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宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する  作者: すずの木くろ


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62話:食品注意報

 夕暮れ色に染まる野営地の片隅で、マリーは緊張した表情で芋の皮を剥いていた。

 ナイフを持つマリーの手元は緊張の所為で震えており、皮剥きの作業は遅々として進まない。


 マリーの前に置かれている簡易テーブルの上には、野菜がいくつか置かれている。

 今からこれらの野菜を少し刻んで、一良の用意した食材と一緒に煮込む手はずなのだ。

 テーブルの脇には部隊が持参した粘土レンガで即席の釜戸が作られており、その上には青銅の小鍋が設置されている。

 小鍋の中には、一良の用意した野菜シチューが入っていた。


「そんなに緊張しなくていいですよ。別にご馳走を作ってくれって言ってるわけじゃないんで。野菜を少し切って、鍋の中のものと一緒に煮込んでもらうだけでいいですから」


 その様子を近場から眺めていた一良は、あまりにも緊張している様子のマリーを見かねて声を掛けた。


「は、はい! ああっ!?」


 声を掛けられたマリーは尚のこと緊張してしまったらしく、芋を持っていた手を滑らせて、危うく芋を取り落としそうになった。

 ナイフを持っている手にも力が入りすぎており、これではその内に怪我をしかねない。


「も、申し訳ございません。普段はもっと手際良くこなせるのですが……」


 ガチガチに緊張しているマリーを見て、それまで固唾を呑んで調理の様子を注視していたハベルは、気が気じゃないといった様子で一良に謝罪をした。

 ハベルとしては、ここまできて先程の話を反故にされたりしてはたまらないのだ。

 マリーには何とか手際の良いところを見せてもらい、少しでも一良に与える印象を良くしておきたい。


「うーん……やっぱり私が見ていると緊張しますかね?」


「いいい、いえ! けけ、決してそのようなことは!」


 明らかに緊張しきった様子で答えるマリーに一良は苦笑すると、隣にいるハベルの肩を軽く叩いた。


「その辺を一回りしてきます。ハベルさん、後はよろしく」


 一良はハベルにそう声を掛け、何処かへと歩いていってしまった。

 ハベルは遠ざかっていく一良の背を見送りながら、大きく溜め息を吐いた。


「おいおい、頼むよ……折角カズラ様から許可を頂いたっていうのに……」


「申し訳ございません……ですが、カズラ様ほどの大貴族様に直に見られながらでは……」


 マリーは一良がいなくなった事で緊張が解けたのか、多少ほっとした様子でハベルに謝罪をした。


 部隊の移動中に馬車内で一良と話していたとはいえ、マリーにとって一良は雲の上の存在なのだ。

 それに、馬車に相乗りさせてもらっただけでも畏れ多いというのに、今度は一良の専属料理人に突如として抜擢されてしまった。

 これで平静を保てるほど、マリーの心臓は強くはない。


「あの、カズラ様ってナルソン様にも引けを取らない程の大貴族様なのですよね? そのようなお方の専属料理人に、私のような者がなってもよろしいのでしょうか……それに、私の料理の腕はお屋敷のみんなに比べればまだまだですし……」


「マリー」


 自身の身分と料理の腕に不安があるのか、マリーは小声で弱音を吐きながらハベルに心配そうな眼差しを送る。

 ハベルは周囲を見渡して、一良やジルコニアが付近にいないことを確認すると、同じく小声でマリーに語りかけた。


「不安なのは分かるが、これはお前がルーソン家を出ることの出来る絶好の機会なんだ。お前だって、いつまでもあんな所に居たくは無いだろう?」


「それは……はい。ですが、これではカズラ様やジルコニア様を騙してしまっているようで……それに、ハベル様がノール様と交わしてくださった約束のこともありますし……」


「人聞きの悪いことを言うなよ。別にカズラ様やジルコニア様を騙してはいないし、嘘も吐いてはいないさ。これが上手くいけば父上はお前の所有権を諦めざるをえないだろうけど、俺はそれにかこつけて約束を全部反故にするつもりはないよ。お前は余計なことは考えないで、自分の役目に集中しろ。カズラ様のお気に召すような料理を、1日でも早く作れるようになるんだ」


「……はい」


 マリーは頷いたものの、内心ではまだ不安に思っているらしく、その表情は曇ったままだ。

 いくらルーソン家を出ることの出来る好機とはいえ、このようなやり方は不本意なのだろう。


 そんなマリーの様子にハベルは少々苛立ちを覚えたが、それを表情に出したりはしない。

 ハベルは一つ息を吐くと、先程一良と交わした約束についてマリーに説明しておくことにした。


「それはそうと、カズラ様から預かった食材は絶対に他の者には食べさせないでくれ。カズラ様から厳命されているんだ」


「はい、それはもちろん……あの、味見はしてもいいのですよね?」 


「味見くらいなら構わないんじゃないか? むしろ、味見なしで料理しろと言うほうが無理があるだろう」


「そうですよね……えっと、お野菜を入れる前に味をみておかないと……」


 マリーは持っていた芋とナイフをテーブルに置くと、置いてあった木製の小皿とおたまを取って鍋に向かった。

 そして、鍋から野菜シチューを少量取り出して小皿に移し、小皿に口をつけて傾ける。


「……美味しい」


 野菜シチューを初めて口にし、マリーは今までに食べたことのない味に目を見開いた。

 口の中に広がる風味とまろやかさが絶妙で、その美味しさに味見をしているという本来の目的を忘れてしまいそうになる。

 強制的に意識を引き戻して味付けの再現方法を考えてみるが、どんな食材を使えばこの味を再現できるのかさっぱりわからない。


 今マリーが口にした野菜シチューは、一良がデパートの高級ギフトコーナーで購入したシチュー缶である。

 どこぞの有名ホテル監修の元に作られたものらしく、5缶セットで8000円もする高級品だ。

 値段相応に手も込んでおり、味も頗る良いようだ。


「も、もう一口だけ……」


「お、おい、味見なんだからな? あんまり食べ過ぎるんじゃないぞ」


 続けてもう一口分鍋からシチューを掬っているマリーを、ハベルは慌てて注意した。 




 マリーが2口目の味見をしようとしている頃、一良は野営地をうろつきながら、夕食の支度をしている従者達の様子を見て回っていた。

 そして、鍋から料理を掬って味見している従者の姿を見て、


「やべ、味見のことすっかり忘れてた」


 と、思わず立ち止まってその場で頭を抱えるのだった。




 次の日の深夜。

 人目を避けるために深夜にイステリアに到着した一行は、ひっそりと静まり返るナルソン邸の広場で積荷を降ろしていた。

 既に日は完全に落ちてしまっているため、広場のあちこちに灯されている松明の付近以外はかなり薄暗い。

 ナルソン邸に着くまでに通ってきた街中も例外ではなく、灯りの灯っている家屋は数える程しか見受けられなかった。


 そんな中でも近衛兵達はきびきびと動き、従者達と協力して黙々と積荷を広場の隅に積み上げていく。

 一良の私物が乗せられた馬車にはアイザックとハベルがついており、雑に扱われないようにと目を光らせていた。


 一良がジルコニアとその作業風景を眺めていると、屋敷の中からナルソンが現れた。

 一良の持つ時計の針は既に深夜の2時を回っているのだが、ナルソンはまだ起きていたらしい。


「カズラ殿、長旅お疲れ様でした。予定通りに事は運びましたかな?」


「ええ、予定していた品物は全て用意出来ました。いくつか予定には無かった品物もありますけどね」


「予定に無かった品、ですか?」


「ええ、ちょっと珍しいものなので、あまり人目には……あと、結構量があるので、1階に少し広めの部屋を用意してください。中庭に面している部屋をお願いします」


 部屋を1階の中庭に面している部屋と指定した理由は、ガソリン式発電機と水力発電機を使う予定があるからだ。

 発電機の設置場所は部屋のすぐ外の中庭にする予定なので、2階以上だと配線が長くなりすぎてしまうので都合が悪い。


 また、後々水力発電機を使う都合上、前もって中庭の一部を改良して水路を引かなければならない。

 屋敷の敷地内には取水用と排水用の水路が何本か引かれているので、その内のどれかを分岐させて水力発電用の水路としてしまえばいいだろう。


「あと、明日からの作業予定なのですが、明日の朝……はちょっと休ませてもらって、午後からイステリアを囲んでいる穀倉地帯の復興に取り掛かります。人手は用意できますか?」


 本来ならば明日の朝一番から作業に取り掛かりたいのだが、今の一良は疲労困憊だった。


 馬車の中でうとうとしたりもしたのだが、熟睡するには馬車の揺れが酷すぎて、少し眠っては揺れで目覚めるを繰り返していたのだ。

 馬車の車輪は全木製で、ショックアブソーバーのような振動を減衰する機構も存在しないため、ちょっとした段差や小石を踏みつけるだけで馬車全体が大揺れする。

 マリーは相変わらず酔い止めの精油を手放せなかったし、一良自身もイステリアに到着する頃には少し気持ち悪くなっていたくらいだった。


「穀倉地帯を管理している家の者に、指示を出したらすぐに人員を寄越すことが出来るように用意させてあります。幾らか彼らの所有する奴隷も混ざることになるかと思いますが、よろしいですか?」


「……奴隷、か」


 奴隷と聞いて、一良は少し顔を顰めた。

 以前、一良はバレッタからこの国には奴隷制があることを会話の流れで聞いていたので、その存在は知っていた。

 だが、改めて奴隷という単語を聞くと、あまり良い気分はしないのだ。


「では、奴隷の代わりに私たちの私兵を使いましょう。第1軍団と第2軍団の近衛兵は予備役を除くと全部で600人いますので、それらを全て動員致します」


 一良の反応が芳しくないと見て取って、ナルソンは代替案を提示した。


 ナルソンたちにとって奴隷とはあって当たり前のものであり、日常生活にも密接に関係しているなくてはならない存在だ。

 とはいえ、人間を物として扱っているという自覚は、ナルソンも少なからず持っている。

 慈悲と豊穣を司る神であるグレイシオールの前で、奴隷の存在について話すことには躊躇するところもあったのだが、何も言わずに奴隷を使うのもまずいだろうと思ったのだ。


 だが、ナルソンは一良の反応を見て、奴隷について口にしたことを後悔していた。

 ここでもし、奴隷を全て解放しろなどと一良に言われてしまったら、いくら一良の命令とはいえナルソンも即座には頷けない。

 そんなことをしてしまえば経済が崩壊してしまうし、奴隷解放を実行に移す前に領内の貴族と民衆が怒り狂って、領内は内乱状態になってしまう。


「……いえ、先程の指示の内容で構いません。近衛兵の方々には他にも任務があるのでしょう?」


「近衛兵たちには警備隊が担当する区域と同様の区域の警備と、町の外の哨戒を任せておりますが……」


「それなら、近衛兵の方々はそれらの任務に戻しましょう。今後行う作業は1日や2日では終わらないものばかりです。毎回近衛兵の方々ばかりを当てにするわけにもいきませんからね」


 予想外にも現実的な意見を述べてくれた一良に、ナルソンは内心驚きながらもほっとしていた。

 もし奴隷の解放を指示されたら、一良をどう説得すればいいかと考え始めていたところだったのだ。


「わかりました。それでは、明日の午後に街の城壁の外に人員を召集します。まずは状況が最も悪い北部の穀倉地帯から手を付けたいのですが」


「それで構いません。あと、私が指示しておいた部品の生産はどうなっていますか?」


「既に30組ほど揃っています。職人達がもっと作業に慣れれば、更に生産効率は上がるかと」


 一良の言う部品とは、以前にジルコニアに指示しておいた水車の部品のことだ。

 イステリアに戻ってくるまでに何個か出来ていればと思っていたのだが、予想外にもかなりの数が出来ているらしい。


「おお、そんなに出来てるんですか。それだけ生産力があるなら、今後も心配はいらなそうですね」


 ナルソンの言葉に、一良の隣で2人の会話を聞いていたジルコニアもほっとした表情になった。

 部品生産が順調にいっているか、グリセア村に行っている間も気になっていたのだろう。


「よかった。職人達には少し多めにお金を渡しておいたから、きっと頑張ってくれたのね」


「なるほど、貰う物を貰ってしまっては頑張らざるを得ないですもんね……さて、そろそろ私は休みたいのですが……」


「おお、それもそうですな。すぐに部屋を用意させます。風呂の用意もさせてありますので、部屋の用意をさせる間に入ってしまわれては?」


「そうさせてもらいますかね」


 とりあえず話をまとめ、一良はナルソンに付いて屋敷へと向かった。


「(……あれ、何か忘れているような)」


 ふと何か忘れているような気がして、一良は屋敷へと歩きながら頭を捻った。

 だが、思い出そうとしても疲労で頭が回らず、結局考えを放棄して風呂へと向かう。


 一良が歩き去る背後の大量の荷物の山。

 その中の一つである大型クーラーボックス内では、冷凍された大量の食品と共に詰められたドライアイスの最後の一欠がその役目を終えてから、間もなく12時間が経過しようとしていた。

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