普段、軍関連の施設にはよく出向くので顔が割れているが、一般市民と顔を合わせることは滅多にない。
服装や髪型が違えば印象もがらりと変わるので、たとえ1度か2度ジルコニアの顔を見たことがある者だとしても、顔バレする心配はまずないだろう。
マスメディアの発達していない、この世界だからこそ可能な芸当だ。
「この雑貨屋です。以前訪れた時に、いくつか品物を買い取ってもらいましてね」
「……こんなに堂々と店を構えているのに、法の目をかいくぐって詐欺行為を行っているとは」
昨晩、一良はナルソンとジルコニアに、雑貨屋の老婦人にオカリナや紅水晶を買い叩かれたという話をした。
珍しい品物でも噂を立てずに売りさばくパイプを持っている人物ということを説明したかったのだが、その説明を聞いたナルソンは「取引を持ちかける前に相手の性格を探ってみたい」と言い出した。
当初一良とジルコニアが立てた予定では、先にイステール家の名を出して交渉を持ちかける予定だった。
だがその前に、身分を隠した状態で前回と同様の交渉を持ちかけた場合、その老婦人がどういった対応をするかを見極める必要があるとナルソンは言っていた。
もし老婦人が前回と同じような対応をしたら、彼女はその程度の頭しか持っていないということになる。
一良が他で情報を仕入れている可能性を考えて、一良に先んじてある程度の情報を開示するかこちらにも旨みを提供するくらいの頭がなければ、とてもではないが使えたものではない。
ちなみに、一良が以前イステリアにバレッタたちと訪れたということもナルソンたちには話してある。
雑貨屋に訪れた経緯を聞かれたので答えたのだが、その過程でリーゼたちとも遭遇したことがあるという話をすると、ジルコニアはとても驚いた様子だった。
ナルソンは以前エイラが一良と顔を合わせたときの反応を思い出したのか、「そういうことだったのですか」と納得したように頷いていた。
「いや、常習的に詐欺を行っているのかはまだ分かりませんよ」
「それはそうですが、詐欺を行って利益を上げている店だということは疑いようがありません。こんな者の手を借りるのはあまり気が進まないのですが……」
「それはそうですが、この際使える物は何でも使うべきですよ。多少のことには目を瞑るべきです」
表情を曇らせているジルコニアに一良がそう言うと、ジルコニアは一瞬きょとんとした表情を見せた。
だがすぐに、楽しそうにくすりと笑みをこぼす。
「ん? どうかしましたか?」
「ふふ、何でもないです。カズラさんの言うとおり、細かいことに気をかけている場合ではありませんよね。でも……」
ジルコニアはそう言うと、マントに隠れた背中側の腰に手を当てた。
「交渉の際は、一応注意してください。ないとは思いますが、もしかしたら相手方が手荒な真似をしてくる可能性もあります。詐欺を行うような店ですから、用心棒の1人や2人置いていてもおかしくありません」
念のため、ジルコニアはマントの下に短剣を忍ばせている。
交渉が思うように行かず、不穏な流れになって用心棒のようなものが出てきた場合は、彼女が相手をするらしい。
武器を持った彼女に太刀打ちできる者はそうそういないとナルソンから聞いてはいるが、できることなら物騒な展開は避けたい。
アイザックやハベルではなくジルコニアが同行しているのは、単純に彼女が彼らよりもはるかに腕が立つからだ。
実戦の経験数が他の者とは比べ物にならないため、とっさのことにも対処できるらしい。
それに加え、同行者は男よりも女の方が、相手の警戒も和らぐだろうとの考えもある。
「わかりました。ですが、もしそうなったとしても、応戦するより逃げることを考えましょう。こんなことで怪我をしてもつまらないんで」
「そうですね。まあ、騒ぎになれば隠れて待機している私兵が突入する手はずになっているので、まず大丈夫だとは思います。我々が人質にでも取られない限りは」
そう言ってジルコニアは柔らかく微笑むと、店の中へと入っていった。
「こんにちは。買い取ってもらいたいものがあるのですが」
一良は店の中に入ると奥へ進み、以前訪れた時と同じように座って帳面をつけている老婦人に声をかけた。
「はい、いらっしゃい……おや、お前さんは確か……」
老婦人は顔を上げると、一良の顔を見て驚いたように眉を上げた。
「ええ、この間宝石を買い取ってもらった者です。またいくつか買い取ってもらいたいものがあって来たのですが……」
「そうかいそうかい。いくらでも買い取ってやるからね、任せておきな。……ところで、そちらの姉さんは?」
店内にきょろきょろを視線を走らせていたジルコニアは、いぶかしげな視線を向けてくる老婦人に微笑んだ。
「この者の妻ですわ。夫に無理を言って、一緒に連れてきてもらいましたの」
「ほう、こりゃまたずいぶんと綺麗な嫁さんだ。お前さん、見かけによらずやるじゃないか」
「そ、そりゃどうも……で、宝石の話なんですが」
「ちょっと待ちな」
老婦人はそう言うと、店内の隅に置かれていた『準備中』と書かれた看板を取り、店の入り口に設置した。
「これでよし。念のため、奥の部屋で話すとしようか」
老婦人が建物の奥へと入っていくと、後に続こうとする一良をジルコニアが引き止めた。
「……私が先に行きます。絶対に離れないでください」
そう耳打ちすると、ジルコニアは奥へと入っていく老婦人の後に付いていく。
一良もジルコニアに続き、戸をくぐった。
「お前たち、今日はもう仕事はおしまいでいいよ」
奥の部屋には、女の子が6人いた。
年は6歳くらいから10代半ばくらいまでと、バラバラだ。
女の子たちは針やナイフを手に、床に座り込んで靴や手袋といった革製品の製造に当たっている。
部屋の中には長テーブルが置かれており、暖炉も設置されていた。
「え、でも……」
老婦人の言葉に、女の子の1人が戸惑ったように声を上げた。
他の女の子たちも、不安そうな眼差しを老婦人に向ける。
「ん? ……ああ、心配しなくても今日の分の賃金は出してやるよ」
老婦人は懐から布袋を取り出すと、それを手近にいた女の子に手渡した。
女の子はすぐに袋を開き、中のお金を確認している。
「まだ昼過ぎだし、この間教えた丸石を拾いに川にでも行ってみたらどうだい。そこにあるカゴを持っていっていいよ」
「はい、ありがとうございます。みんな、行こう?」
女の子たちは老婦人に頭を下げると、部屋に置いてあったカゴを持って出て行った。
「そこの椅子に適当に腰かけておくれ。どれ、茶でも出そうかね」
老婦人は女の子たちが出て行くのを待ち、一良とジルコニアに椅子を勧める。
「いえ、この後に急ぎの予定が入っていますので……すぐに取引を始めさせていただきたいのですが」
「ん、そうかい。それなら、そうするとしようか」
とっさにジルコニアがお茶を断ると、老婦人は特に気にした様子もなくそのまま椅子に座った。
老婦人に続き、一良とジルコニアも椅子に腰かける。
「さて、今日はどんなものを持ってきてくれたんだい?」
「前回お売りした宝石と同じようなものを、いくつか用意してきました。……ところで、今の女の子たちは?」
ズダ袋から布の小袋を取り出しながら、一良が問う。
「日雇いで色々とやってもらってるんだよ。子どもは給金が安くて済むからね」
そう言いながら老婦人は小袋を手に取ると、どれどれ、と中の宝石を取り出して手のひらに載せた。
「ほう、これもまた見事な品だね」
手のひらに載せられた宝石を眺め、老婦人は満足そうに頷いた。
今回一良が持ってきた宝石は、真円にカットされたラピスラズリ、トルコ石、紅水晶だ。
前回老婦人に売った品物とは違い、透明度はなく色の濃いものである。
「よし、1つ6000アルで買い取ろう。3つで18000アルだ」
「ろくせ……え?」
「6000アルだよ。希少すぎて大雑把な額しか提示できないが、悪い額じゃないだろう」
目を丸くしている一良に、老婦人はにやりとした笑みを浮かべた。
隣に座っているジルコニアは、特に表情を変えるでもなく2人の話をじっと聞いている。
「あの、前回持ってきたピンク色の透き通った宝石は、確か2500アルじゃありませんでしたっけ?」
「すまないね、あの時はだいぶ買い叩いたんだよ。今回のそれは、適正価格で買い取ろう。もちろん今後もね」
悪びれた様子もなく答える老婦人に、一良はいぶかしげな視線を向ける。
「どうして今回もふっかけなかったんですか? そんなに高く売れるものなら、また騙せばぼろ儲けできたのに」
「今後も儲けたいからに決まってるだろ。もしまた騙せたとしても、後々お前さんがそれに気付いて他に行ったらこれっきりになっちまう。どうやらお前さんには、継続して宝石を手に入れられるツテがあるようだしね。お互い儲けて丸く収めた方がいいと思ったのさ」
「……とかいって、実はまだぼったくってたりして」
「帳簿を見せてやるよ。ちょっと待ってな」
一良がなおも疑いの視線を向けると、老婦人はすぐさま立ち上がり、店に戻っていった。
「……ジルコニアさん、どうやら、あの人は使えそうですよ」
「そうですね。ただ騙して利益を上げればいいというわけでもなさそうです。一度に取引できる数と販売経路が気になりますが……」
「確かに、どこに売り払っているのかは気になりますね……いったいどこの誰が買ってるんだろうか」
2人がそんな会話をしていると、帳簿を手にした老婦人が戻ってきた。
「待たせたね。ほら、ここに前回買い取った宝石の売値が書いてあるよ」
老婦人は椅子に座ると、帳簿を開いて2人に差し出した。
皮紙で束ねられた帳簿には、売り買いした品物の名称と価格がびっしりと記載されている。
ジルコニアは『ピンク色の黒曜石』と書かれている部分を指でなぞった。
「これかしら。売値は……」
「……え、35000アル!?」
「そう、35000アルだ。まったく、その値段で売るのには苦労したよ」
値段を見て目を剥いている一良に、老婦人はやれやれといった様子でため息をついた。
「私から買い取った額の14倍で売ったんですか。ぼろ儲けもいいところですね」
「何せ私も初めて見る種類の宝石だったから、金額の設定には頭を痛めたがね。上手いこと高値で売り払うことができてよかったよ」
老婦人はそう言うと、帳簿を自分の手元に引き戻して一良に目を向けた。
「そういうわけで、今後はお前さんとの取引で嘘はなしだ。前回の取引でお前さんに損させちまった分の金額も……そうさね、7500アル、今この場で補填しよう。その代わり、今後もその宝石は全て私のところに持ってきておくれ。お互い、上手くやっていこうじゃないか」
「そ、それはどうも……でも、これはいったい誰に売ったんです? これほどの金額をぽんと出せる人物って……」
「待った」
一良が問いかけると、老婦人が一良の言葉を遮った。
「私はお前さんに何も聞かない。お前さんも私に何も聞かない。それができないなら取引はなしだよ」
「あ、いや、実はその話なんですが」
「ここからは私がお話しします。実は……」
「クレアー!! いないのー!?」
一良に代わってジルコニアが本題を切り出そうとした時、店の入り口から女の声が響いてきた。
「ん、ちょっと待ってな。出てくるんじゃないよ」
老婦人――クレア――はそういい残すと、席を立って店へと出て行った。
「何か、予想以上に上手く話が進みそうですね。あれほどの金額の品物をぽんぽん買い取って売りさばけるなんて、あの人相当やり手ですよ。……あの、どうかしました?」
「いえ、今聞こえてきた声が……」
少し開いたままになっているクレアの出て行った扉を、ジルコニアはいぶかしげな表情で見つめている。
つられて一良も扉に目を向けた時、来店した女とクレアの話し声が扉の隙間から微かに響いてきた。
2人は耳をすまし、話し声に耳をそばだてる。
「おや、嬢ちゃんじゃないか。ひさしぶりだね」
「ひさしぶり。最近忙しくてこれなかったのよ。クレアも元気してた?」
「こっちは変わりないよ。エイラちゃんもよく来たね」
「クレアさん、おひさしぶりです」
聞こえてきたエイラという名前に、一良とジルコニアは顔を見合わせた。
「エイラって……ということはもしや……」
「あ、あの、カズラさん、出てくるなと言われましたし、今そっちに行くのは」
「いや、でも、今店に来てるのって……」
思わず椅子から腰を上げた一良の腕を、ジルコニアはとっさに掴んで座りなおさせた。
その表情には、少し焦りが見える。
「ずいぶんと疲れてるように見えるが、何かあったのかい?」
「それがさ、あのバカ商人がしつこくて。何度も何度も面会をねじ込んでくるし、隙があれば身体触ってくるし……この間なんて、危うく夜に屋敷の外に連れ出されそうになったのよ? もしあのまま連れて行かれてたら、何をされていたか分かったものじゃないわ。本当にあいつ死ねばいいのに」
「……まあ、ご苦労さんとだけ言っておくよ。今日はそいつからもらった物の換金かい?」
「うん。これ買い取って欲しいんだけど、いくらになるかな」
「どれどれ……ほう、今回もいい物を持ってきたね」
「あのエロオヤジ、贈り物だけはいつも一級品なのよね。そこだけは感心するわ」
「そうしておきな。今回も少し色を付けておいてやるからね。……ところで、前に言ってた男の身分ははっきりしたのかい?」
「たぶんクレイラッツの有力者だと思う。身分は平民かな」
「ほう、クレイラッツか。性格もいいし、かなりの金持ちなんだろ? 結婚相手にちょうどいいじゃないか。そいつに決めるつもりかい?」
「うん、私のことだいぶ気に入ってるみたいだし、今夜あたりいっちゃおうかなって。何かあの人、本国に恋人っぽいのがいるみたいで、放っておいたらそのうち帰っちゃいそうなのよね」
「え、リーゼ様、それって、カズラ様に夜這いをかけるってことですか?」
「……まじか」
聞こえてくるすさまじい内容の会話に、一良は愕然とした表情のまま固まっていた。
その隣では、ジルコニアが表情を引きつらせている。
「なるほど、何か最近妙に迫られてるような気はしてたけど、そういうことだったのか」
「ど、同姓同名の別人ですよきっと! って、どこへ行くつもりですか!? とりあえず座ってください!!」
一良は椅子から立ち上がると、腕に縋りつくジルコニアを引きずるようにして部屋を出た。
「うん、いくら有力者でも、領主の娘相手に既成事実作っちゃったら結婚せざるをえないでしょ。先手必勝よ、先手必勝」
「何ともまあ……逞しくなったもんだね」
エイラの質問に自信ありげに答えるリーゼに、クレアは呆れ半分の表情で苦笑している。
リーゼは何年も前からこの店に通っており、クレアに対しては常に素の状態で接していた。
初めてリーゼがこの店を訪れた際、会って早々にクレアがリーゼの猫かぶりを見抜き、それを指摘してからはずっとこんな調子のやり取りを続けている。
「あんな優良物件そうそうないもん。あー、何か緊張してきた。上手くできるかな……」
「何だ、ちゃんと予習してるわけじゃないのかい」
「経験のある娘から時々話は聞いたりしてるけど、雑談で出る程度の知識しかないのよね。カズラ様、優しくしてくれるといいんだけど……」
「エイラちゃんに教えてもらえばいいじゃないか。男の1人や2人経験してるだろ」
「……」
「え、まさか、お前さんその年で処女なのかい?」
気まずそうに口を閉ざしているエイラに、クレアが驚いた表情を向けた。
「お付き合いすらしたことないです……」
「そ、そうかい。まあ、人それぞれだからね……それはそうと、嬢ちゃんには期待してるよ。この間見せてくれたペンダントみたいな物なら、かなりの金額で買い取れるからね。手に入ったらいくらでも持っておいで」
「うん、もうメロメロにさせてばんばん貢いでもらうから、期待してて」
「あ、あはは……は」
リーゼの台詞に空笑いをしていたエイラは、ふと店の奥の扉の隙間に目を向けて固まった。
「ん、エイラ、どうした……の……」
エイラの様子に気付き、その視線を追って扉へと目を向けたリーゼも言葉を詰まらせる。
「やあ」
扉の隙間からは、にこやかな笑みを浮かべた一良が顔をのぞかせていた。
「こら! こっちには来るなと言っただろ! ……ん? お前さんたち知り合いかい?」
一良を怒鳴りつけたクレアは、リーゼたちの様子に気づくと不思議そうに首を傾るのだった。




