54話:電源問題
様々な家電が所狭しと展示されている店内で、一良は目の前に並んでいる冷蔵庫を眺めていた。
目の前に置かれている家庭用冷蔵庫は、1人暮らし用の小さな物から大家族用の大型の物まで様々な種類がある。
「これが使えればなぁ……でも、あっちで使うには発電機が必要だしな……」
冷蔵庫に張られているスペック表を読みながら、一良はイステリアでの食生活を思い返していた。
イステリアにいる間、一良は栄養の全てを缶詰のみで補っていた状態であり、カロリーはともかくとして栄養が大幅に偏った食生活を強いられていたのだ。
味に関してはナルソンが提供してくれる豪勢な食事で満足することは出来ていたのだが、味は良くても同時に空腹が満たされる満足感を得ることが出来ないため、食べていて何とも微妙な感覚を味わっていた。
食事の場自体は、何故かリーゼが積極的に一良に話しかけてきてくれていたので、中々に楽しいものではあったのだが。
グリセア村で生活していた際も、実質無洗米と缶詰で栄養を得ていた状態であり、こちらもあまり身体にいい食生活をしていたとは言い難い。
それでも特に身体に異変が無かったのは、時折日本に戻ってレストランなどでドカ食いをしていたことと、異世界で暮らすようになってからの日数がそれほど経っていなかったからだろう。
だが、今後も今までのような不健康な食生活を送り続けていると、栄養の偏りから身体を壊してしまうかもしれない。
「ひょっとして、あっちの食べ物を俺が食べると、摂取するカロリーよりも消化に使うカロリーの方が多かったりするのかな……」
数日前にルーソン邸で低血糖症を起こした時は、出された料理を大量に食べた後だった。
それを考えると、一良にとってあちらの世界の食べ物は、いくら食べてもカロリーを消費するだけで、本来ならば食べないでいたほうが身体にいいのかもしれない。
ダイエットしたいという人にとっては、美味しい上に痩せることも出来るという夢のような食べ物なのだが。
あちらの世界の作物を使えば、カロリーゼロな上に食べれば食べるほど痩せるポテトチップスといった、革命的なスナック菓子も作れるかもしれない。
ともあれ、食事に関してはかなり注意しなければならない。
グリセア村のように片道15分で日本と行き来出来ていたような今までの環境なら良かったが、今後長期の滞在が予想されるイステリアは、日本に行くまで馬車を使っても片道10時間近く掛かってしまうのだ。
何らかの理由でイステリアを離れられない事態が発生した場合も想定し、出来る限り沢山の食料を持って行きたいところである。
それも、出来れば缶詰やレトルトのみではなく、冷蔵庫や冷凍庫を使うことで長期保存出来る食べ物を持って行くことが出来れば……。
「冷蔵庫をお探しですか?」
一良が頭を悩ませていると、その様子を見ていた店員が声を掛けてきた。
「いや、ちょっと見てるだけなんで……」
「そうでしたか。どうです、こちらの冷蔵庫。最近出たばかりの最新型で、大容量な上に年間消費電力もかなり低いんですよ。その上パワーも凄いんです」
一良の台詞を聞いていたんだか聞いていないんだか、店員は勝手に商品の説明を始めてしまう。
「食べ物を沢山詰め込んでも、全体的に斑無く冷やしてくれるんでお勧めですよ! それでいてこの消費電力ですからね。今一押しの商品ですよ」
「あの、こういった家電を発電機で動かす場合って、どれくらいの時間使えるものなんですかね? 発電機にもよるとは思うんですけど」
勝手にペラペラと話し始めた店員に、一良はどうせならと発電機に関しても聞いてしまうことにした。
どうせ話させるのなら、こちらが欲しい情報を話してもらったほうがいい。
「そうですね……確か18時間くらいは連続運転出来る物があったと思います。当店でも取り扱っていますよ」
「18時間か……燃料はどれくらい必要なんです?」
「えっと、燃料はガソリンで、20Lは必要だったかと……あの、発電機をお探しなのですか?」
18時間も連続稼動するのであれば、冷蔵庫やその他の家電を使うにしても問題はないだろう。
ただ、燃料にガソリンを20Lも必要とするのでは、何ヶ月も使用し続ける場合にはかなりの量のガソリンが必要となってしまう。
あちこちのガソリンスタンドでガソリンを小分けにして買い込み、ドラム缶に詰めて持っていってしまえば不可能ではないのだが。
ちなみに日本の場合、ガソリンの一定以上の買い溜めによる保管は、各市町村に届出をしなければ違法となってしまう。
当然だが、イステリアにはそんな法律は存在しない。
「(力技でガソリンを大量に買い込んで、ナルソンさんの屋敷の一部屋を隔離して冷蔵庫を設置するっていうなら可能か。ガソリンは外に小屋でも作ってもらえば……何かあってガソリン入りのドラム缶に引火したら、ナルソンさんの屋敷が炎上するけど)」
「お客様?」
「あ、すいません。この冷蔵庫ください」
「ありがとうございます! 発電機はいかがなさいますか?」
「発電電力が大きくて、連続稼働時間が一番長いやつください」
「毎度あり! その他にもパソコンやテレビ、洗濯機もございますが!」
「いらないっす」
「失礼しました!」
「あ、やっぱりノートパソコンもください。表計算ソフトついてるやつ」
「喜んでー!」
そんなこんなで、一良は予定になかった品物をいくつか購入すると、翌日の配送を依頼して電気屋を後にしたのだった。
次の日の朝。
ビジネスホテルの朝食バイキングで凄まじい量の朝食を腹に収めた一良は、残りの予定を消化すべく、いつも通っているホームセンターへと向かった。
屋外の石灰が売られているコーナーで品定めをしていると、一良を発見した店員が近寄ってきた。
以前より何度か一良に声をかけてきている、主任店員である。
「これはこれは、志野様。本日は何をお探しでしょうか?」
「お久しぶりです。モルタルを自分で作りたくて、石灰を探してるんです。どれを使えばいいんですかね?」
「それでしたら、こちらの消石灰がよろしいかと。どれくらいご入用でしょうか?」
「んー……これの在庫って、お店にはどれくらいあります?」
一良が主任店員にそう問うと、主任店員の顔に緊張が走った。
これは再び大量購入をしてくれるのではないか、と考えているのだ。
「2トンあります!」
「全部ください」
「かしこまりました!」
昨夜も聞いたような元気な返事を耳に受けながら、一良は主任店員が懐から出した書類に届け先である屋敷の住所を記載する。
以前はホームセンターのトラックを借りて、自分で積んで運んでいたのだが、さすがに2トンもの荷物を自力で屋敷まで運ぶ気力はない。
屋敷に届けられた品物は自力でリアカーに積んで運ばなければならないのだが、こればかりは仕方がない。
「あと、ガソリン携行缶ってあります?」
「それでしたら店内にございます。ご案内致しましょうか?」
「あ、自分で行くからいいです」
案内を申し出る主任店員をその場に残し、一良はホームセンターの店内に入る。
店内には沢山の品物が陳列されており、日用品から工具まで、ありとあらゆる道具が所狭しと並んでいる。
店内を少し歩くと、ガソリン携行缶はすぐに見つかった。
「んー、20Lのが2つもあれば十分かなぁ。あとドラム缶も買わないといけないのか」
ドラム缶は何処に売っているのかと、一良はキョロキョロと辺りを見回す。
すると、視線の先に昨日購入した発電機と同じものが鎮座しているのを発見した。
「あ、昨日買ったやつと同じ型か」
何気なしに発電機元へと歩き、張られているスペック表を見る。
すると、そのスペック表の隣には『低騒音仕様 長時間発電』と書かれた張り紙がしてあった。
「……やべ、発電機が出す音のことを全然考えてなかったな」
発電機は内燃機関を用いて電気を起こすため、発生する騒音もかなりのものである。
昨夜電気店で発電機を購入した際は、冷蔵庫を使うことしか頭になかったため、騒音については全く考えていなかった。
日本で使うならともかくとして、物静かなイステリアのナルソン邸で爆音を響かせながら発電機を使ったら、なんだなんだと人が集まってきてしまうかもしれない。
購入した発電機は低騒音仕様であるらしいが、はたしてどれほどの騒音を発するのだろうか。
スペック表を見てみると、『騒音レベル55~85dBA』との記載があった。
「発電機をお探しですか?」
一良が発電機のスペック表を眺めていると、店員が声を掛けてきた。
昨夜の電気店と同じパターンである。
「ええ、この発電機の騒音ってどれくらいなものか知りたいんですけど、試しに動かしてもらうことって出来ますか?」
「出来ますよ。少々お待ちください」
一良の問いに、店員は発電機の前に屈み込むと電源を入れて発電機を起動する。
するとすぐに、断続的なエンジン音が発電機から響きだした。
なかなかにやかましい。
「これが定格使用時で、こっちが4分の1負荷での使用時です」
店員がスイッチを操作して発電機の負荷を切り替えると、今度はかなり静かになった。
この状態ならば、周りを壁で囲うか、少し深めの穴を掘って発電機を設置すれば、それほど音が響くことはないかもしれない。
ただ、周囲を囲った状態で発電機を使うというのは少々危険な気がする。
「なるほど……わかりました。ありがとうございます」
「はい、また何かありましたらお声掛けください」
一良は去っていく店員を見送ると、暫しその場で考え込んだ。
発電機はあちこちに持ち運びも出来て便利な代物ではあるが、イステリアで常用するには、燃料や騒音の問題がある。
何かで必要になった時のために、イステリアへ持って行っておくのはいいかもしれないが、何か別の方法で冷蔵庫などの家電を使えるようにしたいところだ。
「他の発電方法っていうと……」
一良は少し考えた後、ポケットから携帯電話を取り出すと、以前水車を購入した工務店のアドレスへと電話を掛けた。
数コールして電話がとられ、工務店の社長の愛想のいい声が携帯電話から響く。
「もしもし、1ヶ月程前に水車を購入した志野と申しますが……」
「おお、志野さんですか! お久しぶりです! ご購入いただいた水車の具合はどうですか?」
「とても調子良く動いてますよ。揚水量も凄いし、本当に役に立ってます」
「それはよかった。あれは結構な自信作だったんですよ。それで、本日はどのようなご用件で?」
「また水車を購入したいんですけど、ちょっと特殊な水車でして……発電機能がある水車を探してるんですけど、何かいいのないですか?」
「発電水車ですか。以前ご購入していただいた水車に近い形の発電水車はありますが、あまり発電量はないんですよねぇ……。水車の形に拘らないのであれば、勾配や水流を利用してタービンを回す形で発電する水力発電機ならあるんですが……」
「え、そんなものがあるんですか」
「ありますよ。ただ、自社製品では、以前ご購入していただいたような形の下掛け水車型の発電水車しか取り扱ってないんです。もしそれらの水力発電機をご購入いただけるのであれば、当社でメーカーからの仕入れや搬入を代行できますが、いかが致しますか?」
「是非お願いしたいです。それらのカタログってそちらにありますか? あるなら今から行って決めてしまいたいんですけど」
「ありますよ。それでは、カタログを用意してお待ちしておりますので」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
電話を切った一良は、工務店から得られた情報に内心小躍りしていた。
工務店の社長が言っていた水力発電機の納入がいつになるのかはわからないが、水力発電機さえあればイステリアでも快適な生活を送ることが出来るだろう。
発電機や家電といった、異世界の技術とは隔絶した技術で作られた品物ならば、真似して作ろうとしても絶対に作ることはできないのだ。
水車や、その動力を利用した製材機などの、構造さえ判れば試行錯誤で何とか作れるようなレベルの道具とはわけが違う。
下手に低い技術力のものばかりを持ち込むよりも、異世界に与える影響は限定的、もしくは少なくて済むに違いない。
ただ、これらの品物がオーバーテクノロジーの塊であることには違いないので、あまり人目に付くような真似はしないに越したことはない。
一良のことをグレイシオールだと認識している者たちならば、無駄に騒ぐような真似はしないだろうが。
「さて、一応ドラム缶も用意しておくか。発電機も使えるようにしておいたほうが何かと便利だろうし」
そう呟きながら、一良がドラム缶が売られていると思われるコーナーへと足を向けようとしたとき、携帯電話の着信音が鳴った。
「ん? 誰だ……やべ、グンマー牧場の配送業者だ。もう堆肥来たのか」
着信者名を確認した一良が慌てて電話に出ると、案の定、グンマー牧場から堆肥を運んで来たが何処に置けばいいのかという問い合わせだった。
とりあえず庭に山積みにしてくれと一良が指示して電話を切ると、切って間を置かずに再び着信。
「げ、電器屋も来たのか。午前搬入になんてするんじゃなかった……てか、今日中にやらないといけないこと多すぎだろ」
一良は電話に対応しながら、近場にいる店員を呼び寄せると、ドラム缶を購入する旨を伝える。
そして、両手にガソリン携行缶をぶらさげ、肩と頬で携帯電話を挟んで通話しながら、ばたばたとレジへ向かうのだった。