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宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する  作者: すずの木くろ


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65話:更に働く者達

「さて、畑の肥料撒きの監督はアイザックさんとハベルさんに任せて、私達は川へ向かいましょうか。確かこのまま北に向かうとあるんでしたっけ?」


 作業を開始した人々に目をやりながら、一良は隣に立っているジルコニアに問いかけた。


「はい。北西の山岳地帯から繋がっている大きな川が流れています。ここから歩いて四半刻の半分といったところですね」


 数日前に一良がナルソンから借りたイステリアの周辺地域の地図には、河川や山岳地帯の位置の他に、丘や泉、森林地帯や湿地帯の場所までが詳しく記載されていた。

 川は北部の穀倉地帯と東部の穀倉地帯をぐるりと舐めるように流れており、そこから分かれた支流の何本かが、川に隣接する穀倉地帯やイステリアの街中へと流れている。


 此度の日照りで作物が全滅しかかっている箇所は、日照りによって川の水量が減少したことによる影響をモロに受けてしまった場所が大半である。

 水路自体は穀倉地帯内の丘陵の少ない部分に多数引かれているのだが、場所によっては川の水量が急激に減ると、高低差の問題で水が水路に入らなくなってしまうのだ。

 あちこちに溜め池のようなものもいくつか作られているのだが、それすら枯れ果ててしまっているらしい。


 イステリア北部と西部の被害状況が他の地域に比べて酷い理由は、恐らく北西の山岳地帯から吹き降ろす熱波が原因の一端なのだろう。

 南部と東部の穀倉地帯は山岳地帯から離れている上に、イステリアの街が熱波を遮る障壁となっているので、被害がある程度軽くで済んでいるのだ。


「四半刻の半分っていうと15分くらいか……わかりました。早速向かいましょう。現地で水車を組み立てるので、従者の方も全員付いてきてください」


 水車の部品を載せた馬車と護衛の兵や従者たちを連れ、一良は川へ向かって歩き出した。




「ハベル、体の調子はどうだ?」


 川へと向かって歩いていく一良たちを見送りながら、アイザックは隣にいるハベルに話し掛けた。


「信じられないくらい良いですね。まるで体の中身を全て新調したかのようですよ。今までの疲労感が嘘みたいです」


 同じく一良たちの背を見送りながら、ハベルはアイザックに答える。


 2人は一良にリポDを貰うまで、長時間のラタによる移動のためにかなり疲労していた。

 だが、リポDを飲んで2時間程が経過する頃になって、体が急激に軽くなっていったのだ。

 2人とも今朝は2時間程しか仮眠をとっていないにもかかわらず、身体の調子は絶好調だった。


 まるで魔法でも掛けられたかのような急激な体調の変化に、2人はただただ驚いていた。


「カズラ様は神の国の秘薬と言っていたが、まさかここまで凄まじいものだとは思わなかったな……」


「そうですね。これほどの効力があるのなら、どんな病気だろうが治ってしまいそうで……あれ?」


 ハベルはそこまで言いかけて、ふと小首を傾げて見せた。


「ん、どうかしたか?」


「いえ、これ程の効力のある秘薬を持っているのに、カズラ様はどうしてあそこまで疲れたご様子だったのかと思いまして」


 ハベルが今まで一良を見ていた限り、一良は毎日目の下にクマを作ってヘロヘロになって働いていた。

 疲労を感じたらひたすら秘薬を飲んでいればすぐに元気になるはずなのに、何故一良は秘薬を飲まないのだろうとハベルは疑問に思ったのだ。


「それもそうだな……まさか、我々のために秘薬を使わずに取っておいたということはないだろうし……」


 ハベルの言葉を受け、アイザックも合点がいかないといった様子で考え込んだ。

 何か特別な理由でもあるのだろうかとも考えたが、一良に直接聞いてみないことには分かりようもない。


「だが、カズラ様にその理由を伺うというのもな……何か事情があるのかもしれないが、俺達が立ち入っていいような領域の話ではないだろう。素直に秘薬を頂いたことに対する感謝の気持ちを持っておくに留めるべきだ」


「そう……ですね」


 アイザックに諭され、ハベルは心配そうな視線を遠目に見える一良の背に向けながら頷いた。

 ハベルとしては、最近目に見えて疲労している一良の体調が気になって仕方が無いのだ。


 今一良にもしものことがあっては、ハベルとしては非常に困る。

 一良は人間ではなく、グレイシオールという神であるはずなので、過労で倒れたり死んだりするようなことは無いだろうとはハベルも思っているのだが、それでも心配になってしまうのだ。

 

 一良が現れるまでのハベルは、第1士官練兵隊の副官という立場に過ぎず、軍部の中では大した権限は持っていなかった。

 唯一持っていたステータスといえば、4年前まであったバルベールとの戦争時に、同じ戦列に加わっていたアイザックと何とか接触することに成功し、その後のまめな交流のおかげで得ることの出来た『アイザックのお気に入り』という立ち位置くらいだった。

 そのおかげで、1年ほど前にアイザック直々の指名で第1士官練兵隊の副官に抜擢されることには成功したのだが、ハベルの出世はそこで止まっていた。

 ハベルはアイザックにくっついて出世をしていくような形を狙っていたため、アイザックが出世しなければハベルは出世できないのだ。


 アイザックはナルソンに非常に気に入られているため、アイザックが好意を寄せているリーゼともすぐにくっつくことになるとハベルは予想していたのだが、いつまでたっても2人はくっつく様子がない。

 リーゼもアイザックに対して非常に好意的に振舞っているような噂は聞くのだが、どういうわけか2人の仲が進展したという話が全く入ってこないのだ。


 アイザックがリーゼと結婚をしてしまえば、アイザックはイステール家の次期頭首という立場になる。

 当然ながら強大な発言力と権力を保持することになるため、アイザックに近しい存在のハベルも自然と軍部内で要職に就くことになるはずだ。

 アイザックが所有することになるであろう軍団の副官とまではいかないにしても、軍団内の重装歩兵中隊や騎兵隊の指揮官か副官くらいになら、運がよければ抜擢されるかもしれない。

 同時に、アイザックの側近という立場を確立してしまえば、他の要職も割り当てられるはずなので、将来は約束されたも同然になるはずだった。


 だが、いつまでたってもアイザックはリーゼとくっつかない。


 ハベルとしてはアイザックにはさっさとリーゼを攻略してもらい、早期に出世していってもらいたいのだ。

 アイザックは馬鹿が付くほどの真面目な性格のため、思い切って手を出すことが出来ないのだろうかともハベルは考えたのだが、


「いけそうな雰囲気になったら隙を突いて襲ってしまえ」


 などと進言するわけにもいかず、やきもきしながら日々を過ごしていた。

 だが、一良が現れてからは、そのような膠着した状況が一変したのだ。


 一良がグレイシオールであるという事実を知っている人物は限られているため、当然ながら一良と関わる内容の仕事はアイザックとハベルに割り振られる。

 その過程でハベルはナルソンやジルコニアとの面識を得ることが出来、ナルソン以上の強力な発言力を持つ一良の側近という役職も得ることが出来た。

 今後もこの立場を守っていくことが出来れば、将来的には軍部でかなりの地位に就くことが出来るだろう。


 だが、現時点ではまだハベルの出世が決定されたわけではない。

 ここでもし、一良が過労で倒れたり病気になるようなことにでもなれば、逆に一良の側近である自分やアイザックに責任問題が及ぶことになる。

 そんなことになれば、場合によっては一良の側近という役職を外された上に、ようやく進み始めた出世街道から足を踏み外すといったことも無いとは言い切れない。


「ですが、最近のカズラ様はかなりお疲れのように見受けられます。秘薬の使い方に対して口を出すことは控えるにしても、カズラ様になるべくご負担を掛け過ぎないような作業日程に我々で調整していくべきでは……」


「……そうだな、俺もそう思うよ」


 ハベルの言葉に、アイザックはふっと目元を緩めた。

 ハベルが自分と同じように一良のことを考えていると感じ、嬉しくなったのだ。


「いくら復興を急がなければならないとはいえ、カズラ様にもしものことがあっては取り返しがつかないからな。どうも、カズラ様は放っておくといくらでも働いてしまうお方のようだから、今後はきちんとお休みいただけるように進言するとしよう」


「はい」


 アイザックがそう言うと、ハベルは少し安心したかのように表情を緩めた。


「その代わり、俺達は今まで以上に精一杯働こう。どれほどカズラ様のお役に立てるかはわからないが、少しでもカズラ様のご負担を減らさなければならないからな」


「もちろんです。身を粉にして働く覚悟ですよ」


「うむ、その意気だ。頼りにしているぞ」


 アイザックはそんなハベルに微笑むと、ハベルの背をぽんと叩いた。




 アイザックとハベルがそんなやり取りをしている頃、一良はジルコニアと並んで穀倉地帯を北に向かって歩いていた。


「ううむ、これは酷い有様だな……殆どの作物はもうダメになってるんじゃ……」


 歩きながら目に入る畑一面には、茶色く変色した作物がぐったりと横たわっている。

 稀にまだ多少緑色を残している作物も見受けられるが、9割9分の作物が前述のような状態となっていた。


「このあたりの作物はもうダメでしょう。ですが、川の近くにまで行けば無事な作物も多いはずです。あと、今は水が枯れてしまっていますが、溜め池の周辺の作物も少しは無事なものがあるかと」


「というと、今から水を引いても助かる作物はごく一部ってことですか……これは思ってた以上に深刻だな……」


 いくら肥料と水を与えても、肝心の作物が枯れてしまっているのでは意味が無い。

 日本から持って来た肥料を局地的に大量投入して、生き残っている作物の成長を大幅に促進するという手段もとることはできるのだが、それはニッチもサッチも行かなくなった場合の最終手段だろう。

 だが、作物の異常成長はあまりにも目立つので、出来ればあまり目立たない程度の成長促進に抑えておきたい。

 下手に噂が広まって、アルカディアの王都や他領から横槍を入れられてしまっては、スムーズな復興など出来ようはずもないからだ。


 水車などの先進的技術の投入も目立つことは目立つが、こちらはイステリアの技術者が発明したなどということにすればある程度説明もつく。

 だが、作物の異常成長は合理的な説明をすることは不可能なため、あまり人目には触れたくないのだ。

 やるとしても、グリセア村の作物のようなあまり極端な成長促進は避けるべきだろう。


「今植えてある作物からの収穫はあまり望めませんが、今からでも水を引くことが出来れば、次の作物の種を撒く準備はすることが出来ます。今のままでは土が乾きすぎていて、種蒔きすら出来ませんので」


「確かに、あまりにもからからに乾いていては芽も出ませんからね……川から汲んだ水を使って、種蒔きなどは行わなかったのですか?」


 一良がジルコニアに問うと、ジルコニアは少し意外そうな顔で一良を見た。


「この状況下でそれを行うと、撒いた種が煮えてしまうので……例年ならばそろそろ気温も下がってきて、間もなく種蒔きを行えるようにもなるのですが、今年の暑さは異常なので……」


「あ……それもそうですね」


 ジルコニアの反応を受けて、一良は内心少し焦りながらも、それを表情には出さずに答えた。


「(やべ、今のは豊穣の神にあらざる質問だったなぁ……農業の基礎くらいちゃんと勉強しないと)」


 一良は父親の真治が趣味でやっている家庭菜園の手伝いをしたことは時折あったが、農業の知識は殆ど持っていない。

 以前バレッタと行った勉強である程度は学んでいるのだが、それは本から学んだだけの付け焼刃の知識だ。


 もっとも重要な経験から得た知識を殆ど持っていないので、今のような基本的な事柄に対して、とんちんかんな意見を言うといったことも時折起こってしまう。

 こんなことならば、もっと本腰を入れて真治の家庭菜園の手伝いをしておけばよかった。


「とにかく、まずは川に水車を大量に設置して、既存の水路に水を流しましょう。水車を設置してしまえば、今後は溜め池に頼らずとも……ん?」


「どうかなさいましたか?」


 突然言葉を切って考え込み始めた一良に、ジルコニアは首を傾げた。


「いや……ちょっと教えて欲しいんですが、この辺って冬場になるとどれくらい寒くなりますかね?」


「冬場は池の水が凍りつくくらいにまで冷え込みます。例年、12月から2月の終わりまでは雪も結構降りますね」


「なるほど……うん、これはちょっといい考えかもしれない」


「……いい考え?」


 1人で頷いている一良に、ジルコニアは期待を滲ませた視線を向ける。


「ええ、まだ思いつきの段階ですが、上手くいけば市民の食生活の改善とお金儲けを同時に行えるかもしれません。具体的に考えてみたいので、後で相談に乗ってもらえますか?」


 一良がそう言うと、ジルコニアは期待に瞳を輝かせて頷いた。

 どんな話なのか想像もつかないが、一良の申し出であれば悪い話であるはずがない。

 それはもとより、提案を拒否するような選択肢などありはしないのだ。


「もちろんです。期待しておりますわ」


「あ、いや、まだ思いつきの段階ですからね? 上手くいくと決まったわけでは……」


「はい。でも、どんなお話なのか楽しみです」


 既に上手くいくと確信しているかのような様子のジルコニアに、一良は苦笑して返した。

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