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66話:ジルさんといっしょ

 それから更に数分歩き、一良たちはイステリアの北部に流れる大きな川に到着した。

 川幅は約20メートル程はあるようだが、水位の低下によって両岸の川底の一部が露出してしまっている。


「これは随分と大きな川ですね……水車の設置出来そうな場所は……」


 一良は近くにあった大きな岩によじ登り、水車の設置に向いていそうな場所を探して辺りを見渡した。

 川は殆ど直線で、遠目に穀倉地帯の中やイステリアの街中へと向かう支流が何本か見える。

 水車を設置するのならば、グリセア村の時のように川の脇に水車用の水路を作る必要があるだろう。


「あの辺りにしましょうか。指示を出すので、地面を掘って水車用の水路を作りましょう」


 川の近くに掘られてあった乾いた水路を見つけ、一良は岩から飛び降りて歩み寄る。

 水路は川に繋がっているが、川の水位が下がりすぎて水が入っていない状態だ。

 この水路をもっと深く掘り、水車用の水路として作り変えてしまえばいいだろう。


「この水路を、川の水が取り込める程度の深さにまで掘ってください。掘る範囲はここから……ここまででお願いします」


 一良は付近に落ちていた石を拾い、地面をなぞって印を付けた。

 グリセア村で作成した水路とほぼ同じ幅の水路を作るのだ。


「あと、水車の支柱を立てるための穴も掘ってください。手の空いている人は水車の組み立てと、汲み上げた水を受ける木製水路の組み立てをお願いします」


 一良が指示を出すと、すぐにジルコニアが近くの従者に作業を割り振る。

 従者達は馬車に駆け寄ると、青銅製の歯が付いた鍬や、平たいシャベルのような道具を取り出して一斉に作業を開始した。


「さて、水車の組み立てを始めましょう。組み立て方は私が教えるので、やりながら覚えてください。これ以外にも何個も水車は組み立てないといけないので」


「あなた達も水車の組み立てを手伝いなさい。他の者は木製水路を作るように」


 従者の大部分は水路掘りに当たってしまっているので、10名程いる護衛の兵士にも作業を割り振る。

 多少人員過剰な気もするが、少ないよりはいいだろう。


「カズラさん、水車は作らせてある分を全て穀倉地帯に設置するのですか?」


「いえ、全部設置しないといけないってわけではないです。穀倉地帯の水路に十分に水が送れるような状態になったら、残りは別の場所に設置します。その際、水車には改良を加えますけどね」


「改良……ですか?」


「うん、改良です」


 何をどうするのだろう、といった表情で小首を傾げているジルコニアに、一良は少し自信ありげな表情を向ける。


「何も、水車は水を汲み上げるだけの道具じゃないってことです。少し手を加えてやれば、様々な道具を動かす動力にもなるんです」


「えっと……具体的にはどのような道具のことでしょうか?」


「一つ例を挙げますと、水車の動きに連動していつまでも勝手に動き続ける製粉機ですかね。人の力を使う必要がないので、作業効率が今までの何倍にもなると思いますよ」


「何倍にも……ですか」


 一良が水車を動力とした機械の例を挙げると、ジルコニアはどこか現実味が感じられないといった様子で呟いた。

 今まで水を汲み上げるだけの道具だと思っていた水車にそのような使い方もあるといきなり教えられても、現物を見ないことには実感が沸かないのだろう。


「私の指示したやり方で穀倉地帯の復活が成されれば、穀倉地帯の食糧生産量は以前に比べて跳ね上がるでしょう。ですが、それによって今度は事後処理の手間も増加します」


 先程から穀倉地帯の畑に撒かれている堆肥の効果によって、上手くいけば数ヵ月後には大量の作物を収穫することが出来るだろう。

 今は枯れてしまっている作物が多いが、その次の作物の収穫はかなり期待が持てるはずだ。

 だが、今度はそれによって収穫された作物……特にパンを作るために使う穀物類の脱穀や、製粉の作業量が大幅に増加するはずである。

 これを何とか効率的に処理することが出来れば、作物の増産効果も相まって、食料の流通価格を大幅に下げることが出来るだろう。

 市民の生活もかなり楽になるはずだ。


「この国の農業についてはまだ詳しく知らないので教えて欲しいのですが、パンに使う穀物などはどうやって脱穀や製粉をしているのですか?」


「パンに使うパン麦などは、何本か木の棒を渡した台の上に穂を束ねて重ね、それに棒を打ちつけて脱穀します。粥やラタなどの飼料にも使われるラタ麦は、束ねた穂を火であぶって脱穀を行いますね。製粉する場合はどちらも石臼を使っています」


 どうやら、この世界の脱穀作業はかなり原始的な手法をとっているらしい。

 棒で穂を打ち付けて脱穀するといった方法は、一良が子供の頃に小学校か中学校の歴史の授業で習ったような記憶も何となく残っていたのだが、穂を火で炙って脱穀するといったやり方は初めて聞いた。


「火で炙るんですか……見たことがないのでよくわからないんですけど、ラタ麦の実が燃えてしまったりはしないのですか?」


「炙って穂が地面に落ちたらすぐに踏みつけて火を消してしまいますから、実が燃えることはありませんよ。後でご覧になられますか? 結構楽しいですよ」


 作業風景を思い浮かべているのか、ジルコニアは懐かしむように微笑みながら説明する。

 一良は今までに何度もジルコニアの笑顔は見たことがあったが、このように自然な微笑を見るのは初めてだった。


「そうですね、是非一度……あの、ジルコニアさんはそういった作業をしたことがあるんですかね?」


「ええ、元々私は農民でしたので、畑の世話や刈り入れなども毎年行っていました。16の時にナルソンと結婚してからは、一度もやっていませんけどね」


 予想外のジルコニアの発言に、一良は内心驚いた。

 てっきりジルコニアは生粋の貴族だと思っていたのだが、実はそうではないらしい。

 農民の身分にもかかわらず、領主を務める程の大貴族であるナルソンと結婚するとは、一体どんな経緯があったのだろうか。


「(の、農民だったのか。結婚までの経緯がかなり気になるなぁ……そういえば、この人一体何歳なんだ?)」


 見たところ、ジルコニアはかなり若く見える。

 感覚的にだが、一良と大して年齢差はないように思えた。


「では、ジルコニアさんにとっては手馴れた作業なんですね……でも、やはり何年も間が空くと、感覚を忘れてしまっていたりはしますかね?」


「そうですね……農作業をやらなくなってからもう10年も経つので、今やっても上手には出来ないかもしれません。今度試しにやってみようかな……」


「(というと26歳か。俺の1個上だから殆どタメじゃないか……あれ?)」


 上手いこと話の流れを使い、ジルコニアの年齢を聞き出すことに成功した。

 だが、そこまで聞いて、一良の中に1つ疑問が浮かんだ。


 リーゼとジルコニアの関係である。


「(……リーゼさんって一体何歳なんだ?)」


 見たところ、リーゼは10代半ばくらいの年齢に見えるのだが、それだとジルコニアがリーゼを産んだ年齢は11歳かそこらということになってしまう。

 先程ジルコニアが言っていた結婚時の年齢から考えても、それはあり得ないだろう。


「(ジルコニアさんはナルソンさんの後妻なのかな……って、今はそんなことを推察してる場合じゃないだろうが)」


 自身の思考が大幅に脱線し始めていることに気付き、一良は慌てて思考を修正した。 


「……では、製粉機だけではなく脱穀機も作りましょうか。何とかして食料の価格を下げないと、一般市民が疲弊しきってしまいますから」


「はい。どんな具合になるのか想像も出来ませんが、よろしくお願いします。人でも物でも何でも用意致しますので、何でもお申し付けになってください」


 農作業についての雑談で気がほぐれたのか、ジルコニアからはいつもよりも若干柔らかい雰囲気が感じられた。

 先程まで、ジルコニアは穀倉地帯の復活という大仕事を前にして気を張っているのか、少しピリピリした雰囲気が感じられていた。

 一良としては、出来ればグリセア村の時のようにマッタリとした雰囲気の中で作業を進めていきたいので、いつもの調子に戻ってもらえるとほっとする。


 これは一良が社会人生活で学んだことなのだが、どんなに忙しい状況でも現場の空気さえ良好ならば、わりと何とかやっていけるものなのだ。


 ジルコニアも一良と同様、毎日夜遅くまで働きづめなので、肉体的にも精神的にも疲弊していて心に余裕が無いのだろう。

 これは一度、アイザックたちのようにリポDを与えて体力を全快させるか、無理矢理にでも休養を取らせる必要がありそうだ。


「あの……カズラ様。ジルコニア様。組み立て方を教えていただきたいのですが……」


 一良とジルコニアの話が一段落付いたのを見計らって、水車の部品を1組分だけ馬車から降ろし終えた護衛の兵士が声を掛けてきた。


「あ、ごめん。そっちのこと完全に頭から消し飛んでた」


 一良は兵士の声で水車のことを思い出し、慌てて兵士たちに指示を出し始めた。




 それから約2時間後。


 従者たちは何とか既存の水路を水車用に作り変え、水車の支柱用の穴も掘り終えた。

 水路に先立って水車と木製水路も組み立てを終えており、今は皆で水車の設置作業に入っているところだ。


「あんまり勢いをつけて設置すると軸が傷んでしまうので、ゆっくり降ろして……あ、そっちちょっとずれてます。もう少しこちらに寄せてください」


 一良は従者達が持ち上げる水車の周りをうろついて指示を出しながら、ゆっくりと水車を支柱に設置させる。

 水車が設置されると、ちゃんと支柱の上にずれずに置かれているのかを確認し、試しに手を使って水車をくるくると回して見せた。


「よし。では、次に水車から水を受ける水路を設置しましょう」


 一良の指示に従い、組み立てられた木製水路を従者達が水車の傍に設置する。

 設置が終わると従者達を水車から離れさせ、一良は鍬を持って川と水路のつなぎ目の部分へと移動した。


「水を流しますねー」


 一良が皆に一声かけ、川と水路を隔たっている土を取り払う。

 土が取り払われると、川から水が勢い良く水路に流れ込んだ。


 水路に流れる水に水車の板羽が押され、水車は少しずつ回転を始める。

 水車は回転をしながら揚水用の木箱に水路の水を取り入れ、高所へ設置された木製水路へと水を吐き出した。


 力強く水を汲み上げる水車の姿に、見ていた従者や護衛の兵士たちは驚きの声を上げた。


「……なるほど、グリセア村の水路に流れていた水も、こうして川から汲み上げられていたのですね」


 次々に水を汲み上げる水車の様子を、ジルコニアは感心した様子で見上げながら呟いた。


「ええ、グリセア村の水車もこれと全く同じで……あれ?」


 ジルコニアの隣に戻り、並んで水車を見上げて一息ついていた一良は、何かを見つけたのか水車のすぐ傍に歩み寄った。


「どうかしたのですか?」


「……回転速度にムラがある」


 一良はそう答えると、手招きしてジルコニアを隣に呼び寄せた。


「水を汲み上げている部分を見てください。汲み上げるタイミングが一定じゃないと思うんですけど……」


「……確かに、ばらつきがありますね。本来は一定の速度で回転するのですね?」


 一良に指摘されて水車が揚水を行うタイミングを暫く見つめていたジルコニアは、水車に目を向けたまま顔を顰めて一良に問い掛けた。

 一見して問題なく動作しているように見える水車だが、よく見ると明らかに回転速度にムラが生じていたのだ。


「ええ、そうです。部品図面はグリセア村で使ったものと同じものをお渡ししたので、これは部品を作った現場のミスですね」


「……大変申し訳ございません。すぐに原因を調査して作り直させます」

 

「お願いします。回転速度にムラがあると水車自体も早く傷んでしまう上に、作業効率も悪くなってしまうので……あ、でも、とりあえずこの水車はこのまま動かしておきましょう。多少効率を無視してでも、穀倉地帯に水は送らないといけないので」


 一良はそこまで言って、ふと原因は何だろうかと考えた。


 グリセア村で作った水車は、一良自身が直接監督して作成したものなので、完璧な状態に仕上げることが出来た。

 だが、ジルコニアに渡した図面も、グリセア村で使った図面と全く同じものである。

 図面の不備はありえないので、現場の作業方法に何らかの問題があるのだろう。


 大急ぎで水車の部品を量産させたため、工作精度が甘くなってしまったという可能性が一番高いが、原因はそれだけではない気がする。


「(そういえば、この世界の工作道具ってあんまり見たことがないな……道具に碌な物が無いとしたら、それも精度が悪い原因か)」


 グリセア村で工作作業を行ったときは、村に元からあった青銅製のノミなどの工具だけでなく、一良が大量に持ち込んだ日本製の工具も使用した。

 だが、今回水車の部品製作を依頼されたイステリアの職人は、そのような道具は所持していないのだ。

 そのような状況でグリセア村の水車と同等のものを作れというほうが、無茶な話なのかもしれない。


 だが、何はともあれ、それらの確認作業は後回しだ。

 からからに干からびている穀倉地帯に早く水を引かなければ、僅かに生き残っている作物までダメになってしまう。

 後々工作精度の悪さから水車が何機か崩壊してしまったとしても、既存の部品だけでも30機分もあるので、壊れた端から新しい水車に置き換えてしまえばいいだろう。

 

 製粉機などの機械に連結させる水車がそれでは困るが、揚水用の水車に限っては、現時点では多少の問題点には目をつぶるべきなのだ。


「とりあえず、明日からの水車の部品製作は中止させてください。再開するときはきちんと原因を突き止めて、対策を施してからにしましょう」


「わかりました。早期に対策を立てさせますので……あの、本当に申し訳ございません。私の責任ですわ」


 責任を感じているのか、ジルコニアはあからさまに暗い表情を見せた。


「え、いや、そんなに凹まないでください。無茶な指示を出したのは私なんですから、ジルコニアさんだけの責任じゃないですよ」


 完全にしょげ返ってしまっているジルコニアをなだめつつ、一良は広大な穀倉地帯に目を向けた。

 とりあえず水車を1機設置することには成功したが、他にも設置しなければならない箇所はかなりあるだろう。


 一良が一息つけるようになるまでには、まだまだ時間が掛かりそうだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 軸が磨り減ってから交換した場面がないのですがどうなったんでしょう・・・日本から持ち込んだのに変えたんだろうか?水を止めたあたりからかなりの話数まで触れられていないのでなんとなくもやっと…
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