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93話:試掘開始

 2日後の朝。


 一良がマリーとともに朝食をとる部屋へやってくると、部屋にはすでに他のメンバーがそろっていた。

 今朝はジルコニアも席に着いており、一良の姿を見ると笑顔を見せた。

 先日までの少し疲れたような表情は影も形もなくなっていて、体調はすこぶるよさそうだ。

 ジルコニアにはエイラ伝いでリポDを渡しておいたので、恐らくその効果が出ているのだろう。


「カズラさん、おはようございます。2日も休んでしまい、申し訳ございませんでした」


「いえいえ、いいんですよ。体調は大丈夫ですか?」


「はい、もう大丈夫です。今ならいくらでも働けそうですわ」


 明るい表情で話すジルコニアに、一良は内心ほっと息をついた。

 この2日間、一良はジルコニアの見せた泣き顔が頭にこびりついて離れず、どうしたものかとやきもきしていた。

 だが、この表情を見る限り、とりあえずはなんとか持ち直してくれたようだ。


「あの、カズラ様、本日のお仕事なのですが……」


 一良が席に着くと、右手に座っているリーゼが申し訳なさそうな表情で話しかけてきた。

 心なしか、その顔には疲れが残っているように見える。


「昨日に続き、また面会の予定が入ってしまい、本日もご一緒することができなくなってしまって……申し訳ございません」


「そうですか……でも、面会も大切ですもんね。私の方は手の空いている時に手伝ってもらえれば結構ですから、気にしないでください」


「ありがとうございます。実は、明日と明後日も夜まで面会が入ってしまって……軍部の視察は3日後ということでもよろしいでしょうか」


「よ、4日間連続で面会ですか。視察の方はまた後日でもいいので、1日くらいゆっくり休んだほうが……」


「いえ、3日後は必ず予定を空けておきますので、是非ご一緒させてください」


 あまりの予定の立て込みぶりに、一良はリーゼのことが心配になった。

 リーゼは一良がいない間も毎日穀倉地帯の水車設置作業や、職人たちとの折衝で大忙しだったはずだ。

 しかも、その詰め込まれた予定の間を縫うように、内政や軍事関連の講義まで専属の講師から受けているらしい。

 さすがに少し休憩を挟んであげなければかわいそうな気がするが、当の本人は休みを取る気がないようだ。


「軍部の視察をしてくださるのですか?」


 2人の話を聞き、ジルコニアが意外そうな表情を一良に向ける。


「ええ、一昨日ナルソンさんに軍備関連の説明を少ししてもらったのですが、一度自分の目でも見ておきたくて。今度時間のある時にでも、外交状況について聞かせていただければと思います」


「まあ、ありがとうございます! もしよろしければ……あ、いえ、何でもありません」


 朝食の後で私がご案内しましょうか、とジルコニアは言いかけて、対面に座るリーゼの背後にどす黒いオーラを感じ取り、慌てて言葉を引っ込めた。

 予想外の一良の言葉を受けて、ついつい余計な口出しをするところだった。


 エイラの話では、2人の仲は順調に進展していっているとのことだ。

 リーゼは積極的に一良を落とそうとしているらしいので、2人が一緒にいる場合は、なるべく自分は席を外すように心がけたほうがいいだろう。


 ここ数日、ジルコニアは一良が自分をかなり気にかけていたことに気づいていた。

 昨日の夕方までは夜伽の失敗を引きずってずっと落ち込んでいたのだが、エイラが持ってきた化粧品とリポDの効果を体感してからは、気分が一転して高揚状態にある。

 リポDを飲んだ後、過労と寝不足で鉛のように重くなっていた身体は僅か2時間ほどで一気に全快し、現在の体調は絶好調だ。

 さらに、一緒に渡された化粧品のおかげで、荒れ気味だった肌も一晩で急激に持ち直し始めている。

 入浴剤を使って風呂に入った時も似たような現象を体感したのだが、渡された化粧品の性能はそれとは段違いだった。

 一良の持ち込む道具の性能には何度も驚かされてきたが、まるで魔法のような効力を持った薬や化粧品まで一良が所持していたことは予想外だった。



 これほどの効能を持った薬や化粧品を、まるでお詫びの品のように渡されれば、あの晩の一件については自分の考えすぎだったということにさすがに気付く。

 もし一良が自分に興味を失っていたのなら、このような気遣いはしないはずだ。

 それどころか、あまりの自分のへこみぶりに、逆に一良の同情と関心を誘うことができた。

 ここはこの流れを上手く利用して、さらに一良の注意を引くように上手く立ち回るべきだろう。


「何か必要な情報がありましたら、何でも私におっしゃってください。軍部の統括は私が行っていますので、お答えできると思います」


「わかりました、その時はお願いしますね。でも、助言できるかは分からないので、あまり期待はしないでください」


 過度に期待を煽ってもいけないと、一良は一言付け加える。

 だが、ジルコニアは特に残念がる様子もなく、一良ににっこりと微笑んだ。


「見ていただけるだけでも十分です。ありがとうございます」


「うむ、カズラ殿には内政面でも世話になりっぱなしですからな……とはいえ、やはり軍備についても助言をいただけると大変助かります。なにとぞ、よろしくお願いいたします」


「あ、はい、とりあえず見るだけ見てみますので。リーゼさん、よろしくお願いしますね」


「はい!」


 そうこうしている内に食事の準備も整い、2日ぶりに4人そろっての食事をとり始めた。




 その日の午後。


 イステリアの街中のとある一角で、一良は井戸掘り職人たちに小型井戸掘り機の使い方を説明していた。

 一良の隣には鎧姿のジルコニアもおり、一良の説明を真剣な表情で聞いている。

 周囲には布が張られ、作業風景をのぞき見られないように目隠しがされていた。


 アイザックとハベルは同行しておらず、この場にいるのは一良とジルコニア、そして数名の護衛と使用人と職人たちだ。

 ナルソン邸では水力発電機を設置するための水路作りもやらなければならないので、アイザックとハベルはその作業に当たっている。


「このように先端を地面に突き刺したら、ハンドルをねじって地面に食い込ませてください。掘った土は先端に溜まるので、ある程度掘ったら井戸掘り機を引き上げて土をかき出します。これをひたすら繰り返します」


 一良が持ってきた小型井戸掘り機は、T字型のハンドルの先に筒状の容器が取り付けられたものだ。

 容器の先端は開いた鳥のクチバシのような形の刃物になっており、地面に設置した状態でハンドルをねじると、えぐるような形で地面を掘り抜くことができる。

 容器の内側には弁が付いているので、掘った土が逆流することはない。

 材質は鋼鉄なため、よほど無理な力を加えなければ刃先が壊れるようなことはないだろう。

 大きな岩盤を粉砕することはできないが、小さな石の層であれば付属品の専用刃に先端を交換することで石を粉砕することが可能だ。


「一日中掘り続ければ、質の悪い水が出る茶色い砂の層にたどり着くと思います。ですが、水が出た後も掘るのはやめずに、良質な水が出るか規定の深さに達するまで掘り続けてください。岩盤に当たってしまったら掘るのを止めて、また別の場所を掘ってみましょう」


 イステリアの街中にある井戸からは、カナケ水と呼ばれる鉄分が多量に含まれた水しか出てこない上に、得られる水量も季節によってまちまちだ。

 さらに深い場所には良質な水が安定して出る地下水脈があるはずなので、今回の穴掘り作業ではその地下水脈まで掘り進めることになる。

 だが、地下には分厚い岩盤の層があるとのことなので、岩盤に当たらず地下水脈までたどり着ける場所を見つけ出すことが目的だ。


 もし、あちこち掘っても岩盤がない地層が見つからない場合は、用意してある超鋼製の石ノミを使って、手作業で岩盤を掘り抜くしか良質な水を得る方法はない。

 既存の井戸はすでに岩盤の層にまで穴が到達しているので、職人たちに石ノミを渡して岩盤の削岩作業も並行して行うことになっている。

 今は日照りで多くの井戸が枯れている状態なので、削岩作業を行うにはちょうどいいタイミングだろう。

 削岩用のガソリン式エンジンブレーカーを使ってしまえばあっという間に作業は終わるが、削岩時の騒音がすさまじすぎて目立つどころの話ではないので、街中での使用は考えていない。


 一良とジルコニアは職人たちが作業を始めるのを見届けると、護衛の兵士を2人だけ残して次の場所へと移動する。


「カズラさん、先日は取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。それと、お薬と化粧品、ありがとうございます」


 一良がジルコニアと並んで雑踏のなかを歩いていると、ジルコニアが小声で話しかけてきた。

 ジルコニアは一良の表情を窺っているのか、申し訳なさそうに若干伏し目がちにしている。


「いえ、私の方こそ勘違いさせてしまうような真似をして、本当にすみませんでした。その……怖い思いをさせてしまって……」


「あ、いえ! 私が勝手に勘違いをしただけですから、カズラさんのせいではありません! もう大丈夫ですので、気になさらないでください」


 謝る一良に、ジルコニアは慌てた様子でフォローを入れる。


「ありがとうございます……えっと、お渡ししたお薬は効きましたか?」


「はい、本当に素晴らしいお薬でした。飲んで一晩経たないうちに、身体の疲れが全て吹き飛んでしまいました。さすがは神の国の秘薬ですね」


 いつものように柔らかく微笑んで答えるジルコニアに、一良は心底安堵していた。

 朝食の席で元気な姿を見てはいたが、再びこうして自然に会話ができる自信が持てなかったのだ。

 この様子ならば、もう心配はいらないだろう。


「それはよかった。化粧品も気に入っていただけましたか?」


「はい、使って一晩経ったら肌が見違えるように綺麗になっていました。まるで魔法みたいです」


 嬉しそうに微笑むジルコニアの顔をよく見てみると、確かに以前よりも肌に張りと潤いがあるように感じられた。

 シャンプーとコンディショナーの効果も出始めているのか、髪も以前より艶やかで美しく見える。


「手持ちにまだいくつかあるので、使い切りそうになったら言ってくださいね。あと、身体が辛いなと感じたらすぐに教えてください。またあの薬を差し上げますから」


「ありがとうございます。でも、今後は無理し過ぎないように気をつけますので大丈夫です。それでその……もしよろしければ、ナルソンやアイザックたちにもお薬を分けてあげていただきたいんです。きっと、私よりも疲れているはずですから……」


 そうおずおずと申し出るジルコニアからは、以前のようなガツガツとした雰囲気は完全に消えていた。

 彼女の中で何があったのか一良には分からないが、ここ最近の彼女からは自分に対する感謝と気遣いの気持ちを強く感じる。

 ぐいぐいこられると引いてしまうが、なんとか自分の力で頑張ろうとしている姿を見ると手助けしてあげたくなってしまう。


「わかりました、後で渡しておきますね」


「ありがとうございます。ナルソンたちは薬のことを知りませんから、きっとびっくりするでしょうね」


 そう言って嬉しそうに微笑むジルコニアに一良は微笑み返し、そういえば、と昨晩から気になっていた質問をするべく口を開く。


「以前、グリセア村を襲った野盗を3人捕まえたじゃないですか。あの野盗たちに尋問はしたんですか?」


「はい、カズラさんが村に向かっている間に、私が尋問しておきました」


「ジルコニアさんが直接尋問したんですか……どんなことを聞いたんです?」


 一良の質問に、ジルコニアは思い出すように少し考えてから口を開く。


「えっと、彼らには今まで犯してきた犯行内容について聞きました。記録に残っている他の被害と内容が一致したので、嘘はつかずに正直に話してくれたみたいです」


「常習的に人を襲ってる連中だったんですね……他には何か言っていましたか?」


 続けて一良が質問すると、ジルコニアは少し間を置いてから横目で一良を見た。

 その視線には、一良の様子を窺うような色が感じられる。


「その……彼らが言うには、グリセア村の村人たちはまるで化け物のように強かった……と」


「……化け物のように、ですか」


 一良がそうつぶやくと、ジルコニアは慌てた様子で一良に顔を向けた。


「あ、あの、別にグリセア村の人たちをどうこうするつもりはありませんので! 祝福の力については、私のほかに知っているのはナルソンだけで……あ、エイラも知っています……尋問内容についても、きちんとお話するべきでした。黙っていて、ごめんなさい……」


「いや、いいんですよ。気にしないでください」


 申し訳なさそうに謝るジルコニアをなだめながら、一良はほっとしていた。

 ジルコニアが村人たちの力についてどう認識しているのかは分からないが、少なくともそれを知っていることを隠したり利用したりするつもりはなさそうだ。

 『祝福の力』と言っていることから、食べ物の継続摂取で得られる力だとも気づいてはいないのだろう。

 自分たちにも力を与えてくれと懇願されるかとも思ったが、それもする気配はまったくない。

 何とも控えめというか、一良にとっては予想外の反応だった。


「それで、その野盗たちは今はどこにいるんです? 留置所かどこかに収監されているんですかね?」


「いえ、彼らは尋問後すぐに処刑しました。南門を出たところに首が晒してありますが、そろそろ回収してもいい頃合かもしれませんね」


「……」


「彼らは正直に過去の所業を話してくれたので、苦痛が少ないように斬首刑にしましたが……あの、処刑方法についてもご相談したほうがよろしかったでしょうか?」


「い、いえ、大丈夫です。そうですか、晒し首ですか……」


 突然の恐ろしい情報に一良は一瞬言葉を失ったが、この世界ではそれが当たり前なのだろうと無理矢理納得した。

 尋問後すぐに処刑されたのでは裁判すら行われていないように思えるが、野盗相手にはいちいち裁判などは行われないのだろう。


 一良は自分の世界とのギャップに戦慄しながらも、当たり障りのない平和的な話題に話をシフトさせるのだった。

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