表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/410

72話:全力少女

 それから2時間後。

 完成したばかりの水車がどんどん水を汲み上げていく様を眺めながら、一良は水車の回転速度をチェックしていた。

 一良に付き添っている護衛や従者は昨日と同じ面々であり、水車の組み立てや水路作りも一度経験している。

 そのため、昨日よりもスムーズに作業を進めることが出来た。

 この分ならば、今日中にあと3台か4台は水車を設置することが出来るだろう。


「(んー、こいつは特に問題ないなぁ。部品の精度に結構ばらつきがあるのか)」


 昨日ジルコニアと一緒にチェックした水車とは違い、今回組み立てた水車の回転速度はほぼ均一だ。

 ジルコニアは街中の職人に部品の製造を依頼したと言っていたので、その中の何処かの工房の工作精度に問題があるのだろう。

 部品自体には何処の工房が作ったといった印はついていないので、全ての工房の部品がごちゃまぜになってしまっている。

 今後は、部品一つ一つに製造された工房の焼印か何かを入れる必要がありそうだ。


「すごい……こんな道具があるなんて、初めて知りました……」


 大量の水を次々に水路に吐き出していく水車を、リーゼは唖然とした表情で見上げている。


「この水車さえあれば、これからは穀倉地帯の水路が干上がることはないでしょう。でも、使っている部品に不良品がいくつか混じっているみたいなんで、後で職人さんのところへ行って製作工程を確認しないと」


「えっ、ちゃんと動いているように見えますけど、これでも不良品なんですか?」


「いや、この水車は大丈夫なんですが、昨日ジルコニアさんと設置した水車に少し問題がありましてね。全部が全部ってわけではないみたいですが、いくつか不良品が混じってしまっているみたいなんですよ」


「そうなのですか……」


 くるくると順調に回り続ける水車を見上げながら、リーゼは相槌を打っている。

 不良と言われてもどんな不具合が出るのか想像がつかないのだろうが、それについての質問をするつもりはないようだ。

 激しく水しぶきをたてながら回転している水車の迫力に圧倒されてしまい、質問どころではないのだろう。


「さて、ちょうどキリもいいですし、そろそろ昼食にしましょうか」


 一良はそう言うと、近くで水車を眺めながら一息ついていた従者達に昼食の用意をするように指示をだした。


 従者達は軽快に返事を返すと荷馬車に駆け寄り、中から組み立て式の簡易テーブルや椅子を取り出し、手際よく組み立て始める。

 ものの数分で、さながら日本の喫茶店のテラス席にあるような、日傘付きのテーブル席が完成した。

 簡易テーブルの中央には日傘を挿すことが出来るように穴が開けられており、使われている日傘は先ほどまで従者が一良とリーゼに差していたものである。


 出来上がったテーブルにテーブルクロスが敷かれ、銀皿やコップが並べられる。

 その上に屋敷から持って来た調理済みの食材が盛り付けられれば、食事の準備は完了だ。


 リーゼ側の皿に盛り付けられた食材は、薄焼きのパンケーキ、塩漬けにされた鶏肉の香草合え、薄切りにカットされたプラムのような果物、水で薄められた果実酒である。

 以前アイザックの部隊に同行した時もそうだったのだが、この世界では食事時ならば昼間でも酒を飲むのは当たり前のようだ。

 リーゼのような少女にも果実酒が出されるということは、飲酒に年齢制限は無いのだろう。


 例によって一良の分の食事は缶詰であり、それらは荷馬車に積んである。


 マリーは一良の分の食器を並べ終えると荷馬車に行き、布包みから缶詰を取り出した。

 布で隠しながら缶詰のプルトップの蓋を開け、外した蓋はその場に置く。

 そして布で缶詰の外装を包み、再びテーブルにまで戻ってくると、一礼してから丁寧に中身を皿に移し変え始めた。

 今回一良が持って来た缶詰は、クラムチャウダーと菓子パンである。

 本当ならば混ぜご飯などの缶詰を持ってきたかったのだが、ご飯の缶詰はお湯で数十分温める必要があるのでやめておいた。

 一良側のコップに注がれている飲み物は果実酒ではなく水である。


 ちなみに、マリーが缶詰の蓋を開ける際に人に見られないようにしていたのは、ハベルがあらかじめマリーに指示しておいたためだ。


「(何だろ、シチューかな? 暑さで悪くなってないのかな……)」


 缶から銀皿へと移されるクラムチャウダーに、リーゼはちらりと視線を向ける。

 まだリーゼは缶詰の存在を知らないため、屋敷で作ったシチューか何かをそのまま持ってきたと思っているのだ。

 この炎天下に馬車の中で何時間もシチューを放置すれば、普通は腐るまでは行かなかったとしても多少は傷んでしまうだろう。


「では、いただきましょうか。あ、マリーさんも食事休憩にしていいですよ。介助はいらないんで、自由に休んでいてください」


 一良がそう言うと、マリーは少し驚いたような表情を見せたが、すぐに


「かしこまりました」


 と言って一礼すると、自身の昼食を取りに荷馬車へと歩いていった。 


「あなたたちも食事にしなさい。しばらく自由に休憩してて」


 一良を見習ってか、リーゼも傍に控えていた従者や護衛の兵士たちにそう指示を出す。

 従者たちは少し恐縮したように返事をすると、荷馬車から昼食を取り出しているマリーに声を掛け、皆で揃って川べりに腰掛けて食事をとり始めた。

 従者たちはマリーに興味津々といった様子で、皆であれこれとマリーに話しかけている。

 何を話しているのかは一良たちのいる場所までは聞こえてこないが、和やかな様子であり問題はなさそうだ。


「カズラ様、もしよろしければこのお肉もいかがですか?」


 さあ食べよう、と一良がクラムチャウダーにスプーンを入れると、リーゼが自分の皿を少し押して一良に勧めてきた。


「エイラのお手製で、パンと相性が良くて結構美味しいんですよ。多めに用意させてありますから、よかったら食べてください」


「ん、そうですか。では一口貰おうかな」


 リーゼに勧められるがまま、一良はフォークで肉を1欠け突き刺して口に運ぶ。

 鶏肉はモモの部分であるようで、塩がよく効いていて柔らかく、香草の香りがいいアクセントを効かせていてとても美味い。


「おお、これは美味しいですね。今度エイラさんに作り方教えてもらおうかな」


 口にした肉料理の味に一良が頬をほころばせると、リーゼはにっこりと微笑んだ。


「気に入っていただけてよかったです。荷馬車にまだ残っているはずなので、足りないようでしたらお持ちしますね」


「ありがとうございます。リーゼさんも私のクラムチャウダーを……って、受け皿がないか。荷馬車にあるかな」


「あっ、大丈夫ですから気になさらないでください。また今度いただきますわ」


 お返しに自分のクラムチャウダーを振舞おうと、荷馬車へ受け皿を取りに行こうと腰を上げかけた一良をリーゼは慌てて止めた。

 実のところ、リーゼが一良に自分の料理を勧めたのは、一良の食べようとしているクラムチャウダーが傷んでいるのではと気にしてのことだったのだ。


 多めに用意してあるから、といって先に料理を勧めておき、美味しいという言葉を出させておけば、万が一一良の持って来た料理が傷んでいたとしても、一良はリーゼの料理に手を付けやすい。

 料理が傷んでいたと発言させてしまうと一良に恥をかかせることになってしまうので、そうならないようにリーゼは予防線を張っておいたのだ。

 この後一良が自身の料理を口に運んで傷んでいることに気がつけば、リーゼの気遣いにも気づくだろう。

 そうなれば好感度大幅アップは確実なので、料理が傷んでいることをリーゼは内心期待していた。


「ん、そうですか。ではまた今度お裾分けしますね」


 そんなリーゼの思惑に全く気づかないまま、一良はクラムチャウダーを口に運ぶ。

 当然ながら、先ほど初めて開封されたクラムチャウダーが腐っているはずもなく、一良は特に変わった様子も見せずに、皿に置かれているパンを千切ってクラムチャウダーに付けて食べたりしている。


「(あれ? 平気なんだ。残念)」


 そんな一良の様子にリーゼは内心少しがっかりしつつも、そんなことはおくびにも出さずに笑顔で一良の言葉に頷いた。


 別に今すぐ好感度を上げなければいけないというわけでもないし、すでに一良は自分の事を結構気に入っている様子なのだ。

 一良はまだしばらく屋敷に滞在する様子だし、今後ゆっくりと好意を引き出していけばいいだろう。 


「屋敷での食事のときも思ったのですが、カズラ様の国の料理はアルカディアのものとは少し違っているのですね。普段は、そのクラムチャウダーというものよく食べるのですか?」


「んー、いや、別にそういうわけでもないんですけど……こういったものよりも、穀物を水で炊き上げたものを毎食食べていましたね。それが主食で、おかずに焼き魚とか野菜の煮物とか」


「穀物ですか。パン麦やラタ麦を水で炊き上げたりするようなものですか?」


「うん、多分そんな感じです。お粥にはしないで、実の硬さを少し残すように炊くんですよ」


 雑談を交わしつつ食事をとりながら、リーゼは一良との今後について考える。


 今朝エイラと一緒に予想した内容が正しければ、ジルコニアは今後も一良と自分が一緒に行動するように色々と根回しをしてくるだろう。

 一良が何処の国の出身なのかがわからないというのは少し気になるが、たとえ大貴族出身というのがリーゼの興味を引くための嘘で、本当はクレイラッツ出身の平民だったとしても、大金持ちであるだろうことには変わりはない。

 貴族であるかどうかということは大した問題ではなく、リーゼが重視しているのは一良が持っている権力や財力、そして何よりもある程度の気前のよさがあるかどうかなのだ。

 ジルコニアが推してくる時点で変な出所の人物ではないだろうし、ナルソンがあそこまで頼りにして親しげにするほどの人物であれば、性格も問題はないだろう。


 ここ数日リーゼが一良を観察して得た感触は、一良は誰にでも丁寧に接して気遣いも出来、その上かなりの働き者というものだ。

 それでいて、リーゼに高価なペンダントをぽんとプレゼントするという気前のよさもある。

 金を使うべきときには惜しまず使うという切り分けがしっかりしているだけなのかもしれないが、ナルソンやアイザックのように徹底した節制意識を持っているというわけでもなさそうだ。

 ナルソンやジルコニアとも非常に親しく、家族での食事の席にまで招かれているという時点で、結婚相手としても申し分ない人物なのだろう。


「(たまにじっと見られていることもあるけど、面会に来るような奴等と違って目つきに粘っこいものもないし、割と純情そうなんだよね。これなら押せばいけるかな)」


 その容姿から、リーゼは昔から男にじろじろ見られることには慣れているので、別に目つきにいやらしいものがあってもそこまで気にはしていない。

 男というものはそういう生き物なのだろうと達観しているだけなのだが、見られていれば気がつくし、あまりにも粘ついた視線を向けられれば気持ち悪くも感じるのだ。

 その点、一良には時折ぽーっと見つめられていることもあるが、自ら気づいてすぐに視線を外しているし、あえてじろじろ見ないように気をつけているような雰囲気も感じられる。

 普段リーゼが接する者たちでそのような態度をとる男はなかなか稀なので、リーゼとしては好感を持っていた。


 ちなみに、アイザックも一良と同様に視線には気をつけている様子なのだが、リーゼはあまり気には留めていない。


「(もうしばらく探りを入れて、もし問題なさそうだったら……)」


「ん、どうかしましたか?」


 ふと一良はリーゼに見つめられていることに気づき、小首を傾げてみせる。


「ふふ、お口の端にお弁当がついてます」


 リーゼはそう言いながらテーブルに置いてあったナプキンを取ると、少し身を乗り出して一良の口元を優しく拭った。


「え、あ、ありがとう」


 顔を赤くしながら礼を言う一良に、リーゼは微笑みながら、心の中で


「(全力で、いこうかな)」


 と呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ