表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/410

83話:大量消費者

 のんびりと1時間ほどかけて昼食を食べ終えた一良は、後片付けを終えた後でバレッタと一緒に屋敷の庭に出ていた。

 2人の前には、以前種植えした数種類のハーブが地植えされている。

 その隣には、一良が苗ごと買ってきたレモングラスとペパーミント、そして数種類のハーブの種が蒔かれた植木鉢も置かれていた。

 一良が乗ってきた農業用運搬車も、庭の隅に停められている。


「それなりに大きくはなってきているんですけど、やっぱり本に書かれている内容よりも成長速度が遅いみたいなんです」


 そう言ってしゃがみ込み、ハーブたちを見つめるバレッタ。

 一良も一緒になってしゃがみ込んでハーブ観察してみるが、確かにあまり大きくなっていないように見える。

 だが、病気になっている様子でもなく、多少ひょろひょろとしているが、葉は青々としていて元気そうだ。


「病気にもなっていないってのに、成長速度だけが遅いってどういうことだろ……ペパーミントは若干大きくなってきているんですね」


 地植えされているものや鉢植えされている他のハーブに比べ、鉢に植えられたペパーミントは、わずかにではあるが早く成長しているようだ。

 鉢のペパーミントには肥料が与えられているので、成長速度の違いの原因は肥料の有無しか考えられない。

 だが、それでもペパーミントの成長速度は、一般的な苗の成長速度よりもかなり遅いのだ。


「たぶん栄養の問題だとは思うんですけど、肥料を与えているのに成長速度が遅いっていうのがよくわからなくて……肥料を混ぜた鉢に種植えしたハーブも、成長速度が遅いんですよね」


「毎日ハーブを見ていて、何か気がついたことはありませんか?」


「気がついたことですか……うーん」


 一良の問いに、バレッタは口に手を当てて考え込む。


「特には何も……お水はこまめに与えるようにしていますし、周りに生える雑草は気付いた時に抜いていますし……別段変わったことは見当たらなかったです」


「んー、そうか……いや、ちょっと待ってください」


「あ、何かわかりましたか?」


 何かに気付いた様子の一良に、バレッタは期待を込めた視線を向ける。


「一つ教えて欲しいんですが、ペパーミントの鉢に生えた雑草ってどれくらいの大きさでした?」


「雑草ですか? 芽が出たらすぐに抜くようにしていたんで、そんなに大きくはなかったですよ。大きくても1センチくらいで」


「最近もそんな感じですか?」


「ええ、いつも変わらないですね」


 バレッタの言葉に、一良は鉢植えのペパーミントに目を向けたまま腕を組んで考え込んだ。

 そうして数秒黙っていたが、考えがまとまったのか再びバレッタに顔を向けた。


「……ひょっとしたら、もうこの鉢には栄養がまるで無いんじゃないですか? 栄養があれば雑草は一気に大きくなるはずだから、もう栄養が完全に枯渇してる状態だったりして」


「えっ、でも、そんなことが……」


 一良が考え付いた推測は、鉢に入れられた肥料の栄養の全てが雑草に吸い取られてしまい、鉢の中の栄養が完全に枯渇してしまったのではないかという突拍子も無い内容だった。

 驚いた様子で目を剥いていたバレッタだったが、すぐに考えを改めると表情をとりなして口を開いた。


「でも、それだと畑の野菜の急成長の説明がつかないですよ。雑草は毎日沢山生えてくるはずですし、ぽつぽつ植えられた葉物野菜に栄養が行く前に、全部周りに生え始めた雑草に持っていかれてしまうように思えます」


「それはそうなんですけど、村の皆さんは雑草が生えるとすぐに全部引っこ抜いていたじゃないですか。すぐに引っこ抜かれると雑草の根っこもまだ短い状態だから、深いところに混ぜられた肥料の栄養は手付かずで残り続けるんじゃないかと思うんです。葉物野菜は根を伸ばし続けるから、残った肥料に到達した途端にさらに栄養を大量に取り込んで、一気に成長したと考えられるかなって」


 一良の知る限り、村人たちは毎日畑に出ては、野菜の周囲に生える雑草を片っ端から手で引き抜いていたり、三角鍬でかき回したりしていた。

 一良も村で生活をしていた時はよく手伝っていたので、どれほど徹底して雑草が除去されていたのかはよく知っている。

 抜かれた雑草は乾いた地面の上に放置され、強烈な日差しを受けてカリカリになって枯れていた。


「で、でも、それだと種から植えたハーブの成長速度が遅い理由にはなりますけど、ペパーミントの苗の成長が遅い理由にはならないですよ。私だって毎日雑草は抜いていましたから、鉢の底のほうの栄養は残っているはずです」


「うん。バレッタさんが村に戻ってきてからはそうですよね。でも、イステリアに行っていて屋敷を留守にしていた間の鉢の状況は、世話をしてくれていた村の人しか知りませんよね」


「……あ」


 一良の指摘に、バレッタは呆然とした表情になった。


「それに、毎日こまめに水を与えていたってことは、常に土が湿っていたってことですよね。土が湿っているのなら、根っこの短い雑草が水を吸い上げる時に、鉢の底のほうの栄養も水と一緒に吸い上げると思うんですよ。それこそ、残っていた僅かな栄養も雑草が根こそぎ吸い上げてしまったような感じで、この鉢にはもう栄養が全く残っていないんじゃないかなって。畑の野菜にも水は与えられていましたけど、水をあげる頻度と炎天下の影響で常に土が湿っているわけでもないうえに、大事にされている分野菜たちの方が成長も早いから、雑草との栄養獲得競争にも打ち勝ったんじゃないかなと」


「え……それじゃあ、この世界の植物って……そんな、そんなのいくらなんでも滅茶苦茶です……」


「いや、あくまで推測ですよ。本当にそうと決まったわけでは……」


 まるで恐ろしいものを見るかのような目で、敷地内に生えている雑草を見つめるバレッタ。

 もし一良の推測が正しいとすると、この世界の植物は根の届く範囲にある栄養を片っ端から吸収し、栄養の続く限り無制限に成長を続けるということになってしまうのだ。

 無論、その植物の種類によって成長の限界はあるのだろうが、村の野菜たちを見る限り、今よりもさらに大きくなると考えてもおかしくはない。


 また、異常成長を遂げた野菜を一良が食べても栄養を得ることが出来なかったことからもわかるように、野菜たちは大きくなっても、どういうわけか栄養価は少ないままなのだ。

 日本の肥料から取り込んだ栄養はその全てが巨大化のみのために使われてしまい、野菜自体の栄養価は何ら変わっていないという異常状態である。

 恐らく、これらの植物が枯れて土に還ったとしても、それらの栄養の全てが土に戻るということはないのだろう。

 この繰り返しが原因で、この世界の土には栄養がほぼなくなってしまったのかもしれない。

 もしそうならば、肥料と言う概念自体がこの世界では見られなかったという点にも納得がいく。

 元から栄養がほとんどないのでは、肥料という概念が生まれようがないのだ。


 ただし、これらはあくまでも一良の推測である。

 日本の専門家にでもこの世界の植物を調査させない限り、真相は分からずじまいだろう。


「……では、今後はペパーミントの鉢は雑草の種が入り込まないように、家の中に隔離してみます。もしカズラさんの推測が正しいのなら、新しい肥料を与えなおせば、このペパーミントは本に書いてある通りに成長するはずです」


「うん、それしか確認する方法はないでしょうね」


 バレッタの提案に一良は頷くと、立ち上がって背伸びをした。


「さてと、それでは私はもう一度日本に戻りますね。沢山本を買ってきますから、期待していてください」


 そう言って微笑む一良に、バレッタも立ち上がると微笑んだ。


「ふふ、楽しみにしていますね。お夕飯までには帰ってこられますか?」


「うん、それまでには戻ってきます。それで、できればまたバレッタさんの厚焼き玉子が食べたいかなって……」


 一良が照れくさそうにそう言うと、バレッタは一瞬目をぱちくりとさせていたが、すぐに本当に嬉しそうな笑顔を一良に向けた。


「はい! とびきり美味しいのを作って待っていますから、早く帰ってきてくださいね!」


「了解です。これは急いで帰ってこないとだ」


 一良はそう言うと、庭の隅の農業用運搬車に乗り込んでエンジンをかける。

 エンジンをかけると同時に、けたたましい爆音が周囲に響き始めた。

 突然の爆音に、屋敷の裏手からは柵の中にいる根切り鳥たちが驚いて上げる鳴き声と羽音が聞こえてくる。

 次からは、屋敷の敷地内に農業用運搬車は停めないほうがよさそうだ。


「じゃ、じゃあ、行ってきますね……次からは少し離れた場所に停めておくか」


 一良はそう言うと、日本へと繋がる石畳の通路へと向けて農業用運搬車を走らせて行った。


 バレッタは走り去っていく一良の背を見送ると、屋敷に入ろうと踵を返したところで足を止めた。

 そして、足元に生えている雑草に目を向けた後、庭に地植えされているハーブへと視線を移した。


「……」


 何か思うところがあるのか、バレッタはじっとハーブを見つめている。

 その瞳は少しだけ、悲しげに揺れていた。




 それから1時間後。


 日本に戻った一良は、市街にある大型書店にやってきていた。

 店内には何十万冊という数の書籍が棚に並べられており、取り揃えられているジャンルも非常に豊富だ。

 大量に本を買う人のために、店内にはカートまで用意されていた。

 まさに今の一良にはうってつけで、早速カートを押して店内を歩き回る。


 まず一良が最初に向かった場所は歴史書のコーナーで、主にヨーロッパ地方の歴史書が棚を埋めていた。

 その左隣には日本の歴史書の棚も併設されており、民族史なども取り扱っているようだ。


 一良の背中側にはライトノベルが大量に平積みされた平台があり、その脇には『今月の新刊!』と書かれた立て看板が置かれていた。

 立て看板にはライトノベルの宣伝用ポスターが貼られており、人の良さそうな若い男と金髪の美少女が、背中合わせで座っているイラストが描かれていた。


「ええと、歴史書っていっても何を買っていけばいいのやら……紀元前のヨーロッパとかでいいのかな。古代ローマ時代のものとか」


 たまたま目に入った古代ローマ関係の書籍を棚から引っ張り出し、ぱらぱらとめくってみる。

 その本には、古代ローマ人の一日の生活ぶりや、使われていた技術、日常的に使われていた道具にはどのようなものがあったのかといった内容が分かりやすく記載されていた。


「へえ、古代ローマ人ってこんな生活をしてたのか」


 そのまま少し立ち読みをし、本を閉じてカートに入れる。

 その後も、数冊の古代ローマ関係の本を流し読みしては、カートにぽいぽいと入れていった。

 古代ローマで使われていた技術や道具は、あちらの世界で使われているものよりもかなり先進的に思えるが、古代ローマ関係の書籍はとても種類が多く充実している。

 これらの本を読むのはバレッタだけなので、技術の先進性うんぬんといった点には特に注意は払わなかった。

 人びとの生活ぶりや服装については、あちらの世界との共通点も多分にあるので、バレッタの知的欲求もある程度は満たされることだろう。


 軍事関係に関しては、古代ローマを中心として説明がなされている戦闘技術史を購入することにした。

 歴史的に重要な会戦や戦闘について、その戦闘経過や戦闘発生までの背景などが分かりやすく図付きで記載されていた。

 また、隣の棚にあった日本の民族史も、埼玉にある実家に近い地域の説明がなされているものを数冊カートに入れた。


 その後、一良は専門書の棚を巡り歩き、金属精錬に関する専門書や農業関係の専門書、外科手術や看護学などの専門書をカートに入れた。

 専門書の内のいくつかは2冊ずつカートに入れており、イステリアでもし必要になったら自分でも使うつもりだった。


 専門書だけでは面白みに欠けるかと思い、趣味のコーナーで写真が沢山載っている料理雑誌や空間デザイン雑誌などの雑誌類もカートに入れておいた。

 以前、バレッタは「人気の出るカフェのはじめ方」という写真付きの本を楽しそうに見ていたので、これらの雑誌もきっと気に入ってくれるだろう。


「……何と言うか、えらいカオスなラインナップになってしまったな。全部でいくらだろうか」


 ぽんぽんと様々な書籍が放り込まれたカートの中身は、統一感ゼロの混沌とした状態になっていた。

 戦闘技術史の上に折り重なるように載せられている、「美味しいハーブティーの楽しみ方」というタイトルの本の存在が、実にシュールだ。


 一良は会計を済ませるため、重くなったカートを押してレジへと向かうのだった。

活動報告にて、書籍1巻のカバーイラストを公開中です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] カズラが栄養素を吸収できないのは、たぶんこういうことじゃないだろうか。 1つのジャガイモの栄養素が10だったとして、 一回の料理で使うジャガイモの個数が、日本だと2個か3個なのに対して…
[一言] 作物の栄養素は窒素、カリウム、リンですが窒素は空気中に存在し、土に吸着することで植物が吸収します。 栄養素がないと言う事は異世界の大気に窒素がないと言う事になりませんか?どう言う大気? この…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ