84話:お得意様
本屋で買い物を済ませた後、一良は以前訪れた電気屋へとやってきていた。
一良の隣では、以前発電機の説明をしてくれた店員が一良に商品の説明を行っている。
「じゃあ、この一番大きい業務用冷凍庫ください。あと、電子レンジとエアコン。プリンターとハンディカムと小型プロジェクター。プロジェクターはバッテリー内蔵のやつでお願いします」
「かしこまりました! どれもお勧めの品がございますので、こちらへどうぞ!!」
容量が500リットルもある大型の業務用冷凍庫をはじめとして、イステリア滞在中に書き出したメモ用紙を見ながらぽんぽんと注文していく。
突然の大量注文にも店員は動じず、むしろやたらとキレのある動きで一良に商品の説明をしてくれた。
「プリンターはこの最新型のインクジェット複合機はいかがでしょうか? 写真印刷においては他の機種に比べて抜群な仕上がりをお約束できます。インクの持ちも従来の同メーカー機種にくらべて20パーセント長持ちするように改善されておりまして……」
「じゃあ、この複合機を1台と専用インクカートリッジを10セットください。印刷用紙はA3とA4を箱でお願いします。あと写真用の光沢紙も少しください」
イステリアで図面や資料をいじっている間、重要な書類にメモ書きをする際は原本を汚すわけにはいかないので、フセンにメモ書きをして張り付けるといった作業を行っていた。
だが、それをこれからも行っていくとなると書類がフセンだらけになってしまう上に、一度何かの拍子で書類からフセンが纏めて外れてしまうとどうにもならない。
今後も書類にメモ書きをする機会はどんどん増えていくと思われるので、スキャナとプリンターの機能を併せ持つ複合機を持ち込んで、メモ書き用の書類を複製してしまうことにしたのだ。
何千枚も印刷するようなことにはならないとは思うが、イステリアにいる間にインク切れを起こしても馬鹿らしいので、交換用のインクカートリッジをまとめ買いしておく。
実際イステリアで複合機を使う時は、ナルソンやジルコニアのために工事図面や写真を印刷したり、書き写しが必要な書類をコピーしたりする程度だろう。
熱転写方式の業務用サーマルプリンターでも買っていってしまえばいいのかもしれないが、現時点では特に大量印刷する予定はないので、コンパクトな家庭用インクジェットプリンターを購入した。
レーザープリンターにしなかったのは個人的な趣味だ。
イステリアにある皮紙が購入する複合機に使えるとは限らないので、コピー用紙もまとめ買いしておく。
もしも皮紙が使えそうならば、カッターや裁断機で印刷用紙と同じ大きさにカットしたうえで用いてみてもいいだろう。
「ありがとうございます! では次に小型プロジェクターですが、こちらは先週発売されたばかりの最新型でして、バッテリーの持ちも従来に比べて……」
「うん、それください」
「かしこまりました! では次にハンディカムですが、こちらも2日前に発売されたばかりの最新型でして……」
「それください」
「毎度あり! 次にエアコンですがこちらが……」
「ください」
こうして、一良は店員が勧めてくる最新型商品を片っ端から購入していった。
支払いは全てカードで済ませ、明日の午前中に屋敷に届くように手配を行った。
購入手続きを行っている間、お茶と一緒に何故か一口羊羹まで出てきた。
電気屋で家電を購入した後、一良はいつも通っているホームセンターへやってきた。
今回購入する予定のものは、追加のガソリンを入れるドラム缶と大型クーラーボックス、そして数点の工具や照明道具だ。
前回クーラーボックスに冷凍食品を入れてイステリアに輸送した際は、クーラーボックスから冷凍食品を取り出すのが遅くなったせいでアイスが全滅してしまった(肉や野菜は半分溶けた状態だった)。
そのため、今回は前回よりも少し多めにドライアイスを詰める予定だ。
店内で前回買ったクーラーボックスと同じものをいくつか台車に載せていると、見覚えのある店員が一良の姿を見つけて駆け寄ってきた。
最早顔なじみになりつつある、いつもの主任店員だ。
「志野様、ご来店ありがとうございます。本日は何をお探しですか?」
「あ、こんにちは。今日はドラム缶とクーラーボックスをもらおうと思って。他にも色々と見たいんで、これをレジに運んでおいてもらってもいいですか?」
「かしこまりました。では、サービスカウンターで取り置きしておきますので、商品が選び終わりましたらおいでください」
「ありがとうございます。……あ、そうだ、遠心分離機って置いてあったりしません? 大豆から油を搾りたいんですけど」
商品を預けるついでに、遠心分離機の取り扱いについて主任店員に聞いてみる。
遠心分離機はイステリアで収穫される豆から油を搾るために使ってみようと一良は考えているのだが、イステリアではまだ豆の種蒔きすら始まっていない。
豆の収穫は雪が降る直前とリーゼから聞いているので、遠心分離機を実際に使うことになるとしたら、早くても今年の12月あたりになるだろう。
今は8月の後半なので、まだ3ヶ月は時間に余裕があるはずだ。
もし遠心分離機を使った油の搾り出しが上手くいくようならば、構造をまねて似たような道具をイステリアで作ってみてもいいだろう。
ただ、豆を入れる容器を高速回転させる都合上、工作精度には十分注意しなければならないうえに、ボールベアリングといった特殊な道具は一良が用意しなければならなくなるはずだ。
遠心分離機のようなすさまじい回転力を生み出す道具は、しっかりと作らなければ大事故につながる危険性が非常に高い。
実際作ることになった場合は、十分注意して設計を行わなければならないだろう。
ちなみに、ボールベアリングとは別名玉軸受とも呼ばれている、シャフトなどの回転を補助する道具のことだ。
ボールベアリング自体を台座に固定させた上で、ボールベアリングの中にシャフトを通して固定することで、シャフトが回転する際に生じる摩擦を軽減することができる。
ボールベアリングを使わずに遠心分離機を作ろうとすれば、回転に伴って生じる摩擦熱で台座やシャフトが破損してしまうだろう。
「え、遠心分離機ですか。そういった専用機械は当店では取り扱っていないのですが……あの、もしよろしければ私のほうで専門メーカーからカタログを取り寄せてお取次ぎさせていただきますが、いかがでしょうか。油を搾るとなると遠心分離機というよりも脱油機のカテゴリになると思いますが」
ダメもとで聞いてみた一良に対し、主任店員は一瞬たじろいだ様子だったが、すぐに代替案を提示してきた。
まさかそこまでやってくれるとは一良も考えていなかったので、少々驚いた。
「えっ、そんなことまでやってくれるんですか?」
「もちろんでございます。志野様はお得意様ですので、私どもでお手伝いできることならば何でもお手伝いさせていただければと……ただ、若干の手数料をいただくことにはなりますが、いかがでしょうか」
「是非お願いしたいです。品物は急いで必要ってわけでもないんで、2ヶ月か3ヵ月後に手に入ればいいです。明日の午前中にカタログを見に来ますから、注文もそのときにさせていただければと思います」
「かしこまりました。すぐにメーカーに問い合わせのうえ、カタログを手配いたします。大豆油の搾油に適したものを、あらかじめ私共のほうで数点選定しておきますね」
「了解です。よろしくお願いします」
期せずして脱油機の手配にも目処がつき、一良は主任店員と別れると足取りも軽く次の売り場へと向かう。
次に買う商品は、イステリアで使う照明道具と、今朝バレッタに頼まれたいくつかの道具だ。
「ええと、シリコンチューブとアルミテープとガラスの大瓶……バレッタさんは一体何に使うつもりなんだろうか」
一昨日の朝にバレッタと一緒に見直したメモを見ながら、押しているカートに品物をぽんぽんと放り込んでいく。
何やら用途のわからない品物をバレッタに数点頼まれたのだが、今朝バレッタに用途を聞いた時は「秘密です」と言われてしまい、教えてもらえなかった。
一体何に使うつもりなのか気になるが、バレッタなら別に変なことに用いることはないだろう。
いくつ買っていけばいいのかを聞きそびれていたので、これだけあれば足りるだろうとシリコンチューブを5メートル、ガラスの大瓶を5つ買っていくことにした。
カートに品物を放り込みながら商品棚の間をうろうろしていると、少し離れた場所に製図板が並べられているのが目に入った。
カートを押して製図板の前に行き、まじまじと商品を見つめる。
「あー、製図板か。今まで大学ノートに直描きだったから、これがあれば楽になるかな……」
製図板とは、図面を引く際に用いる平たい板のことである。
この店に置いてある製図板は可動式の平行定規が付属されているもので、主に建築士が使う代物のようだ。
イステリアで図面を引く際に役に立つだろうと1つ買おうかと考えたが、近場にいた店員に頼んでやはり2つ買っていくことにした。
1つはもちろん、バレッタへのお土産である。
バレッタは村で色々と作ってみるつもりのようなので、きっと喜んでくれることだろう。
その他にも、製図用の勾配定規やコンパスなどの小物も、いくつかカートに放り込んだ。
ホームセンターでの買い物を済ませた後、一良はドラッグストアにやってきた。
今後、しばらくの間はイステリアへ行きっぱなしになってしまうと思われるので、日用品や雑貨を大量に買い込むのだ。
栄養バランスが崩れないようにと、栄養補助食品の棚からビタミン剤を手持ちのカゴに放り込む。
その他にも、カロリーメイトやエネルギーバーといった手軽に食べられる栄養補助食品や、お湯で作る粉末スープや粉ゼラチンから作るゼリーといった嗜好品もいくつかカゴに入れた。
薬剤コーナーにも立ち寄り、エタノールやオキシドールといった消毒液、漢方薬や切り傷用の軟膏もカゴに入れる。
リポDは前回大量に買ってイステリアに輸送済みであるので、今回は購入しないことにした。
結構な数の品物を確保してレジに向かおうとしたところで、化粧品コーナーが目に入った。
「あー、化粧品か……ハンドクリームとか買っていったら、バレッタさん喜んでくれるかな」
商品棚からハンドクリームの真っ白な容器を一つ手に取り、まじまじと見つめてみる。
これは主に手荒れ対策に使うクリームのようだが、商品棚にはUVカット効果を前面に押し出した商品や、乾燥肌対策の商品など、色々なクリームが並べられていた。
ハンドクリームのほかにも、美容液や保湿ゲルなど、さまざまなスキンケア用品が所狭しと棚に並んでいる。
並べられている商品の容器はどれも個性的で、高級感や透明感が感じられるようなデザインのものが多いようだ。
それらのデザインはどれも美しく、商品棚の明るい照明効果も相まって、思わずいくつも手にとってみたくなってしまう。
「そういえば、リーゼさんは何とかって泥を使って肌の手入れをしてるってナルソンさんが言ってたっけ」
以前イステリアで井戸の話をした際、リーゼは井戸掘り職人から特殊な泥を購入して肌の手入れに使っているとナルソンが言っていた。
ジルコニアは普段はそういったものには気を使わないと言っていたが、かといって興味がないわけでもないらしい。
「……ジルコニアさんにも少し買っていってあげるか。何か最近すごく頑張ってるし」
一良がイステリアに行った当初こそ、ジルコニアは一良の助力を得ようとかなりぐいぐいと話を進めてくる印象だったが、どういうわけかここ数日はあまり元気がないというか、ずいぶんと消極的になってしまったように一良は感じていた。
しかし、普段の仕事に身が入っていないというわけではないらしく、毎日忙しくばたばたと動き回って事務仕事や部下との折衝に一生懸命になっている様子は見ていて分かる。
あまりにも忙しそうな様子に、時折一良はジルコニアに声をかけてもいたのだが、いつも笑顔で「ありがとうございます。大丈夫です」と言うばかりなのだ。
以前のジルコニアならば、ここぞとばかりに一良の助力を得ようと迫ってきてもおかしくはないはずなのだが、最近はむしろ一良の手を煩わせないように自分だけで何とかしようと頑張っているように一良は感じていた。
今まではぐいぐい押してくるジルコニアに一良は少し警戒していたのだが、ここまで消極的になられてしまうと逆に心配になってしまう。
「入浴剤とかも買っていってみるか。疲れも取れるし少しは気も安らぐだろ」
リポDを与えて一気に体力を回復させてしまえばいいかとも考えたが、肉体的な疲れよりも精神的な疲れの方が問題になっているように感じたので、女性受けしそうな商品をジルコニアにも少し差し入れすることにした。
あまりぐいぐいこられても引いてしまうが、逆に極端に遠慮されすぎてもやりづらい。
これをきっかけにして、もう少し軽いやり取りができる間柄になりたいものだと一良は考えていた。
クリームや保湿ゲルと合わせて、折りたたみ式の鏡も2つ購入しておいた。




