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82話:のんびり日和

 次の日の昼。


 日本の屋敷で水力発電機と井戸掘り道具を運送業者から受領した一良は、それらを屋敷の庭に停めておいた農業用運搬車に積み込んでグリセア村へと戻った。

 エンジンが発する爆音を響かせながら雑木林を抜け、バリンの屋敷に向かってゆっくりと進む。

 運転しながら目に付いた村人たちに片手を挙げて挨拶をすると、村人たちも応えるように手を振ったり腰を折って頭を下げたりした。

 村人たちはわざわざ一良の元に集まってくるようなことはせず、一良の姿を見つけるとその場で挨拶を返すにとどまっていた。

 一良が忙しく動き回っていることを村人たちは知っているので、邪魔をしないように気を使っているのだ。


 そのまま村の中を走っていると、屋敷の方向からバレッタが走ってきた。

 農業用運搬車のエンジン音を聞きつけて、迎えに来てくれたようだ。

 表情はとても明るく、元気そうだ。


「おかえりなさい、カズラさん。沢山買ってきたんですね……見たことの無い道具ばかりです」


「ただいまです。ごつい物ばかりで重量がかさんでしまって、農業用運搬車で運んできちゃいました。うるさくてすみません」


 一旦エンジンを切ってバレッタを迎えると、バレッタは物珍しそうに荷台に積まれた道具を覗き込み始めた。

 その中から設計図のファイルを見つけ、一良に断ってから手にとってぱらぱらとめくる。


「そのファイルは2部ずつ用意してありますよ。1つはバレッタさん用です」


「わ、ありがとうございます!」


 バレッタは嬉しそうな笑顔を一良に向けると、脱穀機や唐箕とうみの設計図を流し読みしながら「なるほど」と頷いた。

 唐箕とは、脱穀後の実と籾殻などを、手回し式の板羽から発生する風を利用して選別する道具のことだ。

 昔の日本の農家には、大抵これが置いてあったらしい。


「脱穀も選別も、こうすれば手間がかからないんですね……。こんなに細かく描いてある設計図があれば、私でも全部作れそうです。そんなに難しい造りじゃないんですね」


「そ、そうですね。昔使われていた道具なんで……」


 設計図を流し読みしただけですごいことを言ってのけるバレッタ。

 どこまで本気で言っているのかわからないが、この娘なら苦もなく全部1人で作ってしまうんじゃないかという予感がする。


 バレッタは少しの間設計図を流し読みすると、満足したのかファイルを荷台に戻した。


「ちょうどお昼ご飯の仕度ができたところなんです。腕によりをかけて作ったんで、期待しててくださいね! あと、お赤飯も炊いてみました」


「おお、そりゃ楽しみだ。赤飯なんて食べるの久しぶりだな……そういえば、小豆の缶詰もいくつか買ってありましたね」


 以前スーパーで大量に購入した食料品の中には、おかずの缶詰のほかにも小豆の缶詰やホールトマトの缶詰のような、料理に組み合わせて使う缶詰も入っていた。

 スーパーで棚ごと買い占める勢いでまとめ買いした結果だったのだが、そのおかげで村で作られる料理の種類も増え、各家庭の食卓事情はすこぶる豊かになっているようだ。

 もち米もいくらか買ってきてあったはずなので、きっときちんとした赤飯が炊かれていることだろう。


「そういえば、赤飯って私の国だとおめでたいことがあったときに炊くものなんですよ。まるでちょっとしたお祝いみたいですね」


「お祝いですよ」


 即座にそう返すバレッタに、一良は首を傾げる。


「カズラさんが、帰ってきてくれましたから」


 心底嬉しそうな笑顔でそんなことを言うバレッタ。

 捉え方によってはかなり恥ずかしい台詞だが、全く恥ずかしがっている様子が見られないので、特に深い意味はないのだろう。

 一良は少し赤くなってしまったが。


「そ、そうですか。じゃあ、戻ってご飯にしましょうか」


「はい!」


 何でそこまで機嫌がいいのだろうかと一良は内心首をかしげながらも、農業用運搬車のエンジンを再びかけると屋敷に向かって進みだした。




 2人が屋敷に到着すると、既にバリンが囲炉裏にかけられている鍋から赤飯をお椀によそい始めていた。

 赤飯のほかにも、川魚の塩焼き、鶏肉(缶詰)とトマトのバジル煮、芋とウインナー(缶詰)の香草焼き、厚焼き玉子(甘いやつ)、葉物野菜とアルカディアン虫の炒め物など、いつもの倍以上の種類の料理が並んでいる。

 いくつか日本で食べたことのある料理が並んでいるが、これはバレッタが本から得た知識で一良のためにと試行錯誤して作ってくれたのだろう。


「おお、これはすごいごちそうですね! 厚焼き玉子なんて久しぶりだなあ」


「初めて作ったんで、カズラさんのお口に合うか分からないですけど……ちょっと甘くしすぎたかもしれないです」


 そう言って少し照れたように、バレッタは微笑む。

 初めて作る日本の料理なので、内心少しだけ緊張していた。


「ん、そんなことなかったぞ。ちょうどいい甘さで美味いと思うが」


「そう? ならよかった……って、お父さんつまみ食いしたの!?」


「さ、冷めてしまう前に食べるとしましょう。汲んで来たばかりの冷たい水もありますぞ。カズラさんも座ってくだされ」


 頬を膨らませて怒るバレッタに、バリンは誤魔化すかのように一良に席を勧める。

 一良は苦笑しながら居間に上がって定位置に座ると、バリンから水の入った木のコップと赤飯の入った椀を受け取った。


「もう……最初にカズラさんに食べてもらおうと思ってたのに」


「いや、すまんすまん。あまりにも美味そうで我慢できなくてな」


「まあ、こんなに美味しそうな料理を前にして、我慢しろってほうが酷ってもんですよ。本当にバレッタさんは料理が上手ですよね」


「そ、そんなこと……えへへ」


 上手いこと話を誤魔化し、全員で「いただきます」と言って料理を食べ始める。

 一良はまず最初に、綺麗に8等分に切り分けられた厚焼き玉子に手を伸ばした。

 よく見ると真ん中の切れ目が微妙にずれているので、バリンが2欠けだけこっそりつまみ食いして、その後で証拠隠滅のために接合したのだろう。

 この完成度たるや、たくみの技である。


「では早速厚焼き玉子を……うまっ! 何これ!? 今まで食べてきた厚焼き玉子の中でもダントツで美味いですよ!!」


 バレッタお手製の厚焼き玉子は、味付けも焼き加減も絶妙で完璧な出来だった。

 外は綺麗な黄金色、中身はほんのり半熟のパーフェクトな厚焼き玉子だ。

 小鍋で作られたはずなのに形は綺麗に四角くできており、どうやって作ったのかさっぱりわからない。


「よかった……他の料理も沢山食べてくださいね!」


「うむ、どれも美味いなあ。これならハベルさんのお屋敷で食べた料理にも負けていませんな」


 アルカディアン虫の炒め物を口に運びながら感想を述べるバリンに、一良もうんうんと頷いた。


「そうですねえ。むしろ、バレッタさんの作った料理の方が、私はずっと美味しいと思いますよ。この鶏肉のトマト煮も美味いなあ。バジルも効いてるのか」


「そうですかそうですか。カズラさん、バレッタはいい嫁さんになりそうですな?」


「ぶほっ!?」


「ちょ、ちょっとお父さん! あっ、カズラさん、お水! お水飲んで!!」


「あっはっは」


 そんなこんなで、和気あいあいとした豪華な昼食の時間は過ぎていった。




 一方その頃。


 村の入り口にある野営地では、アイザックが村の方向を見つめてたたずんでいた。

 その背中からは哀愁が漂っている。


「アイザック様、そろそろ昼食の仕度が整うみたいですよ。……どうかしたんですか?」


 背後からかけられた声にアイザックが振り返ると、ハベルが手に釣竿と水桶をぶら下げて立っていた。

 ハベルの一歩後ろにはマリーもおり、その手には釣竿が握られている。


「ああ、本物の天才とはああいう人のことをいうんだなと思ってな……」


「天才?」


「あ、いや、何でもないんだ。ところで、お前たちは川に釣りに行っていたのか? 朝から姿を見かけなかったが」


「ええ、カズラ様には自由にしていていいと言われていたんで、せっかくなので妹と2人で川まで遊びに行ってきました」


 ハベルの言葉に、ハベルの背後に控えていたマリーは驚いたような表情でハベルに目を向けた。

 アイザックも同様で、初めて聞く内容に目をぱちくりさせている。


「え、妹って、マリーのことか? 確か奴隷だと聞いたと思ったが……」


「確かにマリーの身分は奴隷ですが、私の妹です。母親が違うので、腹違いの妹ということになりますね」


 奴隷と言う単語に特に動じた様子も見せず、ハベルは笑顔でアイザックに答える。

 アイザックもマリーが奴隷だからどうこうといった考えなど毛頭なく、「そうだったのか」といった感想を持つのみだ。

 だが、それはハベルとマリーの関係についてのみの感想であり、一良との関係となってくると話は変わってくる。


「なるほど、そういうことだったのか。彼女がお前の妹だということを、カズラ様は知っているのか?」


「いえ、特に話しておかなければならないような情報でもなかったので……ですが、いつもカズラ様にマリーは大変良くしていただいていますから、明日カズラ様がお戻りになられたら、今回の自由時間の件も合わせてお礼を言おうかと思っています」


「……お前、今までずっとカズラ様の行動を見ながら、本当のことを言うタイミングを計っていただろ」


「いえ、そのようなことは決して。他意などはありませんよ」


 すました表情で否定するハベルに、アイザックはやれやれと頭をかいた。

 以前から何となく気付いてはいたが、ハベルはこういった行動を平気でする傾向があるのだ。


 今までの経緯から言って、確かにハベルがマリーをジルコニアに推したことは自然な流れに思えるし、その後の経過もすこぶる上手くいっているように見える。

 ハベルも一良にマリーをあてがっても問題はないと判断したからこそ、そのように動いたのだろう。

 そのこと自体には問題は無いのだが、そこにマリーを一良の庇護下に入れたいといった自分の都合も動機に加わっているのであれば、アイザックとしては見過ごせないのだ。


「ハベル、俺やジルコニア様に対して色々考えて手を回すのは、この際構わないとしよう。だが、カズラ様に対してはどうか誠実であってくれ。あの方は、誠実な行いと想いには応えてくださる方だ。そこにつけ込むような真似はしてはいけない」


「もちろんです。誓ってそのような真似はいたしません」


 アイザックの目を真っ直ぐに見て答えるハベル。

 アイザックはその様子に内心溜め息をつきたくなったが、それは表情に出さずに飲み込んだ。


 ハベルは非常に優秀な士官であり、細かいところにも気を配ってくれるのでアイザックはとても頼りにしている。

 だが、上官の性格に対応して行動を変えたり、利用できそうならばこっそり動くという部分だけは、世の中を渡っていくという点では当然の行いだとは分かっているものの、人一倍真面目な性格を持つアイザックとしてはどうしても好きになれなかった。

 今後は、頼りになるからといってハベルに全てを任せきりにするのではなく、一良の周囲の状況と人の動きについても今まで以上に気を配る必要があるだろう。

 自分には荷が重いかもしれないが、やらねばならない。


「その言葉、忘れるな」


 自分自身にも言い聞かせるかのように、アイザックはハベルに念を押した。

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