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宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する  作者: すずの木くろ


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58話:誤解も良し悪し

 アイザックは天幕を飛び出すと、周囲を見回して先に天幕を出たジルコニアを探した。

 だが、既にジルコニアは立ち去った後らしく、その姿は何処にも見当たらない。


「……アイザック様?」


 アイザックがそのままジルコニアの天幕へ向かおうと走り出し掛けた時、不意に視界の外から声を掛けられ、声の方向へ振り返った。


「そんな格好で、何やってるんです?」


 声を掛けてきたのはハベルだった。

 ハベルは手に果実酒の入った銅のピッチャーと数枚の書類を持っており、アイザックに仕事の打ち合わせか何かをしに来たようだ。

 手に持っている果実酒は、アイザックへの差し入れだろう。


「あ、いや……さっきまで筋トレをしていてな。あまりにも暑くなって、外に出てきたんだ」


 咄嗟にアイザックが取り繕いながら説明すると、ハベルは少し驚いたような表情を見せた。


「昼間にあれだけ訓練したっていうのに、よくやる気になりますね……夕方から村人たちと一緒に布袋に土を詰めたりもしましたし、私にはもうそんな元気はありませんよ」


 一良が日本に行っている間、アイザックたちは何もせずにだらだらしていたわけではなく、ジルコニアの指導の下で近衛兵たちに混じって訓練を行っていたのだ。

 出先ということもあり、訓練の内容は以前にハベルがジルコニアの下で味わったような苛烈なものではなかったが、それでもそれなりに疲労はした。

 しかもその後、一良の運んできた大量の堆肥を、村人に混じって袋詰めしたのだ。

 ハベルの身体は疲労を訴えており、夜中まで筋トレをしようなどという考えは全く浮かばなかった。


 もちろんアイザックとて疲労しており、一良に指示されなければ筋トレなど行わなかったのだが。


「ま、まあ、たまたま時間があったからやっていただけだ」


「相変わらず真面目ですね……あの、よろしければ今から少し打ち合わせしたいことがあるのですが」


 そう言って手に持った書類を揺らしてみせるハベルに、アイザックは済まなそうな表情を作って頭を掻いた。


「すまん。ちょっとこれからジルコニア様に報告しないといけないことがあってな……。明日でも大丈夫か?」


「そうでしたか。では、また明日の夜にでもお伺い致します。あと、これは差し入れです。寝る前にでも一杯やって、しっかり休んでください」


 ハベルは果実酒の入ったピッチャーをアイザックに手渡すと、一礼して去っていった。

 アイザックは去っていくハベルの背を眺めながら、内心手を合わせて拝みたいほどハベルに感謝していた。


 もし先程、ハベルに止められずに上半身裸のままジルコニアの下へ押しかけていたらどうなっていたことか。

 恐らく自分は、慌てふためいた思考のまま、


「誤解です! 違うんです!」


 と大声でジルコニアの誤解を解こうと喚いていたことだろう。

 上半身裸でジルコニアの天幕に突入した時点でぶん殴られるようにも思えるが、上半身裸でジルコニアの天幕に入っていく姿を周囲の者に見られていたらと思うと血の気が引く。

 変な噂でも立ったりしたら、ナルソンに顔向けできない所か殺されかねない。


 またもや当人の知らないところで、アイザックの中のハベルの株価がストップ高を記録した。




 それから数分後。

 アイザックはジルコニアの天幕の中で、必死にジルコニアの誤解を解こうと奮闘していた。


 アイザックは椅子にちょこんと座っているジルコニアの前に立ち、額に汗を浮かべながら、違うんです違うんですと連呼している。

 対するジルコニアは、まるで菩薩のような表情を浮かべながらアイザックの言葉に頷いている。


「いいのよ。貴方が文字通り全身全霊でイステリアのために尽くしてくれていることは分かっているから。別にリーゼに言ったりはしないから、安心して」


「いや、全然わかってくださってないですよね!? 私とカズラ様は、そんなことはしておりませんから!」


「……なら、さっきは何で裸で汗だくだったの?」


 言い切るアイザックに、ジルコニアが怪訝そうな表情で小首を傾げた。


「それはカズラ様が……」


 一良に指示された筋トレの話を口にしかけたところで、アイザックは言葉を詰まらせた。

 一良には、天幕の中でのことは何も話すなと口止めされているのだ。

 かといって、本当のことを話す以外にあの状況を説明することもできないないし、上手くごまかせるような作り話も浮かばない。


「……そう、カズラさんが……」


 急に黙ってしまったアイザックを見て、ジルコニアは少し悲しげな視線を地面に落として呟くと、再び菩薩のような表情をアイザックに顔を向けた。


「大丈夫、誰にも言わないから。でも、どうしても耐えられなくなったら相談して。私からカズラさんにお願いしてあげるから」


「……えっ!? いや、そうじゃないんですよ! そうじゃないんです!」


 その後、アイザックがジルコニアに何を言っても、ジルコニアは優しく微笑んだまま「いいのよ」としか口にしなかった。




 次の日の朝。

 朝食を済ませた一良は、アイザックの様子を見るために村の入り口に造られた野営地へとやってきていた。


 昨夜と同じように近場の近衛兵にアイザックを呼びに行かせると、すぐにアイザックが駆け足でやってきた。


「カズラ様、おはようございます……」


「おはようございます……あの、どうかしたんですか? 顔色が悪いみたいですけど。昨日の疲れがまだ残っているんですか?」


 アイザックは昨晩とは違い、どうも表情に活力がない。

 全てを諦めた目というか何というか、端的に言えば目が死んでいるのだ。

 どうにも様子がおかしい。


「まだ少し疲れは残っていますが……それよりも、昨晩の件なのですが、ジルコニア様に誤解されてしまいました」


「誤解? 何をですか?」


 きょとんとした表情を浮かべる一良に、アイザックはげんなりした表情で口を開いた。


「昨晩、カズラ様が私の天幕を出た後、ジルコニア様が私の天幕にやってきたんです」


「うお、ニアミスだったのか……」


 危うく食べ物の効能を調べている現場をジルコニアに見られるところだったのかと、一良は冷や汗を掻いた。

 あの状況をジルコニアに見られていたら、上手く誤魔化すことは難しかっただろう。

 何のためにそんなことをしたのかと、勘ぐられてしまっていたはずだ。


 アイザックはほっとした溜め息を吐いている一良に申し訳なさそうな視線を送りつつ、続きを口にした。


「ですが、その時私は上半身裸のままでして……カズラ様が天幕を出て行った所をジルコニア様は見ていたようで、その……」


「……ん? ちょっと話が見えてこないんですけど……それがどうかしたんですか?」


 物凄く言い難そうに話すアイザックに、一良は怪訝な表情で問い返した。


「……カズラ様が、私と、その……性行為をしたと勘違いしているのです」


「なっ!?」


 アイザックの言葉に、一良は仰天した。

 自分の知らないところで、ジルコニアにとんでもない誤解をされていたのだ。


「ちょ、ちょっとまって、アイザックさんは否定したんですよね!?」


「もちろんです。ですが、天幕内でのことは誰にも言うなとカズラ様に指示されておりましたので……あの状況では、上手い言い訳が何もできず……申し訳ございません」


 何とも酷い展開に、一良はその場で頭を抱えた。

 このまま、今すぐジルコニアを呼び出して誤解だと弁明したいところだが、それにはジルコニアが納得するような説明をせねばならない。

 だが、それをしてしまうと、ジルコニアとアイザックに食べ物の効能を調査していたことがばれてしまうのだ。


 他に何かいい言い訳が思いつけばいいのだが、ジルコニアの目撃した状況があまりにも酷すぎる。

 もし一良がジルコニアの立場だったとしても、同じようにホモホモしい勘違いをしてしまうに違いない。


 取りえる対応策は2つある。


 1つ目の対応策は、正直に食べ物の効能調査の件をジルコニアに話し、誤解を解いてもらうということ。


 この場合、ジルコニアの誤解を解くことは出来るが、一良の持ってきた食べ物に特殊効果があることがばれてしまう。


 何か適当にでっち上げた別の説明をして納得させることが出来ればいいのだが、下手な説明をすると後々まずいことにもなりかねない。

 もし、一良のでっちあげた説明をジルコニアが納得せずに、アイザックにその時の状況を詳しく問いただした場合、事前に食べさせた芋や卵のことに疑問を抱く可能性が出てくるのだ。

 かといって、芋や卵のことは話すなとアイザックに指示すれば、それこそ藪蛇になってしまう。

 アイザックの人柄は信用に値するようにも思えるが、一良はまだアイザックとの付き合いが浅すぎる。

 そのため、アイザックが食べ物の効能のことを知った場合、それをジルコニアやナルソンに報告してしまうのではないかという疑念を持っているのだ。

 アイザックは軍人であるため、一良が持っている食べ物の発揮する効果を知れば、何とかして軍事利用しようとするのではという考えを捨てきれないのだ。


 2つ目の対応策は、このまま誤解を解かず放置するということ。

 最早対応策と言えるような手段ではないが、これならば一良に男色の気があり、アイザックと関係を持っているとジルコニアが誤解したままになるだけで、食べ物の効果について調査していたという話がばれることはない。


 正直、もう食べ物のことなどばれてしまってもいいからホモホモしい疑惑を解消してしまいたいのだが、後々のことを考えるとそうもいかないのだ。

 ここは、涙を飲んで誤解されたままの状況を受け入れるしかない。

 アイザックにとってはとんだ災難だが。


「カズラ様、何とかジルコニア様の誤解を……」


「……アイザックさん」


 頭を抱えたまま一良がアイザックの名を呼ぶと、アイザックは期待を込めた視線を一良に送る。


「はい」


「大変申し訳ないのですが、ジルコニアさんの誤解を解く手段がありません。その内何とかするので、今は放っておきましょう」


「そんなぁ」


 アイザックの希望は、無残にも打ち砕かれた。




 一良とアイザックが村の入り口で打ちひしがれている頃。

 ジルコニアは自身の天幕の中で椅子に腰掛け、机に広げられているイステリアから持参した書類に目を落としていた。

 その書類は、ジルコニアがイステリアで野盗を尋問した際に野盗の供述を記した記録書である。

 記録書の隅には、ジルコニアが昨日掘り起こした野盗の死体の調査結果も書き込まれていた。


「神の祝福、か」


 ジルコニアはそう呟きながら、イステリアで野盗を尋問した時のことを思い出していた。


 ジルコニアが尋問した野盗たちは、最初は自身の立場を少しでも優位に立たせようと、


「全て話す代わりに身の安全は保証してくれ」


 といった発言を繰り返していた。

 だが、予め用意していた拷問器具を使い、ジルコニアが問答無用で全員の指を1本切り落とすと途端に素直になり、ペラペラと質問に答え始めた。

 それぞれ別室で尋問されていた3人の発言内容は一致していたが、数回の質問の後でジルコニアが念のために


「質問の問いに違う回答をしたものがいた」


 と嘘を吐いて、再び全員の指を1本切断した。

 その後の野盗たちは尚のこと素直になり、切断された指の激痛に呻きながらもすらすらと質問に答えてくれた。


 その時に野盗が話した内容は、昨日ジルコニアが調査した野盗の死体の状況と一致していた。

 

 尋問した野盗曰く、グリセア村の住民達は化け物であるらしい。

 野盗と戦った村人たちは、全員がとても人間とは思えないような速さで動くことが出来、野盗たちを一瞬の内に殺害したという。

 特に村長親子と対峙したという2人の野盗は、その時の状況を思い出して戦慄したような様子を見せていた。


 その野盗らの話では、バリンは屋敷に踏み込んだ野盗の内、同時に4人と素手で対峙したらしい。

 その時、バリンは斬りかかってきた野盗の斬撃を冗談のような速さで避け、剣が振り下ろされた時にはその野盗の腕を掴んでいたらしい。

 そして、そのまま一気に腕をへし折って剣を奪い取ると、すぐさま腕をへし折った野盗を斬り殺し、次の瞬間にはもう1人の野盗の首を半ばで切断したという。

 更に、殺した野盗の死体を凄まじい怪力で投げつけて、それをまともに食らった野盗は居間の端から端まで吹き飛ばされて昏倒したらしい。

 残った野盗もあっという間に胴体を半ばまで切断され、殺されてしまったとのことだ。


 また、バリンの娘であるバレッタも、野盗の1人に押し倒されながらも、野盗の手首を掴むと簡単に握りつぶし、そのまま一撃で殴り倒してしまったらしい。


 あまりにも現実離れした話の内容に、ジルコニアは野盗たちが大げさに話しているのではないかと考えていたのだが、昨日の死体調査で考えを改めた。

 死体の傷跡は、尋問した野盗たちが言っていた内容と完全に一致していたのだ。

 野盗たちの言っていたことは、どうやら大げさではなかったらしい。


「……この力があれば」


 突如判明した歓迎すべき事実に、ジルコニアは口端を吊り上げた。 


 昨日ジルコニアが村の中で見た野菜の凄まじい成長ぶりも、野盗たちを撃退した村人達の超人的な戦闘能力も、全て一良が原因によるものだということは明らかだ。

 ジルコニアはナルソンが推測していたように、一良の持つ食べ物に何か特別な効能があるのかとも考えたが、村の作物の変化を見る限り、一良が何か祝福のようなものを村全体に与えているのではという考えが大きくなっていた。


 ごく普通の人間のような姿と立ち振る舞いをしている一良に、ジルコニアは一良がグレイシオールという神であるという話に時々首を傾げたくなっていたのだが、その考えはほぼ完全に消滅した。

 彼こそ、自分達とは違う特別な力を持った本物の神なのだ。

 後は、何とかして彼が自分達に肩入れを続けるようにお膳立てをしていけばいい。


 ジルコニアは考えを纏めると、グリセア村へ向かうべく立ち上がった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] それぞれの主要登場人物が、それぞれの立脚点を軸に、それぞれの思惑に基づいて様々な行動をしているため、まだ物語の舞台としてはそれほど広がっていないにも関わらず、非常に世界観が広く感じる。 …
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